悪のペンギン帝国

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2013/06/25

なぜレトロウイルスで作ったiPS細胞はがん化する?

Tweet ThisSend to Facebook | by HiddeN
最初にiPS細胞が作られた時、ニュースでもよく取り上げられた問題点の一つが、「iPS細胞の中には、がん細胞になってしまうものがある」というものです。

そしてその理由としては、以下の2つが挙げられていました。
     ① iPS細胞を作るのに使う4つの遺伝子、Oct4、Sox2、Klf4、c-Mycのうち、c-Mycが、がん遺伝子だから
     ② 遺伝子を入れるのにウイルスを使っているから

①の方は分かりやすいですね。がん遺伝子を使うから、がん細胞になってしまう。しかし②はどうでしょう。何故、遺伝子を入れるのにウイルスを・・・最初にiPS細胞が作られた時、使用されたのはレトロウイルスなので、ここでいうウイルスとはレトロウイルスのことなのですが・・・を使うと、細胞のがん化が起こってしまうのか。

今回はそれについて解説していきたいと思います。


前々回で、レトロウイルスはヒトの細胞に侵入した後、ウイルスゲノムをRNAからDNAにコピーし、そのDNAをヒトゲノムへ入れてしまう、という話をしました。ところで、ヒトゲノムには当然ながら、元々ヒトの遺伝子があります。その部分に、もしウイルス由来のDNAが挿入されてしまったら、どうなるか。その遺伝子は、本来の正しい機能を失ってしまいます。昔、トランスポゾンについて解説した時の、「吾輩はベッドの上で一匹の巨大な毒猫である。名前はまだ無い」現象と同じです。いやこの現象名は勝手に私が名付けたもので、正しくは"insertional mutagenesis (挿入変異)"なんて言葉が使われるのですが、「吾輩はベッドの上で一匹の巨大な毒猫である。名前はまだ無い」現象という表現は広めたいところです。チェリオの間違った使い方くらいには広めたいですね。


さて、このように、元からある遺伝子内にウイルス由来のDNAが挿入されてしまうことで、その遺伝子の機能に異常をきたし、例えばそれががん抑制遺伝子だった場合、その機能が損なわれてしまうことで細胞ががん化してしまうこともあり得ます[1]。


しかし、元からある遺伝子の「内部」に挿入さえされなければ大丈夫かというと、そうではないのです。遺伝子の周囲には、「制御配列」と呼ばれる領域があります。この「制御配列」が何をしているのかと言いますと、その遺伝子を制御しています。そのままですね。そのまま過ぎて説明になっていないので、もう少し詳しく述べます。


ヒトの細胞は、原則としてどの細胞であれ、ヒトを作るのに必要な遺伝子を全て持っています。つまり、皮膚の細胞でも、筋肉を作るために必要な遺伝子や肝臓を作るのに必要な遺伝子を持っているということです。まあ、だからこそ、どんな細胞にもなれる(と言われている)iPS細胞を、皮膚の細胞からでも作れるのですが。


問題は、何故、どの細胞にも同じ遺伝子があるにも関わらず、皮膚の細胞やら筋肉の細胞やらと異なる細胞になるのか、という点で、ここで重要になってくるのがくだんの「制御配列」です。

かなり大雑把に言ってしまうと、制御配列とは「筋肉の細胞であれば(この制御配列の)隣にある遺伝子を機能させろ。皮膚の細胞であればするな」といった指示をする部分で、これがあるからこそ、各細胞が全ての遺伝子を持っているにも関わらず、皮膚の細胞には皮膚の細胞であるために必要な遺伝子だけが、筋肉の細胞では筋肉の細胞であるために必要な遺伝子だけがそれぞれ使われることになるのです。

制御配列には多くの種類があり、細胞の種類だけでなく、「酸素濃度が低い」とか「炎症反応が起こっている」といった細胞の状態に応じて遺伝子を働かせるものもあります。逆に、制御配列が何もついていない状態で、ただ遺伝子だけがあったとしても、その遺伝子の機能は発揮されません。


さて、この「制御配列」ですが、レトロウイルスのゲノム内の遺伝子にもついています。Long Terminal Repeat、略してLTRと呼ばれる部分が「制御配列」にあたります(もっとも、このLTRは制御配列として機能するだけでなく、DNAにコピーされたウイルスゲノムをヒトゲノムに挿入する際にも必要な部分なのですが)


ところで、ウイルスというのは基本的にとにかく自分を増やしたいものなので、このLTR部分が制御配列として出す指示は「隣にある遺伝子(ウイルスを構成するタンパク質の遺伝子)をとにかく働かせろ」というものです。これは、レトロウイルスを使って、iPS化に必要な遺伝子を入れる場合も同じで、皮膚などの細胞をiPS細胞に変えるためには、Oct4などのiPS化に必要な遺伝子を思いっきり働かせる必要があるので、LTRをそのまま利用するにしろ、その他の制御配列をOct4などの遺伝子とセットで入れておくにしろ、「とにかく働け」タイプの制御配列を使います。


では、もしもこの「とにかく働け」タイプの制御配列をもつレトロウイルスがヒトゲノムに入れられた時、その入った箇所の近くに、ヒトゲノムが元々持っている遺伝子があったらどうなるでしょうか?ヒトゲノム中の遺伝子は上述のように、本来は、適切な状況でのみ働くよう制御配列により指示が出されていますが、「とにかく働け」型の制御配列を含むレトロウイルスが近くに入ってしまうと、レトロウイルス内の遺伝子と同様に、とにかく働かされてしまいます


例えば、そのようにして異常活性化させられた遺伝子が、細胞の増殖を促進させる遺伝子だったとしたら、どうなるでしょう?細胞は状況に関係無く、増殖してしまいます。周囲の状況お構いなしに増殖し続ける細胞・・・これはもうがん細胞に他なりません。


分かりやすくするために、ペンギンで表してみると、こんな感じです。





このように、レトロウイルスが、挿入箇所近くのヒト遺伝子を異常活性化させることで、実際にがんになってしまった例も知られています[2]。



参考文献

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