青柳 雅文

J-GLOBALへ         更新日: 19/03/01 08:43
 
アバター
研究者氏名
青柳 雅文
 
アオヤギ マサフミ
URL
https://nrid.nii.ac.jp/ja/nrid/1000090469099/
所属
立命館大学文学部
部署
人文学科哲学専攻
職名
講師
学位
博士(文学)(立命館大学)
その他の所属
大阪経済大学人間科学部立命館大学経済学部
Twitter ID
@mat27005

研究分野

 
 

経歴

 
2016年4月
 - 
現在
立命館大学 経済学部 講師
 
2013年4月
 - 
現在
大阪経済大学 人間科学部 講師
 
2010年4月
 - 
現在
兵庫県立総合衛生学院 看護学科 定時制 講師
 
2007年9月
 - 
現在
立命館大学 文学部 講師
 
2002年4月
 - 
2004年3月
立命館大学 文学部 一号助手
 

論文

 
物象化論と論理絶対主義批判――アドルノの現象学研究を手がかりとして
青柳 雅文
立命館大学人文科学研究所紀要   (118) 257-278   2019年2月   [査読有り]
星座と視覚ーーアドルノにおける視覚をめぐって
青柳 雅文
立命館大学人文科学研究所紀要   (118) 115-127   2019年2月   [査読有り][招待有り]
Constellation and vision -Motives of vision in Adorno philosophy
AOYAGI Masafumi
Memoirs of Institute of Humanities, Human and Social Sciences, Ritsumeikan University   (118) 37-47   2019年2月   [査読有り][招待有り]
青柳 雅文
立命館大学人文科学研究所紀要   (114) 125-147   2018年3月   [査読有り]
 本稿では、Th・W・アドルノがイギリス滞在期間に従事した現象学研究を取り上げて、観念論をめぐる問題について考察した。
 アドルノは、現象学において異なるふたつの観点、つまり真理の対象的性格を強調する観点と、真理の源泉を意識にもとめる観点があると指摘した。これらの観点があることで、現象学には意識と対象との距離に関する矛盾した言説が生じ、その調停が必要になったのである。アドルノによれば、その調停の手がかりとなるのが事実概念であった。この概念によって矛盾の解消が図られたのであるが、これと同時に...
青柳 雅文
立命館大学人文科学研究所紀要   (113) 29-44   2018年1月   [査読有り]
 文化概念は、弁証法的な構造を持っており、さらにそこには間文化的な運動をともなっている。この運動はさまざまな文化の遭遇体験をもたらすとともに、文化の自己完結性を形成する。だが文化にはこの自己完結性だけでなく、否定的な性格も持っている。これは文化概念と文化批判との関係を考察することによって明らかにされる。そして文化概念には一種の非同一性が含まれていることが解明される。アドルノの思想は〈非同一的なもの〉の思想として特徴づけられるが、この中に彼の文化概念を位置づけられるのである。さらにいわゆる「...
青柳 雅文
立命館大学人文科学研究所紀要   (107) 131-156   2016年3月   [査読有り]
 本稿では、Th・W・アドルノがイギリス滞在期間に従事した現象学研究を取り上げて、彼の思想形成について考察した。その際、彼が分析哲学者G・ライルの助言を受けていた点に注目しつつ、ふたりの現象学理解についても比較検討した。
 イギリスに移住したアドルノは、ライルから影響を受けた。ライルの現象学理解と批判は、必ずしもそのままでは妥当しえないことが明らかとなった。それはライルの理解が不十分だったことにも起因するが、その一方でライルの指摘からは、意識と対象との非同一性が示唆されており、その限りでは...
AOYAGI Masafumi
INVESTIGACIONES FENOMENOLÓGICAS   Monográfico 4/II 23-38   2013年9月   [査読有り]
 本稿では、アドルノが生涯一貫してとりあげていたフッサール現象学との関係を手がかりに、〈非同一的なもの〉の思想、および超越の認識可能性について考察した。
 アドルノがフッサール現象学を取り上げて論じる際に指摘したのは、現象学がかかえていたアンチノミー(矛盾)である。アドルノの指摘したアンチノミーは二種類ある。ひとつは内在と超越をめぐるアンチノミーであり、もうひとつは直接性と媒介性とのアンチノミーである。このアンチノミーは、アドルノのフッサール論、ひいてはアドルノの思想全体の出発点である。
