湯城 吉信

J-GLOBALへ         更新日: 18/08/14 11:10
 
アバター
研究者氏名
湯城 吉信
 
ユウキ ヨシノブ
eメール
y_yukiic.daito.ac.jp
所属
大東文化大学
部署
文学部歴史文化学科
職名
教授
学位
修士(大阪大学大学院)
科研費研究者番号
90230614

プロフィール

大学では中国哲学を専攻した。高専に就職後は、一般教育の国語、中国語、哲学などを教える中で自らの方法を模索した。専門研究は、中国と日本、両方の歴史・思想にまたがる。懐徳堂の思想、特に中井履軒の著作を研究してきたが、最近は紀行や五井蘭洲の著作にも手を広げている。中国語の能力と英語のリテラシー能力には自信がある。

研究分野

 
 

経歴

 
2018年4月
 - 
現在
大東文化大学 文学部歴史文化学科 教授
 
2012年4月
 - 
2018年3月
大阪府立大学工業高等専門学校 総合工学システム学科一般科目 教授
 
2011年4月
 - 
2012年3月
大阪府立大学工業高等専門学校 准教授
 
2010年4月
 - 
2011年3月
大阪府立工業高等専門学校 准教授
 
1994年4月
 - 
2010年3月
大阪府立工業高等専門学校 講師
 

学歴

 
1988年4月
 - 
1990年3月
大阪大学 大学院 文学研究科 哲学哲学史(中国哲学)
 
1984年4月
 - 
1988年3月
大阪大学 文学部 哲学科(中国哲学)
 

