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2015/09/25

学者とヨハネと南京虫と

Tweet ThisSend to Facebook | by s_otani

研究者同士の雑談で、
「写本調査に使う虫眼鏡は、調査旅行で泊まる宿で
ダニや南京虫などがいないかを調べるのにも使える(血糞跡を探す等)」
などの話題が出てふと思い出したのですが、
初期キリスト教において溢れかえっている奇跡譚の内でも、
私が特に気に入っている南京虫エピソードがあるのです。
そこで今日はそのエピソードを御紹介。
取り上げる史料は、かなり確証のできない推定ではあるのですが、
紀元後3世紀頃に、おそらく小アジアからシリアあたりで書かれた、
『ヨハネ行伝』と呼ばれる、その筋の人が「キリスト教新約外典行伝文学」
と呼ぶテキストの一つです。キリストの弟子であり使徒であるヨハネが、
奇蹟連発の宣教を行うという、かなり小説的な内容です。
これは現在、大貫隆訳によって、
荒井献訳他訳『新約聖書外典』講談社1997年で読むことができます。
以下に引用する南京虫のエピソードは第60-61章で、146-7頁。
長いですが、お気軽にご一読いただければ。

聞き分けのよい南京虫

60さて、私たちがその旅の最初の日にある安宿に到着して、ヨハネのための寝台のことで難儀したとき、愉快な出来事を経験した。その宿の片隅に壊れかけた寝台があった。そこで私たちはそのうえへ、着ていた上着を敷いておいて、それに横になって休息してくれるよう彼にお願いし、その他の者は全員が床の上で眠った。ヨハネはそれに横にはなったが、南京虫に煩わされる羽目となった。夜半を過ぎるころ、不快さは募りに募り、遂に彼は身体を起こすと、私たちが聴いている前で、虫たちに一喝した、「おい、南京虫、今夜のところは皆よく聞き分けて、おまえたちの棲み家を離れ、何処か他のところにひとつになって静かにしていなさい。私たち神に仕える僕から遠く離れていなさい」。これを聞いて私たちはこらえ切れずに笑い出してしまった。私たちは互いになお談笑し合っていたが、ヨハネは眠りについた。私たちは話の声を低め、彼の眠りの妨げとならないようにした。

61翌朝、太陽の光が射し始めたとき、私はまっさきに起き上がった。ベーロスとアンドロニコスも私と一緒であった。すると、私たちが泊った部屋の戸の前に、無数の南京虫が待機しているのを確認した。私たちはその大変な光景に驚いてしまった。他の兄弟たちもその虫たちの所為で起き上がってしまった。しかし、ヨハネはまだ眠り続けていた。彼が目覚めてから、私たちは私たちが見たことを教えた。すると、彼は真代の上に起き上がって、虫たちを眺めて云った、「お前たちはよく聞き分けて、私の叱責に従ってくれた。だから、もう今は、おまえたちの棲み家に戻ってよいぞ」。こう云ってヨハネが起きて寝台を離れると、南京虫たちは大慌てでその戸口から寝台に向かって走り寄り、その脚をつたって隙間へ入り込んで見えなくなった。そこでヨハネは再び云った、「この生き物たちでさえ、人の声を聞き分けて、云いつけにそむくことなく、じっと静かにしていたというのに、私たち人間は神の声を聞きながらその戒めは破るし、心の思いは軽率である。本当に何時までこうなのであろう?

このエピソードの中で注目したいのは、
南京虫が使徒ヨハネの命令を聞いて、彼が宿に泊まる夜は
一晩ベッドを一時退去していたという点もそうですが、
ヨハネが南京虫に命令したとき、弟子たちはこれを聞いてみんなで笑っているところです。
福音書以来、弟子が師匠の正しさや真意が理解できなくて間違っちゃう、
というのは初期キリスト教テキストでしばしば目にするパターンに思えますが、

「やべー師匠が虫に命令し出したぞ、いや笑うなって、笑ったら悪いって!!」

というノリは中々貴重な気もします。もちろん、その後奇跡が起こり、
弟子たちが「師匠の神通力マジだったわすげーわ」となるのですが。
僕たち初期キリスト教研究者が普段読んでいる史料とは、
こんな脱力エピソードが含まれていたりします。
もちろん、そんなエピソードが挟み込まれる理由を分析していくのがとても大事なお仕事なのですが、
単純に史料を読んで楽しいときって、こんな箇所に出会うときだったりします。
00:56 | 投票する | 投票数(2) | コメント(0) | 雑記