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2018年9月9日

冷中性子チョッパー型分光器AMATERASを用いたスピン1/2三角格子Heisenberg反強磁性体Ba3CoSb2O9の磁気励起の観測

日本物理学会2018年秋季大会
  • 中島 健次

記述言語
日本語
会議種別
シンポジウム・ワークショップ パネル(指名)
主催者
日本物理学会
開催地
同志社大学、京都府

S=1/2の三角格子Heisenberg反強磁性体(TLHAF)は、フラストレートした量子スピン系の典型的な舞台として、理論、実験両面で多くの研究の対象となっている。スピンのフラストレーションと量子効果が引き起こす多体効果は、その基底状態のみならず、磁気励起の様相にも新奇な現象を引き起こすことが期待される。その一方で、その理論的な予測や理解に十分な結論が得られているとは言い難い。そのような中で、我々は、Ba3CoSb2O9が、極めて理想的なS=1/2のTLHAFであることを見い出し[1, 2]、この系について中性子非弾性散乱測定を行い、その磁気励起の詳細な全容を実験的に得ることで量子TLHAFの理解の手がかりを得ることを試みた[3]。
実験には、Ba3CoSb2O9約2グラムの単結晶試料を用い、中性子非弾性散乱の測定は、J-PARCに設置された冷中性子チョッパー型分光器であるAMATERAS [3]で行った。最新世代のチョッパー型分光器では、エネルギー遷移(E)、運動量遷移(Q)の広い範囲における中性子非弾性散乱シグナルを高精細に、そして、高効率に取得することが可能になっている。特に、AMATERSは、数十meV以下のエネルギー領域の非弾性散乱を極めて低いバックグラウンドで測定することができる。我々の研究に先行していくつかの中性子非弾性散乱実験がこの系について行われており、この系の磁気励起の特徴の一部が捉えられているが[5, 6]、我々のAMATERASでの測定ではより精細でより広範囲のデータを取得することができている。図1は、得られた非弾性散乱のスペクトルの例であり、この図ではデータのEQ空間から点点方向に強度を切り出したものである。ここで、2次元面に垂直なQ方向については分散が弱いことを利用して強度を積分している。図1(a)中の白線は、線形スピン波を仮定し 、磁化測定から得られた値[2]、J = 1.67 meV、 = 0.046 ("H"=∑_(<i,j>)^"layer" ▒〖J(S_i∙S_j-∆S_i^z S_j^z)〗)を用いて計算したものである。得られたスペクトルは、エネルギーに沿って3つの構造に分けられる。E < 1.6 meVの領域では、点から立ち上がる2つのブランチを持つ明瞭な分散が見られる。線形スピン波の計算は、この領域の低エネルギー側では比較的一致するが、一方で、全体を説明することはできない。一方で、励起エネルギーの負の再規格化や点におけるロトン的な極小の存在、励起の寿命が短くなっていることを示す線幅の増大などの特徴が明瞭に観測され、これらは三角格子系において理論的に予測されたマグノンの自発的崩壊等と定性的に整合する。1.6 meV< E < 2.4 meVの領域ではこの分散が大きく広がり、更にその上のエネルギー領域では、線形スピン波で予測されるバンドの上限を超えてそれが連続的な励起となって高いエネルギーまで続く。我々は、この励起が少なくとも10 meV以上まで続くことを確認しており、これは、磁化測定で得られたJの6倍以上になる。このような高いエネルギーまで続く連続励起については、これを説明する理論的なモデルは今のところ存在しない。
本発表においては、AMATERASで観測されたS=1/2のTLHAF系であるBa3CoSb2O9の磁気励起の全容を示し、そこに見いだされたこの量子スピン系のダイナミクスの特徴について、過去の研究と比較しながら議論する。
なお、本研究は伊藤沙也、栗田伸之、田中秀数(東工大理)、河村聖子(J-PARCセンター)、伊藤晋一(KEK)、桑原慶太郎(茨城大理工)、加倉井和久(CROSS)らの各氏との共同で行われた。

リンク情報
URL
https://www.jps.or.jp/english/meetings-and-awards/autumn/b-index.html