論文

 
懐徳堂における漢作文実習
湯城 吉信
中国研究集刊   64 68-86   2018年6月   [査読有り]
本稿では、並河寒泉『文通』に見える漢作文に対する考えを確認した上で、和文の史談を漢文に直す練習がされていた様子を具体例を挙げて紹介した。
『後漢書』「儒林伝」と『史記』「儒林伝」―直言の系譜
湯城 吉信
人文学論集   35 83-92   2017年3月   [査読有り]
『滑稽叢話』に見る辛亥革命前後の中国
湯城 吉信
懐徳   85 60-71   2017年1月   [査読有り]
 大阪大学懐徳堂文庫には、いわゆる懐徳堂関係資料以外に、明治、大正期に収集された書物が多く所蔵されている。それらの中には、中国の同時代資料も見える。これらの資料も、懐徳堂文庫の魅力の一つである。本稿では、その一例として『滑稽叢話』という書物を紹介した。『滑稽叢話』は辛亥革命の年(一九一一年)に上海で出版された小咄集である。いわゆる通俗的な本なので、調査したところ大学図書館などでは普通所蔵されていない。ただ、通俗的である故に当時の社会情勢を如実に反映している。本稿では、官吏の腐敗、アヘンの悲...
五井蘭洲著『茗話』写本における未翻刻部分の存在について
湯城 吉信
大阪府立大学工業高等専門学校研究紀要 = Bulletin of Osaka Prefectural University College of Technology   50 15-28   2016年12月   [査読有り]
江戸時代の五井蘭洲が著した『蘭洲茗話』は、現在刊本(1911年刊)が通行している。だが、実は写本も存在する。本稿では、筆者による『茗話』写本の調査結果を報告する。特に注目すべきは、刊本『蘭洲茗話』(上下巻)にはない中巻が存在することである(上下巻にも刊本にない条が見える)。また、写本は、刊本とは表記上の違いもあり、刊本からは得られない多くの情報を含んでいる。
湯城 吉信
日本漢文学研究   11 107-132   2016年3月   [査読有り]
 本稿では、江戸時代の儒者五井蘭洲作「『中庸』天命性図」の復元を試み、その特徴を考察した。同図は、図は現存しないが、『蘭洲先生中庸天命性図解』の詳細な記述により復元が可能である。
 江戸中期の大坂出身の儒者である五井蘭洲(一六九七~一七六二)は、懐徳堂草創期の重要な儒者である。懐徳堂草創期に講義を担当するために招聘され、津軽藩に仕えた後、再び懐徳堂に戻り、懐徳堂学派を代表する学者となる中井竹山、履軒兄弟を指導した。懐徳堂を痛烈に批判した上田秋成も蘭洲だけはよい学者であったと評価している。
...
中井蕉園著『騮碧嚢(りゅうへきのう)』の吉野行(下)
湯城 吉信
上方文化研究センター研究年報   16 1-27   2016年3月   [査読有り]
中井履軒《論語逢原》的特徴―多用比喩的具體解釈
湯城 吉信
國際漢學論叢(林慶彰主編、華藝學術出版社)   5輯 215-241   2016年1月   [査読有り]
中井蕉園著『騮碧嚢(りゅうへきのう)』の吉野行(上)
湯城 吉信
上方文化研究センター研究年報   15 23-40   2014年3月   [査読有り]
寛政7年(1795)春の大阪から吉野への花見旅行を題材に作った紀行文。『騮嚢』には漢詩が『碧嚢』には漢文(文章)が収められている。作者の中井蕉園は中井竹山の子。文才があったが夭折した。本書の作品を見れば蕉園の文才を確認することができる。また、蕉園は、『遊芳自導』という自分用のガイドブック兼旅行記録も残しており、当時の旅の様子を伺う上で貴重な資料となっている。
『観濤録』の旅―加藤景範の鳴門行
湯城 吉信
上方文化研究センター研究年報   14 1-22   2013年3月   [査読有り]
 江戸時代の大坂の歌人・加藤景範(号竹里)(一七二〇~一七九六)は無類の旅行好きであった。頻繁に旅行に出かけ、多くの紀行を残している。本稿では、景範が天明元年(一七八一)春(旧暦三月二五日~四月一一日)の鳴門行を記した『観濤録』の旅を紹介した。同書は歌日記の形式を取るが、旅の様子が克明に記録されており、歴史資料として価値が高いと思われるからである。また、二〇一一年三月一二日、一三日および一一月二三日に行った現地調査の成果も添えた。
湯城 吉信
懐徳   81 23-38   2013年1月   [査読有り]
『環湖帖』は、安永九年(一七八〇)の懐徳堂関係者の琵琶湖行を題材に作られた画帖である。岩崎象外の画に中井竹山・履軒、加藤景範の詩歌が添えられている。本稿では、『環湖帖』の序、跋、漢詩、和歌やその他の資料を読み解き、『環湖帖』の旅の一斑を明らかにした。拙稿「『環湖帖』の旅を訪ねる」が画を中心に分析したのに対し、本稿は、文を中心に分析した。
湯城 吉信
大阪府立大学工業高等専門学校研究紀要   46 1-12   2012年12月
中井竹山著『西上記』には、明和九年(1772)の風水害の様子が如実に描かれている。本稿では、同書の内容をたどることにより、当時の風水害の実態を明らかにし、またその中で竹山が自らの行動力と文才とを発揮した様子を明らかにした。
湯城 吉信
中国研究集刊   53 61-80   2011年6月   [査読有り]
これまで注目されていなかった加藤景範著『民間さとし草』という啓蒙書の全容を紹介し、その特徴を明らかにした。町人の立場から町人を諭している点、道徳を踏み行う理由まで述べている点、学者に対する批判が見られる点、豊富な喩え話が見られる点、当時の風俗を知る内容が多い点において注目すべき書物である。
湯城 吉信
大阪府立工業高等専門学校研究紀要   44 41-49   2011年2月
 本稿は、特別研究(後期)における一試みの紹介である。府立高専の特別研究では、前期は、グループ作業を行い、後期は、希望に従って、20名の教員にそれぞれ学生10名ずつを配属している。後期のテーマは、担当教員が必ずしも自分の専門領域にはこだわらずに自由に定めている。筆者はこれまで、「英語サイトを読む」「和風を探る」「全くの自由」などいくつかのテーマで行ってきたが、今年は初めて実習型の「開墾プロジェクト」を行った。本稿では、作業プロセスの紹介に加え、実施に向けての経緯、作業地の問題などを紹介している。
『環湖帖』の旅を訪ねる
湯城 吉信
懐徳堂研究   2 15-39   2011年2月   [査読有り]
懐徳堂関係者が琵琶湖行を基に作った『環湖帖』という画帖が取り上げる地点を取材し、現地の様子を紹介した。彼らが琵琶湖のどのような景色を評価したか(近江八景との異同など)、古今の違いが興味深い。
湯城 吉信
大阪府立大学工業高等専門学校研究紀要 = Bulletin of Osaka Prefectural University College of Technology   45 15-22   2011年12月
中井竹山著『東征稿』は、大坂の懐徳堂の儒者中井竹山が、明和9年(1772)の江戸行を漢詩で著した漢文紀行である。同書は、竹山の行動や人的交流を知る上で貴重な史料である。本稿では、同書の執筆背景及び同書に収録されている詩を分析することにより、竹山の江戸行の実態と竹山の思いを明らかにした。
湯城 吉信
中国研究集刊   49 1-19   2009年12月   [査読有り]
『非物継声篇』は荻生徂徠への批判を展開した書として、江戸思想史上注目に値する。この書は中井履軒の筆になることは確かであるが、履軒が師の五井蘭洲の説をまとめたという説と履軒自身の説をまとめたという説とがあり、定論が確立していなかった。そこで、本稿では、同書をめぐる履軒の書簡など周辺資料を探ることと、同書の内容をその他の徂徠批判書、履軒自身の『論語』注などと較べることにより、履軒自身の説をまとめた書であることを証明した。『中国関係論説資料』に採録。
長頸鹿為何被稱為麒麟―比較中日兩國差異
湯城 吉信
国際学術研討会―東アジア文化の発生・変遷・交流(致遠管理学院・大阪大学共催)      2008年10月   [査読有り]
ジラフがキリン(麒麟)と呼ばれるようになった理由を中国と日本について検証し、両国の命名の違いは文化の違いを反映するものであることを明らかにした。
小川 清次, 湯城 吉信
大阪府立工業高等専門学校研究紀要   (42) 63-72   2008年7月
本稿は、特別研究の導入後3年間の報告である。特別研究は、「問題発見」「問題探求(調査・考察)」「まとめ・プレゼンテーション」の練習を目的として、平成15年度に3年生に設置が決まり、平成17年度より実施されている一般科目の授業である。本授業は、木更津高専などで行われている研究発表形式の授業を参考に企画された。特徴的なのは、前期は、グループ作業を行い、後期は、希望に従って、20名の教員にそれぞれ学生10名ずつが配属され、少人数授業を行う点である。前期後期いずれも、テーマを設定し、調査・考察し、...
レ点はどの字に付くか?―改行時のレ点の位置
湯城 吉信,島野 達雄
形の文化研究   4 1-5   2008年7月   [査読有り]
漢文訓読は、文化の受け入れの方法として昨今注目されている。筆者らは、先に漢文訓読のアルゴリズムを分析した。本稿では、その続編として、返り点でも特殊性を有すレ点について分析した。現在、レ点も一二点などと同様、漢字の左下に付くとされているが、元来、レ点のみは右下に付くとされていた。筆者らは、それを文献により実証的に明らかにし、さらにその合理的理由を明らかにした。その成果に基づき、漢文教育に対して「従来のようにレ点を漢字の左上に付けること」を提案した。
中井履軒の名物学―その『左九羅帖』『画觽』を読む
湯城 吉信
杏雨(武田科学振興財団杏雨書屋)   11 569-618   2008年6月   [査読有り]
中井履軒著『左九羅帖』は動植事物の画を載せる画冊であり、同じく中井履軒著『画觽』はその解説書である。本稿では、『画觽』を分析することにより、履軒の名物学説の特徴を明らかにした。履軒は、自ら考える法則に基づき、合理的に命名の非を是正し、自ら命名を試みている。その中、特筆すべきはサクラを巡る言説である。江戸時代には、サクラは日本固有の品種であるとする日本固有説と、中国の海棠に当たるとする海棠説とがあった。一般に、国学者は前者の立場を取り、漢文学者は後者の立場を取った。それに対して、履軒は、日本...
