柿木 伸之

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アバター
研究者氏名
柿木 伸之
 
カキギ ノブユキ
eメール
kakigiintl.hiroshima-cu.ac.jp
URL
https://nobuyukikakigi.wordpress.com
所属
広島市立大学
部署
国際学部国際学科
職名
准教授
学位
修士(上智大学), 博士(上智大学)
Twitter ID
Nobuyuki_Kakigi

研究キーワード

 
 

研究分野

 
 

経歴

 
1998年4月
 - 
2001年3月
上智大学文学部哲学科助手
 
2001年4月
 - 
2002年3月
上智大学文学部哲学科非常勤講師
 
2001年4月
 - 
2002年3月
立正大学文学部非常勤講師
 
2002年4月
 - 
2007年3月
広島市立大学国際学部講師
 
2004年4月
 - 
2015年9月
日本赤十字広島看護大学看護学部非常勤講師
 

学歴

 
1989年4月
 - 
1993年3月
上智大学 文学部 哲学科
 
1993年4月
 - 
1998年3月
上智大学 大学院哲学研究科 哲学研究科
 

委員歴

 
2014年8月
   
 
広島芸術学会  委員
 
2012年8月
 - 
2015年3月
広島県立図書館資料選定委員 広島県立図書館
 
2007年5月
 - 
2007年7月
オリーヴ・プロジェクト広島実行委員 オリーヴ・プロジェクト広島実行委員会 占領に反対する芸術家たちのThe Olive Project: Keep Hope Alive展ならびにその関連イヴェントの企画運営
 
2007年4月
 - 
2007年4月
ひろしまオペラ・音楽推進委員会委員 広島市文化財団 監事
 
2006年11月
 - 
2006年11月
ヒロシマ平和映画祭実行委員 ヒロシマ平和映画祭実行委員会 上映会のコーディネイトおよび映画祭全体の企画運営
 

書籍等出版物

 
東琢磨、仙波希望、川本隆史(編) (担当:共著, 範囲:「記憶する言葉へ──忘却と暴力の歴史に抗して」を寄稿:224〜249頁)
月曜社   2018年10月   ISBN:987-4-86503-065-5
「記憶する言葉へ──忘却と暴力の歴史に抗して」と題し、聞く耳を持たないかたちで「ヒロシマ」を「発信」し、「平和」を訴える身ぶりのうちにある権力への同一化を問題にしたうえで、それを内側から乗り越える可能性を、「歴史」による忘却に被われた場所から記憶を細やかに掘り起こす詩的言語のうちに探る。その際に、ヴァルター・ベンヤミンの言語論を参照しつつ、パウル・ツェランと原民喜の詩作を検討する。
加賀野井秀一、伊藤泰雄、本郷均、加國尚志監修 (担当:共著, 範囲:大項目:ヴァルター・ベンヤミン(74〜93頁))
白水社   2017年11月   ISBN:9784560093146
『メルロ゠ポンティ哲学者事典』別巻の大項目として、ヴァルター・ベンヤミンの生涯と思想をコンパクトに紹介する。1917年の「来たるべき哲学のプログラムについて」における経験への問いを出発点としつつ、言語哲学、美学、そして歴史哲学から「哲学者」としてのベンヤミン像に迫る。
柿木伸之 (担当:単訳, 範囲:全376頁)
アルテスパブリッシング   2016年12月   ISBN:978-4-86559-154-5
2012年にドイツで出版された作曲家細川俊夫と音楽学者ヴァルター゠ヴォルフガング・シュパーラーの対談書„Toshio Hosokawa — Stille und Klang, Schatten und Licht: Gespräche mit Walter-Wolfgang Sparrer“ (Hofheim: Wolke) の日本語版。現代を代表する作曲家細川俊夫がその半生とともに、創作と思索の軌跡を語った対談書であるが、細川の作曲活動の全体に見通しを与えながら、その音楽の核心にあるもの...
秋富克哉、安部浩、森一郎(編集)、柿木伸之他 (担当:共著, 範囲:24「ブロッホ、ローゼンツヴァイク、ベンヤミン──反転する時間、革命としての歴史」:229〜236頁)
法政大学出版局   2016年5月   ISBN:978-4-588-15077-7
ブロッホ、ローゼンツヴァイク、ベンヤミンという三人のユダヤ系の思想家と、初期のハイデガーの時間論と歴史論を照らし合わせ、ユダヤ系の思想家たちが構想する「救済」と結びついた歴史の理論と、『存在と時間』の「歴史性」の概念に最初の結実を見ることになるハイデガーの歴史論との差異を見通す視座を探る。
平和と安全保障を考える事典
広島市立大学広島平和研究所(編) (担当:分担執筆, 範囲:202、287〜88、552、601〜2ページ)
法律文化社   2016年3月   ISBN:978-4-589-03739-8
マルクス主義、国際共産主義運動、プロレタリア独裁、失地回復主義の項目を執筆

