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2016/06/22

漢文の訳注と著作権

Tweet ThisSend to Facebook | by zcz
自分の著作が高校入試問題に使われた。出版社より、入試問題集を出版、データベースを発行するために、著作権の許可をいただきたいとの連絡が来た。幾ばくかの著作権料も支払われるという。

私は、入試に使われるような大層な文章は書いていない。実は、私の文章といっても、漢文の書き下し文の利用についての著作権発生なのである。

平成28年度岩手県高校入試問題で、拙訳『中国古典小説集第2巻 六朝I』(明治書院2006)から、『異苑』の話が利用された。出版社からは入試のコピーも送られてきた。高校入試のため、原文はなく、書き下し文のみであることが確認できた。

ちなみに、過去に、文部科学省の平成19年度小学校教員資格認定試験の教職に関する科目(II)国語でも、同書から『幽明録』の一節が用いられたことがある。

問題は、今でもウェブで公開されていた。

(第一次試験:国語の10頁)


しかし、摩訶不思議な気持ちになるのである。

書き下し文に、また訓点を附した漢文に著作権はあるのだろうか?

まず、漢文の問題であれば、解釈が同じならば、人によるいくばくかの揺れはあるにしても、それほど訓読が大きく変わるわけではない。
また、自分で解釈できていなければ、それは、本当は出題をする資格はないのではないだろうか。出題者本人が原文に向き合って、自分の訓点をほどこすなり、書き下し文を作ればいいわけである。

大学入試問題でも漢文の問題は出されるが、その出典が『新釈漢文体系』だったり、『全釈漢文大系』だったりはしないだろう。
実際、ここ数年のセンター試験問題などは、日本語の訳注書もないような筆記の類からばかり問題文が採用されている。
この場合、出典は、古典籍そのものとなり、著作権も発生していないはずである。


学生にも、演習で、被引用出典について、訳書があったときに参照・引用することは構わないとしているが(本当はもちろん自力で読んで欲しくはある)、読んでいるテキスト本体については、訳書があったとしても、自分で責任を持って書き下しと訳を作るように指導している。そもそも、訳が正しいわけではないからこそ(間違っているといいたいわけではない)改めて、自分達で読んで、解釈を行い(その過程で、表現の工夫や歴史背景についての理解が深まる)、その結果、自分の書き下し文と訳が生まれるわけである。


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