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2019/02/13

宮崎・早野論文をめぐる問題に関する若干の誤解について

Tweet ThisSend to Facebook | by kyo
2019年2月2日、Japan In-depthというサイトに医療ガバナンス研究所理事長上昌広氏による


という記事が掲載されました。

宮崎・早野論文(下記Aで説明します)をめぐる問題については、ネット上でもそれなりに整理されているにもかかわらず、この記事をはじめとして混乱も見受けられます。ここでは、あまり範囲を広げず、この記事(便宜上「終わらせていいのか」と呼びます)に見られる混乱の主なものを見ていくことにします。

「終わらせていいのか」が公開されてから時間がたってしまいましたが、この文章が、宮崎・早野論文をめぐる問題の適切な理解に多少なりとも貢献できれば幸いです(この日本語は適切なのかしら・・・)。

A. 宮崎・早野論文

ここで「宮崎・早野論文」とは、以下の二本の論文を指します。便宜的に、第一論文、第二論文と呼ぶことにします。
第一論文がアラビア数字で1なのに対して第二論文はローマ数字のIIですが、連続の論文です。ものすごく簡単に要約すると、第一論文は空間線量率を使って個人線量率を評価する方法を提案するもの、第二論文はそれを使って個人の生涯被曝線量を求めようというものです。

B. 宮崎・早野論文をめぐる問題

まず、宮崎・早野論文をめぐる問題を簡単に整理します。

かなりの部分はハーバー・ビジネス・オンラインに掲載された牧野淳一郎「データ不正提供疑惑・計算ミス発覚の個人被曝線量論文。早野教授は研究者として真摯な対応を」(2019年1月10日、以下「真摯な対応を」)や小宮山亮磨・大岩ゆりによる朝日新聞記事「市民の被曝線量を過小評価した論文 専門家が新たな疑問」(2019年1月16日、以下「新たな疑問」)に書かれています[1]。倫理面の問題については黒川眞一・島明美「住民に背を向けたガラスバッジ論文」『科学』(2019年2月号)が詳しく論じています。

(1) データの提供と位置付けをめぐって

論文では、約5万9000人分のデータを解析しているが、その中で約2万7000人分は本人の同意を得ていないものである。実際、第一論文の表1、2012年第3四半期の部分がN=59056となっています[2]。宮崎・早野論文として発表された研究に関する研究計画書(以下「研究計画書」)の「8 研究対象者の選定方針」には、「閲覧解析の対象者はデータを本機関に提供する同意があったものに限られる」と明記されています。

「研究計画書」の承認申請を行う前の2015年9月13日に早野氏が解析結果を公表していた[3]。「研究計画書」は2015年11月2日に福島県立医科大学学長に提出され、審議結果通知書は2015年11月27日、申請結果通知書(承認)は2015年12月17日に出されています。早野氏の発表は結果通知の3カ月以上前になされたものです。

「研究計画書」の記述と実際のデータの扱いとが一致していない。「研究計画書」「11 研究方法」の「(1) 手順・相関関係図」では「データベース化:伊達市における作業」として「ID付与者の居住地を航空機による空間線量モニタリングの角メッシュと突合」があがっていますが、実際には「GIS化したデータは早野教授に依頼して作成した」、「GIS化したデータは納品してもらっていない。伊達市はもっていない」「GIS化したデータは伊達市から提供したものではない」との指摘が2018年12月6日伊達市議会でなされています[4]。

論文中の記述とデータの扱いが一致していないところがある。第一論文の「1. Introduction」末尾にある「Ethics statement」には緯度と経度を100分の1にして「擬似匿名化」したとありますが、同論文図3にはそれよりも詳細な緯度経度情報が示されています。

(2) 数値の意味付けをめぐって

ガラスバッジ・データの妥当性が検討されていない。個人線量のデータのもととなった伊達市のガラスバッジは、東京新聞が明らかにしたところでは、7割の家庭で屋内に置きっぱなしだったため、そもそもデータとしてそのまま使うには不適切であることが示されています[5]。

第一論文で導かれた、空間線量率と個人線量率の比の平均0.15(実際には中央値らしい)を、追加実効線量を評価するために日本政府が採用した基準に基づき算出される係数0.6と比較して4分の1と述べている。被曝の管理に中央値を考えるのはそもそも適切ではありません。基準は半数の人がそれ以下ならばよいというかたちではたてられませんしたてられていません[6]。

これらの問題は、(1)で見た倫理上の問題がなかったとしても、また、以下でみる数値の操作をめぐる問題がなかったとしても、極めて深刻なもので、論文の主な帰結の意義を失わせるものです

