林 正子

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アバター
研究者氏名
林 正子
 
ハヤシ マサコ
所属
岐阜大学
部署
地域科学部 地域文化学科 地域文化講座
職名
教授
学位
文学修士(岡山大学)
その他の所属
地域科学研究科

プロフィール

近代日本の文明評論におけるドイツ思想・文化受容の意義/日清戦争後から大正期にかけてのドイツ思想・文化受容による、近代日本の時代精神創出についての考察/文学の創造契機としての風土論、地域学としての郷土文学論/自然環境としての風土が、文化を創造してゆく原動力になっていることを明らかにし、岐阜ゆかりの文学作品論を通して地域学の意義を問う試み/日本近代小説における<自己探究>の様相と作家の手法/明治期以降の小説作品を対象とした、作家にとっての<小説を書く>ことの意義とその実現のための技法についての考究/日本近代女性作家による自己表現獲得の営為と成果/明治10年代から第二次世界大戦後までの女性作家による文学活動とその表現形態を文学史的に位置づける試み

研究分野

 
 

経歴

 
1996年10月
   
 
岐阜大学地域科学部(地域科学科)教授
 
1989年12月
 - 
1996年9月
岐阜大学教養部(人文科学系列)助教授
 
1987年9月
 - 
1989年11月
岐阜大学教養部(人文科学系列)講師
 

学歴

 
1980年4月
 - 
1987年3月
神戸大学大学院文化学研究科博士課程文化構造専攻  
 
1978年4月
 - 
1980年3月
岡山大学大学院文学研究科国文学専攻  
 
1974年4月
 - 
1978年3月
岡山大学法文学部文学科言語・国語・国文学専攻  
 

委員歴

 
2013年
 - 
現在
日本比較文学会  理事
 
2001年
 - 
現在
日本比較文学会中部支部  幹事
 
2013年
 - 
2014年
日本比較文学会  大会組織委員会委員長
 
2011年
 - 
2013年
日本比較文学会  大会組織委員
 
2009年
 - 
2011年
日本比較文学会  「比較文学」編集委員
 
2007年
 - 
2011年
日本比較文学会中部支部  事務局長
 
1998年
 - 
2000年
日本近代文学会  東海支部幹事
 

論文

 
森鷗外の『ぢいさんばあさん』――伊織の立場とるんの立場
林 正子(地域科学部)
国文論稿   (7) 1-14   1979年3月
森鴎外の一連の歴史小説における〈歴史〉の意味を考察するために、随筆『歴史其儘と歴史離れ』(大4・1)の直後に発表された『ぢいさんばあさん』(大4・4)を取り上げ、鴎外が作品の素材とした史料と鴎外自身の創作における表現を比較検討。その差異に鴎外の主張を抽出している。鴎外の歴史小説を〈価値観〉の角度から分析し、単なる史実の継承ではなく、時に現代批判も内包している、作家の問題意識の反映としての意義について論じている。
『羽鳥千尋』における鷗外の創意
林正子(地域科学部)
国文論叢   (9) 49-57   1982年3月
実在人物の書簡という〈史料〉に拠っている森鴎外の短編小説『羽鳥千尋』(大1・8)において、鴎外による〈史料〉の〈添削〉にその創意を、羽鳥という人間像の理想化に〈創作〉のモティーフを考察している。鴎外による〈添削〉が鴎外自身の自己を隠蔽する手法となっており、その手法を通じて作中人物〈羽鳥千尋〉に鴎外が自己の理想を仮託している点、またこの作品が後の史伝作品の画期的開拓の先駆となっている点を指摘している。
『連環記』論――〈連環〉の形態と作品への展開
林 正子(地域科学部)
国文論稿   (10) 103-115   1982年3月
幸田露伴の中編小説『連環記』(昭15・6)において、外的言辞だけでなく登場人物のそれぞれの人生の関係性を穿つべく、文章構成面でも連環構造が形成されていることを論じたもの。露伴の小説が、素材となった『今昔物語集』と比較して、史料を踏まえながらもそれに囚われないで、平安時代中期という固有の時代を普遍的な人間世界へと還元し、〈人間世界の實相〉を描破していること、また、〈連環〉という芸術的形象の典型化に成功していることを論じている。
『土』論――インセスト問題反措定への試み
林 正子(地域科学部)
国文学研究ノート   (15) 27-40   1982年12月
農民文学の先駆的業績を謳われている長塚節の長編小説『土』(明43・6~11)において、インセスト・テーマ説を主張する橋本佳の論への反措定を試みたものである。橋本が挙げるインセスト事実の4点の〈証拠〉について、作品の文脈を分析・解釈することによって反証を試み、たとえ暗示のレベルであっても、インセスト・テーマを容認することは、作者の人間観察の炯眼を見失い、作品世界の真髄を歪曲する危険性を孕んでいることを指摘している。
泉鏡花『註文帳』の美的法則とその効果
林 正子(地域科学部)
国文学研究ノート   (16) 47-56   1983年8月
泉鏡花の短編小説『註文帳』(明34・4)に描かれたふたつの心中事件の位相に注目して、第1の事件が第2の事件を招来したのではなく、ライト・モティーフを奏でるための相互に影響し合うイメージとして、作品の前半・後半にそれぞれ配置されたことを指摘している。また、ふたつの事件を統合するものが、定式化された加虐の女と被虐の男という構図であることを論じて、この作品における泉鏡花の〈美的法則〉を考察している。
Mori Ogai ; Arzt undDichter― die Bedeutung seinesDeutschlandaufenthaltes
林 正子(地域科学部)
国文論稿   (12) 200-216   1984年3月
