研究ブログ

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わたしはあなたに地域メディアの研究をしてほしい

・「地域メディアの研究」と聞いてどんなイメージを持つでしょうか?地方発コンテンツの研究?放送事業者や新聞社の経営分析?地方史のような歴史的研究?いずれにせよあまりピンとこないと思います。今週は、そもそもなぜ地方のメディアを研究する必要があるのか、どんな研究が必要なのか、研究するうえでの課題はなにか、みたいなことについて書いてみます。

・地域メディアのなにが問題か。よく指摘されるのがVOD(Netflixみたいなやつ)の流行やインターネットの隆盛による広告費の減少、東京一極集中、慢性的な従業員不足によるアイデアの枯渇、「視聴率(購読者数)」と「視聴行動(購読行動)」の混同に伴う県域住民とのコミュニケーション不全といった事柄です。これらはそれぞれ明日にでも解決を図らねばならない問題で、2020年度には経営困難に陥ったいくつかのFMラジオ局が閉局しています。

・で、多様な研究者や実務家がこうした事柄に関する議論を展開しているわけですが、それらは発話者の専門性やポジションを前提とした一面的な主張であることがほとんどです。そもそも地域メディアをど真ん中の専門として据えているひとが少ないのもそうですが、高等教育の慣習上、複数の専門領域をもつ研究者が少ないことも理由のひとつです。メディアに関する論考を読むときは、そのひとの属性によく注目してみてください。

・さらに「地域メディアの実情」や「地域住民によるメディア利用に関する研究」の積み重ねは多くありません。ここ10年くらい(SNS普及以降)となると、ほとんどないといってもよいです。世の中的に放送や新聞は「オールドメディア」で、みんなもっと別のメディア(具体的にはネット)のことを知りたいのだと思います。当然それはそれで大切ですが、「オールド」のことだって大してわかっていないわけです。

・そして、この分野で議論をしているひとたちの顔ぶれは10年くらいほぼ変わっていません。わたしはいわゆる「若手研究者」にあたりますが、それなのにしばしば放送事業者の方、それもベテランの方々から様々なご相談を受けることがあります。その大きな理由は実際のところ「新規参入する研究者がほぼいない」ことにあると考えています。

 

・では、そんな状況で地域メディアの研究はどのようになされるべきなのか。わたしは「実効性/実現可能性の高いシステムや事業を提言し、事業者の選択肢を増やすこと」がこの分野でいま研究者に求められる役割ではないかと考えています(もちろん中長期的には一般化可能な理論研究が求められます)。聞くところによれば、先進的な取り組みを行っている地域メディアでは、たいていの場合ひとりのアイデアと体力がそれを動かしているそうで、実際わたしもそうした状況を目にすることがありますが、これではいずれ限界を迎えてしまいます。

・では、「事業者の選択肢を増やす」とはどういうことか、テレビの地方局を例に考えてみます。地方局を考えるうえで重要なことはいくつかありますが、そのうちのひとつが「退出(単純なマイナス1となること)を防ぐためのもっとも有効な手段はなにか」という視点です。もちろん放送局による「表現の自由」をいろいろな主体に確保しよう、という考え方も同様かそれ以上に重要ですが、それで潰れては元の木阿弥です。

・余談ですが、県域住民にとって利用可能なメディアが減り、そこに住む魅力が減衰することは、人口の東京一局集中を進行させ、結果として国家全体の災害(具体的には南海トラフ地震)に対するレジリエンスの低下を引き起こします。やや唐突に思えるかもしれませんが、わたしは地域メディア政策を国土政策の一環としても捉えるべきと考えています。

・で、退出を防ぐための具体的な手段として、従来は「ひとつの放送局が複数の県域にまたがるかたちで放送する」「ひとつの会社が2つの放送局を運営する」といった事柄が議論され、一笑に付されてきましたが、いよいよ現実味を帯びてきました。ただ、これだけではオプションとして少なすぎるため、わたしも「地域ブロックごとにホールディングスを作ってはどうか」とか「報道機能をパージして分社化し、言論の独立性と本社の持続可能性を高めてはどうか」とか、もうすこしソフトなところでは「番組のなかで県域住民の実情を把握するための循環構造を構築すべきではないか」、「大都市に移動した視聴者へのアプローチを強化すべきではないか」、「従業員のうち当該地方の出身者等の比率を増やすことで『地域性が充足された』ことにするのはどうか」といったことを主張してきました。これらはもちろん、地方局へのアンケート調査やオーディエンス研究の成果から論理的に導出できたことです。このように個別具体的な選択肢を提示できれば、経営判断の場面において参考程度にはなるはずです。

 

・ただし、ここでもっとも重要なのは、組織や業界を対象とした提言は「ただすればよい」わけではないということです。内容がどれだけ論理的で優れていようと、科学的に確かであろうと、対象が納得してくれなければ採用されることはありません。業界で働いた経験もない奴に上からいわれたら誰でもムカつきます。この点、これまでの放送研究者(もしかしたら研究者全般にいえるのかもしれませんが)はメディア業界の経営層との関係づくり(もうすこし広く「PR」ともいえます)を怠ってきたと指摘せざるを得ません。かつ、このことは一朝一夕で解消できる問題でもありません。

