プレスリリース

生物の耐熱性を支える「錠前」の発見

~可逆的なリン酸化修飾がRNAを安定化する~

<ポイント>

  • たんぱく質はリン酸化と脱リン酸化によってその機能や細胞内における局在がダイナミックに制御されている。本研究は、たんぱく合成のアダプター分子であるtRNAにおいて可逆的なリン酸化修飾(2′リン酸化ウリジン,Up修飾)を発見した。Up修飾はtRNAに耐熱性やRNA分解酵素に対する耐性を与えることで、生物の耐熱性に寄与することを明らかにした。
  • tRNAのX線結晶構造解析から、Up修飾は準安定なtRNAの立体構造を許容することでtRNAの熱変性を防ぐという、RNA修飾が担う新しい機能を提唱した。
  • Up修飾を導入する酵素(ArkI)およびUp修飾を脱リン酸化する酵素(KptA)を同定し、Up修飾が可逆的であることを示した。Up修飾の可逆性は環境変化に応じてtRNAの構造と機能を調節することで生物の生存に寄与していると考えられる。
  • 本研究成果は、RNAの構造と機能がリン酸化修飾によって、エピトランスクリプトミクス的に制御される新たな機構を提唱し、RNA修飾が担う生命の環境適応進化の理解に貢献する。
  • RNAは医薬開発における新しいモダリティとして注目されている。特にmRNAワクチンを始めsiRNAやアプタマーなどに代表される核酸医薬が次々と実用化されている。RNA修飾は、細胞内におけるRNA医薬の安定性や自然免疫の回避などの重要な機能が知られており、本研究で報告したUp修飾が将来的にRNA医薬に応用されることが期待される。

 東京大学 大学院工学系研究科 化学生命工学専攻の大平 高之 助教、蓑輪 恵一 大学院生、鈴木 勉 教授のグループは、超好熱性アーキアのtRNAの可変ループ内の47位から新規のRNA修飾である2′リン酸化ウリジン(Up)を発見した。生化学的な解析から、この修飾がtRNAに熱安定性に寄与し、さらにRNA分解酵素に対する耐性を付与していることを明らかにした。

 Up修飾によるtRNA構造の安定化機構を解明するため、東京大学 大学院新領域創成科学研究科 メディカル情報生命専攻の富田 耕造 教授らと共同で、X線結晶構造解析を行い、アーキアtRNAの立体構造を1.9Åの高分解能で決定した。Up修飾は可変ループにフレキシビリティを与えるとともに、主鎖の回転を防ぐことで“南京錠”のようにtRNAのコア領域が熱変性するのを防ぐ働きがあることが示された。実際に、結晶構造の中に、Up修飾によって安定化された非標準的なコア構造を持つtRNA分子が見いだされている。すなわち、Up修飾が準安定なコア領域の構造を安定化することでtRNAの熱変性を防ぐという、これまでに知られていなかったRNA構造の安定化原理を見いだした。

 さらに研究グループは、Up修飾酵素(writer)としてArkIを同定し、東京工業大学 生命理工学院の福居 俊昭 教授らとの共同研究により、アーキアの遺伝学的な解析を行うことで、Up修飾が超好熱性アーキアの高温環境への適応に寄与していることを明らかにした。

 また、生化学的解析から、ArkIはたんぱく質リン酸化酵素ファミリーに属する新規のRNAリン酸化酵素であり、速度論的解析から、リン酸化反応の律速はATP濃度であり、細胞内のエネルギー状態を感知してUp修飾が導入される可能性が示唆された。さらに、X線結晶構造解析により、ArkIの立体構造(1.8Å)が解かれ、活性中心の構造やRNAの認識に重要なアミノ酸残基が特定された。

 さらに、研究グループはUp修飾の脱リン酸化酵素(eraser)として、KptAを特定し、速度論的解析から、KptAがtRNAからUp修飾を効率よく脱リン酸化する活性を持っていることを突き止めた。さらに、KptAが細胞内においてもUp修飾のeraserとして働くことを証明した。この結果は、ArkIとKptAの両方を持つ生物種においてはtRNAの構造や機能がUp修飾によって可逆的に調節されている可能性を強く示唆する。

 たんぱく質や生体内のさまざまなメタボライトの機能や代謝が、リン酸化と脱リン酸化によって、ダイナミックに調節されていることは、生化学や分子生物学の基本的な概念としてよく知られているが、RNAのリン酸化修飾は今日に至るまで見過ごされていた。本研究は、RNAの可逆的なリン酸化修飾を世界で初めて見いだし、この修飾によってRNAの機能や構造が調節されること、さらには、極限環境生物の環境適応に寄与することを明らかにした。本研究成果は、RNA修飾によるエピトランスクリプトミックな遺伝子発現の調節機構の理解や、RNA修飾が担う生命の適応進化の理解に貢献するものである。本研究成果は2022年4月27日(英国夏時間)に科学誌「Nature」のオンライン版に掲載される予定である。

 本研究は、日本学術振興会(JSPS)の基盤研究(S)「RNAエピジェネティックスと高次生命現象」(代表:鈴木 勉、26220205)、基盤研究(S)「RNA修飾の変動と生命現象」(代表:鈴木 勉、18H05272)、新学術領域研究(研究領域提案型)「ncRNAのケミカルタクソノミ」(代表:鈴木 勉、26113003)、基盤研究(A)「高次生命現象を制御する鋳型非依存的RNA合成酵素の構造と機能」(代表:富田 耕造、18H03980)、新学術領域研究(研究領域提案型)「ncRNA作動エレメントの配列構造の同定」(代表:富田 耕造、26113002)、若手研究(B)「tRNAの新規成熟経路の解析と5’キャップによる成熟制御機構の解析」(代表:大平 高之、26840005)、若手研究(A)「Pre-tRNA cappingが関与する遺伝子発現制御機構の探究」(代表:大平 高之、17H04997)、特別研究員奨励費「tRNA安定化に寄与するリン酸化修飾を触媒する新規酵素ARKIの分子機構の解明」(代表:蓑輪 恵一、19J20723)、および科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業(ERATO)「鈴木RNA修飾生命機能プロジェクト」(研究総括:鈴木 勉、JPMJER2002)の支援を受けて実施された。


<プレスリリース資料>
本文 PDF(1.11MB)

<論文タイトル>
“Reversible RNA phosphorylation stabilizes tRNA for cellular thermotolerance”
DOI:10.1038/s41586-022-04677-2

<お問い合わせ先>
<研究に関すること>
鈴木 勉(スズキ ツトム)
東京大学 大学院工学系研究科 化学生命工学専攻 教授
E-mail:ts chembio.t.u-tokyo.ac.jp

大平 高之(オオヒラ タカユキ)
東京大学 大学院工学系研究科 化学生命工学専攻 助教
Tel:03-5841-1260
E-mail:ohira_t chembio.t.u-tokyo.ac.jp

富田 耕造(トミタ コウゾウ)
東京大学 大学院新領域創成科学研究科 メディカル情報生命専攻 教授
Tel:04-7136-3611
E-mail:kozo-tomita edu.k.u-tokyo.ac.jp

<JST事業に関すること>
加藤 豪(カトウ ゴウ)
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<報道担当>
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