基本情報

所属
東海大学 (名誉教授会,大学院 総合理工学研究科,同工学研究科,工学部) 名誉教授
神奈川県立産業技術総合研究所 (KISTEC) 電子材料部 特任研究員
松前国際友好財団 奨学研究者審査委員会・理事会 (審査員・理事)
学位
工学博士 (東北大学:工675-乙第3563号-材料物性(非晶質合金の形成条件)(1983年7月  大学院工学研究科材料物性工学専攻、論文博士学位審査・指導委員会=主査:増本健教授、副査:鈴木謙爾・白石裕・井垣賢三教授)
工学修士(東北大学 大学院 工学研究科金属材料工学専攻博士課程前期修了. 金属材料研究所 鉄鋼材料学講座増本健教授研究室:"Pd-Cu-Si合金の非晶質形成の臨界冷却速度を決定”副査西沢泰司教授・副指導教官井口泰浩助教授)
工学士(秋田大学鉱山学部冶金学科:金属物理講座(渡辺慈郎教授理学博士-東北大学金属材料研究所併任教授)で"Image Forceによる鉄単結晶の転位消失モデル”を提案)

連絡先
westtsc.u-tokai.ac.jp
ORCID ID
 https://orcid.org/0000-0001-6412-8423
J-GLOBAL ID
200901045841199717
researchmap会員ID
1000316840

