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2011/06/18

分子生物学エッセイ(5)脆弱X症候群とリピート伸長病

Tweet ThisSend to Facebook | by あだちしゅん

はじめに

 

 ヒトの遺伝病は、DNA傷害時の修復に伴うDNAの欠失・挿入・点突然変異によって起こるものとされていた。1991年にリピートの伸長により起こる遺伝病の存在することが脆弱X症候群遺伝子で示されて以来、様々な遺伝病でリピートの伸長により遺伝子の転写・翻訳系に異常をきたして発症することが知られるようになった。このことは、遺伝病の原因となるDNA異常の様式に新たな概念を提供するとともに、遺伝子構造の変化にともなう実際の発現様式の変化の新たなパラダイムを提出することにもなる。授業の中ではHungtington病について口述されていたが、ここでは転写サイトのコーディング領域ではなく非コーディング領域でリピートの伸長が起こる点でHungtington病とは少し違った発症機構を持ち、また最初にリピート伸長病であると言われるようになった脆弱X症候群の発症機構と、そこから考えられることについて述べてみる。

 

 

1. 脆弱X症候群の原因遺伝子

 

 最初に脆弱X症候群の原因遺伝子が何であるのかについて述べる。この病気は精神遅滞症の一種で、身体的には長い突出した耳、細長い顔、前頭部と下顎の突出、関節の過進展性、筋緊張低下、ルーズ皮膚、成人では大きな顔が見られ、神経病理学的には樹状突起上のスパインの形態異常、海馬及び視床の肥大化というような症状を引き起こすが、それでは判定が難しいため、発症と相関性のあるX染色体の脆弱部位fra(X)(q27.3)の発現をもって判定している。ポジショナルクローニングにより同定された異常遺伝子FMR-1はこの部位に存在し、病気は父から息子へ伝わることはない伴性遺伝をするので、これが原因遺伝子であると考えられる。X染色体上で他に異常のある遺伝子は今のところ見つかっていない。

 ところで、この病気では男性保因者の2割は表現型が正常だが、これらの男性は病気の遺伝子は女性保因者を介しては孫に伝えること(normal transmitting maleの存在)と、世代を経るごとに浸透率の上昇することから、病気の元となる因子が世代ごとに何らかの過程で蓄積していくことが考えられる。2番目の理由については確認法のバイアスによるものかも知れなかった。しかし、FMR-1のエクソンにはCGGリピートがあり、正常集団ではこのリピートの反復が50未満だが、脆弱症候群の患者では200以上になっていることが発見された。normal transmittingmaleのリピート数は52~193であり、この数は保因者女性に伝わる際にはあまり変化しないが、その女性から男性に伝わる場合は大きく増幅される。このため、CGGリピートの伸長はこの病気の原因因子のモデルに当てはまることになり、確認法のバイアスが遺伝的表現促進現象に関与している可能性は低い。さらに、CGGリピートが200回以上になるとXq27.3CpG islandがメチル化されるようになると同時にFMR-1が転写されなくなる。また正常な女性の活性化X染色体ではCpGislandがメチル化されておらず、不活性化X染色体ではメチル化され、女性患者のX染色体では活性化されているものも不活性化されているものも両方ともメチル化され、また脆弱部位の発現の頻度と精神遅滞の程度には相関の見られることから、CGGリピートの伸長によるCpGislandのメチル化にともなうヘテロクロマチンの形成がFMR-1遺伝子の転写を起こさせないようにしていると考えられる。よって、FMR-1遺伝子が発現されなくなることにより病気が引き起こされると考えられる。このことは、患者のうちCGGリピートの伸長もその近傍のCpG islandのメチル化も脆弱部位の発現も見られない人で、FMR-1遺伝子のコーディング領域(KHドメイン)でのde novoでのミスセンス変異が同定されたことやFMR-1遺伝子内の200bpから3Mbに渡る遺伝子欠失の起きていたこと、さらにはFMR-1ノックアウトマウスが学習能力の低下、睾丸の肥大化、スパインの形態異常を示したことからも支持される。

 また、こう考えると女性患者の息子への浸透率は100%だが娘への浸透率は56%であることも、突然変異アレルが活性化X染色体上にあるのか不活性化X染色体上にあるのかということで説明ができるかも知れない。前者では病気が起こるが、後者では起きなくなる。ただ、男性では活性状態にあるはずのX染色体でメチル化が起こっているため、確立メチラーゼの働き方が男女間で違うことを想定しなければならない。

