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ライフサイエンス / 獣医学

牛のリンパ腫発症を予測するがん検診技術を開発~発症予測法の実用化による畜産被害の軽減に期待~

牛のリンパ腫発症を予測するがん検診技術を開発 ~発症予測法の実用化による畜産被害の軽減に期待~
 
ポイント
・ウイルス感染細胞のクローナリティ解析技術を開発し、牛伝染性リンパ腫の診断と発症予測に成功。
・現在、解析キットの市販化と臨床現場におけるがん検診の実用化に向けて、研究開発を展開。
・ウシのがん検診の実用化により、畜産被害の軽減と生産性の向上に期待。
 
概要                  
北海道大学大学院獣医学研究院の今内 覚教授、岡川朋弘特任助教、国立感染症研究所の斎藤益満主任研究官、株式会社ファスマックの松平崇弘氏、岩手大学農学部の村上賢二教授、山田慎二准教授らの研究グループは、ウイルス感染細胞のクローナリティ解析技術を開発し、牛伝染性リンパ腫の診断並びに発症予測に応用しました。

牛伝染性リンパ腫ウイルス(BLV)は日本をはじめとして世界中の農場で蔓延しており、BLVの感染を原因とする牛伝染性リンパ腫(EBL)の発生も急増しています。EBL発症牛は淘汰の対象となり、牛乳や食肉の生産ができずに全廃棄となります。EBLは発症までに3年以上かかるため、全廃棄になると牛の売却利益が失われるだけでなく、それまでに要した膨大な経費や時間が無駄になります。しかし、EBLの発症機序は未だに不明な点も多く、発症を予測する方法も存在しません。

そこで本研究では、EBLの発症予測法の開発と実用化を目標に、プロウイルス挿入部位の網羅的増幅法(RAISING、ライジング)を用いて、BLV感染細胞のクローナリティ解析を実施しました。さらに、独自の解析ソフト(CLOVA)を用いてクローナリティの程度を正確に数値化しました。その結果、EBL発症牛は未発症キャリアと比べてクローナリティ値(Cv)が高く、CvはEBLの高精度な診断マーカーになることがわかりました。さらに、BLV感染羊モデルの解析では、Cvがリンパ腫を発症する前に上昇し、発症予測マーカーになることも明らかにしました。

本研究により、RAISINGによるクローナリティ解析はEBLの診断法並びに発症予測法として有用であると示されました。今後は大規模な野外調査により本技術の有用性を臨床現場で実証するとともに、解析キットの市販化を進め、EBLによる畜産被害の軽減や生産性の向上に役立てていきます。

