MISC

2020年

フィリピン・マンゴーの産地研究から地理学の総合性を考える

日本地理学会発表要旨集
  • 中窪 啓介

2020
0
開始ページ
138
終了ページ
138
記述言語
日本語
掲載種別
DOI
10.14866/ajg.2020a.0_138
出版者・発行元
公益社団法人 日本地理学会

<p>発表者は本年度、東京農業大学の食料環境経済学科に着任した。農業経済学を基盤とする同学科で教育にあたっていると、食料供給に対する主流のアプローチや議論の重点に、農業地理学と差異があることを意識させられる。本発表では地理学の総合性について、この差異に関する議論から話をはじめ、フィリピンのマンゴー産地の調査報告を経て考えを明確にしたい。</p><p></p><p>食料供給に対するアプローチの違い 経済地理学の下位分野に位置づけられる農業地理学では、農業経済学の概念や知見を参照し頼ってきた。こうした傾向は、特にフードシステムの概念が導入された頃から強まったものと考える。それまでの農業地理学は、産地内の生産要素に焦点を当てた独自の議論を発展させてきた。しかしスーパーなどの食品産業が影響力を増す中で、その説明力は低下した。この新たな状況に対応して、欧米の経済学や地理学で議論され、日本の農業経済学で潮流が生まれていたフードシステムの概念が導入された(荒木 1995)。</p><p></p><p> フードシステムは、食料の生産から消費までの工程の連関を、それに強い関わりがある要素も含めてトータルなシステムと捉える概念である。この概念に基づく研究は両学問で共通点が多い。農業地理学に特徴的な傾向は、各事象について、関連する様々な要素を総合的に検討し、ニュアンスに富んだ記述・説明をする点である。特に自然要素は、農業経済学の一般的なフードシステムのモデル(例えば、新山 2017)には含まれないが、農業地理学では人間-自然の相互関係という観点のもとで一定の重要性を保ってきた。近年では、自然または社会への還元を批判し、「非還元性」を解くアクターネットワークのアプローチが定式化され取り入れられつつある。さらに、システム自体の存在を自明なものとせず、その偶有性や生成変化を捉えるフードネットワークのアプローチもとられ、欧米の地理学ではシステム論にかわって主流となっている。</p><p></p><p> 一方、事象自体を重視し総合的に把握しようとする地理学の特性は、調査研究の過程にも認められる。経済学のフィールドワークは、特定の要素に絞った仮説・モデル検証の側面が強い。これに対して、地理学は帰納法を重視し、「フィールドに学べ」という姿勢で地を這うようなフィールドワークを行って、関連性のある様々な要素を捉えていく傾向がある。しばしば立論の際にも、実態に合わせて地理学以外の理論枠組みを変形させて用いたり、論者が独自の枠組みを用意したりする。地理学は個別状況や地域の丹念な理解のために、他学問の様々な「高踏理論」を用いる学際性を備えている(グレーバー 2009: 204)。</p><p></p><p>パンガシナン州のマンゴーの供給と虫害によるその変容 パンガシナン州はマニラ首都圏から北北西へ約170㎞、ルソン島中央平原の北端に位置し、北にリンガエン湾を臨む。州は19世紀以降、マニラの発展にともなって食料の供給地や輸送拠点となり、商業的農業や漁業が発展した。現在も第一次産業は州の6〜7割の世帯が生計を依存する基幹産業であり、高収益な園芸作物や養殖魚などが盛んに生産され、特にマンゴーは全国首位の生産量を維持してきた。</p><p></p><p> パンガシナン州におけるマンゴーの果実生産は、マンゴー樹の所有者ではなく主にコントラクターが担っている。果実生産には花成促進剤などの投入財が必要となるが、州の樹所有者の多くは零細で資金を欠いている。そのため、コントラクターが出資して生産・販売を請負い、利益を樹所有者と配分する方法が普及している。こうした生産には2人のキーパーソンが存在する。両者は大規模に果実生産を行うだけでなく、出荷先の輸出業者から資金を調達し、多数の請負生産者に融資や果実買取を行ってきた。これにより両者はパンガシナン産マンゴーの供給の軸を担ってきたのである。</p><p></p><p> 一方、2012年から州ではタマバエによる果実の被害が深刻化し、マンゴーの生産量は急落した。コントラクターの経営は悪化し、事業を停止する者が相次いだ。マンゴー樹の新規定植本数・定植者数も減少し、コメやトウモロコシへの転作が進んだ。農業省は技術講習会を開いたり推奨農薬を提示したりしてきたが、まだ十分な効果は出てない。</p><p> 虫害への対応として、コントラクターの間では虫の感染を軽減する果実被覆の手法が普及した。さらにこの生産費用の上昇と虫害の損失を補うため、樹所有者の利益配分率が減らされた。また従来、州の協同組合はコントラクターのみが成員であったが、2020年中に樹所有者も含む協同組合の創設が予定されている。経営改善に向けて、供給に関わる各主体に行政支援を行き渡らせることや、販売の組織化を図ることが目指されている。</p>

リンク情報
DOI
https://doi.org/10.14866/ajg.2020a.0_138
CiNii Articles
http://ci.nii.ac.jp/naid/130007949193
ID情報
  • DOI : 10.14866/ajg.2020a.0_138
  • CiNii Articles ID : 130007949193

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