錯視日誌 - はじめに -

 
 錯視日誌では、研究、教育、アート,その他のことについて、いろいろなことを書いています。数理視覚科学の研究から生まれた学術的な新しい錯視図形や錯視アートの新作も発表しています。もともとは文字列傾斜錯視日誌という名前で、文字列傾斜錯視自動生成アルゴリズム(新井・新井、特許取得、JST)による作品の発表を中心にしていましたが、文字列傾斜錯視以外の話題が多くなってきたので、名称を「錯視日誌」に変えました。

Copyright Hitoshi Arai. 本日誌の文及びオリジナル画像の無断複製・転載を禁止します
錯視についてならば錯視の科学館へどうぞ.入り口はこちら:

http://araiweb.matrix.jp/Exhibition/illusiongallary4.html

 

錯視 日誌

錯視日誌 >> 記事詳細

2018/06/04

早稲田大学学芸会

Tweet ThisSend to Facebook | by araih
 日曜日の午後に『早稲田大学学芸会』という催しがありました。大正時代に発足した教員の親睦会だそうで、新任教員は無料ということもあって、とりあえず行ってみることにしました。今回の開催場所は国立演芸場。プログラムは落語など10演目の構成です。
 落語といえば、私が学生の頃、興津要という古典落語を研究されている有名な早稲田の先生がいらっしゃいました。ご著書を何冊か読んだことがあったので、講義を受けたいと思いつつも、一度も果たすことなく卒業してしまいました。早稲田には演劇博物館もあり、私の勝手な想像に過ぎませんが、古典芸能の研究・普及には力を入れているのかもしれません。

 早稲田大学学芸会は、まず前座の若い落語家による小咄でスタートしました。熱演されていたのですが、プログラムには名前も載っていません。近い将来名前が載るように、ぜひこれからもがんばってほしいと心の中で声援を送りました。
 プログラムの最初は早稲田大学文学部出身の落語家 古今亭志ん吉さん。早稲田大学をネタにした創作落語です。舞台は架空の大隈家。そこの息子が早稲田ではなく慶応を受験したい、しかし大隈家の跡取りが慶応に行くのはけしからんと母親が猛反対する話です。この出し物、聴衆の殆どが早稲田の関係者ということもあって、終始おおうけでした。この噺で知った豆知識ですが、早稲田大学応援部チアリーダーズの名称が「BIG BEARS」で、これが「大隈(オオクマ)」から来ているのだそうです。

 取りは金原亭馬生師匠。演目は「佃祭」でした。とにかく文章としてきれいな日本語で、情景描写もまるで谷崎潤一郎か永井荷風の小説であるかのような表現豊かなものでした。
 噺の主人公は神田で小間物屋を営んでいる次郎兵衛さんという人です。この次郎兵衛さんが大の祭り好きで、その日もおかみさんの反対を押し切って、佃島の祭りに行きます。その帰り、渡し船の最終便に乗ろうとするところを見知らぬ若い女性が袂をしきりに引っ張り呼び止めます。あまりに強引に船に乗るのを引き留めるので、次郎兵衛さんはとうとう最終の渡し船に乗り損なってしまいます。遠ざかる船を気にしながら、次郎兵衛さんはどういうわけかを問いただします。その若い娘が話すには、5年前にある御店に奉公しているとき、奉公先の金子3両をなくし、途方にくれて橋から身を投げようとしているところ、通りすがりの次郎兵衛さんが投身を止めさせ、さらに3両をくれたというのです。話を聴いているうちに、次郎兵衛さんもそのことを思い出します。その娘さんは3年前に佃島の漁師のところに嫁ぎ、今は幸せに暮らしている、それもこれも次郎兵衛さんのお陰だ、次郎兵衛さんは命の恩人だと、何度もお礼を言います。亭主が漁師なので舟は後で出しますので、これから家に来てお酒でも飲んで欲しいということで、次郎兵衛さんもご相伴にあずかることにしました。
酒と肴が進むうちに、突然近所の漁師仲間が駆け込んできて、最終の渡し船が転覆し、死者も出ている、大変な騒ぎだと言います。
びっくりしたのは次郎兵衛さん・・・・と話は更に続きます。

 昔聴いた先代の馬生も、この噺ではありませんが、こういった人情噺は印象に深く残っています。今回の噺も先代とは違った趣があり、面白く、淡々と進む語り口には,日本語って美しい言葉だ、と感じさせるものがありました。
06:45 | 投票する | 投票数(0) | コメント(0)

カウンタ

来客数442365