日本における日本文学研究・比較文学研究の領域ではさまざまに論じられている森鴎外とドイツとの密接な関係が、ドイツではあまり認識されていないという(当時の)状況に対して、日本の日本文学研究者の側からのドイツの日本研究へのアピールをめざしたもの。鴎外の留学体験や翻訳活動をとおしての文學作品とドイツ思想・文化との関わり、および軍医であり作家であったその人生行路を概観し、国家体制の論理と個人の主体的生き方の狭間で揺曳した鴎外の実人生と文学のかかわりについて論じている。
鷗外における〈若きヴィーン派〉翻訳の意義――シュニッツラー、ホーフマンスタール、バールの翻訳作品の考察を通して
林 正子(地域科学部)
鷗外   (37) 146-161   1985年7月
森鴎外が翻訳したオーストリア世紀末文学〈若きヴィーン派〉の作品と、当時の鴎外の精力的な創作活動を支えていた芸術理念との親近性を、〈自ら欺く〉という同一の訳語が当てられた5箇所の原文と訳文を対比することによって論じている。鴎外が自ら標榜した〈Resignation〉の立場に孕まれる矛盾への解決として〈自ら欺く〉生が導き出されたという、鴎外にとっての〈若きヴィーン派〉訳業の必然性を指摘している。
『陰翳禮讃』論――谷崎の〈闇〉へのアプローチ
林 正子(地域科学部)
国文学研究ノート   (18) 71-83   1985年9月
谷崎潤一郎の随筆『陰翳禮讃』(昭8・12~9・1)における日本美論の構成と論理を考察し、谷崎の〈闇〉の意義にアプローチしようとしたもの。その日本美論は、〈西洋〉との二元対立の形で展開されているが、これは西洋崇拝から日本美再発見という単なる移行ではないこと、また、日本古来の美を追いやる形で蔓延する〈西洋〉の影響力に対しての対抗の気概に見られるように、〈闇〉の部分に美を見出すのが谷崎の文学活動におけるマニフェストであったことを指摘している。
『舞姫』のポリフォニー
林 正子(地域科学部)
岐阜大学国語国文学   (19) 11-24   1989年2月
森鴎外の文壇処女作『舞姫』(明23・1)のテクストが、主人公・太田豊太郎の〈自己洞察〉を横糸とし、すべての登場人物によって繰り広げられた〈欺き、欺かれる関係〉を縦糸として織り上げられた文様であること、すなわち、〈対話〉を要請する深層テクストが豊太郎の〈独白〉の背後に存在する〈ポリフォニー〉構造であることを指摘している。
円地文子、その〈女〉語りの文学――自伝的三部作、そして『女坂』『女面』『なまみこ物語』の系譜
林 正子(地域科学部)
岐阜大学教養部研究報告   (24) 251-262   1989年2月
円地文子の自伝的三部作『朱を奪ふもの』(昭31・5)『傷ある翼』(昭37・3)『虹と修羅』(昭43・10)が、円地の実生活における精神的打撃からの脱出意欲および〈喪失した性〉への渇望を文学的に昇華した作品群であること、また、続く『女坂』(昭32・3)『女面』(昭35・7)『なまみこ物語』(昭40・7)が、逆境においてなお真実の〈愛〉を希求する〈抑圧された女の自我〉、すなわち〈女〉そのものが宿命的に内包する悲劇を語っている点で、一貫した系譜を成していることを論証している。
Die Bedeutung der Uebersetzung des “Jungen Wien ”fuer Mori Ogai― Eine Betrachtungseiner Uebersetzungen von Werken Schnitzlers, Hofmannsthals und Bahrs
林 正子(地域科学部)
Helicon   (1) 187-198   1989年3月
ドイツ文学と鴎外文学とのかかわりをドイツに紹介することを目的として、論文7「鴎外における〈若きヴィーン派〉翻訳の意義――シュニッツラー、ホーフマンスタール、バールの翻訳作品の考察を通して」をドイツ語に翻訳したもの。〈若きヴィーン派〉から日本文学への影響を論じたドイツ語文献は僅少であり、このテーマに関しての今後のドイツにおける研究の活路を拓く一助となることをめざしている。
鷗外とシュニッツラー――現実という舞台の上のオペレッタ
林正子(地域科学部)
別冊國文學・森鷗外必携   120-122   1989年10月
森鴎外の人生と文学を以下の項目のもとに概説。Ⅰ.研究史及び作品論 Ⅱ.比較文化・比較文学からの照明 Ⅲ.鴎外とその時代 Ⅳ.森鴎外作品事典Ⅴ.森鴎外略年表・参考文献。 本人担当部分はⅡの項目中、世紀末オーストリアの文学グループ〈若きヴィーン派〉の代表作家A. シュニッツラーとの関連を考察した「鴎外とシュニッツラー――現実という舞台の上のオペレッタ」
彷徨する魂の行方――福永武彦『忘却の河』論
林 正子(地域科学部)
岐阜大学教養部研究報告   (25) 490-500   1990年2月
長編小説『忘却の河』(昭39・4)の〈主題〉にふさわしいものとして作者・福永武彦に〈発見〉された〈新しい方法〉――各章が異なる視点人物を有し、〈独立した作品であるかのような印象〉を与えること――の意義を考察。主人公がその魂の彷徨を経て〈発見〉したものが〈ふるさと〉〈妣の国〉であり、〈忘却の河〉は過去の記憶を忘れるためのものではなく、自らの魂の来し方行く末を教えるメメント・モリとなっていると結論している。
『天の夕顔』論――〈狂熱〉の〈魂〉による〈愛情の形式〉
林 正子(地域科学部)
岐阜大学教養部研究報告   367-384   1991年2月
