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2019/12/04

【追悼文】中村哲さんの取り組みを巡る雑感

Tweet ThisSend to Facebook | by suzumura

報道によれば、本日、アフガニスタンで医療や灌漑事業などの人道支援に取り組む福岡県の非政府組織ペシャワール会の医師中村哲さんが現地で銃撃され、死去しました。享年73歳でした[1]。


ペシャワール会の現地代表や平和医療団日本の総院長などを務める中村さんの活動は、2001年9月11日(火)に起きた米国同時多発テロを契機に広く人々の知るところとなりました。


一方、中村さんたちの活動そのものは1984年から続いており、「現地の真のニーズは何か、現地で持続可能な方法は何かを常に視野に入れ」た取り組みを行っていること[2]も、周知の通りです。


例えば、井戸を掘る際にボーリングやコンクリート工法という近代的な方法だけでなく、支援する地域に残る伝統的な工法を主に採用していること[2]は、外国人である日本人が去った後でも地域の人々が自分たちで井戸の修復や維持を行えるための措置でした。


もとより、このような活動がアフガニスタンの人々のために行われてきたことは論を俟ちません。


それとともに、中村さんたちは、相手がアフガニスタンの反政府勢力タリバンであるか否かを問わず活動を続けており、その意味で「究極的な偶然を必然として受け入れる。それが、偏狭なナショナリズムを超えるきっかけになると思うんです」[3]という評価も得ています。


こうした活動が持つ意義は大きいものです。そして、ペシャワール会の中心的な人物として活動してきた中村さんの死は、1993年にはカンボジアで殺害された国連ボランティアの中田厚仁さんと文民警察官高田晴行さん、1998年にイスラム勢力によって殺害された国連タジキスタン監視団(UNMOT)政務官の秋野豊さんなど、これまでに外国での活動の際に落命した人々と同様、あるいはそれ以上に、われわれに衝撃を与えます。


かつて「私は本来医師なのですが、今一番楽しいのは重機(シャベルカー)の操縦桿を握っているときです。」[2]と述べた中村さんの突然の訃報は、われわれに多くのことを教えていると言えるでしょう。


そして、中村さんの亡き後も衣鉢を継いでペシャワール会の活動が継続されることが期待されます。

[1]中村哲医師、アフガンで銃撃され死亡 現地で人道支援. 日本経済新聞電子版, 2019年12月4日, https://www.nikkei.com/article/DGXMZO52949440U9A201C1MM8000/?n_cid=BMSR2P001_201912041735 (2019年12月4日閲覧).
[2]中村哲, アフガニスタンで命の水を求めて. 日温気物医誌, 71(1): 10, 2007.
[3]ナショナリズムの本質突く. 読売新聞, 2007年11月7日朝刊21面.


<Executive Summary>
Miscellaneous Impressions of a Meaning of Dr. Tetsu Nakamura and His Efforts (Yusuke Suzumura)


Dr. Tetsu Nakamura, a medical doctor and the local representative of the Peshawar-kai, had passed away at the age of 73 on 4th December 2019. On this occasion I epxress miscellaneous impressions of Dr. Nakamura and his efforts.


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