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123
2013/04/14

(21)長崎広島原子爆弾放射能恐怖トラウマPTSDの5症例

| by サイコドクターS
「広島長崎原子爆弾放射能トラウマPTSDの5症例とラポール・新規向精神薬治療について」
2012年第一回日本精神科医学会学術大会:大阪

 これまでに演者が発表してきた「東京大空襲被災と広島原子爆弾被爆の両方を経験し複雑性PTSDを呈した一例」(廣島医学2006年11月号)・「児童期に広島市北西山間部で原爆による黒い雨を浴びた複雑性PTSD患者にタンドスピロンとSDAが著効した一例」(2010年106回日本精神神経学会総会:広島平和記念公園内広島国際会議場)・「発癌への恐怖を抱く長崎原子爆弾被爆二世に解離症状と自殺企図を認めた一例」(2010年51回中国四国精神神経学会:米子)・「広島原子爆弾三歳時被爆者が原因不明の肝炎発病後にパニック症状を呈しタンドスピロン単剤が著効した一例~放射能への間接的恐怖がPTSD発病に与える影響について」(2011年107回日本精神神経学会総会:東京)・「長期治療患者がパロキセチン服用後に広島市北西山間部で原子爆弾による黒い雨を浴びたトラウマを想起した複雑性PTSDの一例」(2012年108回日本精神神経学会総会:札幌)の原爆PTSDの5症例の治療からわかることは、PTSDの本質は「解離」を主要な心理的機制とした複雑性PTSDであること。患者との親密な関係(ラポール)形成後に新規向精神薬は「無意識」に抑圧・解離された
トラウマ(病原外傷記憶)を催眠状態によらない覚醒状態で想起させ、「意識」レベルで受容させることで多様な表層症状を改善・消失させる働きを示すということである。
PTSD薬物治療機序については演者が既に発表した「元帝国陸軍兵士が複雑性PTSDを呈した一例」(廣島医学2007年3月号)が最も参考となる。被爆者のトラウマは深刻な放射能恐怖と個人的な外傷記憶の複合体であり、前者の恐怖感の治療上必要な表出はより困難であった。放射能被ばく恐怖という点では、今後さらなる増加が認められるだろう福島原発放射能トラウマPTSDの病態と治療について共通点が多いと思われる。十分な検討がなされていない東海村JCO臨界事故放射能トラウマPTSDの再考も必要である

原爆放射能トラウマPTSD発表して初めて拍手がもらえました。精神科医が少なくて精神科病院の看護師さんや薬剤師さんが多かったせいでしょう。

東海村JCO臨界事故放射能トラウマPTSDに触れることができた二回目です。

「ラポール・新薬単剤トラウマ強化受容療法」について簡潔にまとめてあります。
12:27 | 報告
2013/04/14

(20)107回日本精神神経学会総会、広島原爆3歳時被爆PTSD

| by サイコドクターS
「広島原子爆弾三歳時被爆者が原因不明の肝炎発病後にパニック症状を呈しタンドスピロン単剤が著効した1例~放射能への間接的恐怖がPTSD発病に与える影響」
2011年10月107回日本精神神経学会総会:東京

症例は60歳代男性でX-4年に全身倦怠感・肝機能障害・甲状腺機能亢進を認めた。1年近く通院・入院を続けたが、複数回の肝生検でも原因は不明のまま軽快した。身体回復後に不眠と起床後の胸腹部冷感・不安焦燥感が出現するようになりクロチアゼパム・フルニトラゼパムの内服を始めた。効果は不十分で眠気により就労に困難を生じた。X-1年に当院紹介され、X年に演者が初めて診察した。X+1年に3歳時に旧広島市内で被爆し爆風で室内から屋外へ吹き飛ばされたことや、戦後に被爆した伯母が肝癌で苦しんで亡くなったことが思い出された。自らが原爆症として認定されないことへの怒りなども話し合われた。同時にタンドスピロン・クアゼパムへの切り替えが行われた。X+2年には症状は軽快し服薬回数も減少した。次第に補償への欲求も低下していった。直接被爆によりPTSDを発病した。「東京大空襲被災と広島原子爆弾被爆の両方を経験し複雑性PTSDを呈した一例」(広島医学2006)とは異なり、本症例や既に発表した「児童期に広島市北西山間部で原爆による『黒い雨』を浴びた複雑性PTSD患者にタンドスピロンとSDAが著効した一例」(106回日本精神神経学会総会:広島)や「発癌への恐怖を抱く長崎原子爆弾被爆二世に解離症状と自殺企図を認めた一例」(51回中国四国精神神経学会:米子)との共通点として放射能の影響への間接的な恐怖が発病の病因であるトラウマとなっている。1999年に起きた東海村臨界事故におけるPTSD訴訟の原告夫妻の長男であり代表世話人であるフリーライターの大泉実成さんと演者との2008年の意見交換により、近隣住民の放射能被曝への抑圧された恐怖は原爆被爆者の間接的恐怖と類似していることがわかり、今後のPTSDの発病が危惧される。