中井履軒の老荘観
湯城 吉信
中国研究集刊   46 34-72   2008年6月   [査読有り]
本稿では、中井履軒の老荘観を、彼の著書『老子雕題』『荘子雕題』『論語雕題』を読み解くことにより明らかにした。従来の研究では、履軒は老荘思想に理解を示し、特に『荘子』を高く評価していたとされる。それに対して、本稿では、履軒の意図は、老荘思想が異端の思想であり、人を欺くものであることを明らかにすることであったことを明らかにし、『荘子』を高く評価するものでもなかったことを明らかにした。
湯城 吉信
人文学論集   26 69-96   2008年3月   [査読有り]
本稿では、ジラフがキリン(麒麟)と呼ばれるようになった理由を中国と日本について明らかにした。中国では、麒麟は政治的に認定される動物で、歴代さまざまな動物が麒麟と見なされた。そして、ジラフが麒麟と呼ばれたのは明代に限定的な現象であった。それに対して、日本では、漢籍と西洋の知識とを兼ね備えた蘭学者によりジラフが麒麟と呼ばれるようになり、その後、名称の省察を経ないまま、その呼び名が定着していった。このような両国の命名の違いは文化の違いを反映するものであると言える。『日本語学論説資料』45号(論説...
『越俎弄筆』の構成と内容
湯城 吉信
『中井履軒の科学思想―その暦学・時法・解剖学』(平成18・19年度科学研究費補助金研究成果報告書)   66-89   2008年3月
中井履軒著『越俎弄筆』は、『解体新書』に先立ち、詳細な人体解剖図を掲載していることで有名である。だが、その成立、内容の特徴についてはこれまで明らかにされてこなかった。本稿では、『越俎弄筆』の草稿である『越俎載筆』の発見など最新の資料調査の成果に基づき、また、同時代の解剖書や西洋の解剖書と比較することにより、『越俎弄筆』の特徴を探った。その結果、当時の大坂でも西洋解剖書は出回っていたこと、中井履軒もそれを目にしていた可能性が高いこと、だが、「脈」に関する興味は、東洋医学の伝統を引くものである...
湯城 吉信
中国研究集刊   43 41-59   2007年6月   [査読有り]
本稿では、中井履軒の『華胥国暦』の特徴を、彼の時法に関する考えも合わせ述べることにより明らかにした。履軒は、月を廃したラジカルな太陽暦を作り、百刻法による定時法を提唱した。本稿では、その形成の過程を、『華胥国暦書』『華胥国新暦』という2つの暦を比較することで明らかにした。
漢文訓読の数学的構造について
島野 達雄,湯城 吉信
大阪府立工業高等専門学校研究紀要   41 25-28   2007年7月
本稿では、返り点や連結記号が付いている漢文の文法構造の数学的構造を分析した。返り点や連結記号が付いている漢文の文法構造は、有限個の基本形式からなる並置構造と入れ子構造の2種に分類できる。また、訓読の木という概念を導入し、アルゴリズムの表示を試みた。
「専言」「偏言」から「泛言」「専言」へ―中井履軒による朱子学用語の換骨奪胎
湯城 吉信
『中国学の十字路』   702-715   2006年4月
履軒は、朱子学によりつつもそれを絶対視せず、否定すべきは否定している。彼の『雕題』『逢原』には、朱子学に対する押さえきれない疑問が表出されている。履軒は、徐々に朱子学の軛から解き放たれ、自説を形成していったのである。本稿では、履軒の思想の変化を表す典型例として、彼の仁解釈を取り上げた。最初、履軒は、朱子学の「専言」「偏言」という用語をそのまま使った。だが、「専」「偏」には価値が含められており、本来、履軒の考えを表現するのに不適当であった。そこで、価値観を含まない中立的な言葉を選び「泛」「専...
湯城 吉信
日本中国学会報   57 242-255   2005年10月   [査読有り]
中井履軒は、木製天図、紙製天図、方図と呼ばれる3種類の天文関係図を残している。これら3図には疑問が多い。例えば、木製天図では、太陽が中心にあるのに、方図ではどうして地球が中心なのか。また、拍子抜けするほど単純な構造の紙製天図は何を意味しているのか。本稿では、履軒の著述により彼の宇宙観を明らかにした上で、これらの疑問に対する答えを探った。
『懐徳堂研究』(汲古書院)に採録。
目的意識を明確化した中国語教育について
湯城 吉信
大阪府立工業高等専門学校研究紀要   38 61-68   2005年7月
中国語教育実践のまとめ。目的意識の明確化、練習の目的の明確化、自己診断力を養う、という三つの柱を軸に中国語教育を実践した。上記、三つをどのように行ったかを報告した。
湯城 吉信
大阪府立工業高等専門学校研究紀要   37 51-63   2004年7月
本稿では、江戸時代の漢文笑話集『花間笑語』所収の159話と江戸小咄とを比較検討し、うち80話余りについてその来歴を明らかにした。また、作者の三村其原は懐徳堂関係者であり、『花間笑語』は、懐徳堂での漢文実作の一班を垣間見せるものであることも指摘した。
『国文学年次別論文集 平成十五年版近世分冊』に採録。
一般教育としての漢文演習―漢文教育の意義再考
湯城 吉信
新しい漢字漢文教育   29 69-75   1999年11月   [査読有り]
これまでの漢文教育は内容を教授することに偏ってきた。それに対し、発表者は、言語教育としての漢文教育のあり方を強調した。特に、漢字を知っている日本人にとって、どのような学習方法が有効で、漢文読解がどのような意味を有するのかを明らかにした。
張愛玲『秧歌』について
湯城 吉信
大阪府立工業高等専門学校研究紀要   33 71-80   1999年7月
張愛玲『秧歌』は反共小説として高く評価されてきた。高く評価されたのは、『秧歌』に見られる詳しい人物描写が、反共という主題と結びつくと考えられたからである。それに対し、本稿では、『秧歌』の人物描写は反共という主題と結びつくものではなく、むしろそれと抵触するものであることを明らかにした。だが、その人間描写こそが、時代と地域を越えて読者を引きつける点ではないかと推測する。この点、『秧歌』は彼女の初期の作品と題材は違うが、志向は共通すると言える。
湯城 吉信
大阪府立工業高等専門学校研究紀要   32 107-120   1998年6月
従来、『荘子』には荘子自身の思想と後学の思想とが混じっているとされてきた。それは『荘子』の内容が雑多で、記述に矛盾があると見られたためである。それに対して、本稿では、現行本『荘子』を一貫する根本思想を探り、『荘子』の意図は、自家の優位を主張することと、各家を総合するものとして自家を位置づけることであるとした。そして、このような観点から『荘子』を見れば、従来矛盾すると考えられてきた内容も、『荘子』の意図に合致するものであることがわかる。
一般科目の理念と授業とについて
湯城 吉信
府立高専教育   4 1-13   1998年3月
一般科目の目的は教養を高めることである。その教養にはさまざまな考えがあるが、筆者は、問題に立ち向かう能力であるとする考えに賛同する。そして、このような能力を身につけるには、自ら問題を設定し、調査し、まとめ、発表するという一連の知的作業を行わせるのがいちばん効果的であると考える。
湯城 吉信
大阪府立工業高等専門学校研究紀要   31 91-97   1997年6月
本稿では、筆者のディベート理解と授業にディベートを導入した理由について述べた。筆者は、ディベートは国語力を高め、学問の方法を身につけるための有効な手段だと考える。ディベートの問題点は二値的設定をする点である。ディベートの目的は論題について理解を深めることであり、二値的設定は、それを行うための手段に過ぎないと認識することが重要であると考える。
類書蒙求類について
湯城 吉信
平成6、7年度科学研究費補助金研究成果報告書(代表:加地伸行)   163-174   1996年3月
『蒙求』は一見お話集のように見えるが、類似する人物を対にして並べることから類書に分類される。そして、『蒙求』の流行により、以後形式的に『蒙求』に倣った書物が多数出現する。本稿では、類書としての『蒙求』の性格を分析し、さらに蒙求類の書物を概観した。
湯城 吉信
弓削商船高等専門学校紀要   16 92-104   1994年2月
従来、孔子の仁は愛であるとされてきた。だが、『論語』中の仁は愛だけでは説明できない。本稿では、愛としての仁は『孟子』に淵源する思想だとし、『論語』の仁を再考した。その結果、孔子の仁は単に「立派な人」を表す漠然とした概念であることが明らかにした。そして、孔子が仁を強調したのは、彼の境遇によるものではないかと推測した。
湯城 吉信
弓削商船高等専門学校紀要   15 103-112   1993年2月
現行本『尹文子』は魏晋の偽作だとされている。それに対し、本稿では、『尹文子』の版本と評価の変遷を調査することにより、現行本『尹文子』は『漢書芸文志』に記載される『尹文子』と基本的に同じであろうと推測した。
契嵩の『非韓』
湯城 吉信
待兼山論叢(哲学篇)   24 27-42   1990年12月   [査読有り]
本稿では『非韓』の韓愈批判について分析した。北宋の禅僧契嵩は、韓愈を批判した論文『非韓』によって名高い。韓愈は仏教排斥を唱えた。『非韓』の目的は、仏教を擁護するために、韓愈を批判することにあった。契嵩の韓愈批判の特徴は、儒教の立場からされていることにある。その批判の仕方は、1.儒家の経書に反するとして批判するもの、2.論理の矛盾や主張が一貫していないことを批判するもの、3.人物評価の誤りなど韓愈の人格上の欠点を批判するものの三つに分類される。
訓読アルゴリズムの括弧付き表示
島野 達雄、湯城 吉信
『新しい漢字漢文教育』に投稿したが以下の理由で掲載を拒否された(2007年)。
1,何のために訓読アルゴリズムの分析を行うのか、それによって漢文教育にどのような効果を期待しうるのか、よくわからない。
2,返り点(ないし訓点)を立論の出発点にしているのも、問題である。
3,漢文教育に認識不足がある。書き下し文にすることを目標のように書いているが、漢文教育の目的は、漢詩漢文を味わい、理解することによって、文化の受容と言語表現の能力を高めることにある。