中河與一の中編小説『天の夕顔』(昭13・1)について、その感動・評価の揺れの原因を究明しようとしたもの。その要因として、23年間お互いに情熱を燃やしながら、結ばれることを常に一歩手前で抑制しなければならなかった男女のプラトニックな恋愛というメッセージと、主人公〈わたくし〉の徹底的なナルシシズムとヒロイズムの〈昇華〉というメタ・メッセージから成る重層的主題について論じ、さらに主人公の〈狂熱〉の〈魂〉によって形成された〈愛情の形式〉が、この小説そのものの重層的形式として発揮されていることを指摘...
<異郷>における自己像獲得の試み――森鷗外ドイツ三部作三位一体論
林 正子(地域科学部)
岐阜大学国語国文学   (20) 40-58   1991年2月
森鴎外のドイツ三部作『舞姫』(明23・1)『うたかたの記』(明23・8)『文づかひ』(明24・1)の主人公たちが、〈異郷〉ドイツを体験することによって、故郷の〈異郷性〉を自覚してゆく――故郷に対するカルチャー・ショックを体験する――物語であることを踏まえ、3作品のモティーフ・プロット・テーマの共通性と多様な展開という観点から、〈三部作三位一体論〉を提唱。鴎外自身にとって認識された真の〈異郷〉の実態と、〈異郷〉における自己像の表現方法について言及している。
処女作『舞姫』の自己洞察――豊太郎と鷗外の関係について
林 正子(地域科学部)
Helicon   (2) 219-230   1991年3月
森鴎外の実生活・方法意識・テクストの相関関係を明確にすることを目的としたもので、手記を綴るという行為と結びついた主人公・太田豊太郎の自己洞察(鴎外の虚構)を媒介として『舞姫』という小説が生まれ、作者鴎外による自己洞察の韜晦的発露が小説作品として結実していることを論じている。すなわち、豊太郎=鴎外という表層の読み・倫理的な読みが、作品の本来の構造を見えなくしてしまうことを指摘した上で、この作品の様式が、豊太郎の人生が奏でる単旋律ではなく、豊太郎の人生と鴎外の人生とが織り成す複旋律であることを...
宮本輝『錦繍』論――〈命〉の交響というドラマの方法
林 正子(地域科学部)
岐阜大学教養部研究報告   (27) 167-190   1992年2月
宮本輝の長編小説『錦繍』(昭57・3)の題名が、錦秋を表す紅葉の美であるだけでなく、作者の死生観を体現する主人公たちの流麗な手紙文であり、彼らが到達した人生についての〈思想〉を表現するものであること、また、書簡体という手法も、ポリフォニーの人間劇を創出することに寄与し、さらに、モーツァルトの音楽や臨死のモティーフ、心象風景と結びついた風土の描写も併せて、〈生命〉の〈不可思議な法則とからくり〉を描出するという作者の大望が成就していることを論じている。
宮本輝『泥の河』論――小説における舞台・表象・方法としての〈川〉(一)
林 正子(地域科学部)
岐阜大学国語国文学   77-106   1993年2月
宮本輝の短編小説『泥の河』(昭52・7)における〈川〉は、川上から川下へ、源流から〈海〉への回帰のなかで、人生のドラマを象徴し、さまざまな風景と渦中を閲する〈生命〉そのものであり、また此岸と彼岸の〈境界〉を表し、〈異界〉への〈入口〉をも意味すること、また人生を投影・照射する鏡となり、〈異界〉体験をする者に、タナトス・エロスとの交渉を通して、人生の泡沫・人間の〈宿命〉を知らせずにはおかないという、方法としての〈川〉の象徴性が確立・駆使されていることを論じている。
森鷗外史伝のレーゾン・デートル――『澀江抽齋』から『伊澤蘭軒』への〈發展〉
林 正子(地域科学部)
岐阜大学教養部研究報告   (28) 387-414   1993年2月
森鴎外の史伝『澀江抽齋』(大5・1~5)『伊澤蘭軒』(大5・6~6・9)が、類別困難なほどの膨大な数の人間の経歴とエピソードで成立していても、それは単なる史料の山積ではなく、鴎外自身の観点で裁断され展開された記事であり、そこに鴎外の価値観・文学観が投影していることを考察している。そして、従来の鴎外の創作活動が、彼の官僚としての実人生におけるしがらみを調和させるためのものであるのに対して、史伝はそのしがらみから心身共に解き放たれ、自らの資質を自在に生かした鴎外の自己解放の文学であったこと、そ...
宮本輝『螢川』論――小説における舞台・表象・方法としての〈川〉(二)
林 正子(地域科学部)
岐阜大学教養部研究報告   (29) 266-286   1994年1月
宮本輝の短編小説『螢川』(昭52・10)の構成・内容・方法について分析し、作者の資質とその意図的な文学方法、さらに〈川〉の意義について論究したものである。すなわち、庶民の一生を象徴する〈浅く長く貧しい川〉が、生命の誕生とそれに伴う死を表現するシンボルであること、また〈川〉を渡るという行為が、主人公によって重大な決心が為され新しい生活様式が選び取られることの象徴となっていることも併せて指摘し、宮本文学における〈川〉が人生を描く舞台・表象・方法となって、生と性と死のドラマを繰り広げていることを...
森鷗外〈豊熟の時代〉の反自然主義文学――『ヰタ・セクスアリス』『青年』『雁』における主題の変奏と方法の展開
林 正子(地域科学部)
国文論稿   (22) 202-212   1994年3月
明治末年から大正期にかけての森鴎外の〈文藝上の豊熟の時代〉(木下杢太郎)が、単に多作の時期というだけでなく、作家としての成熟が遂げられたゆえの〈豊熟〉であることを、中編小説『ヰタ・セクスアリス』(明42・7)、長編小説『青年』(明43・3~44・8)『雁』(明44・9~大2・5)における主題の変奏と方法の展開の考察を通して論じている。これら三作品には、鴎外の反自然主義的な小説観―-〈靈的自然主義〉の〈建立〉――が方法として表現されており、主人公の〈書くこと〉への意識と小説の構造の連関性のな...
鷗外文学における近代日本超克への道程――西洋文化受容を通しての鷗外精神史
林 正子(地域科学部)
日本の科学者   29(4) 24-29   1994年4月