精神科医が学会で東海村JCO臨界事故PTSDに言及した最初で唯一の例

3・11後の2011年10月に「被ばく地東京」で発表したのに反響は皆無
11:56 | 報告
2013/04/11

(19)新規抗精神病薬内服単剤の急性期治療

| by サイコドクターS
「新規抗精神病薬の液剤・口腔内崩壊錠単剤のみによる急性期治療の3症例」
2012年108回日本精神神経学会総会:札幌

 新規抗精神病薬は定型薬に比べ精神病圏の急性期治療の有用性で劣るとされている。しかし、定型薬の大量処方や注射剤の使用は鎮静効果に優れる反面、遅発性ジスキネジア
多発の可能性や維持期の多剤大量処方への移行につながりやすい。代表的な新規治療薬の内服剤単剤による急性期治療例3例の経験を報告する。

症例1:50歳代男性で20歳代から統合失調症としての治療歴あり。かかりつけ医で主剤ハロペリドールデポ剤をX日に注射。結婚妄想が出現しX+21日に1.5倍量のデポ剤を注射し、定型薬内服も増量された。X+24日に精神運動興奮状態となり警察官同伴で受診。院内で床に転がり手足をばたつかせ絶叫した。保護室入室時にオランザピン崩壊錠20mg内服で15分後に鎮静。翌日リスペリドン液2ml頓用一回以外の追加処方はなく、16日間で隔離解除。

症例2:60歳代女性で40歳代より間欠的な幻覚妄想・精神運動興奮の非定型病像を呈し入退院を繰り返す。X日よりタクシー無賃乗車、家を売るという妄想による銀行への居座り行為、酔って道路を塞ぐなどで警察への通報があった。X+9日に入院し保護室入室。アリピプラゾール液6ml内服。X+22日オランザピン単剤に変薬までは処方内容は維持された。20日間で隔離解除。

症例3:30歳代女性。精神科クリニックに通院中であったが詳細不明。X日22時に同居家族とけんかをした。ノートに家族を殺害すると書きなぐる。X+1日3時に救急隊に自分で連絡した。5時になっても支離滅裂であったり殺人をほのめかしたりした。6時に県センターより紹介受診し診察した。8時に家族も到着するが、依然会話の内容はまとまらず攻撃的であった。リスペリドン液2ml内服を勧めると自発的に飲用した。30分程度で表情は穏やかになり、家族に付き添われて帰宅した。
2009年の「日本精神科病院協会雑誌」に「よく観察してソフトに扱え」と書いてあるのに、ろくに観察しない、観察しないから怖い、怖いから薬の大量投与でねじ伏せるが普通です。


22:59
2013/04/11

(18) アルコール離脱せん妄と頭部術後せん妄治療

| by サイコドクターS
「アリピプラゾール液単剤が著効したアルコール離脱せん妄と頭部術後せん妄の2例」
2012年53回中国四国精神神経学会:岡山

 症例1:40歳代男性。未治療アルコール依存症に合併した重度糖尿病と慢性膵炎急性増悪で、内科入院中に離脱せん妄を認め転医。アリピプラゾール12ml単剤で治療開始。10日間でせん妄状態を脱した。依存症への心理的「否認」機制の消失が観察され、退院後専門病院に入院した。
 症例2:50歳代男性。仕事中に脳出血を認め緊急開頭手術施行。術後せん妄を認めたが一週間改善を認めないため転医。ハロペリドール・リスペリドン・クエチアピン併用からアリピプラゾール液初日6ml、翌日から18ml投与により5日間で回復した。せん妄治療において従来のハロペリドール注射剤の使用から、新規抗精神病薬内服への全面的な切り替えへの試みは、臨床上極めて有意義と考えられる。せん妄治療へのアリピプラゾールの使用は適応外であることは治療早期に本人・家族に可能な限り説明をした。

