講演・口頭発表等

国際会議
2019年10月20日

学校教育の唱法問題 グローバルな視点から考える

日本音楽教育学会
  • 小川昌文
  • ,
  • 陳暁 嫻
  • ,
  • 尾見敦子
  • ,
  • 稲木真司
  • ,
  • 辻康介

開催年月日
2019年10月20日 - 2019年10月20日
記述言語
英語
会議種別
口頭発表(一般)
主催者
日本音楽教育学会
開催地
東京芸術大学

1.はじめに
学習指導要領において「移動ド・階名唱法」は義務教育において実施が義務付けられているにも関わらず,学校教育現場では依然として「固定ド・音名唱法」が主流である。この原因として①唱法についての指導者の知識・理解不足②過去の文部(科学)省の誤解によって唱法についての誤った認識が全国に浸透③教員養成大学における唱法教育の不徹底,などが原因であることがわかっている。わが国の音楽授業担当教師の多くは幼少期にピアノを学び,「固定ド・音名唱法」による音高認知・音感のみ身につけている。よって後付けで生半可な「移動ド・階名唱法」の知識を学んだとしても,その有用性・有効性を実感し,実践することは不可能に近い。「固定ド・音名唱法」による教育によって,児童・生徒の音感の健全な習得を妨げ,一定割合で音楽授業嫌いを継続的に生み出していることは否定し難い事実である。本報告では,中世のソルミゼーションとハンガリー,アメリカ,台湾の唱法教育の実際を概観し「移動ド・階名唱法」に基づく音感指導を全面的に実施するために何をすべきかを考え,提言を行う。

2. 中世のソルミゼーションの実践
辻 康介
現在の「移動ド・階名唱法」の起源であるヨーロッパ中世のソルミゼーションは,キリスト教の修道士たちが楽譜を読み,覚えるために11世紀,グィド・ダレッツォによって発明された「元祖移動ド唱法」である。使われるシラブルは「Ut Re Mi Fa Sol La」(ヘクサコード)の6音であり,「Mi-Fa」は半音,その他は全音である。当時の人々は「ガムット」と呼ばれる「音名-階名対照図」を使用して「階名唱」を行った。音域が6度を超える旋律の場合,途中でシラブルを読み替えて異なる音階に移行し(ムターティオ),半音が出現するところはその都度「Mi-Fa」と読み替える。転調した旋律は同一シラブルである限り「同じ音楽」と認識される。また上行旋律と下降旋律で読み方が変わる場合があり,この場合上行と下降で同じ音を通過してもその音は「異なる音」として認識される。
中世ヨーロッパのソルミゼーションは当時既に歌われていた膨大な数の曲(グレゴリオ聖歌)を覚え,理解するために後付けで考えられ,歌われる現場から作られた音楽理論である。シラブル数が6音のみであり比較的簡単に習得できるので,初心者にも取り組みやすいだけでなく,音楽の構成を理解しながら演奏するので,ソルミゼーションそれ自体が音楽的であり,ひいては楽譜を読むこと自体が音楽的であると言えるだろう。音楽の授業で日頃親しんでいる曲をヘクサコード階名唱法で歌ってみると,また違った世界が見えるのではないだろうか。

3.ハンガリー
尾見 敦子
ハンガリーの学校の音楽授業においては小学校1年より「移動ド・階名唱法」による音感習得の学習が行われている。それは「移動ド・階名唱法」こそが「音楽を知り,理解するための『鍵』」(国家基準カリキュラム2012)であり,音楽そのものを学ぶことがすなわち人間形成教育であると考えられているからである。指導のコンセプトとして①音程とリズムを分離する②音と音との距離感覚を徹底して教育する③絵譜やハンドサインなどの簡易譜を用いる④五音音階によるハンガリー民謡やわらべ歌を土台とする⑤階名音の段階的な導入(1年-「ソ,ミ,ラ」2年-「ド,レ」4年-「ティ,ファ」5年-「長音階,短音階」)が挙げられる。これにより,児童は音楽を「読み・書き」する能力を習得し,「清潔な音程」で合唱することができるようになる。
一方,我が国の音楽授業では音の「間隔」ではなく「位置」を教えること(鍵盤上の場所や運指)が主流であり,音程感覚の育成については極めて無頓着である。また音楽を理解するための段階的な指導はほぼ行われておらず,多くの児童や生徒は音楽を「読み・書き」する能力が授業で養われることはない。我が国において,音の「位置」を教える指導ことから音の「間隔」を教える指導にシフトすることを提言する。

4.アメリカ
稲木 真司
アメリカでも「移動ド・階名唱法」による音感・音高教育が学校の音楽授業において定着しており,発達段階に応じて系統的に教えられる。小学校1年で「ソ,ミ,レ」の3音,2年で「ド」が加わり,3年で「ラ」,4年「ファ」5年で「ティ」が学ばれ,ディアトニック音階を完成させる。指導のシークエンスは,準備(preparation)意識化(make conscious )強化(reinforce) 練習(practice) 創造(creation)の5ステップで行われ,音感を含めた音楽技能が確実に身体化するように徹底して教えられている。また,ICTを用いた指導が行われており,例えば1年生においてメロディーの高低が絵譜,ハンドサインで紹介された後,音部記号のない五線譜で示され,音符が上下に移動しても同じ階名であることが視覚で学べるようになっている。
現在の我が国ではアメリカのように音楽技能が明確な系統性を持って音楽が教えられているとは言い難く,本当の意味で「系統的」で連続性を持ったカリキュラム,正しい階名唱の知識を持った教員と効果的なICTの活用が急務である。

5.台湾 (400)
陳 暁嫻
台湾では音楽の授業は小学校3年から中学3年まで週1,2時間行われる。必修教科であるが,本年9月よりドラマ,ダンスが統合された「芸術科」となった。教科書には「移動ド」と「固定ド」が併記され,唱法の選択は現場の教員に委ねられている。しかし,音楽教員の多くは幼少時から教員になるまで固定ドで教育されており,必然「固定ド」で教えるようになる。また,音楽科教員養成機関においては教科専門の科目に比べて教科指導法の授業が少ない。音楽科教育の目的は「音楽リテラシーの獲得」であるべきであり,その意味で唱法においては現在も多くの課題が残されている。

6.提言
①階名と音名を使い分け,「ドレミ」は音名に用いな
い。②音程感覚,音間の距離感覚を小学校低学年か
ら重点的に教える。③ハンドサインなどの簡易譜を
導入する。④鍵盤に従属せず,鍵盤を活用する。⑤
低学年より多様な調や旋法を導入する。⑥音楽授業
を担当する教員全てが「移動ド・階名唱法」に習熟させる。
文責:小川 昌文(横浜国立大学)