鴎外の西洋体験と近代日本認識、そしてその課題超克への挑戦の道程を考察することによって、時代の趨勢と個人の生き方の関わりのなかで、現代人が認識すべき課題、鴎外文学に描かれた西洋文化受容を通しての彼の精神史が、異文化の錯綜する国際化時代に生きる我々に示唆しているのは、異文化との接触を通して生まれる他者理解と自己認識の錬磨――〈真理の要求に内面的に対決する精神〉――の重要性であることを論じている。
Das Phaenomen “ YOSHIMOTO Banana ”―Japanische Literatur heute
林 正子(地域科学部)
岐阜大学国語国文学   (22) 78-98   1994年12月
吉本ばななの執筆活動と作品の発行部数を挙げながら、ドイツ語圏の研究者に向けて日本における〈ばななブーム〉を紹介したもの。イタリア・アメリカ合衆国で日本文学作品としては稀有のベスト・セラーとなり、ドイツでも翻訳され話題を呼んだ『キッチン』(昭62)を対象に、そのモテーフ・テーマを分析。象徴性やフェミニズムの観点からも作品論を展開し、〈ばなな現象〉の実態を考察している。海外におけるばなな文学の人気の要因として、異文化を背景にしながらも、国や民族、老若男女の別を越えて理解・共有される普遍的な感性...
岸田俊子の〈愛憐〉論・序章――その理念と実践の軌跡
林 正子(地域科学部)
岐阜大学教養部研究報告   (33) 231-246   1996年2月
自由民権の華であり近代日本最初のフェミニスト=岸田俊子(中島湘烟)の人生行路を、先行文献に拠りながら確認し、その生活環境のなかから必然的・内発的に唱えられた画期的な男女相愛の思想=〈愛憐〉の具体的内容を検討。俊子の〈愛憐〉の思想の創作活動への展開、中島信行との実際の結婚生活での実践について論じ、近代日本の男女同権論において、俊子の〈恋愛〉にもとづく思想がもっている理念的先駆性と実践的連続性について考察している。
清水紫琴の〈女権〉と〈愛恋〉――明治の〈女文学者〉、その誕生の軌跡
林 正子(地域科学部)
岐阜大学国語国文学   (23) 23-39   1996年3月
巖本善治とともに「女學雜誌」の全盛期を担った〈女文学者〉清水紫琴の誕生と活躍、そして断筆のドラマに、時代状況・生活環境との関わりにおける近代日本女性作家の精神閲歴の一典型を読み取ろうとしたもの。女たちへの、そして自分自身への〈生きる〉ことの意味についての真摯な問いかけとして著された紫琴の評論・小説を対象として、中島湘烟との比較・対照も交えながら、その時代潮流における紫琴の画期的な女性解放思想の内容、生きることと書くこととが不可分に結びついた表現方法の独自性について論じている。
総合雑誌「太陽」における〈大正生命主義〉の萌芽――高山樗牛・姉崎嘲風のドイツ思想・文化受容と日本文明批評
林 正子(地域科学部)
岐阜大学教養部研究報告   (34) 347-372   1996年9月
20世紀日本における思想・文化の流れを、〈生命主義〉という考察装置を駆使して論究した鈴木貞美の一連の業績に依拠して、明治34年・35年の両年に総合雑誌「太陽」(博文館)に掲載された高山樗牛と姉崎嘲風の代表的論説を考察したもの。鈴木の提唱する〈普遍的な「生命」の発現こそが文化創造の原基であるという思想〉=〈大正生命主義〉の萌芽が、樗牛と嘲風によるドイツ思想・文化受容をとおしての日本文明批評のなかに既に見られることを具体的に考察している。
Geistesgeschichtliche Beziehungen Japan -Deutschland. Eine Auswertung der Zeitschrift Taiyo
林 正子(地域科学部)
Japanstudien   8 31-52   1996年12月
明治28(1895)年1月創刊の明治期の代表的総合雑誌「太陽」(博文館)に掲載されたドイツ関連の記事を検討し、高山樗牛と森鴎外との間に繰り広げられた〈審美学論争〉の概略、「太陽」主筆を務める樗牛とドイツ留学中の姉崎嘲風の往復書簡の前半部の概要、〈黄禍論〉への憤慨から唱えられた嘲風の〈洋行無用論〉に対する鴎外の反駁の概略、〈黄禍論〉に関する鴎外のさらなる啓蒙的執筆活動などについてまとめたもの。日清戦争後の国民意識の高揚に乗じて、出版ジャーナリズムが活況を呈することになった時期に、ドイツ思想・...
日清・日露両戦役間の日本におけるドイツ思想・文化受容の一面――総合雑誌「太陽」掲載の樗牛・嘲風・鷗外の言説を中心に
林 正子(地域科学部)
日本研究   15 149-183   1996年12月
「太陽」掲載の樗牛と嘲風の論説にうかがえるドイツ思想・文化受容のあり方が、鴎外らの技癢をかきたてるインパクトをもったものであり、近代日本の自己認識のすがたを映し出す鏡となり、当時の日本知識人の意識や国情を反映する明治精神史の一齣となっていること、また、彼らの評論が10万部という、当時として驚異的な発行部数を誇る雑誌に掲載されたことによって、数多くの青年知識人たちにドイツ思想・文化に関する情報を提供し、相対的・客観的な自国の国情への認識を深めさせ、当時の時代精神ないしはパラダイムの形成過程を...
姉崎嘲風の〈戰爭〉と〈女性〉――日露戦争期「太陽」における〈永遠の生命〉の思想 Ⅱ
林 正子(地域科学部)
岐阜大学地域科学部研究報告   (1) 307-342   1997年3月
日露戦争期の「太陽」に掲載された姉崎嘲風の評論を考察対象として、戦争前夜・激戦渦中・終盤戦下の状況で、〈戰爭〉と〈女性〉を契機・素材とする嘲風の文章に、〈心靈生活〉〈自己精神〉を尊重する思想が脈々と引き継がれ、〈国家〉〈民族〉という単位のなかでの個人の自覚による文明の興隆の提唱として表現されていることを論じたもの。また、宗教・哲学の比較研究を生かして、人間の根源的な〈生命〉の共通性を剔抉してみせるという比較考量的な方法に、文明批評家としての嘲風の資質を指摘している。