...
青柳 雅文
文明と哲学   (4) 154-168   2012年6月   [査読有り][招待有り]
 危機はわれわれの外部から到来するだけではなく、文明社会内部からも生み出されている。われわれが安穏と感じているときにも潜在的に危機は存在し、われわれは危機と無縁でいることができない。われわれの安穏は危機を含み、かつ同時に危機の中に含まれてもいる。この問題は、文明社会が進歩を志向していることに起因する。進歩への志向、進歩史観とは異なるアプローチによって、危機との向きあい方に、ひとつの可能性を見出すことができるのである。
青柳 雅文
立命館文學   (625) 1115-1124   2012年2月   [査読有り][招待有り]
 若きホルクハイマーとアドルノの哲学は、H・コルネリウスの哲学の影響を受けていた。コルネリウスは独断論を拒否し、経験を重視しつつ、学問としての哲学を構築しようとした。彼の思想は、カント哲学とゲシュタルト理論の影響を受けていた。こうしたコルネリウスの指導で、ホルクハイマーとアドルノの教授資格論文は作成され、後年までその影響が残されていることを明らかにした。
青柳 雅文
現象学年報   (27) 97-104   2011年11月   [査読有り]
 アドルノはイギリスで440枚にも及ぶ草稿を残し、一部を論文「フッサール哲学について」としてまとめた。この草稿と論文を執筆する中で、アドルノは現象学への内在的批判を確立した。現象学への内在的批判とは、フッサールの主張に即しつつも、その問題点を内部から明るみに出し、さらにフッサール自身の言説から問題解決の糸口を導き出す立場である。ホルクハイマーとアドルノの往復書簡を手がかりに、二人の見解の差異が明らかになった。そしてアドルノのフッサール論におけるホルクハイマーからの影響も示された。それととも...
管理と逸脱――管理社会における間文化性
青柳 雅文
文部科学省科学研究費補助金 基盤研究(B)「多極化する現象学の新世代組織形成と連動した「間文化現象学」の研究」研究成果報告書   288-301   2011年8月   [査読有り]
 文化は、社会、経済、政治などの現実の生活諸課程や諸状況と密接に結びついており、その中でさまざまな文化が遭遇する。そこに間文化的経験という場面が生じる。この諸文化の遭遇と離脱の経験は、社会や産業を手段とするが、逆にその管理のもとにおかれるようになる。これが管理された文化である。この管理された文化は、諸文化の遭遇と離脱を管理し支配する。管理のもとで生じる文化の遭遇経験が文化産業の問題として顕在化される。その一方で、管理のもとでは諸文化の離脱経験も生じる。それは文化の分断という経験を引き起こす...
暴力と和解の星座――Th・W・アドルノの〈非同一的なもの〉の思想、意味論を手がかりに
青柳 雅文
暴力と人間存在の関わりについての理論的および実証的な全体研究(平成17~平成19年度文部科学省科学研究費補助金(基盤研究B)研究成果報告書      2008年3月   [査読有り]
 『啓蒙の弁証法』における人間の自然支配の問題を手がかりとして、人間理性それ自体が含む暴力、思考に潜在する暴力性を示す。この暴力をつうじて、人間と自然とのあいだには非同一性が生じるが、アドルノはそこから和解の可能性をもとめる。それは〈解読〉により自然との接近を図られる。自然は移ろう意味とともに〈星座〉と
して呈示される。星座の意味を受けとるところに、人間と自然との和解の道が開かれる。
青柳 雅文
現象学年報   99-107   2007年11月   [査読有り]
 アドルノが生涯一貫してとりあげていたフッサール現象学との関係を手がかりに、〈非同一的なもの〉の思想、および超越の認識可能性を考察した。
 現象学のアンチノミーはアドルノのフッサール論、ひいてはアドルノの思想全体の出発点である。
 理念の問題を手がかりとして、アドルノにおける〈非同一的なもの〉の思想とコルネリウスから影響を受けた全体論的立場との関係を考察した。
青柳 雅文
立命館大学      2006年3月   [査読有り]
この研究は、超越としての対象について、それをどのように知りうるのか、これを基本的な意図としている。そして、Th・W・アドルノのフッサール現象学にかんする諸作品を題材にして、現象学のアンチノミーを問題提起として掲げ、超越についての認識を問う。そしてアドルノのフッサール論をつうじて、認識のあらたな可能性を探ることになる。