なお、本研究成果は、2022年10月13日(木)公開のMicrobiology Spectrum誌に掲載されました。

【背景】
牛伝染性リンパ腫(旧名: 牛白血病)はウシの悪性リンパ腫(リンパ球のがん)で、主に牛伝染性リンパ腫ウイルス(bovine leukemia virus: BLV) の感染により引き起こされます。牛がBLVに感染すると、症状を示さない期間(無症候期: AL)を経て、約30%の感染牛がリンパ球増多症(PL)となります。さらに1~5%の感染牛がEBL(enzootic bovine leukosis)と呼ばれるリンパ腫を発症し、全身にリンパ肉腫を呈して死に至ります。BLV感染からEBL発症までには一般的に3年以上を要し、一部の感染牛のみがEBLを発症しますが、EBLの発症機序には不明な点が多く残されています。
牛伝染性リンパ腫は、日本では家畜伝染病予防法で家畜の重要疾病(監視伝染病)に指定されています。牛伝染性リンパ腫の発症牛には届出義務があり、その発生数は2021年には4,375頭にのぼり、ウシの監視伝染病の中で最多です(図1)。1998年の発生数(99頭)と比べるとその数は43倍以上に増加しており、増加に歯止めがかかっていません。リンパ腫を発症した牛は淘汰対象となり、牛乳や食肉の生産に用いることができません。仮に非常に高価な肉用牛であってもリンパ腫が見つかれば、全廃棄となり売却できないだけでなく、それまでに費やした膨大な費用や時間が無駄になります。地域によって異なりますが、牛肉の全廃棄の原因の約30%が牛伝染性リンパ腫であるという報告もあります。
この病気は全国の農家にとって大きな経済損失の原因となっており、早急な対策を求める声は多いものの、すでに日本のウシの35%以上がBLVに感染しているとされ、感染牛の全頭淘汰による清浄化の実施は極めて困難な状況です。しかしながら、現行の診断法はBLV感染の有無やウイルス量の検査のみに留まっており、EBLを発症する個体を予測することはできません。BLV感染が蔓延した農場で感染牛が特定されても、すべての感染牛を淘汰することは経営上現実的ではありません。さらに臨床現場で利用可能なBLVのワクチンや治療法も存在しないため、BLV感染牛に対しては有効な対処法がなく、EBLの発症を避けることはできません。このような状況から、EBLの発症リスクを解析し、発症を予測する診断法の確立が求められています。
BLVをはじめとするレトロウイルスは、感染細胞のゲノムDNAにプロウイルスとして組み込まれ、持続感染します。プロウイルスが挿入されるゲノム位置はランダムで、感染細胞によって異なります。ALやPLでは様々な感染細胞が存在しているため、多様なプロウイルス挿入部位が認められ、感染細胞のクローナリティは低くなります(p1図)。一方、EBLでは特定の感染細胞が異常増殖しているため、特定のプロウイルス挿入部位の占める割合が上昇し、感染細胞のクローナリティが高くなります(p1図)。
研究グループは先行研究において、プロウイルス挿入部位の増幅技術(RAISING)*1を開発し、感染細胞のクローナリティ解析に応用しました(Wada et al., Commun. Biol., 2022)(図2)。さらに、解析ソフト「CLOVA」を独自に開発し、RAISINGで増幅した挿入部位のクローナリティを正確に数値化することに成功しました。また、RAISINGによるクローナリティ解析は、BLVと近縁のHTLV-1が原因となる成人T細胞白血病の診断・検査に有用であることが示されました。そこで本研究では、EBLの発症予測法の開発と実用化を目標にして、RAISINGを利用したBLV感染牛のクローナリティ解析を実施し、リンパ腫の診断法・発症予測法としての有用性を検証しました。
 
【研究手法】
 本研究ではまず、BLVを標的としたRAISINGの増幅感度や再現性を検証しました。そして、国内の農場で発生したBLV感染牛(AL, PL, EBL) 287頭の血液並びに169検体の腫瘍検体を用いて、RAISINGによりプロウイルス挿入部位を増幅し、CLOVAを用いてBLV感染細胞のクローナリティ値(Clonality value:  Cv)を解析しました。さらに、「Cv」あるいは現行のEBL診断マーカーのひとつである「プロウイルス量」(プロウイルスのコピー数)を用いてEBLの鑑別診断を試み、感度と特異度を算出して、EBLの診断法としての有用性を検証しました。最後に、EBLの実験モデルであるヒツジを用いて、BLV感染からリンパ腫発症までの間、経時的に「Cv」と「プロウイルス量」を解析し、各マーカーによってリンパ腫の発症を予測できるかどうかについても検証しました。
 
【研究成果】
 本研究の結果、BLVを標的としたRAISINGは高感度、高精度であることが示され、高い再現性で感染細胞のクローナリティを測定可能でした。次に、BLV感染牛のクローナリティ解析を実施したところ、Cvは未発症牛(AL、PL)よりもEBLで高くなっていました(図3)。一方、従来の診断マーカーであるプロウイルス量はEBLとPLの血液検体で同程度であり、明確な差は認められませんでした。
実際に、CvをマーカーとしてEBL診断を試みたところ、感度 87.1%、特異度 93.0%と非常に高い精度でEBLを鑑別することができました(図3)。一方、プロウイルス量をEBL診断のマーカーにした場合は、感度 44.6%、特異度 67.2%となり、EBLと未発症牛を見分けることができませんでした(図3)。
また、一部の未発症牛においてもCvが高い個体が確認されました。これらの症例については現在、追跡調査を実施しており、EBL発症の有無を検証しています。最後に、BLV感染羊モデルの解析において、Cvはリンパ腫を発症する前に、プロウイルス量よりも早いタイミングで上昇していました(図4)。
 