樗牛追悼の嘲風評論――日露戦争期「太陽」における〈永遠の生命〉の思想 Ⅰ
林 正子(地域科学部)
岐阜大学国語国文学   (24) 67-99   1997年3月
明治35(1902)年に早世した高山樗牛を追悼する姉崎嘲風の「太陽」掲載の文章を考察対象として、嘲風の生命主義的な思想の内実を検討。樗牛の日蓮信奉をとおしての〈永遠の生命〉獲得の過程を追尋する嘲風の営みが、嘲風自身の〈永遠の生命〉の実現を可能にしたことを考察。さらに、その生命観が樗牛の〈永生〉観念のたんなる引き写しでなはなく、樗牛とのドイツおよび日本文明批評をめぐる切磋琢磨、ドイツ文明との対峙という留学体験をとおして、自らの信仰の資質に磨きをかけていった結果であることを論じている。
「太陽」文芸欄主筆期の高山樗牛――個人主義的国家主義から絶対主義的個人主義への必然性
林 正子(地域科学部)
日本研究   (17) 297-342   1998年2月
高山樗牛が主筆を務めていた明治30年から35年にかけての〈帝国主義的論調の時代〉の「太陽」における樗牛の評論について、彼の〈日本主義〉および〈個人主義〉の内実に注目し、その思想遍歴の意味を整理。すなわち、樗牛は〈国家主義〉から〈個人主義〉へとその思想を豹変させたわけではなく、この二つの主義を統一的・調和的に架橋した思想として、彼の〈生命主義〉が挙げられることを考察したもの。
江夏美好『下々の女』における〈大地の母〉の文学化――飛騨白川郷の〈底辺の女〉の一生という題材と主題
林 正子(地域科学部)
岐阜大学地域科学部研究報告   (2) 206-232   1998年3月
江夏美好(1923~1982)の代表作品『下々の女』を対象として、作者の郷里=奥飛騨についての歴史的・民俗的記述を織り合わせて展開された作品の構造を形態的・内容的に考察するとともに、明治/大正/昭和という生活環境が激変する時代、孤絶した地理的環境、苛酷な自然環境を有する〈下々の国〉に生きた女の生涯というモティーフや、主人公のふるさとに対する拘泥と愛着、父祖の血への畏怖と自負という心のすがたを描出することによって、自らの人生の原点への追尋を試みた作者の執筆動機、またその文学的昇華の様相・方法...
総合雑誌「太陽」掲載の高山樗牛と姉崎嘲風の文明評論――二十世紀初年の日本におけるドイツ思想・文化受容の一面とその意義
林 正子(地域科学部)
岐阜大学国語国文学   (25) 17-34   1998年3月
19世紀から20世紀初頭にかけての世紀転換期の日本における、ショーペンハウアー、ニーチェを中心とするドイツ思想・文化の受容のあり方が、当代の日本の時代状況や知識人の精神性をどのように反映しているかについて、「太陽」掲載の高山樗牛と姉崎嘲風の文明評論をもとに考察。自我の覚醒をとおして生じた魂の煩悶が、溢れんばかりの批評精神とともに綴られ、読者の深層部に届くことになった時代の精神的支柱として、この時期の樗牛や嘲風におけるドイツ思想。・文化受容の意義を論じている。
森鷗外『花子』における〈生命〉の〈美〉――その体現者・発見者・創造者をめぐって
林 正子(地域科学部)
岐阜大学地域科学部研究報告   (3) 120-142   1998年9月
森鴎外の短編小説『花子』(明43・7)が、生命主義の渦巻く時代潮流のなか、〈生命〉そのものの〈美〉を体現した花子、その〈美〉を発見したロダン、そしてそのロダンの〈生命〉を謳う芸術観を評価し、その〈美〉を短編小説として創造した鴎外――三位一体の芸術作品とみなすことができることを論じたもの。実在の花子=太田ひさ(1868~1945)の人生行路、西洋における女優・花子の評価、また、日本の青年知識人たちの間でロダン・ブームが起こり始めていた時期に発表されたことなど、『花子』が当時の時代状況から必然...
金子筑水の〈兩性問題〉論――「太陽」掲載の論説を視座として
林 正子(地域科学部)
岐阜大学国語国文学   (26) 23-40   1999年3月
従来、坪内逍遥門下の早稲田派として一括りにされ、その独自の業績について論究されること稀であった文芸思想家=筑水・金子馬治(1870~1937)について、「太陽」文芸時評欄を担当していた時期の彼の論説を視座として、その〈新理想主義〉提唱のもとに展開された〈兩性問題〉について検討。〈新しい女〉を始めとする〈婦人問題〉論議の流行していた当時の社会的傾向、時代の趨勢において、筑水の〈兩性問題〉論が、〈社会問題〉として〈婦人問題〉論議を高める気運を生み出していたことを論じている。
「太陽」における金子筑水の〈新理想主義〉――ドイツ思想・文化受容と近代日本精神論
林 正子(地域科学部)
日本研究   (19) 335-385   1999年6月
金子筑水が「太陽」文芸時評欄を担当した明治43(1910)年7月から大正2(1913)年12月までの3年半のうち、とくに明治期に発表された論説を考察対象として、時代精神の洞察者・提言者である筑水の再評価を試みたもの。オイケン哲学を始めドイツ思想・文化受容をとおして提唱された筑水の〈新理想主義〉が、現代文明・自然主義の超克を訴え、新しい精神生活の建設を唱えたものであること、その〈新理想主義〉をバック・ボーンにした筑水の評論が、〈自然主義的論調の時代〉の「太陽」において、当時の思潮を映し出す鏡...
井上ひさしの宇宙 「『家庭口論』『続家庭口論』『日本亭主図鑑』――合わせ鏡の男と女 自画像の形式と方法」
林 正子(地域科学部)
「国文学解釈と鑑賞」別冊   213-222   1999年12月