外部リンク

初年度は特殊鋼冶金工場の電気精鋼炉の傍の砂鉄やCr鉱石塊の山で遊んで、あまり出席しなかった東洋音楽学校付属幼稚園(歌手淡谷のり子を厳しく教授したとされているが、慈愛に満ちた久保田稲子園長・後に久保田義男提督と仲人)、旧制相馬中学における実父の後輩である中国古代史の文学博士で漢文学者の鎌田正教育大学教授(愛子内親王の名前提案)や、その御令嬢で、お茶の水大学理学部卒業後、日本初のプログラマとなった森厚子先生の家で毎週遊びに行き、雰囲気に浸ってた小学校時代や、2千名のマンモス校の上野中学校時代は、姿勢と気合の入る号令は褒められたが、注意力散漫で取柄が無く、理科教育実習生のみに質問を恐れられていたが、凡庸に卒業した。学園紛争で第4機動隊が入り卒業式に欠席した都立上野高校を卒業後、牧歌的雰囲気の秋田大学鉱山学部冶金学科に入学し、クラス委員・大学祭実行委員・新入生歓迎委員会・ユースホステルクラブ、さらに、寒風山までの50kmマラソンを3回参加するなど青春を謳歌した。一方、空手道を修行し、間合い・呼吸・高速移動・動作開始時間短縮の要素を磨き、攻撃前兆検知、状況予測、先制攻撃、同時に、転位による体裁きで、対戦相手からの攻撃回避する専守防衛を心掛けた。黒帯取得後、東日本選手権(日本武道館:写真「その他」にあり)と東北学生選手権(岩手大学)で健闘し、世界選手権の候補選手に推薦されそうになったが、試合が上手いだけで頑丈さに限界を感じていた。将来を見据え、大学院進学に備えることに意識を集中するため、3年秋までの在籍とした。卒業研究では金属物理学の権威である渡辺慈郎教授の指導の下、「無転位鉄単結晶製作の可能性」を研究した。転位密度の測定は非常に誤差が大きく、「Image Forceによる刀状転位と螺旋転位の転位消失モデル」を提案して辛うじて纏め卒業した。*東北大学では金属材料研究所鉄鋼材料学講座に所属し、新進気鋭の増本教授の研究方針と志に共感し、小倉助教授、奈賀助手、井上博士の下、試行錯誤の修行を積んだ。 勤めて止まぬ精神でm2の9月に、 “Amorphous合金形成の臨界冷却速度”を世界で初めて測定により決定。この人生における初快挙は、後に、大発明Suzuki Effectの鈴木秀次東大名誉教授の強い推薦でRQ-4国際会議で20代の最年少で日本代表として招待講演とパネラーに選出される源となった。さらに、考案した巨大クラスターモデルを用いバルク状金属非晶質の形成を説明した博士論文で工学博士を取得した。西澤泰司教授の相変態論に代表される大学院工学研究科金属材料工学専攻(日本の材料系大学教員の40%が在籍)講義群は、5年前にMITをモデルに大幅改変されており秀逸であり、徹底的に吸収した。*大学院終了後、大和の製造冶金技術を確立し、帝国海軍技術大佐退役後、戦後産業復興を先導した老齢の実父を支えるために日本高級金属に入社した。電気炉製鋼法を初め、特殊鋼や軽合金のLostWax精密鋳造、遠心鋳造、Shell mold鋳造に関する研究や製造技術だけでなく、工程管理、品質管理、工業所有権法、技術提携License契約、戦略会計、工場設計に触れ、客先や銀行、さらに、苦楽を伴にした多くの社員群との交流も、結果として、後の工学系大学教育者としての実践的修行の場と成り生かされた。東北大金研・昭和電工・神戸製鋼との共同研究で新技術開発事業団から数拾億円投資された炭素・窒素極低濃度の30Cr-2Mo鋼の製品化第一号の成功体験は、後の産学共同群の参考となった。*一方、自由主義は基本であるが、バブル期の拝金主義や過度な利己主義や覇道がはびこる社会に違和感を感じ、その根源の支配因子が占領軍による戦後教育にあるとの思いが強かった。そこで、海軍士官退役後、引揚船機関長を経て、労働法だけでなく、米国の強さの秘訣だった品質管理を修得・実践し、第一回Deming賞(中小企業部門)受賞者であり、新制日本の中核企業群を先導した岳父(東京工業団体連合会名誉会長)から多様な思想・哲学を紹介され考えた。その中で、大発明が建学の原点ではあるが、文理融合・全人教育を目指す私学“東海大学の創学の理念”に共鳴し、社会問題解決の糸口を感じた。