中川すがね

J-GLOBALへ         更新日: 13/04/10 21:51
 
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研究者氏名
中川すがね
ハンドル
lingoya
学位
博士(文学)(大阪大学)

プロフィール

江戸時代の金融と商業、摂津農村について研究しています。

研究分野

 
 

経歴

 
2012年
 - 
現在
愛知学院大学 文学部 教授
 
2007年
   
 
甲子園大学 人間文化学部 准教授
 
2002年
   
 
甲子園大学 人間文化学部 助教授
 
1997年
   
 
甲子園大学 人間文化学部 講師
 
1997年
   
 
大阪大学 文学部 助手
 

論文

 
播州高砂の「大蔵元」について
中川すがね
甲子園大学紀要   (38) 137-158   2011年3月
播磨国高砂湊の渡海船
中川すがね
新兵庫県の歴と   (3) 29-45   2011年3月
播磨上灘目東部の製塩業
中川すがね
甲子園大学紀要   (37) 189-206   2010年3月
史料調査報告 猪名川通船と船着場ー下河原と雲正坂下ー
地域研究いたみ   (40) 42-89   2011年3月
中川 すがね
大阪商業大学商業史博物館紀要   (8) 29-55   2007年10月

Misc

 
大坂と摂津について(パネルディスカッション「近世後期の大坂と摂津・河内・和泉」記録)
中川すがね
大塩研究   (63)    2010年3月
史料調査報告 昆陽寺と村一鎮守堂文書・正覚院文書紹介
中川すがね
地域研究いたみ   (39) 18-27   2010年3月
適塾と大坂町人社会
中川すがね
適塾   (42) 63-71   2009年11月
史料調査報告 消えた村の記憶・川辺郡小阪田村の諸事覚書日記
中川すがね
地域研究いたみ   (38)    2009年3月
中川 すがね
社会経済史学   74(3) 303-305   2008年

書籍等出版物

 
高砂市史 第二巻(通史編近世) 第一章第三節「幕府・諸領主の支配」pp.48-121、第二章第四節「一橋家領と福本池田家領の支配」pp.232-254、第三章第四節「漁業と魚の流通」・第五節「塩浜と塩の流通」・第六節ふねが結ぶ世界・第七節高砂市域の商業と商人・第八節名所としての高砂・九節「高砂市域の暮らし」pp.308-531、第四章第二節7「三浦迂斎とその時代pp. 709-719・第六節「高砂市域の芸能興行」pp.790-809、第五章第一節「東播五郡集会と高砂」・第二節「天保加古川筋大一揆」pp.8
中川すがね 他
高砂市   2010年6月   
「畿内譜代大名岸和田藩の総合的研究」pp27-42「岸和田藩財政-大根屋改革の前提として-」
藤本清二郎・中川すがね他
平成14年度〜17年度科学研究費補助金基盤研究B(1)研究成果報告書   2006年3月   ISBN:平成14年度〜17年度科学研究費補助金基盤研究B(1)研究成果報告書
高砂市史 第五巻 第一章〜第四章 pp.1-531、第五章第一〜二節pp534-563、第五章第四〜六節 pp600-672、第六章 pp674-715、解説・参考資料 pp811-843
中川すがね・富田志津子・澤博勝
高砂市   2005年5月   ISBN:高砂市
中川 すがね
清文堂出版   2003年12月   ISBN:4792405475
国際交流フォーラム近世の大坂 pp.231-261「近世大坂地域の稲荷信仰」
脇田晴子・脇田修・ジェームス.L.マクレイン・村田路人・ゲイリー.P.ルーブ・内田九州男・アンドリュー.ガーストル・テツオ.ナジタ・中川すがね・吉田伸之
大阪大学出版会   2000年1月   ISBN:大阪大学出版会

競争的資金等の研究課題

 
文部科学省: 科学研究費補助金(基盤研究(B))
研究期間: 2002年 - 2005年    代表者: 藤本清二郎
畿内譜代大名の研究は停滞していたが、近年、大坂城守衛のために、五万石程度の中規模譜代大名が集中的に配置されていたことが指摘され、岸和田藩をとりあげることとなった。本研究の柱の一つとして、旧家臣団家で所蔵されている武家文書に関し、基礎的史料の所在確認と分析検討を行った。すなわち斉藤國彦家所蔵文書と佐々木政武家所蔵文書等の調査を進めた。両家文書には、例えば藩主岡部家の由緒、岡部家ゆかりの寺院、岸和田城内や江戸・大坂屋敷の所在地・面積、軍役人数、領内村高、溜池等々が記載された「覚書」等が残されて...
文部科学省: 科学研究費補助金(萌芽的研究, 萌芽研究)
研究期間: 2001年 - 2003年    代表者: 中川すがね
今年度は3年にわたる本研究の成果として、冊子体の報告書を作成した。以下はその概要である。
まず金遣いと銀遣いの意味であるが、流通貨幣の多寡からではなく、基準貨幣を金とするか銀とするか、という意味におくとすれば、その本格的な確立は銀が価値基準である「銀目」に変容した18世紀後半以降に求めるべきである。17世紀については、寛文期(1661〜73)の金安状況と商品流通の拡大が北国・伊勢などへの金の浸透をもたらした。
また18世紀後半以降の金遣い圏の中心江戸と銀遣い圏の中心大坂の金銀相場はほぼ連動...
文部科学省: 科学研究費補助金(奨励研究(A))
研究期間: 1997年 - 1998年
日本の近世社会においては、独自な信用経済が発達し、明治以降の資本主義化の一定の基盤をなした。昨年度は、主として自治体史の探査と各地の現地調査により、主として各地の金融資本のありかたについて明らかにし、その建てた銭相場について検討し、いわゆる「通用」銭相場の人為的形成について考察した。今年度はこれに関する論文を発表した。
またそれに引き続き、今年は,「通用」銭相場の動向と、諸藩の銀札や郡中議定などで定められる農業奉公人などの労賃の決定方法を検討した。具体的には、摂津国北部の在郷町池田周辺の豊...