2019年4月 - 2022年3月
東日本における弥生時代以降の栽培植物の波及
日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(C) 基盤研究(C)
本研究は、東日本における弥生農耕文化の食性変遷を、土器付着炭化物の炭素・窒素同位体比、C/N分析を用いた食性分析から解明する。東日本の弥生文化は、自然環境や集団編成の違いに応じて地域ごとに多様化した農耕文化複合であり、その要因として西日本から波及した栽培植物の受容の在り方が大きく関係している。圧痕レプリカ法では、選択的に栽培植物を受容していたことが解明され、東北北部の稲作農耕、中部地方の雑穀農耕の傾向が指摘されている。本研究では、研究課題①「中部地方における雑穀栽培の様相解明」、②「東北地方における稲作受容と雑穀栽培の有無」、③「東日本におけるムギ類の展開」、④「海外や古代との比較検討」の課題を設定している。
令和元年度は、予定通り研究計画に沿って分析を実施した。研究課題①では、長野県塩尻市福沢遺跡、安曇野市離山遺跡、大町市トチガ原遺跡の分析を行った。先行研究では、松本市石行遺跡や境窪遺跡でC4植物利用が確認されていたが、今回分析を実施した遺跡では、顕著なC4植物の影響を確認できなかった。引き続き分析を進め、比較検討を実施する予定である。研究課題③では、東京都板橋区西台後藤田遺跡、四葉地区遺跡、茨城県ひたちなか市鷹ノ巣遺跡、千葉県市原市山田橋大山台遺跡出土のイネ・コムギ・オオムギに関して年代測定を行った。現状では、鷹ノ巣遺跡のイネ2点、西台後藤田遺跡のイネ1点が、弥生時代後期の年代であり、ムギ類はすべて近世(一部中世末)の年代であった。研究課題④では、東北地方の古代に関して分析を実施した。対象遺跡は、岩手県久慈市中長内遺跡、滝沢市諸葛川遺跡、軽米町駒板遺跡である。今回の結果では、7 世紀前葉の滝沢市周辺ではC4 植物利用が低調であったのに対して、8 世紀代の軽米町周辺ではC4 植物利用が顕著であることがわかった。今後、周辺地域のデータを増やして議論を深化させていきたい。
令和元年度は、予定通り研究計画に沿って分析を実施した。研究課題①では、長野県塩尻市福沢遺跡、安曇野市離山遺跡、大町市トチガ原遺跡の分析を行った。先行研究では、松本市石行遺跡や境窪遺跡でC4植物利用が確認されていたが、今回分析を実施した遺跡では、顕著なC4植物の影響を確認できなかった。引き続き分析を進め、比較検討を実施する予定である。研究課題③では、東京都板橋区西台後藤田遺跡、四葉地区遺跡、茨城県ひたちなか市鷹ノ巣遺跡、千葉県市原市山田橋大山台遺跡出土のイネ・コムギ・オオムギに関して年代測定を行った。現状では、鷹ノ巣遺跡のイネ2点、西台後藤田遺跡のイネ1点が、弥生時代後期の年代であり、ムギ類はすべて近世(一部中世末)の年代であった。研究課題④では、東北地方の古代に関して分析を実施した。対象遺跡は、岩手県久慈市中長内遺跡、滝沢市諸葛川遺跡、軽米町駒板遺跡である。今回の結果では、7 世紀前葉の滝沢市周辺ではC4 植物利用が低調であったのに対して、8 世紀代の軽米町周辺ではC4 植物利用が顕著であることがわかった。今後、周辺地域のデータを増やして議論を深化させていきたい。
- ID情報
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- 課題番号 : 19K01109
- 体系的課題番号 : JP19K01109