Research Projects

Apr, 2013 - Mar, 2016

認知的負荷が多属性意思決定に及ぼす影響の解明:生体信号・生理指標に基づく分析

日本学術振興会  科学研究費助成事業  基盤研究(C)

Authorship
Principal investigator
Grant type
Competitive

研究目的(概要)※ 当該研究計画の目的について、簡潔にまとめて記述してください。
本研究の目的は,認知的負荷が,非合理的な選択現象である多属性意思決定における3種類の文脈効果(類似性効果,魅力効果,妥協効果)に影響を及ぼすメカニズムを,生体信号指標(眼球運動,事象関連電位)と,生理学的指標(血中グルコース濃度,唾液アミラーゼ活性)を用いて解明することにある。つまり,認知的負荷を与える状況で,2属性3肢選択意思決定課題を用い,(a) 眼球運動におけるサッカードの特徴を詳細に測定し,(b) 脳波の事象関連電位における関連成分の変化を明らかにする。また,(c) 実験参加者の血中グルコース濃度と唾液アミラーゼ活性を測定し,認知的負荷と認知資源の消耗やストレスとの関係を解明することを目指す。本研究は斬新な着想と,新しい方法論の適用を有し,研究成果の社会的応用も期待できる。
① 研究の学術的背景
【文脈依存的な選択】 人間の複数の選択肢に対する選好は,元の選択肢の組に別の選択肢を追加することによって,多様に変化してしまう。複数の属性において異なる幾つかの対象から,人がどのように選択を行っているかという多属性-多肢選択意思決定に関して,近年,さまざまな選好の変化や逆転が生じるという知見が蓄積されてきた([1], 業績1, 6)。意思決定における文脈効果は,合理的な選択に関する規範的理論とは明らかに矛盾している。
一方,こうした現象は,消費者行動,マーケティング(商品企画,販売戦略),公共選択(多数決による意思決定)といった実社会の諸問題と密接に関連しており,非常に重要な研究テーマである。この多属性意思決定における文脈効果に,認知的負荷が及ぼす影響を解明しようとする点に,本研究の斬新さがある。
【3種類の文脈効果】 合理的選択に関する諸公理に違反した文脈依存的な選択現象として,本研究では,数多くの研究が行われてきた,2属性3肢選択意思決定課題における,類似性効果(similarity effect),魅力効果(attraction effect),妥協効果(compromise effect)の三つに焦点を当てる(詳細については“研究計画・方法”で説明する)。多属性意思決定における文脈効果について,認知的負荷という重要な要因に注目し,生体信号・生理指標の面から総合的に検討した研究は,従来,国内外で発表されておらず,独創的であり,国際的なレベルの成果が得られる可能性が高い。
【認知的負荷】 認知的負荷(cognitive load)が高ければ,心的処理に必要な認知資源が消費される。認知的負荷が文脈効果に及ぼす影響について,包括的な研究はなされていない。しかし,認知資源を消耗させる課題を行うと魅力効果は増大し,妥協効果は逆に減少するという知見がある(業績7, 18)。人間の有する認知資源が消耗すると,セルフコントロールは低下する。認知資源は,血中のグルコース濃度によって測定が可能であると考えられている([2], 業績8)。認知的負荷が文脈効果にどのように影響を及ぼすかを検討することは,文脈効果が生起する基礎メカニズムを明らかにする上でも重要である。著者のグループでは,実験参加者の血中グルコース濃度を操作し,魅力効果と妥協効果に関して,認知資源の消耗やセルフコントロールと関連づけた実験や(業績7, 18),唾液アミラーゼ活性によってストレスを測定する実験を行ってきた実績がある。
【測定方法の精緻化】 著者は2004年に,多属性意思決定における3種類の文脈効果を統一的に説明するモデルを発表した[3]。2005年以降,科学研究費補助金(基盤C)を受け,複数の予備調査に基づいて刺激材料を確定したうえで,2属性3肢選択意思決定課題における文脈効果について,選択率,反応時間,確信度を厳密に測定する実験を行い,論文を発表してきた(業績1, 6)。さらに,文脈効果が生起するメカニズムを解明するうえで,意思決定に至る情報探索・情報取得過程を詳細に検討することは非常に重要である。著者のグループでは,後続研究として,3肢選択課題遂行時の眼球運動におけるサッカードと停留時間の測定や(業績34, 35, [4]),マウス操作をトレーシングすることにより,3肢選択課題遂行時の情報探索・情報取得過程を分析する実験を行ってきた(業績27, 30)。