*「殻は創った、後は中身を入れてくれ」との総長(東北大学新入生用教材で紹介)訓示と伴に、一万時間以上修業した金属技術以外は取柄が見当たらないので、金属材料工学の大学教員として任用された。登校時の坂のおかげで、たった3か月で健康体になり、「体躯を養」を実感した。*工学部や大学院工学研究科、さらに総合理工学研究科において講師、助教授、教授に就任。この間、萩工学部長から「倍研究遂行能力があるのだから、教育や運営支援も倍貢献するように工夫してはどうか」と教えを受け、さらに「現代文明論委員となって東海大学の考え方の理解を深めてみてはどうか」とアドバイスされ、これらを実践した。結果として颯爽とした大丈夫な武士として就職先で活躍し、社会貢献できる学生群の輩出のために「希望を星に繋」大学教育を試みた。入学と就職の偏差値の上昇率だけでなく、“研究指導第一主義”の大学教育を実施し、仁義礼智信に富んだ卒研生350名以上を中心に有志の人材も含め研究指導や「智能を磨き、思想を培う」助言を試み、各々の道の一歩となった事は誇りとするところである。各自の精進が成功の第一要因であるが、企業家や大学教授級を各々二桁以上、さらに、多くの役員・事業本部長・主管研究員・技師長・工場長・部長・管理職・教員・技術者・研究者を輩出し、OBの大活躍のおかげで大学教員としての本分を果たした充実感を毎日感じている。(なお、2022年東海大OBの企業家数は7位、上場企業家数は北大には僅かに及ばないが、SUTやTITと肩を並べる24位。ベンチャー精神の減退や廃業が社会問題になっているが、知る範囲内では起業に成功したり、事業継承に成功した例が多いのは頼もしい。通常4位程度の規模であるが、文部科学省私学助成金は2022年たまたま首位を記録。これは、担当大学人の普段の健全な財務への取り組みがこの機会を捉えたと解釈している)*研究活動に関しては、秘密保持が必要な実用化研究は日本の中核企業群との産学協同で、大学での研究指導は公表可能な基礎研究を中心に実施。モータや変圧器の磁心材やビデオの磁気記録Head材や光ディスクに用いられている金属ガラスの形成は結晶発生・成長抑制の支配因子の一つである固液界面Energyの導出方法や物性を自由に連続的に制御できるRandomization processを思いつき、これを名大プラ研高山元所長から強く勧められPhysical Review Bに公表した。さらに、内視鏡のDiamond、Saphire、Silicate Glasses、高分子レンズの殺菌・防曇処理(日刊工業新聞)に効果のあることを見出した均質EB照射は、Silicate Glasses(高木賞・日経産業新聞・岩田博士論文)や、高温自己修復Ceramics (横国/東海共同特許出願)、炭素繊維(日本工業新聞)、C/C composites (NittuKei Weekly掲載), CFRP(日経産業新聞), PC材料の強靭化、高分子/金属・異種高分子EB接着やPZT焦電素子の疲労長寿命化EB処理に成功した。さらに、CF接合素子による金属/高分子・金属/金属接合の強靭化、炭化・窒化Crより硬い表面飽和転位密度化した水バフCrメッキ(Scripta Mate.)、耐熱超軽量Al-Li合金(日経産業新聞)、圧縮磁歪薄膜(日経産業新聞)、Noiseless Fe-Pd薄膜(JJAP:矢部博士論文)、高温超伝導材料の遷移温度の微小圧力効果(Physical Review B)や、Quenchless 高温超伝導体(Physics Lett.AのEditorであったBlochが実験的に検証した臨界電流密度(Jc)の正の温度依存性(dJc/dT)の発見)、更に、水素吸蔵合金駆動素子(日刊工業新聞・NittuKei Weekly掲載、内田晴久教授と共同研究)も見出した。***地味ではあるが、350名の研究生となし得た地道な結果として、40年間で国際学術誌(166報)、速報・付録や研究指導が主目的の英語論文(188)、国内公表や研究指導が主な目的の和論文(188)、総説・解説(16)、著書(9)、特許(28)、新聞(15)、受賞(32)、基調・招待講演(36)、国際会議に200件程度公表した(2023年八月21日-ResearchMap参照)。