論文

 
柿木伸之
思想   1131(2018年7月) 6-24   2018年6月   [招待有り]
ベンヤミンが「歴史の概念について」のなかで提起している「抑圧された者たちの伝統」の概念が、経験の崩壊と、それによる旧来の伝統の破産を踏まえたところから論じられていることを浮き彫りにしたうえで、この来たるべき伝統に対する彼の問題意識とともに、それがどのような歴史の姿を示唆しているかを、歴史叙述における非連続性の意義に触れるかたちで論じる。批判版全集の『歴史の概念について』の巻に収録されているハンナ・アーレント手稿とともに、年代記の概念をめぐるベンヤミンとアーレントの関係にも論及する。
柿木伸之
a+a美学研究   12 72-87   2018年3月   [査読有り][招待有り]
2017年9月11日に大阪大学美学研究室の主催により開催されたシンポジウム「シアトロクラシー──観客の美学と政治学」にてドイツ語で発表した内容にもとづく。アドルノの『ヴァーグナー試論』におけるヴァーグナーの「総合芸術作品」が資本主義社会の「幻像(ファンタスマゴリー)」と化してしまうという議論を、現在のオペラの文化的現象に当てはまるものとして捉えつつ、そこに含まれる観客支配制の問題にも論及したうえで、モーツァルトの《コジ・ファン・トゥッテ》と細川俊夫の《リアの物語》を、従来のオペラが表象して...
形象の裂傷──ショアーの表象をめぐるフランスの議論が問いかけるもの
柿木伸之
形象   3 65-76   2018年1月
クロード・ランズマンの映画『ショアー』とともに提起されたショアー(ホロコースト)の「表象不可能性」の問題に触れたフランスの哲学者、ジャック・ランシエール、ジョルジュ・ディディ゠ユベルマン、ジャン゠リュック・ナンシーの議論を辿り、それがイメージそのものにどのような問いを投げかけているかを検討する。すべてが表象の対象となる美学的体制の問題を指摘したランシエールの議論を踏まえつつ、ショアーとともにイメージないし想像力に刻まれた傷を受け止めつつ、そのことをイメージ自体に潜む緊張と偶像化の禁止を捉え...
柿木伸之
日本哲学会欧文誌『Tetsugaku』   1 73-90   2017年4月   [査読有り]
本論文は、ベンヤミンの歴史哲学の問題設定を確認したうえで、彼が歴史そのものを想起の経験にもとづくものとして捉え直そうとしていることを浮き彫りにすることで、彼の歴史への問いを今に受け継ぐ可能性を探るものである。彼の言語哲学と歴史哲学を一貫する思考を跡づけつつ、彼のけっして時の支配者の道具になりえない歴史の概念が、想起の言葉のうちに死者とともに生きる場を開く可能性を示していることを示した。想起の経験を検討する際に、「歴史の主体」という問題やその死者との関係にも論及している。このドイツ語の論文は...
形象における歴史──ベンヤミンの歴史哲学における構成の理論
柿木伸之
形象   (2) 29-49   2017年3月
ベンヤミンの歴史哲学が、形象を媒体として構成される歴史を構想していたことに着目し、その理論を検討することによって、彼が「モナド」としても捉えられる「弁証法的形象」を媒体とする歴史、現在に想起の場を開き、従来の歴史の物語を総体として問いただす歴史の概念を探究していたことを明らかにする。それを踏まえてさらに、ベンヤミンの歴史哲学の問いを、「記憶の芸術」の美的経験を組み込んだ歴史の構想に接続させる。