・ではどうすればよいのか。今のところわたしが有効と考えているのが、メディア事業者に所属する社会人へのリカレント教育です。ここまで述べてきた状況にあっては、実情を知る従業員が社会人向け大学院などにおいて実務上の課題を探究し、理論と実践を融合しながら業務改善につなげるプロセスが有効になるはずです。経営サイドも、自社の従業員が一生懸命考えたことなら、いくらなんでも門前払いにすることはないでしょう。

・こういうことを言うと「そもそも日本はメンバーシップ型雇用だからダメなんだ。はじめからその道のプロを雇えばいいじゃないか」と主張する向きもありますが、そういうすぐに解決できないことを声高に叫んで気持ちよくなるヒマはもうありません。どの地方にも都合よくそんな人材がいるのでしょうか。メンバーシップ/ジョブという二元論で考えるのではなくて、「経営の核となるような一部の従業員にプロフェッショナルとしての能力を事後的に身につけてもらう」という発想が必要ではないでしょうか。

・具体的な学びの場は、わたしの所属機関のようなコミュニケーション系専門職大学院やMBA(経営管理修士)でもよいでしょうし、研究者養成を目的とした修士課程、博士課程でもよいと思います。地方局に限らず、地方紙や雑誌、もっとローカルなメディア、オンラインメディアなども含めて、課題を構造化したうえで理論とデータに裏付けられた実現可能な提言を構想し、実行するための能力はどんな場面でも求められています。だから、わたしはあなたにこそ地域メディア研究をしてほしいと思っています。  

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どうして研究者になったのか

・なぜ研究者になったのかまとめておきます。

・この分野の研究者、かつこの世代のひとにしてはめずらしいのだと思いますが、わたしはテレビが好きです。もちろんネットも好んで使いますが、いまでも1日に4時間くらい番組を見ています。ラジオも聴きます。もともと法学部に入ったのも月9の『HERO』にドハマりしたためで、入学したときは漠然と検事かアナウンサーになるんだろうと思っていました。大学では放送研究部という部活動に所属していて、ラジオ番組だのラジオドラマだのイベントMCだの、勉強もせずそっち(と麻雀)にばかりかまけていました。人生をやり直してもおなじことをすると思います。

・で、2011年に仙台で震災を経験するわけですが、ある地方局が某大臣の恫喝的な言動を(オフレコだぞ!と脅されたことを含めて)報道したことがあって、それがかなり衝撃だったんですね。関東(≒キー局の放送対象地域)出身者からすると、地方局を目にする機会って「アナウンサー大集合!」とか「系列ハプニング大賞!」みたいな番組しかなくて、そこではある種「クオリティの低い」「垢抜けない」存在としての地方局が表象されていたわけです。

・今となってはこれが完全に間違いで、地方局とキー局はまったく別のベクトルで社会インフラとしての機能を担っていることを説明できるわけですが、これってたぶん実際に地方に住んだことがないと想像もできなくて、わたしもずっと東京で暮らしてたら相変わらず「水曜どうでしょう」のイメージで地方局を語っていたのだと思います。

・で、地方のことをもっと知りたいと思って地方自治が学べる専門職大学院に進みました。ここで学んだ「現場から発想する」「実情に即した理論を構築する」という考え方がわたしの研究理念になっています。こういうのを「実践と理論の融合」といいまして、さしずめわたしの専門分野は「メディア業界における実践と理論の融合」ということになろうかと思います。もちろんわたしは実務家ではないため、多くの部分を取材や想像に依拠することになるわけですが、ひとと比べてこの点だけはすこし自信があります。

・おなじころ「霞ヶ関インターンシップ」という制度で、総務省で働かせてもらいました。ここで最初の研究テーマである放送政策、とりわけ「民放の構造規制」と出会うわけですが、放送対象地域や持株比率が全国一律で機械的に決められているなど、地方局の生殺与奪を握ってる制度なのにあまり「実情に即した」ものだと思えなかったんですね。その理由はおそらく、制度の議論をする国家公務員や研究者たちの出身大学や専門領域と無関係ではないでしょう。

・それっておかしくない?と思って博士課程に進んで「オーディエンス研究」という研究領域に出会って、地方の視聴者や地方局の実情を調べつつ、それを放送政策に接続するとどうなるのかな?という研究で博士号を取りました。途中、オーディエンス研究の理論や方法論を学ぶためにイギリスに留学もしました。少しでも時期がズレていたら新型コロナウイルスで大変なことになっていたでしょうね。

・博士論文は専門用語でいうと「カルチュラル・スタディーズとポリティカル・エコノミーの接続」とか「送り手と受け手の循環構造」みたいな概念に近いのですが、わたしは単純に「放送政策における実践と理論の融合」だと思って書きました。けっこう気に入っているので、もしご関心あれば「論文」から読んでみてください。

・最近興味があるのは「リスク・コミュニケーション」とよばれる分野で、新型コロナウイルスをめぐる報道のなかで「専門家」とよばれるひとがどう使われているか、みたいなことを調べています。メディア・コンテンツ(バラエティ番組とかビデオゲームとか)への関心も強いので、そのあたりも摂取して暮らしています。

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