同門の3年先輩の5万回に比べ微々たるもので恥ずかしい限りであるが、QS世界大学Rankingに寄与する引用件数が参千回を越えたとResearchGateに通知されて驚いた(2023年五月26日)。普段忙しくて忘れていたが、30年以上前に独Max-Plankで研究者をやっていたOBからJ.Citation Indexに母校の教授名がほとんど記載されていないことへの苦情があり、給料を頂いている立場上、連帯責任を感じていたが、多少改善に寄与できた。***国際共同研究の実施歴や海外機関での研究歴は、General Dynamics社のProject LeaderとしてF-22ラプターの機体用の複合材料開発・評価した米国籍のM. C. Faudree東京都市大学准教授と「珪酸ガラス短繊維強化熱可塑性高分子複合材料の強靭化の研究」の論文博士指導期間も含め共同研究し、Casewestern大学で研究を始めた数百億$規模で国際汎用しているガラス短繊維とCaO・Al2O3粉末を分散したPEEK高分子材料について、繊維長をさらに一桁短くすることで、設備投資無しに、僅かの加工費で25%の強靭化と、その機構解明に成功した。ENSM-SE(École nationale supérieure des mines de Saint-Étienne)の故A. Vautrin教授、INSA.Lyonでは、高分子材料のJ.-Y. Cavaille名誉教授(材料研究所所長)、電歪材料の研究のD. Guyomar名誉教授(LGEF所長)と K. Yuse准教授(LGEF)と、さらに、Concordeの材料選定責任者であったINSA Lyonの故Gobin名誉教授に続き親子2代でエアバス社と研究しているECL(Ecole Central Lyon)のM. Salvia准教授(CNRS研究員)と、ENSM-SE・ECL・INSA Lyonの3仏国立大学の招聘教授期間も含め国際共同研究している。国際的な取り組み成果は、日米仏で12、日米で24、日仏で21、合計57報の高分子複合材料の国際学術論文を公表している(ResearchMap参) 。***一方、副次的業務として、新入生に現代文明論を約20年講義し、JABEE審査で威力を発揮した授業改善活動や、研究指導力を高めるための大型機器共同利用施設の高度物性評価室の設置に尽力した。さらに、河上護主任教授の命で少子化が迫りくることを想定し、東海大学の遊軍としての機動的後方支援力を高めるためにSASを発案・条件設定し、物質材料系と物理系教員群と共に設立した。これを基盤に、日仏国際会議を2度とハワイ超伝導国際会議を主催し、ハワイ東海大や松前記念館地下ホールを活用した。何れも「知名も無く、有功も無し」や「六部勝ち」、さらに「当年の費えといえども後世の頼り」の精神で行い、本分以外の内容であるので、才覚で協力したが、守勢に徹するように心がけた。***さらに、東北大学金属材料研究所客員教授、サンテチエンヌやリヨンにある3つの仏国立大学での招聘教授も経験し、国際共同研究だけでなく、世界観や歴史観を深めた。現在、東海大木村・佐川研やHelmut内田研の一部の大学院生の支援を受け、KISTECの金子智 (主管研究員・准教授)と三浦栄一研究員、M.C.Faudree (TCU)、M. Salvia (ECL)各准教授・博士と日米欧中心に国際共同研究し、健康が許す限り、東海大学名誉教授として、仁者の心を持ち、自らを省み徳を積みながらも、「中身を入れてくれ」の訓示に近づけるように無為自然に前進することを心掛けて生きるモードにしている。***追伸:しばらくぶりに国際会議(2023年9月6日Roma、11月18日UK、2024年3月12日J/Fセミナ)で、Zoomで講演した。佐川先生やHelmut先生の支援もあり、ネット利用の国際会議の参加がこんなに便利で、他の研究者の発表も大学院教育レベルに相当し、忙しい中でも合間を見てDiscussionでき、非常に安く、楽しく参加でき、録画機能もあり、先進的な大学教育研究活動となりえることを認識した。KISTEC三浦研究員達が作成した3D-printing造形品の脆性改良に成功2024-June。