 

 

2.FMR-1の機能

 

 以上のことからFMR-1の発現されなくなることが病気を引き起こすことがほぼ確実に言えたと思うが、次にそのFMR-1の機能について述べ、この異常がどのようにして病気を引き起こすことにつながるのかを見なければならない。 FMR-1は通常脳と精巣で非常に高い発現性を示し、RGGボックスとKHドメインを持ち、KHドメインの方はある程度の配列特異性をもってRNAに結合し、また細胞質に局在している。細胞質に局在するため、スプライソソームなどとしてmRNA前駆体と結合する可能性は低い。 FXR-1/2とは60%以上の相同性を示し、組織での発現パターンも似ており、また細胞質に局在するRNA結合タンパク質であるためファミリーを形成すると考えられる。しかしFXR-1/2の発現には患者と正常者との間に違いが認められないので、これらのタンパク質はFMR-1の欠損を補えない。このファミリーの構成員はホモ二量体を含めて互いに結合できるという特性を持つため、これらはお互いにmRNAに対する結合活性に影響し、さらにはFMR-1FMR-1ファミリータンパク質の機能を発現するための必須因子であるのかも知れない。

FXR-1/2との相互作用の意義という点からはFXR-1/2のノックアウトマウスを作成してみること(ヒトでのFXR-1/2の異常は今のところ知られていないため、この遺伝子の異常は致死的であるかも知れない)、FMR-1類似の遺伝子を一つしかもたないショウジョウバエでのFMR-1ファミリータンパク質の機能解析、さらにはFMR-1により翻訳の調整されている遺伝子の同定、FMR-1ファミリータンパク質やその複合体の構造解析をしていくことが考えられる。

 

 

3.CGGリピートの伸長機構

 

 今まではFMR-1の機能欠失がどのように病気を引き起こすのかについて考えてきたが、次に病気の主要因であるCGGリピートのリピートの伸長はどのようにして起こるのかについて考える。このことについても分からないことが多いので、どこを見ればCGGリピートの伸長を引き起こすメカニズムが分かるのかを述べるにとどめる。

 一般にリピートの伸長を引き起こすメカニズムとしては、不等交差が考えられる。脆弱X症候群の家系の末梢血由来の白血球のDNAEcoRⅠで切断し、CGGリピートに隣接するプローブを用いたサザンハイブリダイゼーションでは、男性患者では正常な人では見られる位置にバンドが見られず、代わりにスメアが見られた。また患者でない女性保因者では通常よりも大きなバンドが、女性患者ではバンドとスメアが見られた(バンドは正常なX染色体由来だろう)ことから、完全変異(200以上のリピート数を持つこと)の状態ではリピート数が体細胞分裂でも増減していて細胞ごとに異なった値になっていると推察される。脆弱部位の発現の頻度が5~40%とばらつきのあることと精神遅滞の程度がその発現率に相関することと合わせて考えると、不等交差の効果は患者では非常に大きいと考えられる。ところで、前変異(52~193のリピート数を持つこと)の状態では体細胞分裂による増幅の程度はあまり大きくないことも、このことから推測される。これはリピート数が200という閾値を越えていないためだと考えられるが、前変異から完全変異に移行するのにはどのようなメカニズムが考えられるのだろうか。保因者男性から保因者女性に伝わる場合、リピート数はあまり変化しないが、保因者女性から男性に伝わる場合は大きく増幅し、また女性に伝わる場合も浸透率が上がるので、保因者の女性生殖細胞を経る過程が重要になってくる。卵母細胞でrRNA遺伝子の増幅のようにリピートの伸長が起こっているのかも知れない。少なくともX染色体の減数分裂のみがこのことに関与しているのでないことは、男性保因者から女性保因者を経て男性患者に伝わる場合にリピート数が4000という2002倍をはるかに超えるものがあることから言える。一方、男性患者の白血球DNAでは完全変異が見られたのに精子では前変異のみが見られたということから、前変異から完全変異になるリピートの伸長が発生の初期段階の一部の細胞においてあったため体細胞モザイクになることもあるかも知れない。この場合では男性の生殖細胞がどこかの細胞の男性特異的に発現する遺伝子によりリピートの伸長が起こらない状態に保たれているが、その他の細胞ではその遺伝子の発現を受けずにリピートの伸長が起こり、症状を示すようになったとも考えられる。また、別のリピート伸長機構もあり、前変異の状態は遺伝的に促進しているが発症するほどでないと考えても差し支えない。なお、患者の適合度はほとんど0であるので、次世代以降のことは検討しなくてもよいと思われる。遺伝的促進現象と前変異から完全変異に移行する際のリピートの一方向的な伸長からは、不等交差以外のメカニズムがあるということも考えられる。いずれにせよ、まずリピートの伸長された状態のトランスジェニックマウスを作成して、その初期胚での各細胞のリピート数の推移を見てみることが重要であると思われる。また、成体まで育てて形成された精子・卵でのリピート数が他の体細胞と比較してどう変化しているのかも見る必要がある。