またこの研究では、これ以外にいくつかの課題をとりあげることになる。

まず、アドルノの最初期の思想を紹介し、アドルノの思想全体において位置づけるとともに、その意義を明らかに...
青柳 雅文
立命館哲学   15 131-150   2004年3月   [査読有り]
 1930年代の若きアドルノのフッサール論をとりあげて、〈非同一的なもの〉の思想の展開を考察した。
 フッサール現象学は、アドルノにおいて観念論のひとつに数えいれられる。また他者経験論も、アドルノによれば独我論的性格を免れていないとした。アドルノはこれらの問題を意識の自己批判によって解決しようとした。アドルノの〈非同一的なもの〉の思想は、意識の自己批判の思想として考えることができるのである。
青柳 雅文
立命館哲学   14 137-158   2003年3月   [査読有り]
 未完に終わったアドルノの教授資格論文をとりあげて、無意識的なものの認識について考察した。
 物自体概念、自我概念のかかえる矛盾と、アドルノによる解決について考察する。そして無意識の概念を意識における意味認識としてとらえる試みを紹介した。
 こうしたアドルノの議論が、意識においてとらえられないもの、〈非同一的なもの〉を自覚させることを明らかにした。
青柳 雅文
立命館哲学   13 127-148   2002年3月   [査読有り]
 アドルノ最初期の学位論文をとりあげ、意識と対象との認識論的関係について、現象学との比較を交えて考察した。
 物の知覚を実例として、現象学がかかえる矛盾を指摘した。次いでアドルノの現象学批判、および知覚論の再構成を紹介した。さらに知覚する意識そのものへの批判につうじることについて言及した。
 アドルノはその最初期から一貫して認識論的関心をもち、学位論文がその端緒になっていたことが示された。

Misc

 
青柳雅文
立命館哲学   28 109-116   2017年3月   [依頼有り]
 立命館大学名誉教授である服部健二氏による二分冊の著書では、カール・レーヴィットによるフォイエルバッハ解釈と京都学派への影響を主軸として、著者の主たる研究テーマである、自然をめぐる哲学的考察が展開されている。
ギルバート・ライル(訳:青柳 雅文)
立命館大学人文科学研究所紀要   (101) 193-213   2013年3月   [査読有り]
 著者は現象学の系譜をたどりつつ、フッサールの現象学における中心概念である本質直観をめぐって、問題提起をおこなっている。これにたいして著者は、分析哲学の立場から、現象学における矛盾点を指摘し、言語哲学的な解決を図っている。
青柳 雅文
立命館哲学   15 201-202   2004年
中国と西洋の愛の観念――〈エロス〉と〈情〉の現象学に向けて
張 燦輝(共訳)
文部科学省科学研究費補助金 基盤研究(B)「多極化する現象学の新世代組織形成と連動した「間文化現象学」の研究」研究成果報告書   100-124   2011年8月
 著者は西洋と中国における〈愛〉の観念の哲学的・文化的差異について考察している。『ロメオとジュリエット』と『梁山泊と祝英台』の異同を示しながら、従来は西洋文化にのみ見られると考えられた〈ロマンティック・ラブ〉の観念が、中国文化にも見出されることを明らかにしている。
青柳 雅文
立命館哲学   14 193-194   2003年
風土、持続可能性、空間の倫理――和辻哲郎における文化的風土学と住宅建築
ペク・ジン(訳:青柳 雅文)
文部科学省科学研究費補助金 基盤研究(B)「多極化する現象学の新世代組織形成と連動した「間文化現象学」の研究」研究成果報告書   471-482   2011年8月
 著者は、和辻哲郎の〈風土〉概念と哲学を手がかりとして、その概念の再検討をおこない、さらに住宅建築における持続可能性にたいする倫理学的基礎づけを示そうとする。とくに日本の住宅建築における〈間〉の概念を提示しながら、哲学的・建築学的な間文化性を明らかにしている。

