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2011/04/07

社会情報リテラシー講義 第2回

Tweet ThisSend to Facebook | by kyo
社会情報リテラシー講義:福島原発事故をめぐる「安全」報道を考える

第2回 基準と単位を整理する

1. はじめに

今回は、基準と単位を整理します。

基準について:なによりもまず、平時の(通常の)基準を確認します。2011年3月11日に原子力緊急事態宣言が出され、原子力発電所の事故は収まっていないのですから、現在は、「平時」ではありません。日本政府が食品等について「暫定基準」を設定していることも、現在が「平時」でないことを示しています。

それでも「平時」の基準を出発点として重視するのは、以下のような理由からです:
  • 平時の基準がわからないと、緊急時の基準をどう考えてよいのかもわからなくなります。平熱が36度の人が37.5度の熱を出したときと、平熱が37度の人が37.5度の熱を出したときでは、少し違うようなものです(あまりしっくりいく喩えでなくてすみません)。
  • 平時の基準をしっかり踏まえておかないと、そもそも現在言われている基準が緊急時の基準なのかどうかさえ、次第に曖昧になってしまいます。平熱を知らなければ、体温を計って38度という結果がでても、それが高い熱であることさえわかりません。
現在、メディア等で報じられている暫定基準などは緊急時に適用される基準です。これについては、いくつかの例を必要に応じて後の回で扱います。

単位について:メディアで頻繁に目にするベクレルとシーベルトを扱います(今後の状況によっては、他の単位についても説明を加えることになるかもしれません)。

今回もまた、残念ながら長くなります。また、少し抽象的なお話しもあります。抽象的な整理は今回で終わりですので、もう少しだけ我慢してください。

2. 基準

ここでは、基準の中身を確認するとともに、基準の位置づけもはっきりさせます。

2.1 基本的な平時の基準

国際放射線防護委員会(ICRP)の1990年勧告[1](角カッコで囲んだ数字は末尾にあげる文献・情報源の番号に対応します)によると、自然放射線(世界平均で年間2.4ミリシーベルト、日本では情報源によって異なりますが1.0~1.5ミリシーベルト程度と言われています)以外で人々が平時に受ける線量の限度は、

1年間 1ミリシーベルト(mSv)

とされています。日本でも、ICRPの基準をもとに、線量限度を

1年間 1ミリシーベルト

と定めています[2]。この限度値は、外部被曝と内部被曝の合計値とされています。

この基準の基盤となっているのは、放射線の影響に関する「線形しきい値なし(LNT)モデル」という科学的なモデルです。この妥当性は、米国科学アカデミーをはじめ、多くの団体や研究者が採用している標準的な科学的知見と言うことができます[3][補記2011年4月8日]。

これに従うと、受ける線量が

1年間 1ミリシーベルト増えると、癌になる確率が0.000073だけ増える

とされています。約1万4000人が1ミリシーベルトの放射線を受けたとすると、そのために癌になる人が1人出る、というわけです。

ちなみに、このモデルは「線形」(単純な比例関係)なので、

10ミリシーベルト だと 0.00073
100ミリシーベルト だと 0.0073

発癌の確率が増えることになります(線量が多いと確率的な影響が確定的な影響に変わります)。

飲料水の基準については、次回、数値を扱うときに紹介します。

2.2 社会的基準と科学的知見・主張

2.1では、LNTモデルについて、少し意図的に「科学的知見」という言葉を使いました。これに対して、研究者や科学者は(専門であればあるほど)様々な見解を表明する可能性があります。LNTモデルに賛同する人もいるでしょうが、1ミリシーベルトを越えたって大丈夫という人もいるでしょうし、次のような主張を行う専門家もいます:

欧州緑の党が設立した欧州放射線リスク委員会 (ECRR) は2003年勧告の中で、セラフィールド再処理施設の小児白血病の発生率がICRPの基準からの予測値より100倍以上多いと報告している。その上でホットスポット仮説を考慮すると現在のLNT仮説は内部被曝や低線量の被曝を過小評価しているため、放射線防護基準はICRPの基準より少なくとも10倍厳しくするべきだと主張している[4]。

実際、マスメディアでもネット上でも、専門家が、こうした基準の「科学的」妥当性をめぐって、様々な意見を表明しています(専門家がそれぞれの科学的知見を表明するのは普通のことでしょう)。

けれども、今、色々な情報を読み解き、状況を判断するためにまず重要なのは、基準に書かれた内容をめぐる科学的な見解や論争ではない、という点をしっかり確認しておくことがとても大切です。

基準に書かれた内容をめぐる様々な科学的見解や論争は科学的知見・主張のレベル(第1回講義を参照して下さい)に属します。それに対して、基準そのものは、社会的なレベルに属するものです。

この二つのレベルをしっかり区別することが、様々な情報を前に混乱を割けるために重要なのです。

次のような仮想的状況を考えてみましょう。

科学的主張1:両目視力0.7以上の人が道幅Aメートルで直線がBメートル続く道路では、時速120キロを出しても事故を起こす確率は1000兆分の1(つまりほとんど0)である。

