研究室の怪しげな菌たち
自然界から有用な微生物を見つけ出す「微生物ハンター」の減少が著しい。これは、研究目的の微生物が見つかるかどうかはある意味運しだいのところがあり、見つからなければ成果は無いというハイリスクな点にある。私のようにスクリーニングをおもな研究フィールドとしているものから見ても、研究費が付くのは既に見つかった菌を対象としたものばかりで「探しだす」ことに投資してくれる企業・公的研究費はあまり多くない。こう言われるとスクリーニングはつまらないものに見えてしまうが、本当のところはどうなのだろうか?
スクリーニングの途中ではターゲット以外にもいろいろな微生物が取れてくる。また、スクリーニングはしたもののテーマがボツになったりしてお蔵入りになる微生物も多い。これらはすぐには使えないとしても、一応保存しておく。微生物は動植物と違って保存が簡単で、とくに凍結乾燥してアンプル中で保存すれば何十年も保存可能である。
こうした微生物たちの多くは、「これは!」と見つけたものなので、普通の菌とは一線を画した変人(変菌)ばかりなのである。とくにスクリーニングばかりやっている研究室には代々伝わる妙な菌がゴロゴロしている。微生物ハンターは微生物コレクターでもある。
以下に筆者の研究室で眠っている妙な菌たちを挙げてみた。ちなみに、研究室で発見した微生物にはすべてTB-OOという名前がついている。こうしてみてみると、菌の性格って取った人に似ているような気が・・・・
TB-35:Comamonas acidovorans
エステル系ポリウレタン分解菌、研究室の古株&稼ぎ頭。この菌のおかげで研究室が成り立ってきたといっても過言ではない。分解酵素はちょっと図体がでかくて扱いにくい・・・
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TB-28:Rhodococcus sp.
エーテル系ポリウレタン分解?菌。TB-35と一緒に取れた。実際には色が変わるだけ?・・・・・
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TB-24:Bacillus sp.
好熱性ポリブチレンサクシネート-co-アジペート分解菌。分解性がでたり出なかったり、気まぐれな奴だが、はまると強力。
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TB-12:Acidovorax derafieldii
ポリブチレンサクシネート-co-アジペート分解菌。ご機嫌を損ねると仕事しなくなる、ちょっと面倒。分解酵素を何種類か持っている・・・らしい。
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TB-13:Paenibacillusamylolyticus
ポリ乳酸分解菌。菌自体はしょぼいが、酵素の分解能は強力!ポリウレタンもバリバリ分解。現在酵素のトレーニング中。
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TB-60:Rhodococcus equi
ウレタン結合解裂菌。現在世界同時デビュー中。(さて、スターになれるか?)いろいろ培地に入れてやらないと生えてこない、ひ弱な奴。
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TB-71:Leptothrix sp.
現在(世界?)最強のポリブチレンサクシネート-co-アジペート分解菌。十円玉サイズなら48時間で分解。酵素を使えばフィルムが目の前でバラバラになっていく。分解酵素は個性のかたまり。
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TB-3:Burkholderia cepacia
リン・窒素がほとんど無い状態でフェノールをバリバリ食う。逆境に強い(単に鈍いだけ?)。
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TB-54:Ralstonia sp.
リン・窒素がほとんど無い状態でBTX(ベンゼン・トルエン・キシレン)をバリバリ食う。TB-57と同居すると新たな力が・・・・
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TB-57:Mycobacterium mucogenicum
リン・窒素がほとんど無い状態でイソアルカンをバリバリ食う。TB-54と同居すると新たな力が・・・・
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TB-5:Mycobacterium sp.
酸性雨の原因(ジベンゾチオフェン)分解菌(化合物から硫黄を抜き取る技巧型)
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TB-10:Sphingomonas sp.
酸性雨の原因(ジベンゾチオフェン)分解菌(端からガリガリかじるタイプ)いろんな芳香族好物を分解、原油スラッジから発見。別名TZS-7。
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TB-7:Pseudomonas alcaligenes
マレイン酸からフマル酸生産。ある学生さんがクリスマス(X’mas)の日(Day)に一人で実験して分離したので、当初XD-1と命名された(なんかさびしい)。
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TB-9:Bacillus sp.
B. smithii近縁 55℃嫌気条件でメラノイジン(醤油の茶色など)脱色。南の国の環境浄化に・・・
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TB-23:Serratia marcescens
有機スズ化合物耐性菌。分解菌がほしかったんだけど、取れなかった。原液ぶっかけても平気で生えてくる・・・・が、赤毛が白髪になっちゃう。
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TB-61:Cellvibrio sp.
低温性セルロース分解菌。研究室の女王様(当時)により分離。そのせいか、一般的な培地には一切生えてこないわがままな性格。
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TB-78:Pseudomonas fluorescens 113A1
MMP阻害剤生産菌 ピオヴェルディン型。お肌をいつまでも若々しく保つ・・・・・・・?でもグリーンの蛍光がとっても不気味。
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TB-79:Ochrobactrumanthropi 58A
MMP阻害剤生産菌 非ピオヴェルディン型。お肌をいつまでも若々しく保つ・・・・・・・?こっちは蛍光無し。
こういったコレクションは「取り敢えず」とっておくものなので、公的な保存機関に委譲されることはほとんど無い。何か需要が出たときに引っ張り出してくる秘蔵の品なのだ。教員1人で切り盛りしている小さな研究室でもこれだけのコレクションがある。ましてや戦前から続く名門講座では言わずもがなである。こうなると新たなテーマが発生しても、候補株をコレクションの中ら再検索すればよく、リスクは少なくなる。いわば「微生物の人材(?)バンク」としての機能を持つようになる。さらに選りすぐりの変「菌」たちであるので、その謎を調べるだけでも立派な基礎研究になってしまう。一粒で二度おいしい。
しかし、近年では講座制の廃止等により引継ぎができず、教員の退職とともに数多くの貴重な微生物資産が失われている。こういったコレクションは一度失われると2度と取り戻すことはできない。非常に残念なことであり、大きな損失でもある。
皆さんが何か微生物で行いたい反応があったときは、取り敢えずご近所の微生物ハンターに話を持っていくとよい。たとえその研究者のテーマと無関係であっても、実はこんな菌株が・・・と、(運がよければ)店主が蔵の奥から怪しげなアンプルを持ってきてくれるかも知れない。
そういえば先日原油と土壌と水を封じ込めておいたバイアルビンが破裂した。10年ほど放ったらかしになっていたものだが、ガスが発生したらしい。さて、どんな菌が集積したのか開けてみようか・・・・。
~この文章は以前「現代化学」に寄稿したものを改編したものです~