主要な経歴

  25

主要な学歴

  4

主要な委員歴

  25

主要な受賞

  34

主要な論文

  547

主要なMISC

  264

主要な書籍等出版物

  15

主要な講演・口頭発表等

  257

主要な担当経験のある科目(授業)

  21

共同研究・競争的資金等の研究課題

  16

主要な社会貢献活動

  17

メディア報道

  14

その他

  7
  • 1951年3月 - 現在
    (1)CV-Y. Nishi 1-1: Name(year):Yoshitake Nishi (71 at 15th March 2022). Prof. Emeritus (Tokai University 575) PhD Engineering (Tech. - 675, Tohoku University), Materials Science, Glass-formation of metallic amorphous - Chief Instructor: Tsuyoshi Masumoto Prof. of FacultyInstitute of Materials Research. Co-president (2021-present), Boad & Editorial members (Oct.2019-present) of Emeritus Prof. Faculty of Tokai University. Director of MIF (Matsumae International Foundation: 2018, Feb.-present), Project Researcher of KISTEC (Kanagawa Institute of Industrial Science & Technology : 2018, Oct.- present), Adviser of SSH (Super-Science High School) of Takanawadai (2004 - present) attached to Tokai University. 1-2: Contact Address: 2-39-7 Daizawa, Setagaya, Tokyo,155-0032 Japan. Tel: +81-3-3412-2500, Smartphone;+8-190-6030-7816, E-mail:west@tsc.u-tokai.ac.jp 1-3: Academic record: July,1983: PhD. (Engineering-675, Tohoku University): The PhD title was ‘Glass Formation of Liquid-Quenched Metal-Nonmetal alloys’, instructed by Prof. Tsuyoshi Masumoto with Kenji Suzuki, Hiroshi Shiraishi & Kenzo Igaki. <The PhD thesis was passed with full score. When the PhD referees committee was started on summer at 1978, no doctoral course students of classmate in Tohoku University started that at that time, yet. Thus, the committee postponed to get my PhD. The measurement systems of viscosity were supported by modified IIda type capillary method (Prof. Suzuki of IMR, Tohoku) and Oscillation method in Waseda University (Prof. Kayama, PhDs. Kiuch and Suzuki). The sessile drop method of density was partly supported by Dr. Watanabe in Prof. Shiraishi Unite.).> March,1976: Master degree of Engineering. Tohoku University (Primly course of Doctoral Graduate school of Engineering): I firstly succeeded to determine ‘the critical cooling rate of glass formation against crystallization on alloys liquid quenching’. It was instructed by Profs. Tsuyoshi Masumoto (Prof. of Institute of Materials Research) with Masaaki Naka PhD (Currently Profs. Emeritus, Osaka Universities) in Institute of Materials Research. Profs. Taiji Nishizawa (Thesis) and Yasutaka Iguchi (Seminar for refining) were also co-instructors. <I mainly learned the speedy research mode of Prof. Masumoto, phase transformation of Prof. Nishizawa and dislocation theory from Profs. Karashima, Sumino and Kimura. When I participated the intensive lecture of Prof. Erriot from MIT, he declarer Nishi was only his student in Tohoku University by my active participation after two weeks Intensive lecture. I participated not only annual meetings of directors of my father’s Company, but also an international business tour to USA of EB-melting process in CA, Meshii-Unite in NW-Univ., an oxygen sensor of ZrO2-CaO electrolyte cell of Prof. Fettler unite in Carnegie-Melon Univ., discussion in MIT and precision casting of AR wood Ltd. in USA for three weeks instead of my sick father for three weeks. When President Nicolson of Ar wood and I visited to Profs. Flemings and Elliot in MIT, I discussed to them about developing production process of 30Cr-2Mo ferrite stainless steels on Feb. 1975. Tsuyoshi Nishi, currently Prof. of Ibaraki University was bone at 15th Dec. 1975. > March,1973: Bachelor degree of Engineering from Akita University (Department of Metallurgy):BA-title was ‘Annihilation of dislocation in single crystalline of pure iron by cyclic annealing’, instructed by Jiroh Watanabe (Dislocation Theory: Maruzen, Japan) in Physical Metallurgy Unite. <To avoid the student disturbances influenced in metropolitan area, I studied the Akita University in country side. I got top score of Mathematics at 4 times in 6 times annual tests. Since I was a class representative of the Metallurgy Department Freshman, I tried to keep the good atmosphere among students and profs to prevent the student disturbances. By the way, I had a black belt of Gojyuryu Karate and challenged the Championships of Tohoku and East side of Japan at Iwate Univ. and Nippon Budohkan, respectively. I always won or drew the official matches except one time, at which I got the 2nd position of Freshman Championship in Akita University. Daily training enlarged both attack speed and power. In addition, I noticed that both optimal opportunity and distance prior to attack were useful including the brain storming and simulation. > March, 1969; Graduation from Ueno High School: < I was good at receiving the ball of touchfoot as well as defensive movement of Jyudo & Vollyball. Since our class devided into stronger and weaker tems to get Class-Chanpionship, the stronger team easily got other classes. Since my weaker volleyball team became to be stronger than the other stronger one by our teamspirit, the stronger team could not easily win because of cheering with encouragement of most audiances. My score of Mathematics was resistered at the high ranking at the end of 2nd grade. Since our graduation celemony was disturbed by student disturbances, it was supported by the 4th riot police.