小説・戯曲のジャンルに縛られず、文芸批評、文明・社会批評、日本人論、日本語論を展開する井上ひさし文学を多角的・多面的に考察した論文集。本人担当部分は、「『家庭口論』『続家庭口論』」『日本亭主図鑑』――合わせ鏡の男と女 自画像の形式と方法」(213~222頁)。井上ひさしのエッセイ集=正続『家庭口論』と『日本亭主図鑑』にはいずれも、〈亭主〉=〈わたし〉自身によって研がれた〈家人〉=〈女〉という鏡に映し出された〈亭主〉=〈わたし〉の生態が描き出されており、その艱難をともなう自己客観化こそが、〈...
桑木嚴翼の〈文化主義〉――提唱の必然性と歴史的展開
林 正子(地域科学部)
岐阜大学国語国文学   (27) 37-59   2000年3月
大正期における〈文化〉定立や〈文化主義〉標榜に関わった思想家・評論家のうち、カント哲学の移入・普及に貢献した哲学者=桑木嚴翼によって提唱された〈文化主義〉の具体的内容と、桑木の学問的行路について確認したもの。明治期の性急な近代化や、富国強兵の手段としての文明開化や実学志向に対する批判として登場した大正期の〈文化主義〉は、日本の近代化の目標や理念を、人道主義的、理想主義的な立場から改めて構築しようとするものであり、桑木の〈文化主義〉の根底には、〈懐疑〉と〈煩悶〉に陥った地点から、再びいかにし...
〈文明開化〉から〈文化主義〉まで――明治・大正期〈文明評論〉の諸相
林 正子(地域科学部)
岐阜大学国語国文学   (28) 45-70   2001年3月
最初に〈文明〉と〈文化〉の語義と用例の起源を確認したうえで、福澤諭吉、田口鼎軒、田岡嶺雲、高山樗牛、姉崎嘲風、大隈重信、森鴎外、夏目漱石、中澤臨川らの評論の諸編を検討。明治維新期から〈文明〉の意味がどのように変遷していったか、その軌跡をたどり、さらに、大正期にいたって〈文化〉概念が〈文明〉の用語から自律し、〈文化主義〉が提唱されてゆく歴史的背景や思想的要因について考察。文明評論の展開、文明批評の諸相に、近代日本の自己探究の潮流と自己認識の実相が投影されていることを論じている。
森鷗外の〈大学〉論と〈学問〉観――その主張内容に見る現代的意義
林 正子(地域科学部)
岐阜大学地域科学部研究報告   (10) 151-170   2002年2月
森鴎外の論説「大学の自由を論ず」(明22・7)や小説の諸編に表現されている、〈文化〉が創造されてゆくStaette(場)としての〈大学〉の理念について、また〈文化〉を創造する主体であり媒介である〈学問〉の定義について、鴎外の主張を明らかにすることをめざした論考。学問の発展が人間の精神の〈自由〉と根源的に関わっているという鴎外の指摘が、人間精神の〈自由〉は人類の〈文化〉を創造してきた原動力であり、〈学問的真理の要求の内面的に対決する精神、エートス〉の生成を可能にするという認識に裏づけられてい...
森鷗外の〈文化〉認識とオイケン受容
林 正子(地域科学部)
岐阜大学国語国文学   (29) 28-49   2002年3月
森鴎外の〈文化〉認識の具体的内容とその歴史的位相を問い、とくに明治期から大正初期にかけての〈文化主義〉勃興の一契機となった、ドイツの哲学者オイケン(Rudolf Eucken 1846~1926)受容の様相を考察した論考。鴎外が、ドイツで出版されたばかりのオイケンの最新書『吾人は尚基督教徒たり得る乎』にもとづいて小説『吃逆』(明45・5)を執筆したことなどを指摘し、鴎外におけるオイケン受容のあり方に、人間の本能や欲望を赤裸々に描写する自然主義に対しての鴎外の問題意識が投影しているだけでな...
松本清張文学の淵源と指標――テーマとしての<森鷗外>
林 正子(岐阜大学地域科学部)
岐阜大学地域科学部研究報告   (第12号) 239-258   2003年2月
近代日本における<批評>概念成立への道程・序
林 正子(岐阜大学地域科学部)
岐阜大学国語国部学   (30) 1-20   2003年6月
ドイツの村上春樹/森鷗外との類縁性――現代文学の寵児と近代文学のエートス連繋論の模索
林 正子(岐阜大学地域科学部)
国文学   第50巻(2号) 132-137   2005年2月
ドイツの俳句――ドイツ語圏の俳句受容とドイツ語Haikuの展開
林 正子(地域科学部)
國文學   50(9) 95-106   2005年12月
ドイツ語圏の俳句受容とドイツ語Haikuの展開の概略をたどることによって、ドイツ語圏での俳句研究が、日本研究の原点であり主要分野となった必然性について、また、俳句とHaikuの邂逅・交流によって、それぞれの自己洞察と自己錬磨の道が拓かれる可能性について、提示することを試みている。ドイツ語圏における俳句研究の先人たち、ドイツ語圏における俳句への憧憬とその思想的背景、Haiku創作の普及とその基盤、学校教育の現場でのHaiku教材、季語という課題などを記し、さらに俳句にとってのドイツ語Haik...
明治中後期から大正期にかけての評論におけるドイツ思想・文化受容の系譜【概論】
林正子(地域科学部)
岐阜大学国語国文学   (32) 13-47   2005年12月
明治中後期から大正期にかけて移入されたドイツ思想・文化が、大西祝、高山樗牛、姉崎正治、森鷗外、金子筑水、桑木嚴翼ら当時の哲学者・文学者たちに、〈国民文化〉構築の重要性について認識させ、その発展に寄与させた様相を確認した。すなわち、近代日本におけるドイツ思想・文化受容とその表現形態や発展の軌跡そのものに、当時の国情や知識人の意識が反映すると同時に、ドイツ思想・文化受容の成果そのものが〈国民精神〉の基盤を構築することによって、相互の響き合いによる国民文化の価値創造を実現させたことを論じている。
水上勉『その橋まで』論――小説における〈橋〉の象徴性
林 正子(地域科学部)
岐阜大学国語国文学   (33) 1-27   2007年1月