今、道幅Aメートルで直線がBメートル続く道路が実際にあっり、その道路の法定制限速度が60キロだったとします。
  1. 科学的主張1に依拠して、時速120キロでこの道路を走行してOKでしょうか?
  2. 科学的主張1に依拠して、時速120キロでこの道路を走行してOKと言うのはOKでしょうか?
  3. 科学的主張1に依拠して、この道路の制限速度を120キロに変えるよう提案することはOKでしょうか?
「科学的主張1」が正しい(と多くの人が思っていた)としても、1と2は、やっぱりダメです。OKなのは3だけです。

そしてこの3は、基準の見直しという、まっとうな社会的プロセスにのっとって行われるべきものです。

もう少し一般的な言葉でまとめてみます。
  1. 「科学的主張」をもって基準に違反した行動を取ることも、基準に違反した行動を取ってよいと主張することも、ともに不適切である。
  2. 「科学的主張」をもって基準の変更を提唱することは不適切ではない。ただし、基準を変更すること自体は社会的なプロセスである。
今、色々な情報を前に私たちが混乱してしまう一つの原因は、情報が科学的な知見をめぐるものなのか、基準についてのものなのかがわかりにくくなっていることにあると思います。

科学的知見や意見・主張のレベルと社会的基準のレベルの間に、ここで整理したような関係があることを常に頭に置いておけば、特に基準値をめぐる情報や意見を前にしたときに混乱を少しだけ減らせます(後の回で、具体的に考えていきます)。

2.3 社会的基準と「安全」

自然放射線以外で人々が平時に受ける線量の限度についての通常の基準である、

1年間 1ミリシーベルト

に戻りましょう。この基準の基盤となったLNTモデルによると、これにより、

1万4000人 に 1人

癌になる確率があるとされています。これは「安全」と言えるでしょうか?

10ミリシーベルト ならば 1400人に1人
100ミリシーベルト ならば 140人に1人

です。今度はどうでしょう。「安全」と言えるでしょうか?

第1回講義4.2では、「私たちは、普通に大体のところ基準が満たされていれば『安全だ』と考えます」と書きました。また、「安全」かどうかの判断は人によって違うけれど、便宜上、ある程度社会的に共有された理解のレベルを指すかたちで使うとも言いました。

実は、LNTモデルに基づく1ミリシーベルトという基準について、原子力安全委員会は次のように説明しています:

法令により定められている線量限度(例えば、周辺監視区域外において、実効線量で1ミリシーベルト/年)は、・・・・・・この限度以下であれば、放射線による障害は、発生するとしてもその可能性は極めて小さく社会的に容認し得る程度のものと考えられているのです[5]。

社会的に共有されたレベルで「安全」という言葉が使われるときには(例えば政府関係者が使うときには)リスクが「社会的に容認し得る程度のものと考えられている」ことを意味することがわかります。

それを「安全」と呼ぶのが気持ち悪い場合には、「ぎりぎり危険過ぎない(と社会的に定められた)」と考えるとよいでしょう。

「1万4000人に1人というのはとんでもなく危険」だと思ったときはどうすればよいでしょうか。上で出した道路の例で、時速20キロでようやくOKと考える人にどんな対処策があるかを考えるとわかりやすいと思います。
  1. 自分が運転するときは時速20キロ
  2. 他の人については諦めるか、いちいち個別に説得する
  3. その道路には近づかない
  4. 制限速度を厳しくするよう規則の改訂を働きかける
といったことでしょうか。基準を越えた場合と違い、個人的な対策を取ることはできますが、規則そのものを変えようとするならやはり社会的な働きかけが必要となります。

大切な補足:「社会的な働きかけ」、「社会的なレベル」と書きました。けれども、これらは、独立して判断できる(とされる)大人を想定したものです。例えば子ども特に乳幼児には、これは当てはまりませんから、別のかたちで考える必要があります。

2.4 例外的な基準の位置づけ

今は原子力緊急事態宣言が出された非常時です。ですから、これまで述べてきた通常の基準が適用できないことがあります。

放射能については、例外のための基準があります。
  • 一つは緊急時のもの。ICRPが定めた緊急時の対応基準では、年間20~100ミリシーベルトを勧告しています[6]。
  • もう一つ、平時でも特別な場所について扱う基準(放射線管理区域の場合)があります。
いずれも、「どうしてもやむを得ない/必要な場合」にのみ適用されるものです。

福島第一原子力発電所の事故により、放射線量が高まっているため、場所によってはどうしてもやむを得ないこともあるでしょう。

この「どうしてもやむを得ない」状況は、決して軽く考えることはできません。

軽く考えてしまうと、たとえば、年度末年度始はたくさんの未成年が酒を飲むという現実があるからから年度末年度始は未成年の飲酒を認める、というのと同様、本末転倒した考え方をし始めてしまう可能性が出てきます。

現実が規則を逸脱するからといって、どんどん規則を変えて行くのは話が逆です(こうした点については法律の専門家がきちんと整理してくれるとよいのですが)。

例外的な規則が「どうしてもやむを得ない」場合のものであること、また、どの範囲で「どうしてもやむを得ない」のか、そのいずれもが曖昧になってしまっていることも、現在私たちが感じる混乱の理由の一つだと思われます。