> 1-4: Regular post 2018A-present: Prof. Emeritus (Tokai University-No.575): <My works are currently supported by Research Units of Associate Profs. Michell Salvia in ECL, Michaell Cristfer Faudree in TCU & Satoru Kaneko in KISTEC and Tsuyoshi Nishi, Prof. in Ibaraki Universities, as well as Prof. Hideki Kimura and Assistant Prof. Helmut Takahiro Uchida (CFRP & Polymers Adhesion) in Tokai University.> 2016A-2017M: Prof. with Special Mission (Tokai University) 2000A-2016M: Prof. of Tokai University (Materials Science Department): <JABEE and SSH (Super Science high school) had been successfully started with my contribution. International collaborations had been performed as Invited Profs. of NSEM-SE, INSA-Lyon & ECL. To encourage graduate students and young researchers of Tokai University, I attempted and maintained to be the top class presentaion number in the Materials Transactions for 3 streight years.> 1994A-2000M: Prof. of Tokai University (Metallurgical Department): <CFRP had been investigated by collaboration with M. Salvia in Ecole central Lyon. I also became to be an invited Prof. of Tohoku University (IMR). Based on the order from President, an advanced room for equipents (TEM, EPMA, Tof-SIMS, ESR, XRD & etc.) for materials evaluations was established as a Chaiman. Collaboration with Tohoku University had been performed as a a guest professor. Prof. Eiichi Fujita pointed out my research of ‘tortion free tensile test for fibers’ to be an original creative innovation in annual meeting of Japan Institute of Metals.> To encourage students of Tokai University, I attempted and maintained to be the top presentaion number of Japan universities in the journal of Japan Institute of Metals for 5 streight years. 1985A-94M: Associate Prof. of Tokai University (Metallugical Department): < Effects of press on Tc were firstly found for Pb, YBa2Cu3Ox and BiPbSrCuOx superconductors, published in Materials Science Letters, J. Applied Physics and Physical Review B, respectively. A Positive dJc/dT (temperature dependent critical superconducting current) effective for quenching were firstly found for YBa2Cu3Ox and BiPbSrCuOx. This phenomenon was experimentally confirmed by Broch, Editor of Physics Letter A, when he accepted my paper.GMM, Shape memory alloys and Intelligent materials as well as effects of electron beam on mist-resistance for transparent ceramics glass and on strengthening for ceramic and Carbon fiber had been investigated. Based on the order from Prof. Kawakami, I planned to establish the Society of Advanced Science (SAS). When the Suzuki Effect of substitutional solute on resistance to dislocation mobility was experimentally confirmed by Prof. Saka, I met Prof. Hideji Suzuki of Tokyo Unversity. Since he was interested in my research with simple rule, he said he read all my papers published in Major Journals.> 1982A-85M: Junior Associate Prof. of Tokai University (Metallugical Department): <Although the student disturbrances were mostly induced by right requirements, some groups of students influenced often injured and killed by each other. Thus, I always took care of students, as an instructor. Since Prof. Takayama , former director of Nuclear fusion Institute, strongly advised that reseachers should submit to pass the Physical Review, I start to submit my papers related to not only evaluation of the solid (Crystal) – liquid (supercooled liquid) interfacial energy by using nucleation frequency, but also randomization process of metallic glasses to Physical Review B and Applied Physics. > I started the research for superconductivity. 1977A-82M: Academic Researcher of Tokai University (Metallugical Department): <To learn the Matsumae spirite with hartful Education for Engineer, Researcher and Top leader of Japan, I enter the Tokai University at the golden age with Medical department founded, Active TV program of Space Information Center, Jyudo Champion of Yamashita (sophomore) and base ball of Hara (2nd grade in Sagami High school). Prof. Yajima advised me to do my best, rather than taking criticism. Profs. Asada (the 1st Chairman of Government Concile of Earthquaque prediction) and Asanuma (Mechanical Engineering) suppoted me. I innovated the piston-anvil quenching method with Alumel-chromel thermocouple (20μm-diameter). Prof. Suzuki in Tokyo University recommends me to be one of panelists to explain the glass forming ability with critical cooling rates for metallic glasses. To encourage students of Tokai University, I attempted and maintained to be the top presentaion number of Japan private universities in the annual meeting of Japan Institute of Metals since Niigata.