〈橋〉の歴史的・文化的意義を踏まえ、「近現代の日本の小説における〈橋〉の象徴性」を考究してゆくための第一稿。水上勉の長編小説『その橋まで』(昭45・10~47・10)が、宿命としての〈在所〉、自己存在の根源の確認としての郷愁が縦糸となり、社会的偏見や文明社会の弊害による更生保護の困難な状況が横糸となって織り上げられたテクストであり、その織り地の文様として、人間が自分自身の人生という〈橋〉を営々と築き挙げてゆく姿が浮き彫りにされていることを論じている。
舟橋聖一『白い魔魚』論――ビルドゥングスロマン/中間小説/風土小説
林 正子(地域科学部)
岐阜大学国語国文学   (34) 1-23   2008年1月
舟橋聖一の長編小説『白い魔魚』(「朝日新聞」昭和30~31年)を対象として、作家=舟橋聖一の創意工夫がうかがえる構成力や、世相を映じる鏡としての作品の意義のみならず、半世紀を経てなお失われていないと思われる現代性・風土性などについて論じている。その際、「ビルドゥングスロマン――題名の由来とヒロイン像」「中間小説――現代社会の風俗と価値観を映じるスクリーン」「風土小説――長良川と鵜飼という岐阜の原風景」という項目を立てて、作品分析をおこなった。
文学における〈場所の力〉――〈故郷〉の〈風土〉を視座とする地域文化論構築に向けて
林 正子(地域科学部)
岐阜大学地域科学部研究報告   (22) 17-36   2008年2月
文学作品が時代と地域、すなわち歴史と風土という要因によって創造されることを踏まえ、文学の創造契機としての風土の側面について論究することを企図した。岐阜出身の作家・森田草平の代表作『煤煙』(「東京朝日新聞」明治42年1月~5月)をケース・スタディとして、故郷の風土が、作家の〈存在の自己客体化、自己発見の契機〉になっていることを確認し、文学における〈場所の力〉を論じるとともに、〈場所〉=地域の自律性と内発的発展論に果たし得る、文学の根源的で多様な役割や可能性を追究することの意義を唱えている。
Der Einfluss deutscher Ideen auf die Entstehung der modernen Nationalkultur in Japan ― MORI Ogai, TAKAYAMA Chogyu und ANESAKI Masaharu
林 正子(地域科学部)
岐阜大学地域科学部研究報告   (23) 19-28   2008年8月
日本学術振興会科学研究費補助金(基盤研究(C))「近代日本の〈民族精神〉による〈国民文化〉の系譜――ドイツとの比較を視座として」(平成20~2年度 課題番号:20520158)の取り組みの前提・基盤となる論考。1870年前後から第二次世界大戦までの、いわゆる近代という時代状況について、日本とドイツが、その思想的潮流や歴史的背景において、多くの共通点や対照性を示していることを踏まえ、ドイツとの比較を補助線として、近代日本における国家アイデンティティの内容を明らかにすることを目的としている。そ...
Der Einfluss deutscher Ideen auf die Entstehung der modernen Nationalkultur in Japan Ⅱ. ― OONISHI Hajime, KANEKO Chikusui und KUWAKI Genyoku
林 正子(地域科学部)
岐阜大学地域科学部研究報告   (24) 17-28   2009年3月
「岐阜大学地域科学部研究報告」第23号の続編。大西祝、金子筑水、桑木嚴翼の評論・論説を考察対象としている。
近代日本の〈民族精神〉による〈国民文化〉の系譜-ドイツとの比較を視座として
林 正子(地域科学部)
岐阜大学地域科学部研究報告   (25) 1-25   2009年8月
日本学術振興会科学研究費補助金(基盤研究(C))「近代日本の〈民族精神〉による〈国民文化〉の系譜――ドイツとの比較を視座として」(平成20~2年度 課題番号:20520158)の研究成果の一環。 ドイツにおける民族至上主義台頭の背景を踏まえた上で、日露戦争前後から第二次世界大戦時までの日本における評論・論説に展開された〈民族精神〉論の内容を確認し、20世紀前半の〈国民的自覚〉高揚期から〈近代の超克〉にいたるドイツと日本における〈民族主義〉と〈民俗学的研究〉の対応関係について論じている。
柳田國男のハイネ受容における〈民族〉の発見-〈民族精神〉の高揚と〈民俗学〉隆盛の連環を考究するために
林 正子(地域科学部)
岐阜大学国語国文学   (36) 19-35   2010年2月
日本学術振興会科学研究費補助金(基盤研究(C))「近代日本の〈民族精神〉による〈国民文化〉の系譜――ドイツとの比較を視座として」(平成20~2年度 課題番号:20520158)の研究成果の一環。 ドイツの〈民族主義〉に抗したハイネ(Heinrich Heine)受容をとおしての近代日本における〈民族〉の登場、とくに柳田國男の談話「幽冥談」(「新古文林」明治38年9月)にうかがえるハイネ受容をとおしての〈民族〉認識について考察している。
<女作者>の<生命>の奔流と渇望――田村俊子と円地文子
国文学解釈と鑑賞 別冊      1996年
<批評>と<革命>としての翻訳文学――石川淳『森鷗外』における<精神の運動>の軌跡
林 正子
国文論叢   (38) 79-96   2007年7月
森鷗外の<戦争>における<文学>の位相――<詩を要求する>心の軌跡と文学の力
林 正子
鷗外   (80) 110-126   2007年1月
明治期ライプチヒ大学留学生によるドイツ思想・文化受容の意義
林 正子
岐阜大学国語国文学   (31) Ⅰ-24   2004年12月

