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2015/12/21

【評伝】クルト・マズア氏--行動する指揮者の後世への功績

Tweet ThisSend to Facebook | by suzumura

現地時間の12月19日(土)、指揮者のクルト・マズア氏が死去しました。享年88歳でした。


ドイツ東部シュレージエン地方のブリークに生まれ、ライプツィヒでピアノ、作曲、指揮法を学んだマズア氏は、1955年にドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団の指揮者に就任すると、1960年から1964年までベルリン・コーミッシェ・オーパー、1967年から1972年まで再度ドレスデン管の指揮者を務めました。


東ドイツの指揮者として経歴を重ね、「伝統的様式美の魅力が味わえる、古いタイプのドイツの良さを残した演奏を行える指揮者」という評価を確立しつつあったマズア氏が国際的な注目を集めたのは、音楽ではなく政治でした。


すなわち、1989年10月9日にライプツィヒで東ドイツの民主化を求めるいわゆる月曜デモが発生した際、1970年からライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の楽長(カペルマイスター)を務めていたマズア氏は、武力弾圧を検討していた当時のホーネッカー政権の方針に強硬に反対するとともに示威運動に参加した市民らにも暴力の自制を求めました。


マズア氏らの呼びかけもあり、示威運動では流血などは起きず、10月18日にエーリッヒ・ホーネッカー国家最高評議会議長の辞任、11月9日のベルリンの壁の崩壊、1990年10月3日の東西ドイツ統一へと結実したことで、マズア氏は「活動する音楽家」としてドイツ国内だけでなく、国際社会から賞賛を受けることになったのでした。


いわばマズア氏は東西ドイツの再統一の立役者の一人でした。それだけに、1990年11月3日にベルリンのシャウシュピールハウスで東ドイツ政府が主催した公式記念式典でロタール・デメジエール首相の演説の後にベートーヴェンの交響曲第9番が演奏された際にマズア氏が指揮を担当したのも、当然のことといえるでしょう。


このように、国際社会から注目を集めたマズア氏は、1994年5月にリヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカー大統領が退任する際にはキリスト教民主同盟の幹部がマズア氏を大統領候補に擁立することを示唆するなど、音楽家としてよりも政治の分野で話題となることが多くなりました。


しかし、1991年に世界屈指の楽団と呼ばれたニューヨーク・フィルハーモニックの音楽監督に就任し、1743年に創立したヨーロッパ最古の楽団であるゲヴァントハウス管とニューヨーク・フィルという1842年設立の全米最古の楽団の音楽監督を兼任する指揮者になるなど、1990年代以降は音楽面でもドイツ以外の国に舞台を広げるようになりました。ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団首席指揮者(2000-2007年)、フランス国立管弦楽団音楽監督(2002-2008年)などの地位は、マズア氏の国際は指揮者としての活動の一端を示すものです。


ややもすれば旧東独の無血革命への貢献に注目されるマズア氏ながら、晩年はライプツィッヒと関わりの深いフェリックス・メンデルスゾーン・バルトルディの研究や作品の普及に尽力した点は見逃すことが出来ません。


「チャイコフスキーの曲なら会場は満席だが、メンデルスゾーンだと半分しか埋まらない」という経験を重ねてきたマズア氏は、全ての演奏会で必ず一曲はメンデルスゾーンを取り上げるようにし、ゲヴァントハウス管とは演奏旅行だけでもメンデルスゾーンの作品を1000回近く指揮したほどでした1


こうした取り組みは音楽面だけに留まらず、荒廃していた住居を再建したほか、1991年にフェリックス・メンデルスゾーン・バルトルディ基金を設立し、メンデルスゾーンの再評価を進めたこと2は、メンデルスゾーンがヨハン・セバスチャン・バッハを評価することで「忘れられた作曲家」から「偉大な作曲家」になったように、メンデルスゾーンを「無視されてきた作曲家」から「重要な作曲家」へと変貌させるために不可欠な努力であったといえるでしょう。


1968年のプラハの春に抗議してヴァーツラフ・ノイマンがカペルマイスターを辞任するなど、絶えず政治と関わってきたゲヴァントハウス管で指揮者としての経歴の大半を過ごしてきたマズア氏は、あえて政治と関わることで音楽に専念できる環境を求めたともいえますし、そうすることで、音楽と社会が無関係ではないことを実証してきたともいえるでしょう。


後進に「ベートーヴェンの交響曲は8番までを深く理解することが重要だ」と教え、あるいは、交響曲第9番の第4楽章におけるチェロとコントラバスが演奏する箇所を「人と預言者の対立を表すこの部分は、オーケストラを「信頼」しなければならない」という指摘は、活動する音楽家としての事績とともに、マズア氏の含蓄に富む言葉として後世にも語り継がれることでしょう。


1 メンデルスゾーンにぞっこん、仏国立管弦楽団音楽監督クルト・マズア氏. 日本経済新聞, 2006年10月18日夕刊5面.
2 The Felix Mendelssohn-Bartholdy Foundation. year unknown, http://www.mendelssohn-preis.de/eng/felix-mendelssohn-bartholdy-stiftung.html (accessed on 21st December 2015).


<Executive Summary>
Critical Biography: Dr. Kurt Masur-- Conductor in Action (Yusuke Suzumura)


Dr. Kurt Masur, a Former Kapellmesiter of the Leipzig Gewandhaus Orchestra, had passed away at the age of 88 on 19th December 2015. He is well-known conductor not only in the field of conduction but also in the world of politics. He is also remarkable by his efforts to keep and tell achievements of Felix Mendelssohn Bartholdy.


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