 なお、新しく前変異の遺伝子が生じた例は今のところ知られていない。CGGリピートが90世代ぐらい安定であったことは後述する遺伝子型分析から推測できる。

(註:現在では塩基除去修復の酵素がリピートの複製時に形成される特殊な高次構造を認識・安定化し、それがリピートの伸長に作用することが分かっている。)

 

 

 

4. 発症機構から考えられること

 

 この病気の治療法としては、FMR-1の機能欠損による効果もCGGリピートの伸長機構も分からない今、何とかしてCGGリピートの数が減少する相同的組み換えを行うような方法を考えるしかないだろう。発症の有無や次世代での発症の予告については、遺伝子診断によりほぼ正確に可能になった。

 ところで、この病気の特徴の一つとして、新生児の4000人に一人がこの遺伝病をもつという高頻度性があげられるだろう。人種民族によらず世界中で見出され、ヒト遺伝病全体の中で最も頻度の高いものの一つと言われている。前変異の頻度が高いのは、新しい前変異の形成の見られないことと白人のFMR-1のごく近傍に位置するA12B2遺伝子の遺伝子型分析により連鎖不平衡の判明したことから、特定の祖先遺伝因子に由来する創始者効果によるものと言われている。このことからは、小さい祖先集団の中で偶然に高頻度に存在した前変異がこの病気の現在の高頻度を生み出しているということが言える。この病気の適応度がほぼ0という点でも、このことは重要であろう。しかしここで言いたいのは、適応度がたとえほとんど0という状態でも、祖先集団内での高頻度と致死的でないという条件があれば、リピートの伸長とそれに伴った遺伝子の発現様式が2世代というスケールで変化することが高頻度で起こる、ということである。脆弱X症候群の場合は病気という形態をとったため、発現様式の変化によって適応度もほとんど0になってしまっている。しかし、これが適応度の0にならない変化をもたらした場合はどうなるだろうか。発現様式の変化した個体が、さらに高頻度で現れるに違いない。このような都合のよい変異がこの場合はどの程度の確率で起こるのか分からないし、また遺伝子のうちリピートが転写に関与しているものがどの程度あるのか分からないが、脆弱X症候群で見られるようなことは遺伝子発現の多様性を産む上で重要なことなのかも知れない。遺伝子構造の変化が転移因子による挿入・欠失のように起こりにくいことに起因するのではなく、極めて起こりやすいことに起因するからである。また、点突然変異のように起こっても保存される確率の少ないものでもない。生殖細胞がリピートの伸長に関わっているという点でも、有性生殖による遺伝子発現の多様性の創出機構を考える上で新しいパラダイムを提出するかも知れない。Charcot-Marie-Tooth病のように遺伝子のコピー数が増えたり減ったりする現象と同様の機構があれば、ヘモグロビンをはじめとするタンパク質の遺伝子重複の機構を体現することになり、遺伝子の多様性創出のメカニズムの一端が見えてくるかも知れない。これが無性生殖のみの生物にも適応できるかどうか分からないが、考えてみる価値はあると思われる。とはいえ、当面の目標はFMR-1の機能の解明とCGGリピートの伸長機構の解明によって治療法を確立することであり、この病気で見られることが本当に遺伝子の進化に関係しているのかということはまだ考えるのには早すぎると思われる。

(註:現在ではリピート伸長が神経変性疾患だけでなく細胞間接着の強度、骨格の形態や概日周期の調整など数多くの適応的な現象に関わっていることが知られている。)

 


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