飯嶋 秀治

J-GLOBALへ         更新日: 14/04/07 17:22
 
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研究者氏名
飯嶋 秀治
 
イイジマ シュウジ
URL
http://www.lit.kyushu-u.ac.jp/com_reli/religion.files/insei.files/pro_gra_iijima.html
所属
九州大学
部署
大学院人間環境学研究院
職名
准教授
学位
修士(九州大学), 博士(九州大学)

研究分野

 

経歴

 
2011年
   
 
九州大学 人間・環境学研究科(研究院) 准教授
 
1997年
 - 
2002年
 福岡美術研究所 非常勤講師
 
2002年
 - 
2008年
熊本学園大学 非常勤講師
 
2003年
 - 
2005年
 立命館アジア太平洋大学 非常勤講師
 
2006年
 - 
2007年
 九州大学 非常勤講師
 

学歴

 
 
 - 
1999年
九州大学 文学研究科 比較宗教学・宗教社会学
 
 
 - 
2005年
九州大学 人間・環境学研究科 人間共生システム
 
 
 - 
1995年
立教大学 文学部 史学科地理学
 

委員歴

 
2012年7月
 - 
現在
西日本宗教学会  運営委員
 
2012年6月
 - 
現在
日本文化人類学会  編集委員
 
2002年
 - 
2004年
 西日本宗教学会運営委員会 運営委員
 
2007年7月
   
 
九州人類学会学会  運営委員会 運営委員
 
2009年9月
   
 
日本宗教学会  編集委員及び評議委員
 

Misc

 
飯嶋 秀治
文化人類学   77(2) 273-293   2012年9月
1990年から現在に至る児童相談所への相談件数は、この20年間に55倍にも増加している。こうした相談の過程で「要保護児童」とされる児童たちの受け皿となる最大の施設が、児童養護施設である。近年、一方で社会的排除論では児童養護施設における暴力を問題としてきたし、他方で文化人類学はネオリベラリズム下で実践的な人類学の可能性を論じてきた。ならば次には、実践的な人類学が「暴力」と思しき問題に、具体的にどのようにつきあってゆくのか、という次元での議論が必要となろう。本稿では、この問題に気づいた臨床心理...
飯嶋 秀治
宗教研究   85(2) 265-292   2011年9月
本稿では、「宗教の教育と伝承」を考える糧として、グレゴリー・ベイトソンのメタローグを取り上げる。そこで、メタローグを、まずは(一)ベイトソンの諸テクスト内部から、その重要性を確認する。その上で、(二)次にそれを当時、彼がおかれていた歴史的コンテクストに照らして、その効果と行方を検討してゆく。ここでは特に、パールズのゲシュタルト療法との交流と、エリクソンとの催眠療法との影響関係を重視する。結論として、ベイトソンのメタローグは、「聖なるもの」それ自体を語らずに提示する表現形式であった可能性を論...

書籍等出版物

 
ミルチャ・エリアーデ (担当:共訳)
国書刊行会   2013年8月   ISBN:4336056889
片岡啓・清水和裕・飯嶋秀治 編 (担当:共編者)
九州大学出版会   2013年2月   ISBN:4798500925
世界思想社   2011年3月   ISBN:4790715221
関 一敏, 谷崎 和男, 飯嶋 秀治
九州大学文学部比較宗教学研究室   2009年   
文化人類学最新術語100
弘文堂   2002年   ISBN:4335560990

講演・口頭発表等

 
儀礼論について
国立民族学博物館 オーストラリア研究会   1999年   
Homeless at Home
西日本宗教学会 第28回学術大会   1999年   
Homeless at Home―都市の一つの人類学
生態人類学会 第6回学術大会   2001年   
移行風景としてのトッド・リヴァー
国立民族学博物館 オーストラリア研究会   2001年   
<文化>を摩擦する―多文化主義における先住民アイデンティティ文化の行方
(財)アジア太平洋センター・APCフォーラム   2002年   

Works

 
白昼に消えるサラリーマン-福岡市における福岡銀行社員の昼食行動の研究
1997年
The Doors:あるいは巫見になり損ねた男
1997年
メディアと権力
2007年
フロウする都市-福岡市における資料授集民としてのホームレスの研究
1997年
事件・スタイル・権力
1997年

競争的資金等の研究課題

 
アランタ研究
研究期間: 2000年   
 オーストラリア先住民は英語でthe Australian Aboriginesなどと呼称され、日本語ではアボリジニと単複の区別なく表記されるので、1人種1民族であるかのごとく思っている人が多い。
 けれども「人種」概念については、特定の争点の文脈以外では、むしろそうした区分自体をひとつの文化的現象として読解する必要があるし、言語を民族の指標とするのであれば、「アボリジニ」には現在でも200民族とカウントすることもできる。
 私が研究の主題としているアランタ民族は、オーストラリア大陸の7割...
世界社会研究
研究期間: 2000年   
 以上に述べたような研究は、単純に、いま・ここにいる私が、かつて・そこにいたアランタを研究するということではなく、彼我ともに巻き込まれてきた世界社会システムの枠組み内で解釈される位相をもつことで、素朴な地域研究や事例研究の域を出るし、出なければならないと考えている。
 事実、アランタ(に限らない)が、最初にテキストに掲載されるようになったのは、キリスト教の宣教の必要上のことから来ていたし、戦前の日本の研究者のテキストに掲載されるようになったのは、大東亜共栄圏の確立上のことから来ていたし、現...
危機介入研究
研究期間: 1997年   
 以上に述べたように理解するとしたら、理解はそれ自体が目的ではないし、ゴールでもなくなる状況が出てくる。理解のための海図があって、船が難破したのでは話にならないであろう。診断があって処方のない医師というのは、喜劇というよりも悲劇かもしれない。世界社会という枠組みの中で私たちが当該社会を研究しようとしているのには、目前の社会を時間的にも空間的にも広がりのある文脈から包括的に「共苦」の在り様を捉えんとするためである。
 そして共苦の在り様に気付けば、そのつどその在り方への臨床的な危機介入の実践...
共生概念研究
研究期間: 2000年   
 私自身は、日本国内の儀礼からその研究を始め(栃木県)、宗教が経済と相互依拠した関係にあることから就業構造の研究を行い(茨城県、バリ島、ロンボク島、宮崎県)、そうした就業構造が破綻した状況として野宿者の研究を行い(福岡県)、それ以外の社会構成の可能性を求めて多文化主義における先住民の研究を行ってきた(アランタ民族)。2007年には共生社会学の基礎は共苦学とでも言える生の状況の理解にあるとの指針から、ハンセン病元患者などの施設や、熊本県水俣市などで、共苦をささえる民俗や共苦を共生に転換させる...