基本情報

所属
早稲田大学 高等学院
(兼任)教育総合研究所
(兼任)教育学部 非常勤講師
名桜大学 環太平洋地域文化研究所 共同研究員
白鷗大学 教育学部 非常勤講師
学位
修士(東京大学)

J-GLOBAL ID
201601000334980867
researchmap会員ID
7000014084

1985年 埼玉県飯能市生まれ
2004年 私立武蔵高等学校 卒業
2009年 東京大学文学部 卒業
2011年 東京大学大学院人文社会系研究科 修士課程 修了
2011年 東京大学大学院人文社会系研究科 博士後期課程 進学(単位取得退学)
2014年 早稲田大学高等学院 着任


委員歴

  4

論文

  14

MISC

  13

書籍等出版物

  7

講演・口頭発表等

  23

担当経験のある科目(授業)

  24

所属学協会

  4

共同研究・競争的資金等の研究課題

  23

社会貢献活動

  4

メディア報道

  4

主要なその他

  12
  • 2015年 - 現在
    「国境の島」と呼ばれる対馬は、南北82km、東西18kmの細長い島であり、釜山から49.5km、博多からは138kmの距離に位置する。九州よりも朝鮮半島の方が近いという地理的特性から、古来より日本列島と朝鮮半島との交流の窓口としての役割を担ってきた。古代から近世にかけては、新羅使や遣唐使、朝鮮通信使などの外交使節が行き来した。近代になり、対馬宗氏が中世以来担ってきた対朝鮮の外交権は明治政府によって吸収されたが、韓国併合後は「国境」が消滅し、海峡をまたいだ生活圏が形成された。戦後、朝鮮戦争時に多くの避難民が来島して一時的に居住したことを除くと、対馬における日韓の「国境」はしばらく閉ざされていたが、2000年に対馬と韓国との間にフェリーの定期航路が開設された。以後、韓国からの観光客は増え続け、2018年には人口3万人の対馬に年間40万人もの韓国人観光客が訪れる状況となり、人口減少に喘ぎ、公共事業に依存する過疎の島に多大なる経済的恩恵をもたらした。対馬は《国境離島》であるからこそ、〈交流〉の「最前線」としての恩恵を享受してきた。 一方で対馬は、〈対立〉の「最前線」でもある。白村江の戦いの後、防衛体制が強化される中で対馬が日本列島と朝鮮半島との「国境」となり、金田城や防人、烽が設置されて国防の場となった。平安時代には「新羅海賊」による被害や、女真族の襲撃事件である刀伊の入寇にもみまわれた。13世紀には蒙古襲来で多くの島民が殺害され、さらに15世紀初頭には倭寇の拠点となっていたために朝鮮から襲撃される応永の外寇が起こった。16世紀末に宗氏は朝鮮出兵における先導役を務めさせられ、その後の朝鮮との国交回復は困難を極めた。近代になると国土防衛の重要拠点となり、日露戦争に備えた万関の開削や島内各所への砲台の設置が行われ、島の要塞化が進められた。近年の韓国人観光客の増加に際しても、対馬は日韓の文化摩擦の「最前線」となり、一部の飲食店や宿泊施設、神社などが韓国人観光客の受け入れを事実上拒否するなど、島の社会にも大きな影響を及ぼしている。2019年夏には日韓関係の悪化を受けて韓国からの来島者が激減し、さらに2020年には新型コロナウィルス感染症の拡大によって韓国との航路は閉じられ、経済的に大打撃を受けた。2023年2月に3年ぶりに釜山―対馬間の航路が復活したが、かつてのオーバー・ツーリズムへの反省から、現在では島内の観光業者や行政によって、日本人観光客も含めた観光客の受け入れをめぐる新たな態勢が模索されている。 このように、日本列島と朝鮮半島の国家と国家の関係、さらには国際情勢の影響を強く受けてきたのが対馬である。「越境対馬」プロジェクトでは、韓国から船でこの島へと渡り、民泊しながら対馬の歴史・文化・民俗・社会・観光・自然・環境を幅広く体感し、博多へと抜けるフィールド・ワークを行ってきた。