Misc

 
〈異郷〉における自己像獲得の試み -森鴎外ドイツ三部作三位一体論-
岐阜大学国語国文学   20    1991年
「ドイツの村上春樹/森鴎外との類縁性―現代文学の寵児と近代文学のエートス連繋論の模索」
「國文學」學燈社   50(2) 132-137
「ドイツの俳句―ドイツ語圏の俳句受容とドイツ語Haikuの展開」
「國文學」學燈社   50(9) 95-106
「太陽」における金子筑水の<新理想主義>-ドイツ思想・文化受容と近代日本精神論
日本研究   (19) 335-385   1999年
「明治期ライプチヒ大学 留学生によるドイツ思想・文化受容の意義」
岐阜大学国語国文学   (31) 1-24
『陰翳禮讃』論-谷崎の〈闇〉へのアプローチー
国文学研究ノート   18    1985年
『羽鳥千尋』における鴎外の創意
国文論叢   9    1982年
『太陽』文芸欄主筆期の高山樗牛-個人主義的国家主義から絶対主義的個人主義への必然性
日本研究   (17) 297-334   1998年
『追儺』ドイツ語訳
鴎外   (41) 111-118   1987年
『天の夕顔』論-〈狂熱〉の〈魂〉による〈愛情の形式〉
岐阜大学教養部研究報告   26    1991年

書籍等出版物

 
1.森鷗外『舞姫』を読む
清田文武
勉誠出版   2013年4月   
2.渡航する作家たち
神田由美子・髙橋龍夫 編
翰林書房   2012年4月   
3.『Japan To-day』研究――戦時期『文藝春秋』の海外発信
鈴木貞美・編
作品社   2011年3月   
4.コレクション・モダン都市文化 第65巻 海港都市・神戸
和田博文・監修 (担当:編者, 範囲:923〜976頁)
ゆまに書房   2010年12月   
日本現代小説大事典(分担執筆)
明治書院   2004年   
Zur Rezeption deutscher Gedanken und Kultur in der japanischen Literatur um 1910
11.Deutschsprachiger Japanologentug in Trier 1999   2001年   
<生の哲学>の展開-1910年代初頭の日本文壇の生命主義
いのちを問う-岐阜大・公開講座からの発信(東京新聞出版局)   1999年   
井上ひさしの宇宙(共著)
「国文学解釈と鑑賞」別冊   1999年   
<女作者>の<生命>の奔流と渇望 -田村俊子と円地文子-
「国文学解釈と鑑賞」別冊   1996年   
夏目漱石
学術図書出版社『近代文学I』   1990年   

講演・口頭発表等

 
明治末期から大正期にかけての日本文学におけるドイツ思想・文化受容の意義
林 正子(岐阜大学地域科学部)
2003年10月   
『コレクション・モダン都市文化 第65巻 海港都市・神戸』エッセイ・解題・関連年表・主要参考文献
林 正子(岐阜大学)
ゆまに書房   2010年12月   

競争的資金等の研究課題

 
近代日本の<民間伝承>による<民族文化>の創成――柳田國男のハイネ受容
日本学術振興会: 科学研究費助成事業
研究期間: 2012年 - 2014年    代表者: 林 正子
近代日本の<民族精神>による<国民文化>の系譜-ドイツとの比較を視座として-
日本学術振興会: 基盤研究(C)
研究期間: 2008年 - 2011年    代表者: 林 正子
明治文学の<批評>概念成立におけるドイツ美学受容の意義
日本学術振興会: 科学研究費補助金(基盤研究(C)(2))
研究期間: 2004年 - 2007年    代表者: 林 正子
明治末期から大正期にかけての日本文学におけるドイツ思想・文化受容の意義
日本学術振興会: 科学研究費補助金(基盤研究(C)(2))
研究期間: 2001年 - 2004年    代表者: 林正子
日清戦争後から大正期にかけてのドイツ思想・文化受容による近代日本の時代精神創出についての考察
世界文化遺産・白川郷の持続的保全方法に関する研究
日本学術振興会: 基盤研究(B)
研究期間: 1999年 - 2001年    代表者: 合田 昭二
日本近代女性作家による自己表現獲得の道程を文学史上に位置づける研究
日本学術振興会: 萌芽的研究
研究期間: 1997年 - 2000年    代表者: 林 正子
森鴎外文学におけるドイツ小説理論の受容と創作への展開
日本学術振興会: 一般研究(C)
研究期間: 1993年 - 1994年    代表者: 林 正子
森鴎外文学におけるドイツ小説理論の受容と創作への展開
日本学術振興会: 一般研究(C)
研究期間: 1993年4月 - 1994年3月    代表者: 林 正子(岐阜大学)
日本近代女性作家による自己表現獲得の道程を文学史上に位置づける研究
日本学術振興会: 萌芽的研究
研究期間: 1997年4月 - 2000年3月    代表者: 林 正子(岐阜大学)
世界文化遺産・白川郷の持続的保全方法に関する研究
日本学術振興会: 基盤研究(B)
研究期間: 1999年4月 - 2001年3月    代表者: 合田 昭二(岐阜大学)

社会貢献活動

 
岐阜市読書サークル協議会現代文学講座講師
【】  岐阜市読書サークル協議会  岐阜市読書サークル協議会  1987年9月
各務原市読書サークル協議会文学講座講師
【】  各務原市読書サークル協議会  各務原市読書サークル協議会  1988年6月
ぎふ女性経営者懇談会委員
【】  岐阜県商工労働部  岐阜県商工労働部  2011年4月
岐阜県行財政改革懇談会審議委員
【】  岐阜県  岐阜県  2010年4月
小島信夫文学賞(岐阜県知事賞)選考委員
【】  小島信夫文学賞の会  小島信夫文学賞の会  2011年2月