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2009/06/07

CiNiiの中の人日記 - 4

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GoogleからNIIに連絡が来たのは、たしか2005年の後半だったと思います。
コンテンツサービス事業に関わって間もない下っ端の目から見ても、
これが「黒船来る」というのはよくわかりました。

Googleの依頼は、CiNii収録の論文をGoogle Scholarで検索できるように、
データ(=論文のメタデータと本文)を提供してほしいということでした。
この時点では、Google Scholarは英語版だけがあって日本語版は
存在していなかったので、いつ出るのだろうと噂されていたところでした。
そういう状況で、正面玄関から(?)やってくるGoogleに「さすが」と
思ったのと、「ついに来たか」という思いがありました。

2005年の時点では、CiNiiのメタデータ・本文にアクセスできるのは
有料ユーザのみだったので、その現状を考えれば飲めない話だし、
飲む必要のない話だったと思います。

とはいえ、学術情報サービスの今後を考えるうえでGoogle的なものとの
関係を明確にするのはとても重要なことである、という認識があったことから、
内部での議論が始まりました。

議論の最初の方では百家争鳴というか、やはりデータを出すべきではないとか、
反対に全部出しても生き残れるようにすべきとか(ぼくが言いそうなことですが)、
いろんな可能性が提示されました。その中で、いくつか実現できそうなプランに
収斂されていき、最終的な決定をする時期に近づいてきました。

そのころ、ぼくは内部の会議に出すためのA4一枚の資料を作りました。
自分では「檄文」と呼んでいるのですが、この資料ではCiNiiと外部システムとの
連携方法について、
・メタデータを完全公開して検索エンジンのターゲットにしてもらうこと、
・検索エンジンからのアクセスも最終的にはCiNiiにたどり着くので本質的に問題ないと思われること、
・こういったアクセスを外に逃がさないような仕組みを作ること、
などなど、いまのCiNiiの基本構造に通じる議論をしています。

なんでこんな資料を作ったのかについては記憶があやふやで、
保守的な結論に傾きそうな気配を感じたのか、
単に夜中でテンションが高かったのか(これは確実)、
よく覚えていません。惜しむらくはこの檄文のファイルが
自分のPCのどこを探しても見つからないことで、
もしかすると偽りの記憶だったのかと思うことすらあります…。

それはそうと、檄文を会議に出したあと、しばらくたって最終的な結論が
出ました。その結論は、Google Scholarに論文データが掲載されるように
CiNiiのシステム・サービスを一部改良するという画期的なものでした。

正直なところ、この檄文がどういう影響を与えたのかはまったくわかりません。
別に誰かに頼まれて作ったわけではないし、また今思えば何も知らない
新米にありがちなナイーブな意見だし、まともに取り合ってもらえなくても
まあ当然というところです。上層部ではすでに既定路線だったのかも
しれませんし…絵文字:笑顔

ところがというか何というか、CiNiiを改良するという結論には、その作業に
ぼくが主体的に関わるべしというおまけがついていました。
それまでは会議の隅っこで話を聞くばかりだったのですが、はじめて事業に
直接タッチすることになったのです。

それが2006年が明けてすぐの出来事でした。

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