本プロジェクトは、2015年に対馬・福岡で行った歴史巡検から始まり、2016年に釜山から船で対馬へと渡る「越境」を取り入れ、「国境」としての対馬を半島側からの視点もあわせて理解することを目指している。2020年はコロナ禍で巡検は中止となり、また2021年・2022年は航路が閉ざされていた関係で韓国からの「越境」はできず対馬・福岡のみの国内巡検となかったが、この間もオンラインでは韓国の大学生・高校生との「歴史対話」を継続してきた。そして2023年からは再び、「越境」を伴う完全な形での巡検が復活した。 本プロジェクトにおいて特に重視してきたのが、対馬が「国境地域」に置かれているという視点である。このことが対馬の歴史や文化に大きな影響を及ぼし、さらにそれが対馬の社会や経済、環境問題をも規定するものとなっている。古代に対馬には「嶋」という特殊な行政区画がおかれ、他の西海道諸国の財政支援を受けて維持されるなど「厚遇」された。中世に宗氏が「島主」としての地位を確立したのは、朝鮮への入国管理を李朝から請け負ったためである。近世の宗氏による日朝貿易は、貿易赤字に転落した後も幕府からの多額の補助金によって維持された。これらは、対馬が「国境の島」であることによって生じた事象である。また、延喜式内社の数が他の西海道諸国に比べて突出して多かったり、天道信仰など独特の民間信仰が残ることもまた、半島と対峙する位置にあることと関係していると思われる。近年では、漂着ゴミや外来種の浸食なども深刻化しているが、これらも「国境地域」ならではの問題である。 そこで本プロジェクトでは、対馬について考える前提としてまずは「国境」という概念への理解を深めるため、領土問題について考える機会を設けている。日本の政府内閣官房が設置する「領土・主権展示館」(東京)や韓国の教育部傘下の東北アジア歴史財団が運営する「独島体験館」(ソウル)を訪れることで、日本列島と朝鮮半島との間に横たわる問題や《国境離島》のあり方について、最初に国家の視点から検討する。続いて韓国の大学生・大学院生との「歴史対話」を通じて、国家の枠組みを超えた視点の可能性について追及する。その上で、〈交流〉と〈対立〉の「最前線」であり続けてきた対馬を実際に訪れ、列島と半島の歴史が交錯する史跡等を訪れるとともに、韓国人観光客に対するアンケート調査を行い、来島目的や意識を探ることで対馬での受け入れのあり方や地域社会への影響を明らかにし、最終的に対馬の《国境離島》としての特徴を生かした地域づくりについて考究している。 以上のような活動を通して、「最前線」という言葉によって列島と半島の二項対立に矮小化される「国境」概念を乗り超え、対馬の地平から近代国民国家像を相対化する視座を獲得することを目指している。 本プロジェクトを通して、参加生徒は対馬の歴史や民俗、文化について、「国境地域」にあるという地理的条件を踏まえて探究し、さらに対馬の視点から日本列島と朝鮮半島の交流の歴史を考えてきた。またこの間、対馬をフィールドとした探究活動を20年にわたって続けてきた武蔵高等学校と共同活動を行ったり、開成高校や海城高校の教員なども「越境対馬」の巡検に参加してきた。ボーダー研究の一環として対馬を調査してきた九州大学の花松泰倫講師(当時/現、九州国際大学教授・法学部長)からも、現地での指導を受けた。そして2024年度からは、地域振興やコモンズ論などを専門とする東京工業大学(現、東京科学大学)の坂村圭准教授や、観光社会学やまちづくり論などを専門とする敬愛大学の津々見崇教授からの指導を受けており、坂村研究室の教員・大学院生と合同で「越境対馬」の巡検を行っている。このように他の学校や様々な研究者、行政関係者に協力していただきながら、生徒たちは対馬を舞台に自由にテーマを設定しながら、研究活動を行ってきた。