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2019/09/17

【書評】峯村健司『潜入中国 厳戒現場に迫った特派員の2000日』(朝日新聞出版社、2019年)

Tweet ThisSend to Facebook | by suzumura

去る9月11日(水)、朝日新聞出版から峯村健司氏の新著『潜入中国 厳戒現場に迫った特派員の2000日』が刊行されました。


本書は朝日新聞の記者である著者が2007年から2013年まで中国総局特派員として取材した内容を中心に、その後収集された最新の情報や専門家の談話などを総合して書かれた一冊です。


最初の単著である『十三億分の一の男』(小学館、2015年)が示す通り、筆者は丹念な取材によって手にした情報を生きいきとした筆致で描くことが出来ます。


中国が実用化を目指すステルス戦闘機殲20の姿を世界に先駆けて撮影した直後に当局に拘束された際の取調室の椅子の感触や中国のと北朝鮮の国境を流れる図們江で密輸業者が現れるのを待つ場面の緊張感、あるいは中国初の空母を建造する上海の造船所の作業員の宿舎に充満する香辛料の香りなどは、筆者が靴底をすり減らして取材していることを伝えるとともに、読む者に筆者の取材の過程を追体験する機会を与えています。


また、2018年の建国70周年記念式典を取材するために北朝鮮に赴く場面で、搭乗した高麗航空の客室乗務員から「機内での写真撮影は禁止です」と制止されたり、平壌で「何を撮影してもよいが、軍人だけはだめだ」と注意される様子も、何気ないとはいえ、その場に居合わせる者ならではの視点での描写と言えるでしょう。


さらに、2010年にそれまでの取材の結果から北朝鮮の金正日総書記の大連への極秘訪問の時期と宿泊先を推測する記述は筆者の取材能力と情報収集能力の高さを物語ります。


しかし、折角撮影した金正日氏の写真を中国当局の担当者との6時間に及ぶやり取りの末に消去しなければならず、しかも同じ会場に到着し、ともに拘束された共同通信社のカメラマンが3台のカメラを用意していたために全ての写真が消去されるのを逃れ、金正日氏の写真を撮影した功績で2010年度の新聞協会賞を受賞した逸話は、大小様々な蹉跌の上に優れた記事が生まれることを示唆します。


このように、本書は地道な取材活動によって得られた成果を惜しげなく盛り込んだ、実践的で読み応えのある仕上がりとなっています。


その一方で、いくつかの難点を見出すことも、決して難しくはありません。


例えば、筆者は1949年の中華人民共和国の成立以降の中国軍の動向に焦点を当てることで、中国の海軍力の増強を大きな転換点と指摘します。


もちろん、国産初の空母の建設を進める現在の中国の様子から、建国以来の転換期を迎えていること判断することは適切です。


それでも、清朝末期の1870年代から表面化した海防派と塞防派の対立、すなわち海を渡ってやって来るイギリスを脅威と考えるのか、国境線を接するロシアに備えるべきかという国防の基本の違いを念頭に置けば、理解の奥行きが異なるのではないでしょうか。


すなわち、「東洋随一」と謳われた北洋艦隊が1894年から1895年の日清戦争で壊滅して以降、大規模な海軍力を有してこなかった中国の方針の持つ意味を別な角度から検討することが可能になったことでしょう。


あるいは、筆者は「あとがき」において、「中国寄り」という朝日新聞に対する一部の読者の評価を認めた上で、自らがどれほど「中国寄り」とは異なる姿勢で取材してきたかを強調します。


朝日新聞の歴史を紐解けば、親中派の広岡知男氏が社長となり、北京支局長の秋岡家栄氏が文化大革命や毛沢東体制を礼賛する記事を書いてきたことは広く知られるところです。


ただし、朝日新聞の過去のあり方と現在の記者の取材や執筆の活動との間に必然的な関連はなく、むしろ一人ひとりの読者は書かれた記事の内容に従って、書き手を「中国寄り」や「中国に批判的」と判断するものです。


従って、筆者の主張は、自らの立場の正当性を主張するように思われながら、かえってあらかじめ予防線を張っているように見受けられ、隔靴掻痒の感を免れません。


これに加えて、「時計の針をXX年前に戻そう」という言い回しが繰り返し用いられているために表現の点で読者が散漫さを覚えることは、充実した内容との対比において改善の余地があったと考えられます。


しかしながら、これらの点は文字通り筆者が体を張って手にした情報に基づいて執筆されていること、また、一部の内容は筆者が朝日新聞に連載した記事に基づいているという本書の特徴からすれば当然のことであると言えます。


その意味で、歴史的な検討の射程や表現の問題は本書にとって一種の笑窪であり、本書の価値をいささかも損なうものではありません。


むしろ、『潜入中国 厳戒現場に迫った特派員の2000日』は、峯村健司記者の緻密さと大胆さを兼ね備えた取材の成果が惜しみなく反映されているという点で、『十三億分の一の男』に続く、貴重な同時代史の快作となっているのです。


<Executive Summary>
Book Review: Kenji Minemura's "Infiltrating China" (Yusuke Suzumura)


Mr. Kenji Minemura, a staff writer of the Asahi Shimbun, published a book titled Sennyu Chugoku (literally Infiltrating China) from Asahi Shimbun Publishing on 11th September 2019.


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