Misc

 
五井蘭洲著『茗話』写本中巻翻刻
湯城 吉信
上方文化研究センター研究年報   17 1-50   2017年3月   [査読有り]
五井蘭洲『茗話』は、明治44年(1911)、『蘭洲茗話』と題して懐徳堂記念会から懐徳堂遺書の一つとして翻刻された。以後、その元になった写本の所在が知られなかったために、専ら刊本『蘭洲茗話』が通行していた。だが、筆者が調査したところ、数本の写本が存在し、刊本『蘭洲茗話』には見られない多くの貴重な内容が含まれることがわかった。
特に、大阪大学写本には、その他のテキストにはない中巻が存在する点が注目に値する(推測であるが、上下巻の後に編集された部分が中巻になった可能性がある)。本稿では、その中巻...
五井持軒『和語集解』翻刻
湯城 吉信
懐徳堂研究   8 81-121   2017年2月   [査読有り]
『和語集解』は五井持軒(1641~1721)が日本語の語源を説いた書である。冒頭に「和語総論凡例」があり、言語法則について列挙した上で、いろは順に語を採録し、その意味や語源を解説している。この書は『国書総目録』に五井持軒の著作として挙げられる(『大阪名家著述目録』67頁に基づく)がこれまで存在が確認されていなかった。ところが、平成二八年度、一般財団法人懐徳堂記念会が写本を購入し大阪大学附属図書館懐徳堂文庫に保管されることになり、その全容が明らかになった。この写本は来歴が明らかで、手稿本に近...
張尚英「20世紀の中国における『左伝』の文献整理と成果」翻訳
訳:湯城 吉信
「儒学―蜀学と文献学」国際シンポジウム論文集   60-74   2016年12月   [依頼有り]
『春秋左氏伝』をめぐる中国の20世紀の研究成果を報告した張尚英氏の論文の翻訳。20世紀の中国の学術研究は、白話運動、共産主義、文化大革命などの影響を直接受けており、研究史をたどることが20世紀中国史を回顧することにつながることがわかる。
(後、『中国研究集刊』63号(2017年6月)に修正再録、50-73頁)
加藤景範『西遊紀行』翻刻・注
湯城 吉信
関西文化圏を中心とする江戸時代の紀行文の形成(平成25~27年度科学研究費補助金研究成果報告書)   87-118   2016年3月
明和3年(1766)旧暦四月、加藤景範は懐徳堂学主三宅春楼に従って讃岐の金比羅および安芸の宮島を訪れた。本稿ではその全文を翻刻し、注釈を施した。同書は懐徳堂関係者の交友関係を知る上でも貴重な資料である。
五井蘭洲『中庸首章解』翻刻・注釈
湯城 吉信
懐徳堂研究   7 65-93   2016年3月   [査読有り]
江戸時代の儒者・五井蘭洲著『中庸首章解』の翻刻および注釈。『中庸首章解』は、蘭洲が、漢文を解しない初学者のために『中庸』第一章を和文で解説した啓蒙書である。その目的は、人々に道徳を行う根拠を納得させるためであった。すなわち、道徳は天から賦与された自然の摂理であるということである。この点を体得しないと、道徳を行ってもただ表面的に行うだけに終わると蘭洲は考えていたのである。
加藤景範『関東紀行』翻刻・注
湯城 吉信
大阪府立大学工業高等専門学校研究紀要   49 29-42   2015年12月
本稿は加藤景範『関東紀行』の翻刻と注である。江戸時代の大坂の歌人、加藤景範(1720-1796)は、しきりに各地を訪れ、多くの紀行を残している。其の中、『関東紀行』は延享2年(1745)の江戸行を記録した紀行である。往路は中山道を通り、十月十一日に大坂を出発し、二十六日に江戸に到着している。復路は東海道を通り、十一月五日に江戸を出発し、十九日に大坂に到着している。旅の最大の目的は富士山を見ることであったが、天候に恵まれ思う存分堪能できたようだ。特に、往路、山道に苦しんだ末に、塩尻から初めて...
現代中国社会を批判するインターネット上の替え歌
湯城 吉信
大阪府立大学工業高等専門学校研究紀要   47 33-42   2013年12月   [査読有り]
インターネット上には、現代中国社会を反映する歌があふれている。これらは、現れては消えるものがほとんどであり、記録しなければ消えてしまう恐れがある。本稿では、筆者が2010年~2012年に目にしたものの中、現代中国社会をよく反映しており、一定程度の伝播が確認できる資料を紹介した。1つは、官僚の息子を皮肉る歌であり、もう1つは、北京の大気汚染を皮肉る歌である。
中井竹山『西上記』翻刻・注
湯城 吉信
江戸期の漢文遊記の研究―懐徳堂を中心に   106-153   2013年3月
中井竹山『西上記』全文の翻刻並びに注釈。同書は、現在、富士川英郎・佐野正巳編『紀行日本漢詩』第三巻(汲古書院、一九九二年)で嘉永六年(一八五三年)刊本の影印を見ることができるが、同刊本は懐徳堂文庫蔵竹山手稿本と異同が多い。そこで、本稿では手稿本と刊本を対照し、決定版を作るよう試みた。また、手稿本に施されている訓点に基づく書き下し文も載せた。訓読史の資料としても活用していただければ幸いである。
中井竹山『東征稿』翻刻・注
湯城 吉信
江戸期の漢文遊記の研究―懐徳堂を中心に   85-105   2013年3月
中井竹山『東征稿』全文の翻刻並びに注釈。同書は、現在、富士川英郎・佐野正巳編『紀行日本漢詩』第三巻(汲古書院、一九九二年)で嘉永六年(一八五三年)刊本の影印を見ることができるが、同刊本は懐徳堂文庫蔵竹山手稿本と異同が多い。そこで、本稿では手稿本と刊本を対照し、決定版を作るよう試みた。
ドナルド・J・モンロー『古代中国における人間観』序文および第1章 訳注
湯城 吉信
中国研究集刊   54 1-35   2012年6月   [査読有り]
Donald J. Munro "The Concept of Man in Early China"の序文および第1章の訳注。
加藤景範『民間さとし草』翻刻・注釈
湯城 吉信
懐徳堂研究   3 125-145   2012年2月   [査読有り]
江戸時代の加藤景範が和文で綴った啓蒙書『民間さとし草』を翻刻し、注釈を付けた。
『履軒古風』巻一翻刻・訳注(附巻二校勘記)
湯城 吉信
懐徳堂研究   1 35-100   2010年2月   [査読有り]
中井履軒の漢詩集『履軒古風』巻一の翻刻と訳注にすでに発表している巻二(『洛汭奚嚢』)の校勘記を附した。巻一は巻二と同じく若き履軒の思いを表出した詩が多く見られる点、注目される。また、キンケイを詠った詩は博物学の観点からも貴重な史料と言える。
湯城 吉信
大阪府立工業高等専門学校研究紀要   42 89-100   2008年7月
現在、インターネット上には、現在の世相を反映する戯れ歌が多く見られる。これらは、現れては消えるものがほとんどであり、記録しなければ消えてしまう恐れがある。本稿では、2007年に筆者が目にしたものの中、現代中国の世相をよく反映しており、一定程度の伝播が確認できる資料を紹介したい。1つは、卑俗な言葉で綴られた打油詩と呼ばれる詩である。これらの詩には、出稼ぎ者の苦労や欲望、欝屈、パワー、外の世界を知った刺激が表現されており、中国人の理想と現実とを垣間見ることができる。もう1つは、打油詩を改編し、...
三浦梅園宛の中井履軒の書簡について
岩見 輝彦,湯城 吉信
懐徳堂センター報   2009 29-48   2009年2月   [査読有り]
大阪の中井履軒が豊後の三浦梅園に宛てた5通の書簡を解読し、その年代や背景を推測することにより、両者の間でどのような交流が行われていたかを分析した。
中井履軒『左九羅帖』『画觽』本文・注釈
湯城 吉信
杏雨(武田科学振興財団杏雨書屋)   11 619-701   2008年6月   [査読有り]
中井履軒著『画觽』は彼の画冊『左九羅帖』の画を解説したものである。同書は和文の崩し字で書かれているため読みにくく、これまで翻刻されてこなかった。本稿では、『画觽』、『左九羅帖』ともに手稿本を使用し、両者の画と解説が対応するように配列し、また、注釈と余説とを加え、履軒の名物学説が一目瞭然にわかるようにした。サクラや富士山などに独特の日本意識を持っていた履軒の思想を垣間見ることができる。
三木家の絵画に見る江戸時代の文人世界―三木家所蔵画幅画賛釈文
湯城 吉信,高嶋 藍
懐徳堂センター報   2008 51-57   2008年2月   [査読有り]
播州の庄屋三木家に残された絵画資料に見える画賛の釈文。これらを解読すると、江戸時代の文人の精神世界や、その交流の様子がよくわかる。
中井履軒『非物継声篇』翻刻
湯城 吉信