義務化された「癌緩和ケア」で診るのが「癌発病恐怖トラウマPTSD」であるはずが「癌うつ病」にすり替えられ、「恐怖による解離」も「せん妄(身体衰弱による意識障害・精神障害)」にすり替えられたために、本当の「せん妄」治療もいい加減になっている。そして神経毒性薬ハロペリドールの残置は精神科薬物治療の低劣化を加速させている。
 
17:56 | 報告
2013/04/10

(17)「本当に治せる」児童虐待PTSD論文PDF公表

| by サイコドクターS
「複雑性PTSD論文PDF」を見てください。
「児童期虐待の被害経験者が複雑性PTSDを呈した一例」(広島医学2004)
本物の精神医学、本物の薬物治療、本当のPTSD治療がそこにあります。精神療法と薬物治療の真の融合が達成されました。
残りのPTSD6論文も随時公表していきます。
11:35 | 報告
2013/04/09

(16)エビリファイによるアルコール離脱せん妄と「否認」の消滅

| by サイコドクターS
「アリピプラゾール液単剤による離脱せん妄治療後にアルコール依存症への心理的『否認』機制が消失し専門治療に橋渡しができた一例」
2011年52回中国四国精神神経学会:高知

 年齢は40歳代独居男性。アルコール依存症に重度糖尿病・慢性膵炎を合併し、膵炎の急性増悪のため複数回の緊急入院歴があった。今回も内科入院中に離脱せん妄を起こし当院に転入院となった。隔離してアリピプラゾール液12ml単剤でせん妄治療中の入院6日目に意識状態回復し隔離解除と帰宅を強く求め、専門治療の勧めは強固に拒絶した。再びせん妄状態を呈したが、10日目には回復し17日目には一般病室に移動した。20日目の面接で再び専門病院への転医を勧めたところ、今度は穏やかに同意した。25日目に退院して一度自宅にもどり、退院26日目に家族同伴で専門病院を受診し入院した。依存症における「否認」の心理的機制は強固であり、「底つき体験」や「共依存関係の解消」など心理的機制やアプローチでしか解消されないとされてきた。アリピプラゾールの薬理作用は離脱せん妄の治療だけでなく「否認」の緩和にも有効に作用した可能性がある。
父親の中川一郎の自殺のトラウマでPTSDを発病し合併症のアルコール依存症死した
中川昭一。
本症例もアリピプラゾールが患者の抑圧されたトラウマに作用した可能性が高い。
20:08 | 報告
2013/04/09

(15)非歯原性歯痛、児童虐待トラウマによる転換性障害にSSRI

| by サイコドクターS
「児童虐待の外傷体験を伴う非歯原性歯痛にセルトラリンが著効した一例」
2009年115回周南医学会:柳井市

 症例は50歳代男性。20歳代から各地を転々としていた。7年前から三叉神経痛と診断された顔面左半分の痛みに悩まされてきた。前途に失望し自殺を考えてX月Y日に入所していた社会施設から抜け出した。施設から東に移動した町の港で、酒と安定剤の服用で意識を失っているところを発見され保護されて、当院に入院となった。
 入院当初の問診で深刻な児童虐待(ネグレクト:養育放棄)の外傷体験が明らかになった。カルバマゼピンによる鎮痛に効果がなくなってきたために、入院5ヵ月後に神経ブロックを施行した。入院7ヵ月後より痛みの部位が顔面から口周囲に移動してきたが、入院10カ月後に再度神経ブロックを施行して効果がなかった。フルニトラゼパム注射剤による薬剤性催眠術とSSRIのセルトラリン内服により、入院13カ月で大幅に鎮痛し入院14カ月後に退院となった。トラウマの関与が疑われる非歯原性歯痛に対するSSRIの治療機序について考察した。
18:39 | 報告
2013/04/08

(14)リスペリドン:SDAが抑圧されたトラウマを賦活

| by サイコドクターS
「リスペリドン内用液が古い外傷記憶を活性化させた急性ストレス障害(ASD)の一例」
2008年114回周南医学会
2009年105回日本精神神経学会総会:神戸