Misc

 
柿木伸之
ウェブ・マガジン『をちこち』   (2018年12月) 1-1   2018年12月   [依頼有り]
2018年10月18日にJTアートホールアフィニスで開催された2018年度の国際交流基金賞の受賞記念イベント「越境する魂の邂逅」の報告。この催しに先立つ授賞式における今年度の受賞者、作曲家の細川俊夫氏と作家の多和田葉子氏のスピーチに触れながら、それぞれの近作を紹介したうえで、進行役を務めた前半の対談の内容と、後半の音楽と朗読の共鳴の様子を紹介する。両者の初めてのコラボレーションとなった今回の催しに、来たるべき共作へ向けた「魂の邂逅」があったことを強調した。
柿木伸之
美術ひろしま30   30 48-49   2018年12月   [依頼有り]
本誌の「話題の展覧会」に挙げられた「殿敷侃:逆流の生まれるところ」の批評。2017年3月18日から5月21日にかけて広島市現代美術館で開催された本展覧会が、殿敷の美術を包括的に取り上げるなかで、被爆と喪失の記憶の逆流を受け止めながら、戦後復興の過程で見失われていったものを逆流させ、回帰させるその特徴に光を当てていることを紹介する。同時に、殿敷の再評価に道を開く本展覧会の意義にも触れる。
柿木伸之
ひろしまオペラルネッサンス2018年度公演《イドメネオ》プログラム   6-6   2018年9月   [依頼有り]
ひろしまオペラルネッサンスの2018年度公演の曲目解説。若きモーツァルトの意欲作《イドメネオ》が、トロイア戦争後に生き残った人間の苦悩を響かせるオペラを、旧来のオペラ・セリアの形式を内側から突破するかたちで創造したことを、音楽の特徴や作品の現代的な意義とともに紹介する。
柿木伸之
中國新聞   (2018年8月11日) 6-6   2018年8月   [依頼有り]
2016年7月26日に、神奈川県相模原市の知的障害者施設津久井やまゆり園で虐殺された19名の死者を思うところから、今年の7月26日に重なって起きたオウム真理教元幹部に対する死刑執行などの出来事についての省察を展開し、7月26日を記憶に刻むことを、死刑を続ける社会の根底に「日本」の歴史とともに流れる生の選別の思想を、死刑制度そのものとともに問いただす出発点にする視点を提示する。
柿木伸之
新国立劇場オペラ公演:細川俊夫/サシャ・ヴァルツ『松風』公演プログラム   2018年(2) 18-21   2018年2月   [依頼有り]
新国立劇場における細川俊夫の三作目のオペラ《松風》(2011年世界初演)の日本初演(2018年2月16、17、18日)に際して、そのプログラムに掲載された、《松風》に至る細川の作曲活動の歩みとそれ以後の作曲活動の展開を、岸辺からの音楽という観点から綴ったエッセイ。細川の言う「空間と時間の書」としての音楽の生成をその初期から辿るとともに、東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故以後の作曲活動の展開にも着目した。
夢と現、狂気と正気のあわいで──能からのオペラへの転換点としての細川俊夫の《班女》
柿木伸之
Hiroshima Happy New Ear Opera III: 細川俊夫《班女》公演プログラム   6-6   2018年1月   [依頼有り]
Hiroshima Happy New Ear Operaの第3回として2018年1月26日と27日にJMSアステールプラザ中ホールの能舞台を用いて開催された細川俊夫《班女》の公演のプログラムに寄稿した作品解説。作品の背景、原作、音楽の特徴などに触れながら、《班女》というオペラの作曲が、細川俊夫にとって能からオペラそのものを捉え返すための転換点になったことを示す。
〈原爆〉を読み継ぐことへの誘い──川口隆行編著『〈原爆〉を読む文化事典』書評
柿木伸之
原爆の図丸木美術館ニュース   (132) 10-10   2018年1月