懐徳堂センター報   2008 25-43   2008年2月   [査読有り]
中井履軒著『非物継声篇』は草稿で読みにくいためこれまで翻刻が出されていなかった。また、その評価も履軒自身の説を収めるものという以外に、五井蘭洲の説を拾ったものという説もあり、評価が一定していなかった。そこで、本稿では、全文の翻刻を試みた。
中井履軒『画觽(えくじり)』翻刻・解説
湯城 吉信
懐徳堂センター報   2007 49-82   2007年2月   [査読有り]
中井履軒が動植事物の名称の乱れを正そうとして著した『画くじり』の翻刻、および解説。あわせて、画帖『さくら帖』のテキストの対照もした。
中井履軒 天文・暦法・時法関係資料
湯城 吉信
懐徳堂センター報   2006 15-71   2006年2月   [査読有り]
中井履軒は大量の天文・暦法・時法関係資料を残しているが、これまで翻刻されていなかった。本稿では、『天経或問雕題』などのまとまった資料以外に、各雕題に散らばった関係記述も収集した。
湯城 吉信
工学・工業教育研究講演会講演論文集   17 276-277   2005年9月   [依頼有り]
オーラルコミュニケーション能力の養成が叫ばれて久しいが、そのための有効な方策はまだ模索段階にある。能力養成のためにはトレーニングが必要であるが、トレーニングは得てして単調で退屈なものになりやすい。この問題点を克服できるトレーニング法として、筆者は、自らの通訳トレーニングでの体験を元に、新聞を利用した聞き取りトレーニングを開発した。
大阪府立中之島図書館所蔵懐徳堂関係資料目録
湯城 吉信
中国研究集刊   37 1-27   2005年6月   [査読有り]
懐徳堂関係資料を大阪大学懐徳堂文庫に次いで多く所蔵しているのは、大阪府立中之島図書館である。本目録では、それらの資料をすべて収録し、検索の便に供した。また、附録として、懐徳堂関係の参考書目を附した。
中井履軒『華胥囈語』翻刻・解説
湯城 吉信
懐徳堂センター報   2005 31-81   2005年2月   [査読有り]
中井履軒の和文集『華胥囈語』全文(二〇篇の文章を収める)の翻刻および解説。
湯城 吉信
中国研究集刊   34 68-78   2003年12月   [査読有り]
江戸時代の儒者、中井履軒は明和3年から1年間、京都の高辻家に招かれた。彼の生涯一度の宮仕えである。その京都行の送別詩を集めた『懐徳堂会餞詩巻』の訳注。履軒京都行がどのように受け取られたかを垣間見ることができる。
総合討論「日本の中国思想研究は次の半世紀を生き残れるか?」
木島 史雄,湯城 吉信,末永 高康
名古屋大学中国哲学論集   7 38-57   2008年3月   [査読有り]
現在の日本の中国学の問題点を論じ、特に若手の学者がどのようにすべきかを討論する。
国語教師TOEIC受検記
湯城 吉信
図書館だより   27 2-2   2002年7月   [依頼有り]
湯城 吉信,矢羽野 隆男,山口 澄子,釜田 啓市
大阪府立工業高等専門学校研究紀要   31 108-98   1997年6月
(全体概要)
正史の儒林伝は儒学の歴史を知るための基本的資料であるが、『史記』『漢書』以外は訳注がない。そこで、本稿では、上記二書に続く『後漢書』を訳出した。
湯城 吉信,矢羽野 隆男,山口 澄子,横久保 義洋,釜田 啓市
大阪府立工業高等専門学校研究紀要   30 118-109   1996年6月
(全体概要)
正史の儒林伝は儒学の歴史を知るための基本的資料であるが、『史記』『漢書』以外は訳注がない。そこで、本稿では、上記二書に続く『後漢書』を訳出した。
湯城 吉信
弓削商船高等専門学校紀要   15 92-102   1993年2月
『尹文子』は現代日本語訳がない。江戸時代の和刻本が読み下しを試みているが間違いが多い。このような状況を鑑み、正確な書き下し文を作るよう心がけた。
傅斯年『性命古訓弁証』第三巻 訳(1)
藤居 岳人,矢羽野 隆男,湯城 吉信
阿南工業高等専門学校研究紀要   28 85-91   1992年3月
(全体概要)
中国哲学における重要概念である性と命との研究書傅斯年『性命古訓弁証』の訳。同書は、文語体で書かれ、古籍の引用が多く読みづらい。本稿では、本文は現代日本語に、引用文は書き下し文に改めた。
傅斯年『性命古訓弁証』第三巻 訳(2)
藤居 岳人,矢羽野 隆男,湯城 吉信
阿南工業高等専門学校研究紀要   29 31-39   1993年3月
(全体概要)
中国哲学における重要概念である性と命との研究書傅斯年『性命古訓弁証』の訳。同書は、文語体で書かれ、古籍の引用が多く読みづらい。本稿では、本文は現代日本語に、引用文は書き下し文に改めた。
『洛汭奚嚢』―中井履軒の京都行
湯城 吉信
懐徳堂センター報   2004 49-76   2004年2月   [査読有り]
中井履軒は幽人と称し世間とは距離を保ちながら著述に専念した。その履軒が一度だけ仕えたことがある。明和3年から一年間の京都高辻家滞在がそれである。本稿では、その京都行を題材にした漢詩集『洛汭奚嚢』を全訳の形で明らかにし、これまで照射されなかった中井履軒像を明らかにした。
中井履軒『昔の旅』翻刻訳注および解説
矢羽野 隆男,湯城 吉信,井上 了,佐野 大介,池田 光子,黒田 秀教,上野 洋子,杉山 一也
懐徳堂センター報   2005 82-128   2005年2月   [査読有り]
中井履軒撰の和文紀行『昔の旅』は、架空の人物設定がされているが、履軒や兄の竹山など実在の人物を反映している。旅も実際の龍野行に基づいている。特に、当時の懐徳堂の孝子顕彰運動について詳しく書かれており、資料的価値も高い。本稿では、特に、孝子顕彰運動についてその史実の検証に努めた。
懐徳堂文庫資料解題(7)
湯城 吉信
懐徳堂文庫の研究―共同研究報告書(湯浅邦弘編)   61-95   2003年2月
懐徳堂文庫所蔵資料の解題。29冊の資料についての解題を作成した。特に、これまで紹介されてこなかった中井蕉園(中井竹山の子)の著作の解題を重点的に作成した。蕉園は詩文を得意とし、技巧的な漢詩文を多数残している。
懐徳堂文庫資料解題(17)
湯城 吉信
懐徳堂文庫の研究2005―共同研究報告書(湯浅邦弘編)   74-83   2005年2月
今回は、前回に引き続き、中井蕉園関係の資料に加え、自らが研究を行った『花間笑語』『華胥囈語』の解題を書いた。
中井履軒『画觽』翻刻・解説
湯城 吉信
懐徳堂センター報   2007 49-82   2007年2月   [査読有り]
中井履軒が動植事物の名称の乱れを正そうとして著した『画くじり』の翻刻、および解説。あわせて、画帖『さくら帖』のテキストの対照もした。
「王弼の因循」傍注
湯城 吉信
中国研究集刊   8 15-19   1989年11月   [査読有り]
『老子注』の作者、王弼は『老子』の中心思想の無為を因循と解している。この因循については、『荘子』に由来するとする板野長八説と『韓非子』に由来するとする沢田多喜男説とがある。本稿では、両説を検討し、後者を支持した上で、さらに『韓非子』解老篇、喩老篇との類似を指摘した。
懐徳堂関係研究文献提要(六)
湯城 吉信
懐徳   57 133-135   1988年1月
江戸時代の大阪の漢学塾、懐徳堂についての論文の提要。
2年国語研究発表学習の報告
湯城 吉信
府立高専教育   1 27-33   1995年3月
2年国語において試みた研究発表学習の報告。筆者は、学生に能動的に調べ、まとめ発表するという作業が、彼らの言語能力の向上には必要であると考える。その実践と問題点とを紹介した。
4年国語ディベート教育の報告
湯城 吉信
府立高専教育   3 1-9   1997年3月
高専4年生(大学1年生に相当)の国語の授業でディベートを導入した経緯、実際の教育方法を紹介した。
海外個人旅行の勧め
湯城 吉信
図書館だより   42 2-2   2010年3月   [依頼有り]
三村崑山『芳山遊草』翻刻・注
湯城 吉信
大阪府立大学工業高等専門学校研究紀要   48 27-36   2014年12月
江戸時代、懐徳堂学派の学者は盛んに各地を訪れた。特に、吉野には何人もの学者が訪れ紀行を残している。本稿では、中井履軒の高弟、三村崑山(1762-1825)が文政5年(1822)の吉野行を記録した漢文紀行『芳山遊草』を翻刻する。懐徳堂学主を務めた中井竹山著『芳山紀行』や竹山の子中井蕉園著『騮碧嚢』に比べ素朴な記述に特徴がある。