(3) 数値の操作をめぐって

第一論文では「グラフ中で線量が「ゼロ」の人が多すぎるなど、不自然さがある」[7]。

両論文とも平均値と中央値の扱いが混乱している[8]。

第二論文で三つに分けた地区(高い方からA、B、C)それぞれにおける空間線量率と個人線量率の比の平均が算出根拠なしに出てきている。第二論文では対象を「継続してガラスバッジを使っている人」に絞って再計算したと書かれているので数値が異なる理由はわかるが数値の妥当性を検証できない。

「黒川レター」(注[1]参照)で指摘されているように、第二論文には不可解な不整合が複数ある。これについては項目を改めすぐ下の(4)で主なところを説明します。

(4) 「黒川レター」で指摘された第二論文における数値操作の不適切さ(主なもの)

どれが「主なもの」かについての判断は人によって異なるかもしれませんし、また、いずれも重大といえばその通りなのですが、ここでは選択的に紹介します。

はじめに、見通しをよくするための準備を少し。第二論文は空間線量率と個人線量率の関係を使って個人の生涯被曝線量を求めようというものでした。本稿での整理に関わる範囲で論文の展開を簡単に示すと以下のようになります。
  1. 空間線量率の時間推移を一般的なかたちでモデル化する(これが第二論文中の式(1)で示されるf(t)):ここでf(t)は第4回の航空機サーベイ(t=0.65年)で正規化されている(f(0.65)=1)。
  2. f(t)にt=0.65での空間線量率H_{10}^{*i}と空間線量率から個人線量率への換算係数c^iをかけた式を積分し、それに初期被曝(4カ月)の平均外部被曝量の推定値Iを加えることで、時間tにおける累積被曝線量を求める(この式がH_P^iで第二論文中の式(2))、上の^iのiはA地区・B地区・C地区のいずれか)[9]。
  3. このH_P^iをt=70まで外挿して生涯累積線量を求める[10]。
第二論文では、
  • H_{10}^{*A}(0.65) = 2.1 uSv/h, c^A = 0.10;
  • H_{10}^{*B}(0.65) = 1.4 uSv/h, c^B = 0.12;
  • H_{10}^{*C}(0.65) = 0.8 uSv/h, c^C = 0.15
となっています。また、事故後4カ月の平均外部被曝量の推定値Iは1.4 mSvとなっています。

第二論文中、図2はf(t)と航空機モニタリングを重ねたもの、図5はA・B・C各地区についてガラスバッジ測定の累積の箱ひげ図に式(2)に基づく累積線量の推定値を重ねたもの、図6はA地区における線量率についてガラスバッジ測定の箱ひげ図と推定モデルの曲線を重ねたもの、図7は図6を積分して累積の線量を求めたものです(で図5-1すなわちA地区のものと図7で推定の曲線は本来同じ、実測は対象者数が異なる)。図6と図7からは、除染の影響が観察されないという結論が導かれています[11]。

さて、以上の準備を踏まえて、「黒川レター」で指摘されている主な問題を簡単に見ていきましょう。

第一に、与えられた式(1)では図2が書けない。第二論文の説明によるとf(0.65)=1になり、図2は実際そのようになっていますが、与えられた式ではf(0.65)=0.413...となります。正規化係数が式(1)から落ちていることが原因です[12]。下図では点線で描かれた曲線が第二論文の式(2)に従ってプロットしたもの、実線で描かれた曲線が図2に実際に描かれているものです。



第二に、図6の曲線はf(t)に2.1(これはH_{10}^{*A}(0.65)の値)と0.1(これはc^Aの値)をかけたものに基づき求められるはずだが、実際にやってみると、図6の曲線には合致しない。図6の曲線はむしろH_{10}^{*A}(0.65)とc^Aの積を0.21ではなく0.33くらいで算出したものと合っているという話です。下図では実線が0.33、点線が0.21で描いた曲線です。図6は確かに0.33で描いた曲線とほぼ重なります。



第三に、図6を積分したものが図7のはずだが、図6ではガラスバッジ測定の中央値よりも理論曲線の値がほぼ一貫して小さいのに、図7では逆になっている

第四に、図6の曲線に合わせて積分をすると36カ月までで4.8 mSvくらいになるはずなのに、図7では2.7 mSvくらいになっている(なお、図7では、事故後4カ月の平均外部被曝量推定値1.4 mSvが足されていないように見えますが、それを足すと図5-1と一致するはずだけれど一致していません)。下図では実線が図6の曲線にあわせてH_{10}^{*A}(0.65)とc^Aの積を0.33で描いたもの、点線が0.21、短破線が図5に目視であわせたもの、長破線が図7にあわせたものです。