川口隆行編著『〈原爆〉を読む文化事典』(青弓社、2017年)の書評。人名や作品でなく、表現運動や論争に着目するという特徴や、原爆の表象をその生成から動的に、かつ他者の視点から読み直す可能性を示しているという特徴を評価する。
柿木伸之
広島芸術学会会報   (145) 2-2   2017年11月   [依頼有り]
ひろしまオペラルネッサンス公演の鑑賞ならびにその後の感想交換会というかたちで開催された第120回広島芸術学会例会の報告。モーツァルトの《コジ・ファン・トゥッテ》という作品に正面から取り組んでその美質を生かした上演の歴史的な意義を指摘し、上演をめぐる意見交換の概要を伝える。
柿木伸之
ひろしまオペラルネッサンス2017年度公演《コジ・ファン・トゥッテ》プログラム   5-6   2017年9月   [依頼有り]
ひろしまオペラルネッサンスの2017年度の公演プログラムに寄稿した、モーツァルトのオペラ《コジ・ファン・トゥッテ》の解説。この作品が19世紀のブルジョワ社会に評価されなかった背景を、作品の構成やその基盤にある思想から解き明かすとともに、その社会の「人間」像を踏み越える自由を、後期のモーツァルトの音楽が人間の深淵から響かせていることを、作品の特徴を紹介しつつ浮き彫りにする。
柿木伸之
東京オペラシティの同時代音楽企画「コンポージアム2017」プログラム   29-31   2017年6月   [依頼有り]
東京オペラシティのコンポージアム2017で日本初演されたハインツ・ホリガーの《スカルダネッリ・ツィクルス》の作品解説を補完するかたちでヘルダーリンの生涯と詩作を音楽との関わりにおいて紹介する。アドルノのヘルダーリン論「パラタクシス」を参照して、二十世紀以降の音楽とヘルダーリンの詩の親和性に光を当てる。
パリでのパウル・クレー展「作品におけるイロニー」と国際コロック「パウル・クレー──新たな視点」に接して
柿木伸之
形象   (2) 106-113   2017年3月
2016年4月16日から8月1日までパリのポンピドゥー・センターで開催された大規模なパウル・クレーの回顧展「パウル・クレー──作品におけるイロニー」の展覧会評と、2016年5月19日と20日にゲーテ・インスティトゥート・パリで開催された国際コロック「パウル・クレー──新たな視点」の報告。いずれにおいても、同時代の状況や芸術運動と批評的に対峙するなかからクレーの作品が形象として生み出されていることに着目した。
高安啓介『近代デザインの美学』書評──内発的な構成としてのデザインの美学へ
柿木伸之
形象   (2) 102-104   2017年3月
高安啓介『近代デザインの美学』(みすず書房、2015年)の書評。「近代デザイン」の語における「近代」の意味を問い直したうえで、近代デザインの契機を検討し、その美学を「感性の交通の学」として提示する本書の議論を「内発的構成」の理論を軸に紹介する。
ミュンヒェンの芸術の家に掲げられた《原爆の図》──Haus der KunstのPostwar展における第二部《火》と第六部《原子野》の展示について
柿木伸之
原爆の図丸木美術館ニュース   (128) 2-2   2017年1月   [依頼有り]
ミュンヒェンのHaus der KunstにおけるPostwar展第一室に丸木夫妻の《原爆の図》より第2部《火》と第6部《原子野》が展示されたことを報告し、展覧会の概要を含めて論評したエッセイ。戦争の衝撃が美術そのものを変えたことを世界的な規模で展覧する今回のPostwar展における《原爆の図》の重要性に触れるとともに、その実際の展示の様子、そして展示の意義を論じる。
柿木伸之
ひろしまオペラルネッサンス2016年度公演《修道女アンジェリカ》、《ジャンニ・スキッキ》プログラム   6-6   2016年11月   [依頼有り]