 症例は50歳代の男性。20年間同じ職場に勤務したが職種変換の職業訓練に失敗してリストラが迫り自ら退職した。退職後2週間寝たきり状態となり、独語や被害妄想を認めた。首を吊ろうとして発見され家族に病院に連れてこられた。表情硬く昏迷様で意思疎通不能だった。リスペリドン液2ml服用により翌日には会話が可能になり病的体験への病識も認めた。入院3週間目の面接で、児童期に兄の病気による治療費の圧迫で家庭内の雰囲気が険悪であったことが思い出された。翌週退院した。通院では尿漏れのため内用液中止するが、2か月後に幻聴・希死念慮を認め再入院した。内用液再開1週間で抑うつ感消失した。入院6週目の面接で大学進学希望の挫折を思い出すが否認・受容の過程を経て3カ月で退院。口渇のため通院3カ月で内用液中止。2ヶ月後に被害念慮が出現し3回目の入院となったが、病識が認められたため1か月の任意入院で軽快退院した。
01:04 | 報告
2013/04/08

(13)解離性幻覚妄想がパロキセチン:SSRI単剤で消滅

| by サイコドクターS
「心的外傷による解離性の幻覚妄想にパロキセチン単剤が著効した一例」
2007年113回周南医学会
2008年104回日本精神神経学会総会:東京

 症例は50歳代の主婦。診察までの一週間で隣人に対する被害的な幻覚妄想の急激な
増悪が認められた。掃除の仕方が悪かったから背中に電気をかけられる、麻酔銃で撃たれる、やめてくれと夕方になると隣家に押しかけた。本人の希望もあり昼前に受診した際には、病的体験に対しての自覚を認めた。こちらからの質問により過去一年以上にわたり正月や法事の際に病的体験とは直接関係しない広範囲な健忘症状が確認された。解離性の幻覚妄想症状と診断しパロキセチン10mgを処方した。1~2週間で幻覚妄想の消失と記憶の回復が認められた。夫のみの受診時に、2年前に起きた患者の性的外傷体験が打ち明けられた。こちらから直接患者に外傷体験の詳細を確認する勇気がもてないまま、5か月で通院が中断された。薬理学的研究や他の自験例から、パロキセチンなどのセロトニン作動薬の記憶に対する作用が真の治癒機制である可能性が示唆された。
00:52 | 報告
2013/04/08

(12)広島市北西山間部「黒い雨」放射能トラウマPTSD2例目

| by サイコドクターS
「長期治療患者がパロキセチン服用後に広島原子爆弾による北西山間部黒い雨を浴びたトラウマを想起した複雑性PTSDの一例」
2012年108回日本精神神経学会総会:札幌

症例は70歳代男性。30歳頃より精神科入院を繰り返し、50歳頃より就労不能となった。陰性症状を主とした統合失調症として独居で自閉的な生活を送っていた。X-1年より構語障害改善のためハロペリドールからリスペリドンに変薬した。Xー1年12月~X年3月、X年7月~12月、X+1年1月~と意欲低下のため入院を繰り返した。オランザピンへの変薬やハロペリドールへの復薬も効果はなかった。4月よりふらつきなど心気的な訴えが多くなり、抗不安効果を期待してパロキセチン10mgを処方した。5月になると患者が6歳時に疫痢で死亡した2歳下の弟のことを思い出し話すようになった。7月には広島市北西山間部に降った黒い雨を浴びたことを思い出した。9月には看護婦だったいとこが市内で被爆して1週間で亡くなったことを思い出した。それまでの長い治療歴で被爆について語られたことはなかった。これまでの複雑性PTSDの治療経験と同じく、患者との親密な関係(ラポール)形成後にSSRIが抑圧・解離された病原外傷記憶(トラウマ)を想起させる点では一致している。演者がlこれまで発表した「東京大空襲被災と広島原子爆弾被爆の両方を経験し複雑性PTSDを呈した一例」(広島医学2006)や「児童期に広島市北西山間部で原爆による黒い雨を浴びた複雑性PTSD患者にタンドスピロンとSDAが著効した一例」(2010年106回日本精神神経学会総会:広島)などの原爆PTSD症例との共通点としては、被爆者のトラウマは個人的な外傷体験(父親の戦前の結核死、兄弟で一人だけの山間部疎開)と原爆放射能被害への恐怖感の複合体である。前者の正常な悲哀感の表出は想起により可能であっても、後者の当然あるべき恐怖感の表出は抵抗を示し困難であった。この知見は福島原発放射能PTSDの診断・治療に生かすことができる。
00:25 | 報告
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