> 1973A-77M: Researcher of Nippon Koukyu Kinzoku (NKK) <Mg, Al, Cu, Lost wax process, centrifugal casting of heat resistive steel alloys, shell mold casting of cutters for paper manufacturing, and extreamly low carbon 30Cr-2Mo ferrite stainless steel> 1-5: Additional or adjunct Post: 1973A-74M: Researcher of Institute of Iron, Steel & Other metals (Tohoku University) 1975A-77Feb: Part-time Research Director of NKKKK <International Technical Cooperation and Value Analysis including Tecnological Quality Control & Stratogic Accounting><Cost reduction methods by Value analysis were succeeded. Since I won the management game of Sony developed by using strategic accounting, I confirmed that Hitach based Yokobri management method is better than Sony one during the economic condition with excess supply.> 1980-2000:Researcher of Institute for Science & Technology, Tokai University 1984:Guest Researcher of Institute for Welding, Osaka University 1984~1996: Adviser of Pilot Fountainpen Ltd. (Hiratsuka, Japan) 1985-95:Associate Prof. of Graduate School of Metallurgy, Tokai University 1994:Invited Prof. of Institute of Materials Research, Tohoku University 1995-2016:Prof. of Graduate School of Metallurgy, Tokai University 2000-05:Researcher of Institute for Future Science & Technology, Tokai University. 2005-06:Head of Department of Materials Science 2004-16:Prof. of United Doctoral Gradute School of Sci. & Tech., Tokai University 2004-present:Adviser of SSH (Super-Science High School) of Takanawadai attached to Tokai University 2008:Invited Prof. of NSEM-SE in France 2009:Invited Prof. of LGEF-INSA Lyon in France 2010:The PhD.-Evaluation commitee menber of Tohoku University 2010-12 : The Prof.-Evaluaton commitee menber of Institute of Biomaterials Sci. & Tech. (IBST) of Tokyo Medical & Dentist University (TMDU) 2010-15: Adviser of Houden-Seimitsu LTD (Atsugi, Japan). 2012:Invited Prof. of ECLyon in France 2013-14:The operating & advisary commitee menber of IBST of TMDU. 2012:The Prof.-Evaluation commitee menber of Hirosaki University 2013:The PhD.-Evaluation commitee menber and Instractor of INSA de Lyon 2017A-2018M: part-time lecturer (Tokai University) 2018, Feb.-present: Director of MIF (Matsumae International Foundation) 2018, Oct.-present : Project Researcher of KISTEC (Kanagawa Institute of Industrial Sci. & Tech.) 2019, Oct.-2021 : Secretary of Faculty of Emeritus Prof. 2021, Oct.-2022 : Vice-Chairman of Faculty of Emeritus Prof. 2022, Oct.-2023: Chairman of Faculty of Emeritus Prof. <Interesting field> Nishi is always interested in innovation of new process induced by nanoscopic defects and/or transformation for structural, electoric, magnetic, superconductive, mover composits & hibride materials utilized for Advanced Technology related to airrospace, automobile, biomedical, Ecology & intelligent.
  • 1970年11月 - 1972年2月
    空手部寒稽古(秋田大学) (1971, 1972/Dec-Feb.) <恒例の秋田市川端の川で寒稽古(秋田魁新聞掲載・秋田TV放映)・1週間合宿・最終日新人王戦。1・2年の新人王戦は、航空管制官になった燃料科学科の中野に僅差で敗れ準優勝。この間、秋田県警で小中高校生の空手寒稽古を指導補助。>
  • 1972年9月 - 1972年9月
    剛柔流空手道昇段試験会(秋田県)(1972/Oct.)<二段・三段昇段試験組手対戦相手を命ぜられた。すべて1本勝ちしたが、全員昇段に成功した。社会人でもあり長年の空手愛好家でもあることを考慮して昇段させたのは老人になって理解できるが、若い時は空手道を究める努力をしてきたので、違和感を覚えた。そこで、黒帯までは目指すが、高段位は目指さないことに決めた。>
  • 38
    1973年6月 - 1973年6月
    東日本学生空手道選手権大会 (日本武道館1973/June)団体戦の試合直前の写真 <秋田大学次鋒として日本体育大学と対戦し、引き分け>*全出席必修の学生実験が選考会と当たってしまったが、大学生がクラブに入っているということを曲げられなかったので、師範ににらまれたが、授業を優先し、間に合わなかった。しかしながら、空手の修行は真面目に積んでいたので、選手を助けるために練習台を真剣に務めた。前裁き・間合い・短時間移動・状況予測を修得し、非常に調子が良く、補欠として東京に連れていかれたが、技の切れが良かったので、結局、選手として選ばれ、日本武道館で戦った。個人的には負けなかったが、1本勝ちできなかったことは悔いが残った。しかし、何より指導頂いた藤原先輩をはじめとした諸先輩に対し申し訳ないと今でも思いが残っている。
  • 1973年7月 - 1973年7月
    東北学生空手道選手権大会 (岩手大学1973/July)団体戦 <副将戦で対戦し、引き分け>
  • 略歴 
    1977年3月 - 現在
    1977年 東海大学工学部金属材料工学科 助手 任用、 1982年 同 講師 昇格、 1985年 同 助教授 昇格、 1994年 同 教授 昇格 2000年 東海大学工学部 材料科学科 教授 (学科名変更) 2018年 学校法人東海大学名誉教授。 この間、仏国立大学招聘教授(サンテチエンヌ鉱山大学大学院、INSA de Lyon大学大学院, ECLyon大学大学院) 東北大学金属材料研究所客員教授(1994年度)、 大阪大学溶接研究所客員研究員(1984年度)、 東海大学総合科学研究所研究員(1980-2000)、 東海大学未来科学技術共同利用センター研究員(2000-2010?)、 東海大学大学院工学研究科金属材料工学専攻助教授(1985-1995)、 東海大学大学院工学研究科金属材料工学専攻教授(1995-2016) 東海大学連合大学院理工学研究科(博士課程)教授(2005-2016) を兼任。 現在、東海大学名誉教授会会長・会報編集長(2022年10月-)、東海大学付属高輪台高校顧問、松前国際友好財団理事、神奈川産業総合研究所(KISTEC) Project Researcherを兼務。
  • 1977年4月 - 現在
    :Journal paper (International Full paper)[Rapid Communication]: 453(>250)[>200], Book: 13, Review + Proceedings >220, Prize 32, Patent: 32(9th Researcher in Japan University Academics 2006), Invited lecture: 31, News paper: 16, Chairman of International Conference (Co-chairman): 3 times (2 times)