【今後への期待】
本研究により、RAISINGを用いたクローナリティ解析は、EBLの診断と発症予測に非常に有効な方法であることが示されました。現在我々は、RAISING試薬キットの市販化を目指して、研究コンソーシアムを形成しさらなる研究開発を進めています。さらに、本開発技術を用いた「牛のがん検診」の実用化を目指し、国内の大学や各検査所、臨床獣医師、農家とのネットワークを駆使して、本診断法の大規模な実証研究を進めています。将来的に、牛のリンパ腫の発症を予測するがん検診が実用化されれば、発症ハイリスク牛の診断が可能となります(図5)。ハイリスク牛の摘発と優先淘汰を進めることにより、農場におけるEBLの発生を未然に防ぎ、畜産被害の軽減並びに生産性の向上に貢献すると期待されます(図5)。
また現在、BLVクローナリティ解析は株式会社ファスマックにて承っております。まずはお気軽にご相談ください(お問い合わせ: ngs@fasmac.co.jp 参考URL: https://fasmac.co.jp/rais_method_case)。
 
【謝辞】
本研究は、公益財団法人伊藤記念財団大型研究プロジェクト事業、文部科学省科学研究費助成事業、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構生物系特定産業技術研究支援センター・イノベーション創出強化研究推進事業、並びに革新的技術開発・緊急展開事業(うち地域戦略プロジェクト)、農林水産省・安全な畜産水産物安定供給のための包括的レギュラトリーサイエンス研究推進委託事業、及び北海道大学大学院獣医学研究院臨床研究推進研究費の支援の下で行われました。
 
論文情報
論文名 Diagnosis and early prediction of lymphoma using high-throughput clonality analysis of bovine leukemia virus-infected cells(牛伝染性リンパ腫ウイルス感染細胞のハイスループットなクローナリティ解析によるリンパ腫の診断と早期予測)

著者名 岡川朋弘1,嶋倉穂南1,今内 覚1,斎藤益満2,松平崇弘3,直 亨則4,山田慎二5,村上賢二5,前川直也1,村田史郎1,大橋和彦1(1北海道大学大学院獣医学研究院,2国立感染症研究所,3株式会社ファスマック,4北海道大学人獣共通感染症国際共同研究所,5岩手大学農学部)

雑誌名 Microbiology Spectrum(微生物学の専門誌)

DOI 10.1128/spectrum.02595-22

公表日 2022年10月13日(木)(オンライン公開)
 
お問い合わせ先

北海道大学大学院獣医学研究院 病原制御学分野/先端創薬分野 教授 今内 覚 (こんないさとる)

TEL 011-706-5216  FAX 011-706-5217  メール konnai@vetmed.hokudai.ac.jp

URL https://lab-inf.vetmed.hokudai.ac.jp/

国立感染症研究所総務部調整課

メール info@nih.go.jp    URL https://www.niid.go.jp/niid/ja/

株式会社ファスマック バイオ研究支援事業部

メール ngs@fasmac.co.jp  URL https://fasmac.co.jp/

岩手大学農学部共同獣医学科 教授 村上賢二

メール muraken@iwate-u.ac.jp

公益財団法人伊藤記念財団

メール office@itokinen-zaidan.or.jp

配信元

北海道大学社会共創部広報課(〒060-0808 札幌市北区北8条西5丁目)

TEL 011-706-2610   FAX  011-706-2092  メール  jp-press@general.hokudai.ac.jp

国立感染症研究所総務部調整課(〒162-8640)

TEL  03-5285-1111  FAX  03-5285-1150   メール info@nih.go.jp

株式会社ファスマック バイオ研究支援事業部(〒243-0021)

TEL  046-281-9909 FAX  046-281-9931  メール ngs@fasmac.co.jp

岩手大学法人運営部総務広報課(〒020-8550盛岡市上田三丁目18-8)

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公益財団法人伊藤記念財団(〒153-8587)

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【用語解説】
*1 RAISING … ライジング、Rapid Amplification of the Integration Site without Interference by Genomic DNA Contaminationの略。感染細胞におけるプロウイルス挿入部位の増幅技術のこと。本研究グループらによる先行研究によって開発された。従来のクローナリティ解析技術よりも迅速で(3時間で増幅完了)、簡便かつ低コストな方法(特殊な試薬や高額な解析機器を必要としない)でありながら、高感度・高精度にクローナリティを解析可能な技術。
 (参考)
参考URL: https://fasmac.co.jp/rais_method_case
 

発信機関 :  北海道大学社会共創部広報課     
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