② 研究期間内に何をどこまで明らかにしようとするのか
【研究の要点】本研究の目的は次の4点である。(1) 認知的負荷が,多属性意思決定課題における3種類の文脈効果に及ぼす影響について明らかにするため,眼球運動(サッカード)について詳細に分析する。(2) 認知的負荷が,文脈効果に及ぼす影響を明らかにするため,脳波における事象関連電位を分析する。(3) 認知的負荷が,実験参加者の血中グルコース濃度と,唾液アミラーゼ活性に及ぼす影響を生理学的に検討する。(4) 多様な実験データを統合し,多属性意思決定における文脈効果に関するモデルを発展させる。以下は,この4点に関する補足説明である。

(1) 認知的負荷を操作するため,認知資源を消耗させる認知的葛藤課題(ストループ課題)と,課題遂行の時間制限(time pressure)の二つを用いる。著者らの従来の実験では,頭部搭載型・眼球運動測定装置(nac EMR-8)の時間分解能が低いため,属性ごとの注視について詳細に測定できなかった。また,頭部搭載型であるため,実験参加者に心理的な負担を与えた可能性がある。こうした点を改良し,参加者に負担が少ない非接触型・眼球運動測定装置(Tobii X120)を用い,認知的負荷が文脈効果に影響を及ぼすメカニズムを解明する。
(2) 事象関連電位については,後頭のselection negativityと,前頭N2成分について分析を行う。
(3) 認知的負荷を高める課題を行わせた後,グルコースを投与した群と,合成甘味料を投与した群で,多属性意思決定課題における文脈効果がどのように変化するかを検討する。同時に,心理的ストレスの指標である唾液アミラーゼ活性についても分析する。
(4) 実験結果と従来の知見を統合し,認知的負荷が多属性意思決定における文脈効果に影響を及ぼすメカニズムについて,従来のモデルを,生体信号・生理指標をもふまえた形に発展させる。

③ 本研究の学術的な特色・独創的な点及び予想される結果と意義
【生体信号・生理指標】 多属性意思決定における文脈効果について,認知的負荷という要因に注目し,生体信号・生理指標の面から,総合的に検討した研究は,従来,国内外で発表されておらず,独創的である。
【二重過程理論】 人間の認知・思考に関する二重過程理論(dual process theory)によれば,(a) 高速,並列的で,自動的なシステム1(潜在的過程)と,(b) 低速,継時的で,認知資源を必要とするシステム2(顕在的過程)が区別されている(業績24)。先行研究では,魅力効果はシステム1に依存し,妥協効果はシステム2に依存するという報告があるが,筆者らはそれとは矛盾する結果を見出しており[4],さらなる実験的検討が必要不可欠である。つまり,本研究のテーマは,近年注目を集めている二重過程理論の観点からも,極めて挑戦的な理論的意義をもつ。
【モデル】 この分野ではモデル研究が発展しており,BusemeyerグループとMcClellandグループの間で論争が行われている。著者は先年度に,Stanford大学のMcClelland教授と,Indiana大学のBusemeyer教授の研究室に客員研究員として滞在し,最新の情報を入手できた。方向性としては,連続時間確率過程を前提とした計算論的モデル研究であり,上記の実験的研究の成果をふまえ,独自のモデルを発展させることを目指す。
【社会的応用】 本研究は新しい原理の発展,斬新な着想,新しい方法論の適用を有し,卓越した成果が期待できる。さらに,本研究の成果は,認知的負荷が高い状況における消費者行動,マーケティング,公共選択といった実社会の諸問題に,広く応用できる可能性がある。

引用文献 [1] Tsetsos, K., Usher, M., & Chater, N. (2010). Preference reversal in multiattribute choice. Psychological Review, 117, 1275–1293. [2] Gailliot, M. T., Baumeister, R. F., DeWall, C. N., Maner, J. K., Plant, E. A., Tice, D. M., Brewer, L. E., & Schmeichel, B. J. (2007). Self-control relies on glucose as a limited energy source. Journal of Personality and Social Psychology, 92, 325-336. [3] Tsuzuki, T., & Guo, F. Y. (2004). A stochastic comparison-grouping model of multialternative choice: Explaining decoy effects. Proceedings of the Twenty-sixth Annual Conference of the Cognitive Science Society, Pp.1351-1356. [4] 都築誉史・本間元康 (投稿中). 眼球運動測定による多属性意思決定における文脈効果の分析―魅力効果と妥協効果に関する検討― 認知科学.