講演・口頭発表等

2019年3月8日

なつかしい記憶と他者との絆

協調的知能共同研究講座シンポジウム「時間と記憶 〜自己と他者のあいだの礎〜」
  • 楠見 孝

記述言語
日本語
会議種別
シンポジウム・ワークショップ パネル(指名)

なつかしい記憶は,現在から過去へのメンタルトラベルによって,他者との絆や場所とのつながりを想起させ,幸福感や甘酸っぱい気持ちを引き起こす。本講演では,なつかしい記憶の想起によって,社会的な絆がいかに強まるかを,心理学的な調査と実験データ,そして理論に基づいて検討する。
なつかしい記憶を思い出すには,きっかけとなるトリガーが必要である。代表的なトリガーには,メディア(例:昔の音楽),モノ(例:飲食品,おもちゃ),場所(例:実家,小学校),人(例:昔愛した人,小学校時代の友人)がある。特に,人は強いなつかしさを引き起こし,時間を越えた人との絆を感じさせることになる。トリガーとなる対象には,(a)過去における頻繁な接触経験による親密性の増大と,(b)最近は接触していないという空白期間の存在の2つの要因が重要である(単純接触と時間的空白モデル,楠見, 2014)。
なつかしさは,大きく個人的なつかしさと文化的なつかしさに分かれる。個人的ななつかしさは,エピソード記憶に支えられている。これは,人生における時間軸と特定の場所に関わる記憶である。人生においてもっともなつかしい時期は,10代から20代である。文化的なつかしさは,ある文化において共有されているなつかしい事象(例:個人的経験のない田園風景,昭和30年代)に対するなつかしさであり,知識に支えられている。さらに,これらのなつかしさの土台には,味や匂いなどの無意識レベルの潜在記憶がある。
なつかしい記憶を想起することは,社会的な絆を強める。すなわち,大切な人とつながっているという社会的結びつき感や人に支えられているという社会的なサポート感を高め,孤独感が減少し,幸福観を高めるというポジティブな効果がある。そのほか人助けなどの向社会的行動も強める。こうしたなつかしさのポジティブな傾向は,加齢によって高まる。また,なつかしさには,人生の意味や過去の自分との連続性を認識し,人生の時間的展望における過去を肯定することにつながる。
モノや場所のようななつかしい記憶のトリガーの多くは,時間の流れの中で変化し失われる運命にある。しかし,近年では,インターネット上に,なつかしい画像や音楽を公開し,世代を共有する人と情報交換し,絆を作ることもできる。また,こうしたなつかしさの機能を利用した回想法による高齢者の支援,広告やまちづくりのデザインへの応用が行われている。
楠見 孝編 (2014). なつかしさの心理学:思い出と感情,誠信書房

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http://ci.ist.i.kyoto-u.ac.jp/index.php?id=25