基本情報

学位
Magister Artium(Ruhr-Universitat Bochum)
修士(ボーフム・ルール大学)
Doktor der Philosophie(Freie Universitat Berlin)
博士(ベルリン自由大学)

連絡先
r-ophulssophia.ac.jp
研究者番号
20349020
J-GLOBAL ID
200901090245850988
researchmap会員ID
5000008964

日本学(文学、思想、大衆文化)、ドイツ文化論(ディスクール分析、大衆文化、ドイツにおける日本のイメージ)、ドイツ現代文化研究(ドイツ・ヨーロッパ映画と大衆文化)、比較文化(日本映画)

ドイツ語授業の目的は、ドイツでリアルなコミュニケーションとして使われているドイツ語の習得です。聞き取りと話すことについて基礎的なドイツ語能力を育て、いろいろな語彙・文章・表現などを養うための勉強をします。ビデオつきの教科書をしばしば使用します。
演習科目においては学生の学問的思考を養うことが目的です。

(研究テーマ)
ドイツと日本におけるディスコール分析
ヨーロッパ映画


研究キーワード

  4

経歴

  8

学歴

  3

論文

  45

MISC

  37

書籍等出版物

  30

講演・口頭発表等

  39

共同研究・競争的資金等の研究課題

  1

社会貢献活動

  4

その他

  10
  • 2010年10月 - 2011年2月
    2010/11年秋学期にベルリン自由大学における訪問教授としての授業:「Der japanische Spielfilm der Gegenwart」(現代日本映画)を行いました(演習・実習)
  • 2006年4月 - 2010年3月
    — 2006年、2007年一般外国語教育センターの学生向け のトリアー大学短期語学留学プログラムの開設準備を行いました。\n— ドイツ語学科3・4年生向けのトリアー大学短期語学留学プログラム(2007年〜)の開設準備を行う為に、2006年の9月に同大学を訪ね、学内の留学センターのプログラム担当者と会談しました。\n— また、2006年~2010年、学科内のプログラム担当者として、上智大学交換留学センターと話し合い、プログラムのパンフレットの作成、申し込みやガイダンスを行いました。
  • 2003年4月 - 2010年3月
    — 2004年以降毎年学科内留学ガイダンスを行い、交換留学前後の相談・書類作成の指導他を行いました。\n一 般留学の相談を行って様々なドイツ大学の留学担当者(特にボン大学の「Junior Year Programm」の担当者)にコンタクトを取りました。\n— 2006年、2007年一般外国語教育センターの学生向け のトリアー大学短期語学
  • 2002年4月 - 2010年3月
    上智大学での2年生と3年生に対する授業では、主にドイツでリアルな コミュニケーションとして使われている生きたドイツ語に触れられるよ うに努めました。\n具体的には、ドイツ語3(3・4年生)の授業の場合、四つのレベル (A,B.C,D)で口頭表現・聴解・読解の授業を通じ、会話・作 文・聞き取りの中級・上級的なドイツ語能力を育て、様々な語彙・文章 の表現などを養うための授業を行いました。その中でビデオ映像つきの 教科書(Internationes、Goethe他)をしばしば使用し、 学生達にドイツの今を感じてもらえるようにしました。\n2年生の授業では他の先生方と授業の進行度を合せ、コミュニケーショ ンの為の会話練習を重点的に行いました。
  • 2007年4月 - 2007年7月
    ドイツ人は、ナチズムと第二次世界大戦中のドイツ帝国が起こした大衆虐殺と戦争犯罪を徹底的に「反省」したとよく言われます。けれども、実際にどのふうに30・40年代は、ドイツのマス・メディアと特に映画において、見られているでしょうか。ドイツ映画には、「ナチズム」「ヒトラー」「抵抗」「ホロコースト」他のテーマを映像化され、「ドイツの歴史の中の一番暗い」時期を反映する。
  • 2002年4月 - 2007年3月
    ドイツ語学科の資料室におけるビデオ・DVDコレクション— ドイツ語学科授業資料のためのビデオ・DVDコレクション(今500本を超える)をより充実させるために、授業向けの資料とドイツ映画を調べ、適切なビデオ・DVDを選択し注文しました。
  • 2006年10月 - 2007年1月
    ドイツの歴史を遡ると、ドイツへの移民は新しい現象ではありません。19世紀の晩年から20世紀にかけてポーランド人が炭坑労働者として後にルール工業地帯と言われた西ドイツにある地域に流れ込んで、戦後までにほぼ完全にドイツの社会にとけ込みました。60年代から積極的にイタリア、スペインなどの近隣の国々から移民を募り、最後にトルコからも出稼ぎ労働者として西ドイツは移民を受け入れました。
  • 2006年4月 - 2006年7月
    90年代から新世紀にかけて、ドイツの若手監督達による映画史は、小さなブームを向えていた。『Lola rennt』(ラン・ローラ・ラン)や『\nGood bye Lenin』と言うドイツ映画は、久々に国際的な反響を呼び起こした。
  • シンポジウムの共同主催 2005
  • シンポジウムの共同主催 2005