書籍等出版物

 
教養としての中国古典
湯浅邦弘ほか (担当:共著, 範囲:第Ⅰ部第三章(『左伝』―春秋諸国の盛衰を記す))
ミネルヴァ書房   2018年4月   
『春秋左氏伝』の概要、歴史・研究史、内容、代表的な名文についてわかりやすく説明した。
関西文化圏を中心とする江戸時代の紀行文の形成
湯城 吉信
湯城吉信(平成25~27年度科学研究費補助金研究成果報告書)   2016年3月   
目次
第一章 中井蕉園『騮碧嚢』の吉野行
第二章 三村崑山『芳山遊草』翻刻・注・訳
第三章 加藤景範『関東紀行』翻刻・注
第四章 加藤景範『西遊紀行』翻刻・注
白川静を読むときの辞典
湯城 吉信 (担当:分担執筆, 範囲:29何晏,118稷下の学,140『戦国策』, 217類書)
平凡社   2013年10月   
江戸期の漢文遊記の研究―懐徳堂を中心に
湯城 吉信
科研費報告書   2013年3月   
 本書は、江戸時代の懐徳堂関係者の旅を研究するものである。
 江戸時代、庶民の間でも旅行が盛んになった。大阪にあった漢学塾である懐徳堂の関係者も多くの土地を訪れ、多くの記録を残した。大阪大学懐徳堂文庫や大阪府立中之島図書館などには、懐徳堂関係者の旅行関係の資料が大量に残されている。本書では、その内容の一斑を紹介した。特に、『環湖帖』、『東征稿』、『西上記』に焦点を当てた。
古田島 洋介, 湯城 吉信 (担当:共著)
明治書院   2011年6月   ISBN:4625734002
漢文訓読の基本を紹介している。句法の解説に終始することなく、漢文という文化現象を全面的に分析している。また、練習問題を設け、段階を踏んで漢文訓読を習得できるように工夫した。復文(書き下し文を原文に直す作業)を採用している点に特徴がある。

