プレスリリース
ライフサイエンス / 医化学

新型コロナウイルスのタンパク質と細胞の受容体の結合を阻害する香料を発見

【概要】
 川崎医科大学生化学教室(山内教授、栗林教授)と衛生学教室西村准教授は、塩野香料株式会社(本社:大阪市)と共同で、新型コロナウイルスのタンパク質と細胞の受容体の結合を阻害する香料を世界で初めて同定することに成功しました。
 山内教授と西村准教授の研究グループは、塩野香料株式会社と協力して、新型コロナウイルスSARS-CoV-2のスパイクタンパク質の一部、受容体結合ドメイン(RBD)と、標的細胞が発現する受容体アンギオテンシン変換酵素2(ACE2)との結合を阻害する香料をスクリーニングし、効果的に阻害する香料を複数見出しました。特にシンナミル・アルコール(cinnamyl alcohol)およびヘリオナール(Helional)に高い阻害効果があることがわかりました。今回の研究は2022年12月20日に米国の学術雑誌PLOS ONE誌に論文が掲載されました。


【ポイント】
 香料は人類の歴史の中で古くから使われてきており、安価で安全性の高い化合物です。フレーバーとして食料品に、フレグランスとして日用品や香水などに0.1%程度~数十%程度添加されています。その中にCOVID-19を抑えるような香料があれば、安価で簡便な予防方法として使用できることが期待されます。今回、そのような香料を複数見出すことができました。


【研究の背景】
 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は2019年末頃に中国武漢で発生しパンデミックとなった感染症で、現在も第8波の蔓延が危惧されております。迅速なワクチンの開発と接種で重症者や死者はかなり抑えられており、また、治療薬(注射剤、経口剤)も実用化され感染者の治療に用いられております。しかしながら、医学的理由でワクチンを打てない方(アレルギーの方や免疫不全の方)も多数存在し、治療薬も限られているのが現状です。また、既存のワクチン・治療薬ともに、全世界的な供給状況に偏りがあることも指摘されています。安価で安全性が高く、容易に手に入る予防・治療方法が求められております。

SARS-CoV-2の感染様式


【成果の概要と意義】
 新型コロナウイルスSARS-CoV-2はヒトの細胞に感染する際に、ウイルスのスパイクタンパク質に含まれる受容体結合ドメイン(RBD)と、ヒト細胞上の受容体ACE2が結合することにより、感染が惹起されます(図1)。これまで、RBDとACE2の結合を阻害する抗体などが実用化されていました。私たちは、香料の中から代表的なもの(抽出物59種、化合物272種の計331種)を用いて、試験管内の実験でRBDとACE2の結合を阻害する香料をスクリーニングしました。まず、武漢型のRBDを用いて12種の香料に結合阻害効果があることがわかりました。さらに、いくつかの変異型RBD (アルファ株、ベータ株、デルタ株、オミクロン株に含まれる変異)を用いて検討し、それら香料のほとんどが濃度依存的に変異型RBDとACE2の結合を阻害することを確認しました(図2)。

武漢型及び変異型RBDとACE2の結合様式

 さらに、変異型RBDのタンパク質と、ACE2を発現する細胞VeroE6細胞を用いて結合阻害を確認したところ、シンナミル・アルコール(cinnamyl alcohol)およびヘリオナール(Helional)に高い結合阻害効果があることがわかりました(図3)。
 シンナミル・アルコール(cinnamyl alcohol)はシナモン(桂皮)などに含まれる香料化合物でフレーバーとして多用され、桂皮は東洋医学の生薬としても用いられています。また、ヘリオナール(Helional)はフレグランスとして日用品に用いられています。
これらの香料はフレーバーあるいはフレグランスとして用いられてきたこともあり、比較的安全で、既存のワクチン・治療薬よりも安価で、入手しやすい化合物です。ワクチンや治療薬を投与できない方への使用や、これらの供給が不足している国・地域でも手に入りやすいことが期待されます。

細胞レベルでの結合阻害

                                                                                                       
【今後の展開】
 今回の研究成果は試験管内でのタンパク質レベルおよび細胞レベルでの実験を基にデータをまとめたもので、感染性のあるウイルス及びヒトでの効果を検証したものではありません。今後、感染性のあるウイルスを用いた研究や、ヒトを対象にした臨床研究を計画していく予定です。


〇発表雑誌
 雑誌名:PLOS ONE (オンライン版)
(日本標準時間2022年12月20日(火)4:00 米国東部標準時間12月19日(月)午後2時に掲載)
 
論文タイトル
Identification of anti-SARS-CoV-2 agents based on flavor/fragrance compositions that inhibit the interaction between the virus receptor binding domain and human angiotensin converting enzyme 2
 
著者
Yasumitsu Nishimura, Kenta Nomiyama, Shuichiro Okamoto, Mika Igarashi, Yusuke Yorifuji, Yukino Sato, Ayasa Kamezaki, Aya Morihara, Futoshi Kuribayashi, and Akira Yamauchi
 
DOI番号
10.1371/journal.pone.0279182


<用語説明>
SARS-CoV-2:新型コロナウイルスの名称。重症急性呼吸器症候群(SARS)コロナウイルスに属する。
スパイクタンパク質:SARS-CoV-2の表面を覆うタンパク質。
受容体結合ドメイン(RBD):スパイクタンパク質の一部で細胞側の受容体に結合する部分。
アンギオテンシン変換酵素2(ACE2):細胞の表面にある酵素で、SARS-CoV-2の受容体としても働く。ウイルスRBDが結合する。
フレーバー:食料や飲料に用いられる香料。
フレグランス:洗剤やシャンプー、芳香剤、香水などに用いられる香料。
パンデミック:世界的な感染の大流行。

発信機関 :  川崎医科大学      塩野香料株式会社     
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