ひろしまオペラ・音楽推進委員会主催のひろしまオペラルネッサンス公演のプログラムに寄稿した上演目解説としてのプログラム・ノート。「三部作」の作曲に際してプッチーニがダンテの『神曲』を意識していたことを踏まえつつ、第一次世界大戦のさなかに書かれたこのオペラの独自性に迫ろうとする。歌とハーモニーの美しさが際立つ《修道女アンジェリカ》とドラマの展開が特徴的な《ジャンニ・スキッキ》の魅力に触れつつ、「三部作」が、ダンテの作品とは異なったかたちで生がその全幅において掬い取られる場を開いていると指摘する...
柿木伸之
原爆文学研究   (15) 207-210   2016年8月   [依頼有り]
能登原由美著『「ヒロシマ」が鳴り響くとき』(春秋社、2015年)の書評。長年にわたり著者が取り組んできた「ヒロシマと音楽」委員会の調査活動の経験にもとづく楽曲分析と平和運動史を含んだ現代音楽史の叙述によって、「ヒロシマ」が鳴り響いてきた磁場を、政治的な力学を内包する場として、「ヒロシマ」の物語の陥穽も含めて浮き彫りにするものと本書を捉え、今後もつねに立ち返られるべき参照点と位置づける。
柿木伸之
中國新聞   文化面(2016年8月30日付〜9月8日付)    2016年8月   [依頼有り]
中國新聞文化面の「緑地帯」連載コラム。2016年4月からのベルリンでの在外研究期間中に見聞きしたことを交えつつ、今も続く核の歴史に、記憶することをもってどのように向き合いうるか、その際に芸術がどのような力を発揮しうるか、といった問いをめぐる思考の一端を綴る。
残余からの歴史へ
柿木伸之
出版ニュース   2016年(4月上旬) 11-11   2016年4月   [依頼有り]
出版総合誌『出版ニュース』の「書きたいテーマ・出したい本」コーナーへの寄稿。詩人パウル・ツェランが語った、破局を潜り抜けて最後に残った言葉を手引きに、破局の残余の記憶が星座のような布置を形成し、相互に照らし合わせるなかに、現在の危機が照らし出されるような残余からの歴史の理論的な構想を提示する。
森田團『ベンヤミン──媒質の哲学』書評
柿木伸之
形象   1(1) 116-119   2016年3月
1914年から1934年までの20年にわたるベンヤミンの思考を綿密に辿って、その特徴を同時代の思想史的な布置のなかに浮かび上がらせた森田團の著書『ベンヤミン──媒質の哲学』(水声社、2011年)の書評。ベンヤミンの思考を「媒質の哲学」と特徴づけ、その一貫したモティーフとして神話的なものとの対決を見てとる本書の議論が、地上の被造物の生がその特異性において救済される場を開く歴史の哲学への開くものであることを指摘する。
柿木伸之
芸術批評誌リア   (36) 14-18   2016年1月   [依頼有り]
昨年7月25日から9月13日まで広島県立美術館で開催された「戦争と平和展」の展覧会評。ミロの《絵画》と靉光の自画像の同時代的な呼応を出発点としながら、ピカソ、井上長三郎、オットー・ディックス、浜田知明、香月泰男らにおける戦争の暴力の核心に迫る表現に触れるとともに、この展覧会に出品されていた作品からうかがえる戦争画の問題性にも言及する。丸木夫妻の『原爆の図』連作を見直す可能性が論じられた、広島県立美術館と広島芸術学会の共催によるシンポジウム「戦争画と『原爆の図』をめぐって──その政治性と芸術...
パウル・クレー展「だれにも、ないしょ。」を観て(宇都宮美術館)
柿木伸之
国際パウル・クレー研究誌『さえずり機械』   1(1)    2015年12月   [査読有り][依頼有り]
2015年7月5日から9月6日にかけて宇都宮美術館で開催されたパウル・クレー展「だれにも、ないしょ。」の批評。分類し、飼い馴らす眼差しを逃れていく生きものたちが変貌のなかに息づくこの「遊戯空間」へ見る者をいたずらっぽい微笑みとともに誘い、形象のさらなる解読を触発する展覧会として紹介し、豊かな知覚経験のなかで、クレーの絵画の新たな奥行きを、彼の創作過程をも垣間見ながら楽しめる場が、クレー独特のテーマの下にさまざまな時期の作品を、互いに響き合うよう配置しうるまでに深められたクレー研究に裏打ちさ...