講演・口頭発表等

 
並河蜑街(寒泉の子)の受けた漢文教育―『復文草稿』『課蒙復文原文』を中心に
湯城 吉信
懐徳堂研究会   2017年12月3日   
懐徳堂でどのような漢作文教育が行われていたのか、懐徳堂最後の教授・並河寒泉著『課蒙復文原文』、寒泉の子・蜑街(尚一)作『復文草稿』により紹介した。『課蒙復文原文』は、引用文献に様々な書名が挙げられているが、実は『淵鑑類函』を抜いたものが多い。一方、『復文草稿』は、復文よりも日本の軍記を漢文に直した記事が多い。具体的には、『常山紀談』『武将感状記』『窓のすさみ(追加)』などである。以上のような資料概要を紹介した上で、話の実例をいくつか紹介した。
中国と日本の今を考える [招待有り]
湯城 吉信
はりま産学交流会 創造例会   2016年10月21日   はりま産学交流会
中国という国の自己認識、考え方の特徴を歴史的に見る。
五井蘭洲の教学論―蘭洲は人々にどのように学問を勧めたのか
湯城 吉信
日本中国学会   2015年10月10日   日本中国学会
 本発表では、江戸時代の儒者五井蘭洲が人々にどのように学問を勧めていたかを紹介したい。
 蘭洲は、懐徳堂の全盛期を築いたとされる中井竹山・履軒兄弟の師であり、その後の懐徳堂の学問を方向付けた重要な人物であると言える。懐徳堂に手厳しい批判を浴びせた上田秋成も、蘭洲だけはすぐれた学者であったと評価している(『胆大小心録』)。だが、その著作はまとまったものが少ないため、これまでその思想の全容は解明されてこなかった。
 懐徳堂は享保九年(一七二四)の開校に際し、日講を行うことが幕府の官許の条件にな...
ディベートと会議の手法 [招待有り]
湯城 吉信
ビジネス未来塾「問題解決の手法」   2013年10月9日   寝屋川市立産業振興センター
社会人の提案技術養成研修の一環として、会議法、ディベート法を教授し、実践した。
提案技術研修 [招待有り]
湯城 吉信
KEISシステムプロデューサ養成研修   2013年8月24日   関西電子情報産業協同組合 KEIS
システムプロデューサの提案技術養成研修の一環として、会議法、ディベート法を教授し、実践した。
高専の国語教育―コミュニケーション能力向上のために [招待有り]
湯城 吉信
地域交流メッセ2013   2013年3月7日   大阪府立大学工業高等専門学校
 実践的な技術者を養成するという目的に基づき、高専の国語の授業ではプレゼンテーションやディベートなどコミュニケーション能力の養成に力を置いている。本講演では、その実践を紹介し、聴衆の皆さまのご意見を仰いだ。
 企業の方からは、企業におけるコミュニケーション上の問題点や取り組み(研修)などをご教示いただいた。本講演で紹介したメニューが企業の研修においても参考になれば幸いである。
江戸時代の大阪人の旅―鳴門渦潮見物
湯城 吉信
大阪府立大学工業高等専門学校公開講座   2012年12月1日   大阪府立大学工業高等専門学校広報室
 江戸時代の大坂の歌人・加藤景範(号竹里)(一七二〇~一七九六)は無類の旅行好きで、頻繁に旅行に出かけ多くの紀行を残した。本発表では、景範が天明元年(一七八一)春(旧暦三月二五日~四月一一日)の鳴門行を記した『観濤録』の旅を紹介した。また、現地調査による現在の様子も紹介した。
江戸時代の大阪人の旅―琵琶湖一周旅行
湯城 吉信
大阪府立大学工業高等専門学校公開講座   2011年10月   大阪府立大学工業高等専門学校広報室
江戸時代の懐徳堂関係者の琵琶湖行の資料『環湖帖』の取り上げる地点を訪れ、彼らがどのような場所を訪れているのか、どのような景色を愛でていたのか、また古今の違いはどうなっているかを写真が画像を使って説明した。
荒地開墾プロジェクト紹介―府立高専特別研究後期の試み
湯城 吉信
平成21年度木更津高専一般特別研究シンポジウム   2011年3月   木更津工業高等専門学校
体験型授業の試みとして行った、荒地開墾プロジェクトの紹介。校内で草が生い茂っていた場所を開墾し、作物を育てた過程とその意義を紹介した。学生には非常に好評であった。
打破学術界的框架,打破自己的框架 [招待有り]
湯城 吉信
日本の中国哲学思想研究 現状と展望 国際学術シンポジウム   2006年8月   名古屋大学
発表司会およびパネルディスカッション「日本の中国思想研究は次の半世紀を生き残れるか?」のパネラーとしてパネル報告を行う。中国語、日本語。
中井履軒の誠と天文学 [招待有り]
湯城 吉信
梅園学会   2006年10月   梅園学会
中井履軒の誠に対する考えを紹介し、三浦梅園との違いを明らかにした。また、履軒の天文図についても紹介した。
有効で実行可能な言語トレーニング開発の提案―聞き取りトレーニングの紹介
湯城 吉信
平成17年度工学・工業教育研究講演会   2005年9月   日本工学教育協会
オーラルコミュニケーション能力の養成が叫ばれて久しいが、そのための有効な方策はまだ模索段階にある。能力養成のためにはトレーニングが必要であるが、トレーニングは得てして単調で退屈なものになりやすい。この問題点を克服できるトレーニング法として、筆者は、自らの通訳トレーニングでの体験を元に、新聞を利用した聞き取りトレーニングを開発した。
日本江戸時代儒學的宇宙論―以中井履軒爲例 [招待有り]
湯城 吉信
東亞思想中的宇宙、天文以及秩序―與四位日本漢学家的對話(華梵大學卒業記念講演會)   2007年6月   
日本の江戸時代の宇宙論の特徴を中国のそれと比較することにより明らかにした。特に、中井履軒の天文関係図を見せることにより、具体的に説明した。中国語
長頸鹿為何被稱為麒麟―比較中日兩國差異
湯城 吉信
国際学術研討会―東アジア文化の発生・変遷・交流(致遠管理学院・大阪大学共催)   2008年10月   致遠管理学院・大阪大学
ジラフがキリン(麒麟)と呼ばれるようになった理由を中国と日本について検証し、両国の命名の違いは文化の違いを反映するものであることを明らかにした。中国語
府立高専の特別研究の方法―前期のグループ研究を中心に
湯城 吉信
日本高専学会第14回年会講演会   2008年8月   
府立高専の3年生における特別研究の授業方法について、前期のグループ学習を中心に紹介した。情報センターのフォルダを見せ、どのように利用しているかを説明した。
返り点のカッコ付き表示およびレ点の位置
湯城 吉信
形の文化会   2007年4月   形の文化会
返り点はカッコで置き換えられること、そうすると漢文の構造がより明らかになることとレ点の特殊性が明らかになることを紹介した。また、レ点の位置が古今で異なることを紹介し、その理由を考察した。
江戸時期日文文獻介紹 [招待有り]
湯城 吉信
東亞歴史文獻敎學研習會(臺灣教育部、臺灣大學)   2007年12月   台湾大学、台湾教育部
江戸時代の日本の歴史文献の概略、特に文体の違いを説明し、読解上のポイントと参考書とを解説した。中国語を母語とする人を対象にしたため、彼らの漢字に対する知識をどのように援用すべきかに力点を置いた。中国語
江戸時代的歴史文獻 [招待有り]
湯城 吉信
「臺灣史日文史料暨日本近代史」研習營(臺灣教育部主催、臺灣師範大學共催)   2009年8月   台湾師範大学、台湾教育部
台湾の歴史研究者に対する日本語歴史文献の研究方法を紹介する研究会において、江戸時代の文献の種類、文章の特徴、検索方法などを紹介し、実際に文献を読み解く練習をした。12名の講義者の中、2番目の評価を得た。中国語
ジラフがキリンと呼ばれた理由―中国の場合・日本の場合
湯城 吉信
大阪府立中央図書館公開講座   2007年10月   大阪府立中央図書館
同名論文の内容を、パワーポイントで写真を見せながらわかりやすく紹介した。
中井履軒の宇宙観―その天文関係図を読む
湯城 吉信
阪神中哲談話会(関西大学)   2005年9月   阪神中哲談話会
同名論文の内容を、パワーポイントで写真を見せながらわかりやすく紹介した。
中井履軒撰『昔の旅』―孝子貞婦顕彰の旅 [招待有り]
矢羽野 隆男,湯城 吉信
大阪大学懐徳堂アーカイブ講座   2004年9月   大阪大学
中井履軒撰の和文紀行『昔の旅』の紹介。
同書は架空の物語という設定になっているが、実際の旅行に基づいており、登場人物もモデルがいる。また、当時の懐徳堂の孝子顕彰運動についても記述がある。本発表では、旅程をたどったビデオを放映しながら、史実の裏付けを紹介した。
高専における言語教育のあり方
湯城 吉信
関西工学教育協会研究集会   2002年8月   関西工学教育協会
文学教育に偏ってきたこれまでの国語教育を反省し、高専生に適した国語教育として、「聞く」「話す」「読む」「書く」を総合した方法が必要であることを説き、ディベートの実践を紹介した。
一般教育としての漢文演習―漢文教育の意義再考
湯城 吉信
全国漢文教育学会   1999年6月   全国漢文教育学会
これまでの漢文教育は内容を教授することに偏ってきた。それに対し、発表者は、言語教育としての漢文教育のあり方を強調した。特に、漢字を知っている日本人にとって、どのような学習方法が有効で、漢文読解がどのような意味を有するのかを明らかにした。
中井履軒の宇宙観
湯城 吉信
近畿和算ゼミナール   2005年7月   近畿和算ゼミナール
「胞」の考えを中心とする、中井履軒の宇宙観を紹介し、彼の天文関係図の表すものを明らかにした。また、履軒の自然や数字に対する考えを紹介し、東西の自然科学に対する考えの違いについて問題提起とした。
『論語逢原』『孟子逢原』の標点の施し方の問題点について [招待有り]
湯城 吉信
懐徳堂研究会(儒蔵調整会議)(大阪大学)   2009年1月   大阪大学中国哲学研究室
日本の儒教の著述として『儒蔵』に収録されることになった中井履軒著『論語逢原』『孟子逢原』の標点の施し方について報告した。『儒蔵』の凡例に基づいて、各分担者の問題点を列挙し、施し方を一致させるべく詳細な凡例を作成した。特に、日中の標点の施し方の異同に注意を払った。

