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2019/08/18

済州島四・三事件

Tweet ThisSend to Facebook | by akutsu
今年の1月に天王寺の「統国寺」に参拝しました。
その名の通り、分断された南北朝鮮の民族統一への願いが伝わってくるコリア系のお寺で、統一実現・世界平和への願いを象徴するように、境内入口には「ベルリンの壁」が置かれています。
また、立派な本堂の前には、まだ建立されて間もない「済州四・三犠牲者慰霊碑」があり、碑の周囲に置かれたとりどりの石には、関係者の複雑な思いと祈りが込められている印象を受けました。

【統国寺境内に置かれたベルリンの壁】


済州四・三犠牲者慰霊碑の碑文


慰霊碑の碑文については「済州4・3事件71周年大阪慰霊祭」のブログサイト内に和文とハングル文が公開されており、全文を読むことができます。
また、事件当時の悲惨な状況については、金時鐘氏の「敬虔に振り返るな: 4·3抗争70周年を迎えて」(郭炯德訳,季刊『創作と批評』インターネット日本語版,179号,2018)などで窺い知ることができます。

わたしは日本に来てからでも65年がたっていますが、いまでも眠りに就くのが怖いくらい、犠牲者といわれる惨殺体の映像にしばしば脅かされます。

犠牲者といえば、敬虔な思いにそそられる死者たちのはずですが、4・3事件の犠牲者たちは体の毛がよだつほど醜悪な腐乱死体です。その臭気はとてもじゃないか、耐えられたものではない。

(中略)

日本から引き揚げてきてまだ朝鮮語もおぼつかないいとこの姉は、放心状態に陥っていましたが、とどのつまり行き場をなくしたわたしは済州島を脱出するまで、その姉のところに潜んでいました。討伐隊の方でも無茶をしたという思いがあるから、従妹のところまで再調査に入らないのですね。

 青年同盟とかの組織につながっていた若者は捕まればたちどころに惨殺です。石で頭をつぶすほどの殺し方です。

 中には逃げ場がなくて、済州島ではヌル(収穫後の麦わら束ねて積み重ねたもの)といいますが、ヌルに潜まるのです。討伐隊は問答無用に押し入ってきてヌルを目がけて一斉に射撃をします。しまいには火まで放ちます。

 どれだけ無残な死に方をしたことか。


同事件についてはいろいろと複雑な事情や背景があり、大っぴらに語ることが近年までタブー視されていたようで、私自身、最近まで知る機会がなかったのですが、こういった話を知る事も日韓の相互理解のためには必要なのかと思います。

(2019年8月18日追記)
済州島出身のキム・ウンシルさんが、ブログサイト「うんしるブログ」で「四・三事件」の背景と経緯についてわかりやすく解説しており、とても参考になります。

(2019年8月21日追記)
うっかりしていましたが、慰霊碑の碑文(和文・ハングル文)については、統国寺さんのウェブサイト内(「トップページ(左側のメニュー)」ー「統国寺施設」ー「済州四・三犠牲者慰霊碑」)にも全文が掲載されていました。
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