書籍等出版物

 
マーティン ジェイ (担当:共訳, 範囲:第2章、第4章)
法政大学出版局   2017年12月   ISBN:4588010735
 著者はフランスの思想史における反視覚中心主義的傾向について、絵画、写真、映画等々の視覚芸術にもとづいて分析した。とくに現代の思潮が反視覚という観点で結びつけられ、その弁証法的関係が解明される。
マックス ホルクハイマー (担当:単訳)
こぶし書房   2014年8月   ISBN:4875592906
 若きホルクハイマーは指導教員であるコルネリウスに従った作品から出発し、心理学や現象学、ドイツ観念論、生の哲学、マルクス主義などとかかわりながら、その独自の思想を形成した。
谷 徹、上田閑照、ベルンハルト・ヴァルデンフェルス、亀井大輔、神田大輔、クラウス・ヘルト、カレル・ノヴォトニー、ミヒャエル・シュタウディグル、青柳雅文、ローズマリー・ラーナー、藤田りん子、マウロ・カルボーネ、ペク・ジン、ピエール・ロドリゴ (担当:共著, 範囲:IVの1・Vの3)
文理閣   2014年8月   ISBN:4892597368
第IV章「逸脱としての文化 ――管理社会における間文化性――」
 文化は、社会、経済、政治などの現実の生活諸課程や諸状況と密接に結びついており、その中でさまざまな文化が遭遇する。そこに間文化的経験という場面が生じる。この諸文化の遭遇と離脱の経験は、社会や産業を手段とするが、逆にその管理のもとにおかれるようになる。これが管理された文化である。この管理された文化は、諸文化の遭遇と離脱を管理し支配する。管理のもとで生じる文化の遭遇経験が文化産業の問題として顕在化される。その一方で、管理のもとでは...
マックス ホルクハイマー (担当:共訳)
こぶし書房   2010年5月   ISBN:4875592493
 著者はカント哲学における体系的統一の問題について論じている。カントにおいて理論哲学と実践哲学の間には断絶があり、両哲学のいわば結合子として導入されたのが『判断力批判』であった。これにたいしてホルクハイマーは、コルネリウスの思想の依拠しながら、理論哲学の枠内で対象を統一的に把握でき、実践哲学との区別も、結合子としての『判断力批判』も不要だとした。
Th・W・アドルノ (担当:共訳)
こぶし書房   2006年4月   ISBN:4875592051
 著者はフッサールの『イデーン』第一巻を主にとりあげて、その学説に矛盾のあることを指摘している。その矛盾は、フッサールの主張の全般にわたって見受けられるものとし、本書では、彼の叙述に沿って矛盾が示される。そして著者の指導教官であるハンス・コルネリウスの思想にしたがいながら、全体論的立場、ゲシュタルトの思想から、フッサールの主張を読みかえる試みがなされるのである。
谷 徹、今村仁司、ハンス・ライナー・ゼップ、鳶野克己、福原浩之、竹山博英、服部健二、マーティン・ジェイ、カトリン・ニールセン、ウェルズ恵子、合田正人、青柳雅文、松葉祥一
筑摩書房   2008年8月   ISBN:4480863850
第4章の2「暴力と和解の星座 ――Th・W・アドルノの思想を手がかりに――」
 『啓蒙の弁証法』における人間の自然支配の問題を手がかりとして、人間理性それ自体が含む暴力、思考に潜在する暴力性を示す。この暴力をつうじて、人間と自然とのあいだには非同一性が生じるが、アドルノはそこから和解の可能性をもとめる。それは〈解読〉という方法により自然との接近を図られる。自然は移ろう意味とともに〈星座〉として呈示される。星座の意味を受けとるところに、人間と自然との和解の道が開かれる。