担当経験のある科目

 
 

Works

 
懐徳堂研究
2001年

競争的資金等の研究課題

 
普遍性と多様性を考慮した漢文教材の開発
文部科学省: 科学研究費補助金(基盤研究(C))
研究期間: 2016年4月 - 2019年3月    代表者: 湯城 吉信
本研究は、時代と地域を越えた漢字・漢文の普遍性を感じることのできる漢文教材・漢文教育法を開発することを目的にする。また、現在の日本における漢字使用の相対性を実感でき、今後の漢字使用・漢文教育について考えることのできる教材開発を目指す。そのために、広い地域、時代に渡る教材を収集するとともに、それについて考えることのできる漢文教育法を模索する。資料収集は、日本では、江戸時代および明治時代の作品や漢字使用を中心に収集し、中国語圏では、科挙の参考書や民間の漢文も収集する。また、両国ともに、現代の漢...
文部科学省: 科学研究費補助金(基盤研究(C))
研究期間: 2010年4月 - 2013年3月    代表者: 湯城 吉信
江戸時代の大阪の漢学塾「懐徳堂」関係者は盛んに旅行し、多くの紀行を残した。それらの資料に含まれる客観情報は歴史学、地理学にとって貴重な史料である。また、それらの資料の記述内容は、彼らの表現技法・思想を分析する上でも重要な資料である。本研究は、それらの資料の中、漢文で書かれた資料を中心に調査・報告する。本研究の2年目に当たる23年度は、22年度に収集した資料の分析と各紀行の訪問地の現地調査とを行った。具体的には以下のような内容である。1,『環湖帖』のテキスト部分の校勘・解読を行った。成果は2...
文部科学省: 科学研究費補助金(基盤研究(C))
研究期間: 2013年4月 - 2016年3月    代表者: 湯城 吉信
本研究は、江戸時代の関西を中心とする紀行文を全面的に調査し、各書の影響関係、作者の交流を明らかにし、江戸時代の関西地区における紀行文の形成を明らかにしようとするものである。
江戸時代の紀行文は、文芸学史においても、歴史地理学においても貴重な史料であるが、これまで十分に研究されてきたとは言えない。筆者は過去3年にわたり、大阪の懐徳堂を中心とする漢文遊記の研究を行った。その研究において、漢文遊記以外に多数の和文の紀行文が存在し漢文遊記を含め影響関係が見られること、それらの紀行文が当時の人的...
加藤景範の著作の全面的調査
懐徳堂記念会: 懐徳堂記念会研究出版助成金
研究期間: 2012年4月 - 2013年3月    代表者: 湯城 吉信
中井履軒『画觽(えくじり)』『さくら帖』の研究―その成書理由・背景を探る
武田科学振興財団: 杏雨書屋研究奨励費
研究期間: 2006年4月 - 2007年3月    代表者: 湯城 吉信
江戸期の大坂の漢学塾懐徳堂出身の儒者、中井履軒は、儒学だけではなく、広く自然科学にも興味を持っていた。博物学にも興味を持っていたことは、『画觽(えくじり)』『さくら帖』の存在によりわかる。だが、この両書については、従来、全く研究がされていなかった。筆者は、『画觽(えくじり)』の翻刻という基礎作業に基づき、『画觽』『さくら帖』の成書理由・成書背景を探る。そのためには、2つのアプローチが可能であると考える。1つは、履軒の思想をどのように反映しているかという点であり、もう1つは、当時の本草学、博...