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2019/10/18

「再反論」ということば

Tweet ThisSend to Facebook | by SoTANAKA
 契沖仮名遣いについて講義するための資料を作っていて、「契沖の『和字正濫通妨抄』は橘成員『和字古今通例全書』への再反論として著された。」と書こうとしたところで、フと手が止まった。 
 「再反論」って、こういう意味で使っていいんだっけ? 
 私はこのことばを「反論に対して反論すること」(反撃)という意味で使おうとしたのだが、しかし「"再"反論」という文字面からは、むしろ「反論した後で再度反論すること」(追撃)という意味に読み取れそうでもある。そうだとすると、こちらの意図とは全く異なる意味で読み取られてしまうことになる。
 不安に思って、とりあえずインターネットで検索をかけてみる。大概のことばだと「コトバンク」辺りの辞書系のサイトがヒットするのだが、今回はヒットしない。『日本国語大辞典』(第2版)にも載っていない。『広辞苑』の最新版(第7版)にも無い。先月出たばかりの『大辞林』第4版にも、無い。どうやら、まだ充分に定着していないことばらしい[注1]

 国立国語研究所が構築・公開している「現代日本語書き言葉均衡コーパス」(BCCWJ)で「再反論」を文字列検索すると、11例がヒットした[注2]。思ったより随分少ない印象である。年代は、1986年が1例、それ以外の10例はやや時代が下って2001~2005年のものだった[注3]。以下に数例を挙げる。

例1 したがって、まぎれもなく時効は中断しているというのが反対意見の要点である。だが、(略)刑法三十四条一項を拡張解釈し、時効は中断したままであると考えるのは、罪刑法定主義に反するという再反論があらわれ始め、今後も白熱した論議がつづきそうである。(和久峻三『法廷博物学』、1986年)

例2 これに経済評論家の松本明男氏が反論した。「私は補正は不要とみる。(略)」これに植草氏が再反論した。「こんどの臨時国会での補正は来年の分だ。(略)」(鈴木棟一『小泉は日本を変えられるか』、2001年)

例3 志津夫の脳裡に、反論に対する再反論が跳ね返ってきたのだ。(梅原克文『カムナビ』、2002年)

例4 これは立会いだけで、その場での反論はできるのかできないのか、これをまず教えていただきたいし、その場で反論ができるならば、それに対し再反論というか、そんな仕組みを持ったものなのかどうか。(国会会議録、2002年)

 これらの例を見るに、「再反論」はいずれも「反論に対して反論すること」という意味で用いており、「反論した後で再度反論する」という意味では使っていないらしいことが読み取れる。この点、挙例以外の7例でも同様であった。
 なお類義語に「反批判」「再批判」というのもあるようだが、これらもBCCWJでの用例はごく少ない。また「再批判」ということばは、インターネット上での使われ方を見ると、「批判に批判で応える」という意味と「批判した後で再度批判する」という意味との両方で用いられているようだ(用例割愛)。語義が安定していない恐れがある。その点、「反」を用いた「反批判」は意味が明確で、良さそうである(「"反"反論」とは、言いにくい)。

 よって、冒頭の問題に戻ると、「契沖の『和字正濫通妨抄』は橘成員『和字古今通例全書』への反批判として著された」というのが、比較的誤解の余地のない表現と言えそうであるが、更に念を入れるならば「『和字古今通例全書』の批判に対する反批判として著された」[注4]とするとより確実だろう、という結論になった。

 ところで、本稿のはじめに、「再反論」という語が辞書に載っていないと述べたが、これはもちろん、辞書がこれを一語と見なしていない(再+反論)から、とも捉えられる。事実、「再」という接尾辞はちゃんと立項されている。「ふたたび、もう一度の意を表す。」(『大辞林』第4版)。しかし、「反論」や「批判」といった、方向性が問題となる語と結び付く場合には、「ふたたび、もう一度の意を表す」という語釈によって「再反論」や「再批判」といった語の意味が適切に捉えられるわけではないことには、注意が必要だろう。



[1] ついでに言えば、今野真二『『日本国語大辞典』を読む』(三省堂、2018年)の附録「『日本国語大辞典』にない見出し」にも、この語は挙がっていない。なおJapanKnowledge Libで全文検索をかけると、『ランダムハウス英和大辞典』にsurrebuttalの語釈として「〔法律〕再抗弁,再反論:被告の反論にさらに反駁するための証拠の提出.」とあった。
[2] 中納言2.4、データバージョン1.1。検索条件式は下記。
キー: 全文検索 @@ "再反論"
WITH OPTIONS tglKugiri="" AND tglBunKugiri="#" AND keyDisplay="0" AND resultUnitWord="short" AND targetString="1" AND tglWords="500" AND unit="3" AND encoding="UTF-16LE" AND endOfLine="CRLF"
[3] なおこの他に、JapanKnowledge Libで全文検索を行うと16例のヒットがあり、上記のBCCWJの検索結果の空隙である1990年代の用例も得られた。またCiNiiやGoogleの検索結果では、1960年代・1970年代の用例も得られた。
[4] 但し、『和字古今通例全書』が本当に契沖の『和字正濫鈔』を批判したものであるのか、ということについては明瞭でないところがあるらしく、築島裕は「どうも契沖の一人相撲だったのではないかという疑いも、拭い去ることが出来ない」と述べている(『歴史的仮名遣い―その成立と特徴―』、吉川弘文館2014年再刊、102頁)。

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