蛇足ですが、「やむを得なさ」への便乗について。

両親が仕事で遅くなるので、小学校6年生の子どもがやむを得ず出前を取ることにしました。(小学校6年なら自分で料理くらいしろよ、おまい、という声はさておいて)、これはやむを得ないとみなすことができます。

でも、ついでに、「親が戻ってこなくてやむを得ないから歯も磨かないでおこう」というのは少しヘンです。これを日本語では「便乗」と呼ぶことがあります。

2.5 補足

ここまでは「基準」と言う言葉を、逸脱してはいけないものというイメージで使ってきました。実際のところ、絶対に逸脱してはいけないのではなく目安を与えるような基準も存在します。

その場合でも、具体的な「幅」が異なるだけで、基準というものの位置づけは変わりません。

3. 単位:ベクレルとシーベルト

最近、ベクレル(Bq)とシーベルト(Sv)という単位をよく耳にします。これらは、次のようなものです。

ベクレル(Bq):放射性物質からどれくらいの放射線が出ているかの単位で、ある方法で測定した放射線そのものの量です。

シーベルト(Sv):放射線の人体への影響を考えに入れた線量単位で、「将来的にがんにより死亡する確率の大きさの指標」[7]として表現したものです。ちなみに、

1シーベルト(Sv) = 1000ミリシーベルト(mSv)
1ミリシーベルト(mSv) = 1000マイクロシーベルト(μSv)

です。

人体への影響を論ずる時にはシーベルトを用いるのが適当です。2で紹介した基準のモデルでは、
  • 1ミリシーベルト だと 1万4000人 に 1人
  • 10ミリシーベルト だと 1400人 に 1人
  • 100ミリシーベルト だと 140人 に 1人
放射線に晒されたことが理由で癌になる人が出ることになります。

ベクレルで表される量がシーベルトでどのくらいになのかは、誰もが関心を持たれるでしょう。また、自分がわかる範囲で摂取する線量を0.3ミリシーベルトに抑えるためには、何ベクレルまで大丈夫なのかも、知りたい人が多いと思います。

ベクレルとシーベルトの関係は、年齢、放射性物質の種類、様態、摂取の経路などによって異なり、単純ではありません。例えば、関係を示す「実効線量係数」を定めたICRPの報告書には膨大な表が付与されています[8]。

そこで、現在、一番よく報じられているヨウ素131とセシウム137について、ICRPの基準および原子力安全委員会の基準に基づき、変換プログラムを作成しましたので、ご活用下さい。


使い方は次の通りです:
  1. 換算基準から、どちらかを選ぶ
  2. 対象物質から、どちらかを選ぶ
  3. 年齢を指定する(換算基準によって年齢範囲が違ってきます)
  4. 摂取パターンを指定する(基本は経口か吸入かですが、換算基準によって摂取パターンも違ってきます)。
  5. 数値を入力する欄が現れます。2つの計算方法があります。
  • 単純にベクレルかシーベルトを入れる場合(上)
  • 例えば1キロあたり210ベクレルが含まれるほうれん草を216キロ食べると何ミリシーベルトになるかを出す場合(下)
なお、セシウム137の場合、同じベクレルに対し、成人の方が若年層よりも少ないシーベルトになる場合(通常と逆の場合)があります。原文書の係数を確認しましたが、そのようになっています。

4. 次回

次回からは(ようやく)具体的に報道を扱います。次回は、報道に見られる数値を確認します。

5. 文献・情報源

[1] ICRP (1991) "ICRP Publication 60: 1990 Recommendations of the International Commission on Radiological Protection," Annals of the ICRP, 21(1-3).
[2] 例えば原子力安全・保安院の解説を参照.
[3] Committee to Assess Health Risks from Exposure to Low Levels of Ionizing Radiation, Board on Radiation Effects Research, Division on Earth and Life Studies, National Research Council of the National Academies (2006) Health Risks from Exposure to Low Levels of Ionizing Radiation: BEIR VII, Phase 2. National Academies Press. 
Brenner, D. J. et. al. (2003) "Cancer risks attributable to low doses of ionizing radiation: Assesing what we really know," Proceedings of the National Academy of Science of the USA, 100(24), p. 13761-13766.
[4] Wikipedia 「被曝」の項(2011年4月7日確認)
[5] 原子力安全委員会 (2001) 「発電用軽水型原子炉施設周辺の線量目標値に関する指針(昭和50年5月13日/一部改訂 平成元年3月27日/平成13年3月29日)」 
[6] ICRP (2009) "ICRP Publication 109: Application of the Commission's Recommendations for the Protection of People in Emergency Exposure Situations," Annals of the ICRP, 39(1).
[8] ICRP (1996) "ICRP Publication 72: Age-dependent Doses to Members of the Public from Intake of Radionuclides: Part 5," Annals of the ICRP, 26(1).
[補記2011年4月8日] 文献番号[3]の最初の文献における見解は米国科学アカデミーそのものの統一見解ではなく、文献をまとめた委員会の見解です。本文中の記述はもとのまま残しました。

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