講演・口頭発表等

 
アドルノと他者経験論――現象学研究をつうじた他者概念の理解
青柳 雅文
日本現象学・社会科学会第35回大会   2018年11月24日   日本現象学・社会科学会
フランクフルト学派の代表的人物であるTh・W・アドルノは、〈非同一的なもの〉の思想を主張したことで知られている。本報告では、現象学の主要問題のひとつである他者経験の問題について、アドルノの視座から検討する。
 そもそも他者については、〈非同一的なもの〉の問題のひとつとして考えることが可能である。だがこれが他者経験、他の自我の問題となった場合、アドルノの立場からはどのように考えられるのか。彼の現象学研究を手がかりとして考察することになる。
星座と視覚 アドルノにおける視覚をめぐるモチーフ
青柳 雅文
『うつむく眼』と間文化性―-21世紀における視覚の行方(ワークショップ「マーティン・ジェイの思想史を起点として」)   2018年3月28日   科研費・基盤研究(B)「間文化性の理論的・実践的研究――間文化現象学の新展開」、立命館大学・間文化現象学研究センター
 星座は視覚との関係が不可欠である。だが星座は視覚の領域において、われわれの見ることに背いて呈示される。その限りにおいて星座は、反視覚的性格と歴史性を含む。だが星座は、われわれが見ることによって視覚的なものの中にとり込まれる。逆に視覚的である仮象が、見せかけ以上の意味内容を持つという点で反視覚的になる。さらに両者の宥和が構想される。これは星座の呈示の主体は何かという問題に帰結する。
文化の弁証法と間文化性――ホルクハイマー、アドルノの『啓蒙の弁証法』を手がかりとして
青柳 雅文
東アジア間文化現象学会議   2016年11月18日   
 文化は一方で独自性を持ち、他方で文化は共有しあえる普遍性を持つ。文化は啓蒙における自由と自立を実現するため、産業と結びつく。文化において産業は普遍性とグローバリゼーションの手段として使われる。同時に、産業において文化は商品として管理される。しかし文化は文化産業に移行しても、依然として重要な役割を担っている。文化は、自己破壊と自己創造の力を持っている。文化の自己矛盾的性格は、文化間の関係を間文化的関係として考えることができる。
ホルクハイマー、アドルノ『啓蒙の弁証法』を読む [招待有り]
青柳 雅文
立命館土曜講座   2016年10月29日   立命館大学衣笠総合研究機構
 私たち人間は、理性的に考えることで、よりよい結果、よりよい未来が得られると思っています。しかし、本当に望ましい未来は実現してきたと言えるでしょうか。かならずしもそう言えないとすれば、それはなぜでしょうか。  まさにこの問題を取り上げているのが『啓蒙の弁証法』です。この著作は、フランクフルト学派の代表的人物であるM・ホルクハイマーとTh・W・アドルノの共著です。彼らにとって啓蒙とは、理性によって進歩をもたらすプログラムのことです。彼らは著作の中で、啓蒙と神話・道徳・文化との関係を引き合いに...
Enlightenment and Interculturality: Dialectical Culture and Inter-cultural Experience
AOYAGI Masafumi
The 3rd Conference on Contemporary Philosophy in East Asia   2016年8月20日   SNU Institute of Philosophy
 文化は啓蒙のプログラムにおいて自由と自立を獲得する手段として機能するそのために文化は産業と結びつく。文化産業は画一的文化をもたらし、グローバリゼーションを実現する。だが同時にわれわれは文化産業において自由と自立を喪失することになる。
 しかし文化は文化産業に移行しても、自己破壊と自己創造の力を持っている。ここから文化間の関係を間文化的関係として考えることができる。
最初期ホルクハイマーの思想形成――コルネリウス、レーニンとの関係を手がかりとして
青柳 雅文
日本哲学会 第74回大会   2015年5月16日   日本哲学会
 ホルクハイマーは、大学で指導教員だったコルネリウスの思想に依拠するところから哲学研究を開始した。ホルクハイマーは、意識の体験と、それによって把握される諸事実とを統一的に理解できると考えた。その後ホルクハイマーはレーニンの見解についても批判的に考察した。このホルクハイマーのマルクス主義にたいする態度は、後年の思想の展開や唯物論への志向にもつうじるのである。彼の最初期思想は、後の彼の思想の展開にも受け継がれており、言い換えれば彼の思想全体にとって最初期思想が端緒に位置づけられると言える。
社会の間文化的ダイナミズム――生成と破壊、遭遇と排除 [招待有り]
青柳 雅文
日本現象学・社会科学会 第29回大会 【シンポジウム2】 「社会性への間文化現象学的アプローチ」   2012年12月   日本現象学・社会科学会