講演・口頭発表等

 
柿木伸之
神戸・ユダヤ文化研究会2018年度第2回文化講座   2018年9月29日   神戸・ユダヤ文化研究会
ベンヤミンは、1921年にクレーの《新しい天使》を手に入れて以来、著作に繰り返し天使の像を描いている。そこには自身のユダヤ性と、主にドイツ語による著述活動との狭間に、同時にメシアによる救済と、被造物の世界を貫く衰滅との狭間に漂いながら、言語と歴史を徹底的に問うベンヤミンの思考が凝縮されていよう。この講演では、そのような天使の像の変貌を手がかりに、言語と歴史をめぐる彼の思考を検討する。
柿木伸之
シンポジウム「シアトロクラシー──観客の美学と政治学」   2017年9月11日   大阪大学大学院文学研究科美学研究室
アドルノの『ヴァーグナー試論』におけるヴァーグナーの「総合芸術作品」が資本主義社会の「幻像(ファンタスマゴリー)」と化してしまうという議論を、現在のオペラの文化的現象に当てはまるものとして捉えつつ、そこに含まれる観客支配制の問題にも論及したうえで、モーツァルトの《コジ・ファン・トゥッテ》と細川俊夫の《リアの物語》を、従来のオペラが表象してきた「人間」の像からはみ出す人間の深淵にある力を響かせるオペラとして論じた。そして、ベンヤミンとアドルノの美学を手がかりに、オペラを詩的な要素と音楽的要素...
柿木伸之
カタストロフィと詩──吉増剛造の『仕事』から出発して   2017年3月11日   成蹊大学アジア太平洋研究センター
『怪物君』を含む最近のものを含めた吉増剛造の詩作を、原民喜とパウル・ツェランの詩作との布置において検討し、破局の後の詩ならびに言葉の可能性を「うた」という観点から問う。
柿木伸之
ドイツでオペラをつくるということ──ハンブルク歌劇場での細川俊夫のオペラ《海、静かな海》初演を振り返る   2016年3月26日   中央大学人文科学研究所
まず、ベルリンでの《松風》、デュイスブルクでの《班女》、広島での《班女》および《リアの物語》というように、ドイツと広島で細川俊夫さんのオペラ作品の上演に接してきた経験を振り返りつつ、またドイツで刊行された対談書(拙訳による日本語版が刊行予定)の„Musiktheater“の章における細川さんの言葉も参照しつつ、能の精神から現代のオペラの表現の地平を開拓してきた細川さんの作品の特質に触れる。そのことを踏まえて、ハンブルクで初演された《海、静かな海》の細川さんのオペラ作品における位置をあらため...
柿木伸之
シンポジウム「《リアの物語》から考える:日本での現代オペラ上演の現状と課題」   2015年3月29日   中央大学人文科学研究会
2015年1月30日と2月1日に広島市のアステールプラザ中ホールで行なわれた細川俊夫のオペラ《リアの物語》の広島初演の能舞台を用いた舞台の特色やプロダクションの特徴などを確認したうえで、それを主催したひろしまオペラ音楽推進委員会の継続的な事業の一端を紹介するとともに、《リアの物語》広島初演の成果と課題を踏まえ、広島における、ないしは広島からの現代のオペラの創造へ向けた課題を提示する。