図7はH_{10}^{*A}(0.65) = 2.1, c^A=0.1で描いた累積線量(点線)よりも値が小さく推移しており、大体、H_{10}^{*A}(0.65)*c^A=0.19くらいに合致するようです。図5-1では、35カ月のところで4.7 mSv程度、40カ月のところで5 mSvくらい、50カ月のところで5.5-6mSvくらいになっています。初期被曝の推定値1.4 mSvを引くと図7に重ねることができますが、図5-1の曲線は、大体、H_{10}^{*A}(0.65)*c^A=0.23-0.24という感じです(短破線)。こちらは、H_{10}^{*A}(0.65) = 2.1, c^A=0.1よりも少し高い値を使ったものになっているようです。

第五に、70年後までの生涯累積被曝の推定値は図6に基づくと論文で報告されている18 mSvではなく26 mSvになる

(5) 早野氏の「見解」をめぐって

2019年1月8日に、二論文の著者の一人である早野龍五氏が文科省記者クラブに「伊達市⺠の外部被ばく線量に関する論⽂についての⾒解」を貼出しました[13]。

「見解」では、技術的な問題について、「2018年11月16日に」Journal of Radiological Protection誌から、黒川氏から第二論文に関するレターが届いたのでコメントするよう連絡を受けたこと、早野氏が自ら「作成したプログラムを見直すなどして検討したところ、70年間の累積線量計算を1/3に評価していたという重大な誤りがあること」に「初めて気づ」いたことが述べられています。また、「誤りは第二論文の累積線量の導出に限ったもの」とあります。「見解」別添の資料では、個人線量分布について「3カ月の時間平均を真ん中の月で代表させて表示」した図6を単純に足したために3分の1に過小評価されたこと、「正しくは3倍すべきだった」こと、「また曲線の積分式にも同様な誤りがあり3倍されるべきだった」こと、「図5でも同じ誤りがあった」ことが述べられています。

上で見た「黒川レター」の問題指摘と「見解」とを突き合わせてみるとすぐにわかりますが、「見解」の説明は「黒川レター」の指摘に答えるものにはなっていません。そもそも図6における曲線が本文の記述と合致していないことについて答えていませんし、「黒川レター」が指摘している数値の不整合についても何も述べていません。さらに、仮にガラスバッジのデータを足し合わせるとき3分の1にしたとしても、f(t)に基づく式を積分する操作は3カ月の値を真ん中で代表させていたからそれを3倍するのと「同様な」操作ではなく(f(t)に係数を掛けたものを時間単位と線量単位に注意して普通に積分するだけです)、3分の1に過小評価されたガラスバッジデータの箱ひげ図中央値と式から導いた曲線がそれなりに重なっていることは不可解です。図7の箱ひげ図と曲線を3分の1にしたとしても、中央値と曲線との関係が図6と図7でねじれていることは説明できません。また、3倍しても図6と図7は合わないようです[14]。

同意を得ていないデータを使ったことについては「私たちが伊達市から受け取ったデータには同意の有無を判断出来る項目がなく、さらに幾度となく委託元である伊達市側に解析内容を提示した際にも対象者数に関するご意見なく、適切なデータを提供いただいて解析を行ったと認識しておりました」とあります。

実際にはGIS化作業を早野氏が行っているなど、早野氏が「研究計画書に記載された手順とは無関係に市から早野氏にGIS化依頼した際に渡されたデータを使って」論文を書いたことが具体的な状況から示唆されています[15]。また、2019年2月8日に公開されたOurPlanet-TVの記事「千代田テクノルのデータを研究に使用認める〜宮崎・早野論文」は、論文の1本に関係する解析を、個人線量測定会社「千代田テクノル(本社:東京都文京区)」から提供を受けたデータを使って市からデータを受け取る前に終えていたことを第一著者の宮崎真氏が認めたと報じています。これらを考えると、同意の有無を判定できる項目の有無とは別に、早野氏が1月8日に出した「見解」は、データをめぐる研究倫理の点でもきちんと問題に答えたものではないことがわかります。

なお、ちょうどこの部分を書いた直後に、黒川眞一氏による「黒川名誉教授緊急寄稿。疑惑の被ばく線量論文著者、早野氏による「見解」の嘘と作為を正す」という記事がハーバービジネスオンラインで発表されたので、そちらもぜひお読みください。「レター」の科学コミュニケーション上の位置付けも含め、問題が整理されています。


以上のまとめを踏まえて、「終わらせていいのか」の検討に入ることにしましょう。よろしければ左下の「>>続きを読む」をクリックしてください。


19:47 | Impressed! | Voted(8) | Comment(0) | 社会情報リテラシー講義

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