 社会の存立は、文化的運動とつねに不可分であり、その運動のさまざまな局面をつうじて、社会もまたたえず変容を遂げて行く。文化共同体としての社会は、異文化との関係において、あるいはまた同時に社会の内なる異文化性との関係において、それぞれ成立する。異文化との遭遇によって、われわれは他なる文化・社会との開かれた関係性と、自らの文化・社会の完結性を同時に自覚する。この同時進行によって、これまでの「完結した」文化は破壊され、開かれかつ完結した文化・社会を生成する。間文化的遭遇体験は、社会にたいする自覚...
Phenomenological Antinomy and Holistic Idea. —Adorno’s Husserl-studies and influences from Cornelius.
AOYAGI Masafumi
OPO IV World Conference on Phenomenology.   2011年9月   
 アドルノは現象学のアンチノミーを指摘し、彼のフッサール研究の出発点、アドルノの思想全体の出発点として位置づけた。アドルノは現象学における〈内在〉と〈超越〉の概念的差異について批判的に考察しているが、そこからアドルノとフッサールの前提の相違も見出された。
 アドルノは理念の問題を手がかりに、〈非同一的なもの〉の思想と全体論的立場との関係を考察する。この全体論的立場は、コルネリウスから影響を受けているのである。
現象学への内在的批判――アドルノのイギリス滞在期間におけるフッサール研究
青柳 雅文
日本現象学会第32回研究大会   2010年11月   日本現象学会
 イギリスに移住する前後での、Th・W・アドルノの研究活動、とくにE・フッサールの現象学とのかかわりについて、思想史的観点からその特徴を紹介する。そして移住前後でのアドルノの思想の形成過程と異同について明らかにする。その上でイギリス滞在期のフッサール研究におけるアドルノの主張をとりあげて、現象学への内在的批判の試みについて検討する。
Administration and Divergence.
AOYAGI Masafumi
第2回間文化現象学研究会シンポジウム   2010年1月   間文化現象学研究会
 諸文化の遭遇と離脱が管理のもとにあることを明らかにする。これが管理された文化である。この管理された文化は、諸文化の遭遇と離脱を管理し支配する。管理のもとで生じる遭遇を文化産業の事例で考察する。その一方で、管理のもとで生じる離脱は、文化の再統一というあらたな遭遇経験となる。管理された文化は、諸文化の強いられた遭遇として位置づけられる。さらに管理された文化から離脱する可能性、文化の逸脱が示される。
全体性と超越――コルネリウスのカント理解と初期フランクフルト学派への影響に関する思想史的研究
青柳 雅文
第34回社会思想史学会大会   2009年11月   社会思想史学会
 ホルクハイマー、アドルノ、そして二人の指導教官であるコルネリウスのカント哲学にたいする理解を比較検討する。これとともに、ホルクハイマーとアドルノが、コルネリウスから思想的に影響を受けていること、とりわけ全体論的思考方法を継承していることを明らかにするとともに、二人がコルネリウスの思想圏から脱却してゆくこと、あるいはまた継承した点を示す。
暴力と和解の星座 Konstellation――Th・W・アドルノの〈非同一的なもの〉の思想、意味論を手がかりに
青柳 雅文
暴力論研究会 合同研究会   2008年1月   暴力論研究会
 『啓蒙の弁証法』における人間の自然支配の問題を手がかりとして、人間理性それ自体が含む暴力、思考に潜在する暴力性を示す。この暴力をつうじて、人間と自然とのあいだには非同一性が生じるが、アドルノはそこから和解の可能性をもとめる。それは〈解読〉という方法により自然との接近を図られる。自然は移ろう意味とともに〈星座〉として呈示されてくる。星座の意味を受けとるところに、人間と自然との和解の道が開かれる。
現象学のアンチノミーと全体性の思想 ――アドルノのフッサール論、媒介者としてのコルネリウス――
青柳 雅文
日本現象学会第28回研究大会   2006年11月   日本現象学会
 アドルノが生涯一貫してとりあげていたフッサール現象学との関係を手がかりに、〈非同一的なもの〉の思想、および超越の認識可能性を考察する。
 現象学のアンチノミーはアドルノのフッサール論、ひいてはアドルノの思想全体の出発点である。理念の問題を手がかりとして、アドルノにおける〈非同一的なもの〉の思想と全体論的立場との関係を考察する。この全体論的立場は、コルネリウスから影響を受けているのである。
最初期アドルノの思想形成――〈非同一的なもの〉の思想の端緒
青柳 雅文
第28回社会思想史学会大会   2003年10月   社会思想史学会
 アドルノの最初期の思想を紹介しながら、アドルノの一貫した哲学的立場が、この時期を出発点としていることを明らかにする。とくこれまでの研究動向ではあまり焦点を当たられることのなかった最初期の思想に、アドルノの思想形成にとって重要な契機、認識論的問題関心のあることが示される。彼の指導教官であったコルネリウスの思想が大きな役割を果たしていたことも、あわせて指摘される。