担当経験のある科目

 

Works

 
Hiroshima Happy New Ear Opera II:細川俊夫《リアの物語》日本語字幕制作
柿木伸之、平野満   芸術活動   2015年1月 - 2015年2月
Hiroshima Happy New Ear Opera IIとして行なわれた細川俊夫《リアの物語》の公演の際に舞台両脇に投影した日本語字幕の制作。シェイクスピアの『リア王』にもとづくオペラのリブレットを新たに日本語に翻訳した。
Hiroshima Happy New Ear XVII:細川俊夫《大鴉》日本語字幕制作
柿木伸之、平野満   その他   2014年10月 - 2014年10月
ひろしまオペラ・音楽推進委員会が主催する現代音楽の演奏会シリーズHiroshima Happy New Earの第17回演奏会における細川俊夫《大鴉》の広島初演において舞台上方に投影した日本語字幕の制作。エドガー・アラン・ポーの長編詩「大鴉」を新たに日本語に翻訳した。
Hiroshima Happy New Ear XV:バーバラ・ハンニガン リサイタル プログラム歌詞対訳
平野満   その他   2013年9月 - 2013年9月
2013年9月8日にアステールプラザのオーケストラ等練習場でHiroshima Happy New Ear XVとして開催されたバーバラ・ハンニガンのリサイタルのプログラムに含まれる歌詞対訳を、アステールプラザの平野満氏とともに作成した。当日は、ルイジ・ノーノ、クロード・ヴィヴィエ、アーノルト・シェーンベルク、アルバン・ベルク、クルト・ヴァイルの作品が演奏された。
半田美和子ソプラノ名曲集『Khôra: Niemandslied』歌詞対訳
その他   2012年12月 - 2012年12月
日本を代表するソプラノ歌手半田美和子のアルバムに収録された、ドイツ語歌詞の歌曲やオペラからのアリアなどの歌詞の翻訳。翻訳は、歌詞対訳のかたちで発売されたCDのブックレットに掲載されている。バッハ、マーラー、ベルク、ヴェーベルン、リゲティの曲の歌詞を翻訳した。

競争的資金等の研究課題

 
日本学術振興会: 科学研究費補助金基盤研究C
研究期間: 2015年4月 - 2018年3月
〈残余からの歴史〉の哲学的・美学的探究
特定研究費
研究期間: 2015年4月 - 2017年3月
〈残余からの歴史〉、それはこれまで繰り返されてきた破局が残した残骸からの歴史である。この歴史とはまた、従来「歴史」とされてきた物語になりえなかった、歴史の残滓としての記憶からの歴史でもある。そして、この未聞の歴史としての〈残余の歴史〉は、「国民」の残余の位置から語られるほかはない。本研究は、このような〈残余からの歴史〉の可能性を、①ヴァルター・ベンヤミンの歴史哲学とその遺産の相続の可能性、②証言とそれを聴き届けることの意義、③アウシュヴィッツとヒロシマ以後の詩的想像力および美的表現の可能性...
想起にもとづく歴史の概念の哲学的・美学的探究
広島市立大学: 特定研究費
研究期間: 2012年4月 - 2013年3月    代表者: 柿木伸之
本研究は、ヴァルター・ベンヤミンの言語哲学に関するこれまでの研究を、彼の歴史哲学を視野に入れながらまとめることを中心としながら、想起の経験にもとづいて歴史を捉え直す可能性を、哲学的かつ美学的に探究することを主眼とするものである。
記憶する言葉の哲学
研究期間: 2009年4月 - 2011年3月
ディアスポラの言語の哲学的探究
研究期間: 2006年4月 - 2008年3月