悪のペンギン帝国

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2013/09/02

iPS細胞からがん遺伝子を取り除く

Tweet ThisSend to Facebook | by HiddeN
前回までは、ウイルスを使ってゲノムに新しい遺伝子を入れると、元からゲノムにあった遺伝子の異常を引き起こすことがあり、場合によっては細胞ががん化することも・・・という話をしてきました。


ところで、遺伝的な病気に対する遺伝子治療では、治療用に入れた遺伝子はずっと機能しておいて欲しいものですが、細胞をiPS化するために外から遺伝子を入れる場合は、ちょっと事情が違います。iPS化を誘導するための遺伝子は、元の細胞がiPS細胞になるまでの間だけ働いてくれれば良いわけで、その後は用済みです。

それどころか、iPS化に使う遺伝子(Oct4, Sox2, Klf4, c-Myc)の中でもc-Mycはがん遺伝子で、がん化の原因になり得るので、iPS細胞になった後はむしろどこかへ行って欲しいくらいです[1]。


その他の遺伝子にも実は問題があります[2]。

Klf4はそれ自体ががん抑制遺伝子としての働きをもつ一方で、場合によってはp53という他のがん抑制遺伝子の働きを抑えてしまうことで、逆にがん細胞の増殖を促進してしまうことがあります[3]。
Oct4はがん細胞の抗癌剤耐性を高めますし[4]、Sox2についても、本来であれば腫瘍を形成しない細胞を腫瘍を形成する細胞に変えてしまうという報告[5]やがん細胞がアポトーシスにより死ぬのを抑え、がん細胞の増殖を促進するという報告[6, 7]があります。更に、Oct4やSox2の発現レベルが高い(Oct4やSox2の遺伝子からOct4やSox2のタンパク質が多く作られている)がんでは、再発の危険性が高いとも言われています[8]。


また、問題はがん化だけではありません。iPS化に使う遺伝子というのはつまりは、iPSでない細胞をiPS細胞に変える遺伝子ということですが、これは逆に言うとiPS細胞がiPSでない細胞に変わるのを邪魔する遺伝子でもあります[9]。しかし実際に治療や薬効評価に用いる際には、iPS細胞をiPS細胞のまま使うということはなく、他の細胞に変えてから使います

例えば、皮膚の細胞から作ったiPS細胞を目の治療に使う場合、

皮膚の細胞(iPSでない)→iPS細胞→目の細胞(iPSでない)

という経路をたどらせるわけです。そして第一段階で使用した"iPSでない細胞をiPS細胞に変える遺伝子"は、第二段階の「iPS細胞→目の細胞(iPSでない)」の矢印をむしろ逆向きにする方向には働いてしまい、邪魔だというわけです。



以上のように、

①細胞をがん化させる危険性がある
②iPS細胞を他の細胞に変える邪魔をする

という理由から、iPS細胞を作るために入れた遺伝子は、iPS化が完了したら無くなって欲しいところなのですが、レトロウイルスやレンチウイルスを用いてゲノムへ入れてしまった遺伝子は、普通はそのままずっと残り続けます(もっとも、遺伝子自体はそのまま残っても、"サイレンシング"といって遺伝子が機能するのはストップされたりもするのですが)。

しかし役に立つ時はさんざん使っておいても、用済みになったら邪魔だから消えてもらおう、と思うのがにんげんというものです。

にんげんだもの
相田 みつを
文化出版局(1984/04)
値段:¥ 1,580





というわけで、一度入れた遺伝子を後から取り除けるようなレンチウイルスも作られました。


いったいどうするのか。


ここで登場するのが、「Cre」という酵素です。この酵素の「Cre」という名前は、「Cyclization recombinase」から来ています。「Cyclization」は環状化、「recombinase」はDNAを組み換える酵素、を意味しています。つまりそのまま解釈すれば、Creは「環状化するようにDNAを組み換える酵素」ということになります。

で、実際にこのCreという酵素が何をするのか、とDNAに含まれる4種類の塩基A (アデニン)、T (チミン)、G (グアニン)、C (シトシン)の配列がATAACTTCGTATAGCATACATTATACGAAGTTAT」になっているところ(この配列をLoxPと呼びます)を「ATAACTTCGTATAG   CATACATTATACGAAGTTAT」(下の図で言うと赤字の部分と緑字の部分の境目)で切って、また繋げるのです。ちなみに、セットになっているもう一本のDNAは「TATTGAAGCATATCGTATGT    AATATGCTTCAATA」という風に切断されます。

※厳密に言うと、上の図のようにDNAの二本鎖を両方切断してから繋げるわけではなく、片方を切断して繋げてから、もう片方を切断して繋げるようなのですが [10]、それを図で表現しようとするとなかなかに見づらく分かりづらい感じになってしまうので、ここではちょっと正確性を犠牲にしています。


で、これに何の意味があるの?と思われるかもしれません。確かにLoxPが一つしか無かったらそうなのですが、LoxPが複数ある場合、赤字部分と緑字部分は、何も切った後に元と同じ組み合わせで繋げなくてはならないわけではありません。
つまりはこういうことができます↓


ここにLoxPが2つあるじゃろ

こうじゃ



というわけで、二本鎖×1セットだったDNAから2つのLoxPに挟まれている部分を切り出して、二本鎖×2セットに分けてしまえるのです。ちなみに、上の図の矢印は逆向きに進むことも有り得ます。つまり、元々2セットだったDNAのLoxPがそれぞれ切断された後、1セットのDNAになるかたちで繋ぎ直される、こともある、ということです。しかしながら、それが起こるためには2セットの別々のDNAが偶然近くにきていないといけないので、1セットを2セットに分ける方と、2セットをくっつけて1セットにする方、どちらが起こりやすいかというと、分ける方です [11]。

くっついたものが別れるのは簡単だけど、一度別れてしまったものが再度くっつくのは難しいのです。
今これを読んでいる人の中にも、CreがDNAを切り出すがごとく、「別れてくれ」と切り出そうとしている人がいるかもしれませんが、このCre/LoxPシステムを他山の石として、もう一度考え直してみてはいかがでしょうか。
いやー今回は珍しく良いこと言ったなー。まあ、今の時代、FacebookやらTwitterやらでたちどころにストーカーやら何やらに居所をつきとめられたりするので、別れる方がむしろ難しいかもしれませんけど?(台無しだ)



さて、話を戻しますと、今回のテーマは「細胞をiPS化させるのに使った遺伝子を、iPS化完了後いかにして除くか」でした。
上の、CreによりLoxPで挟まれたDNAが切り出されるの図を見たら、もうどうすれば良いかわかるのではないでしょうか。



このように、レンチウイルスを使ってゲノムへiPS化のための遺伝子を入れる際、両側にLoxPを付け加えておけば良いのです。そうすれば、iPS化が完了した後は用済みになった遺伝子をCreを使ってゲノムから取り除けるというわけですね [9, 12-14]。こうしてiPS化のために加えた遺伝子が除かれたiPS細胞は、除かれていないiPS細胞と比べると、他の細胞への分化がきちんと起こりやすいようです [9]。


…が、しかし、実はこのCre/LoxPシステムを搭載したレンチウイルスも完璧というわけではありません。というわけで次回に続きます。



参考文献










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