担当経験のある科目

 
 

競争的資金等の研究課題

 
アドルノの亡命期間における現象学研究の解明
日本学術振興会: 科研費(基盤研究C)
研究期間: 2017年4月 - 2020年3月    代表者: 青柳雅文
間文化性の理論的・実践的探求ー間文化現象学の新展開
日本学術振興会: 科研費(基盤研究B)
研究期間: 2014年4月 - 2019年3月    代表者: 加國尚志
現象学との関係を手がかりとしたアドルノの思想形成の解明
立命館大学: 研究推進プログラム(科研費連動型)
研究期間: 2016年4月 - 2017年3月    代表者: 青柳雅文
アドルノの亡命期間における思想形成及び社会・文化との関係に関する研究
立命館大学: 研究推進プログラム(科研費連動型)
研究期間: 2014年6月 - 2015年3月    代表者: 青柳雅文
新世代による間文化研究の基盤づくり
立命館大学: 研究の国際化推進プログラム
研究期間: 2013年4月 - 2014年3月    代表者: 亀井大輔
多極化する現象学の新世代組織形成と連動した「間文化現象学」の研究
日本学術振興会: 科研費(基盤研究B)
研究期間: 2008年4月 - 2013年3月    代表者: 谷徹
暴力と人間存在の関わりについての理論的および実証的な全体研究
日本学術振興会: 科研費(基盤研究B)
研究期間: 2005年 - 2008年    代表者: 谷徹
最初期アドルノの思想形成