基本情報

学位
文学修士(お茶の水女子大学)
学術博士(お茶の水女子大学)

J-GLOBAL ID
200901056609743887
researchmap会員ID
5000070695

論文

  28

MISC

  21

書籍等出版物

  34

共同研究・競争的資金等の研究課題

  6

その他

  18
  • 22
    2025年12月
    〈岡野金右衛門絵図面取〉は、〈赤穂義士伝〉(〈忠臣蔵〉)を構成する多数のエピソードのうちの一つである。本論文では、戦前の「書かれたもの」(読み物、講談本、浪花節詞章本)と「録音されたもの」、両方における〈岡野金右衛門絵図面取〉の物語の構成要素の分析と、使用されている文言の分析とを行った。分析の結果、戦前の浪花節における〈金右衛門絵図面取〉には、読み物や講談本とは異なる独自の特徴を指摘することができ、そこには、ジャンルや「家」(流派)やジェンダーといった要因が作用していると考えられた。 キーワード:〈岡野金右衛門絵図面取〉 浪花節 「家」(流派) ジェンダー
  • 13
    2025年7月
    本稿の考察対象は、同一レコード番号を付されているにもかかわらず、「同一製品群」であるとは言い切れない、戦前の浪花節SP音盤群である。とりわけ注目したのが、同じ(Nipponophone 1926-1927)というレコード番号でありながら、印字事項など視覚的側面のみならず、録音内容も異なる、東家楽燕《村上喜剣》の2種類の音盤である。一時期、桃中軒雲太夫の名で雲右衛門の芸養子となっていた楽燕によるそれら2種類の音盤の分析から、「桃中軒雲太夫改メ東家楽燕」の印字がある音盤では、産み字や息継ぎに関して雲右衛門を彷彿とさせる語りくちが、印字がない音盤では、楽燕としての再出発をうかがわせる、節の流麗さを追求していくような語りくちが、それぞれ導出された。
  • 31
    2025年3月
    キーワード: 赤坂万龍 《三勝半七》
  • 14
    2025年2月
    大正期末からおよそ20年間の時期の浪花節では、いわゆる「洋楽器」を取り入れようとする試みが、次々と形をとった。本稿では、洋楽器を使用した浪花節・40余演題の分析を行い、(1)無声映画の伴奏音楽や和洋合奏といった先行領域で既に形成されてきていた、洋楽器使用をめぐる「慣例」が、浪花節に移植された面がある、(2)洋楽器の特性や技法を応用した面がある、(3)浪曲三味線演奏の諸原則を、洋楽器奏者が血肉化した面がある、(4)新規の諸様相が見られる、という四つの観点のもとに、結果を整理した。 キーワード: 筑波武蔵 東光軒宝玉 クラスター奏法 オスティナート
  • 35
    2024年9月
    本稿では、桃中軒雲右衛門、二代吉田奈良丸、京山小円と同世代の浪花節語りである春日亭清吉(1878-1942)による《甚兵衛渡し 佐倉義民伝》(パーロフォン 1930)を素材として、彼の「語り方」の分析を行った。清吉の浪花節における節や声はあくまでも、物語と詞章文言を聴き手へ届かせるよう、多層的に操作されるべき手段として位置づけられており、美声や華麗な節が目標物として置かれてはいないことが導出された。物語を伝えることを第一義とする清吉のような「語り方」は、浪曲史のなかで、声と節に関する考え方や構築のしかたが画一的になってゆく過程で、主流からはじかれ、消失したと考えられる。
  • 26
    2024年7月
    筆者は2008年から、大阪と東京、両方の地で浪曲三味線を教授していただく機会を得た。[幸枝節(こうしぶし)]は、大阪でのみ教授された「手」である。 本稿では、筆者が受けた稽古のメモならびに既存の音盤群の分析、両方に基づいた考察を行い、➀[幸枝節]は、初代京山幸枝若の浪曲に対応する三味線演奏の一部をなすものであること、➁初代幸枝若の浪曲に対応する三味線演奏は、1960年代前半における一丁でのやりかたを根底に置きつつ、二丁三味線という演奏スタイルが獲得されてゆく過程で、特定の音型の機能変化や使用する旋律の新規開拓を伴いながら相応の時間をかけて形成され、また定型化されていったと考えられること、➂[幸枝節]の三味線演奏は、等価の拍に乗る節の「落とし」部分において声が止まり休止に入る箇所での奏し方に基軸を置く点で、極めて独特であること、を導き出した。
  • 57
    2023年12月
    本稿では、三代鼈甲斎虎丸が残した音盤から、浪花節における三味線演奏の役割を探った。採譜に基づいた分析を行い、【自由リズムの節】と【等価の拍に乗る節】での三味線演奏の役割のちがい、【啖呵】と【セメ】で三味線演奏が何を遂行しているかとの問題、三味線演奏のちがいが演者の節(フシ)に影響を及ぼす可能性について、明らかにした。
  • 49
    2023年11月
    浪花節における「ケレン」は、歌舞伎での用法とは異なり、滑稽や可笑しみを意味する。本稿では、「ケレン」を身上とした二代・日吉川秋水 (1898-1962)に焦点を定め、彼の浪花節のどのような様相が可笑しみへとつながるのか、との問題を考察した。 二代秋水が吹き込んだSPレコードを対象に分析を行った結果、彼の浪花節には、初代・日吉川秋水も使った(1)反語、(2)オノマトペ、(3)大阪ことば、(4)声色の使い分け、の四点と並んで、新たに(5)第三者的立場からの解説付加、(6)洒落、(7)法螺話、(8)列叙、(9)響きのおもしろさとしての言葉の扱い、といった様相を見出すことができた。また、それらの様相は、特定の旋律型群に乗せられたり、節(フシ)で使われる場合と啖呵で使われる場合とで異なる語り口がとられたり、というように、節との関連をもちながら扱われていた。二代秋水は、落語や講談等と異なり、音楽的要素を有する浪花節ならではの演りかたで、多角的に「ケレン」を仕掛け、自らの芸を構築していったと考えられる。
  • 52
    2023年8月
    初代京山幸玉(1881-1962)は、初代京山幸枝若(1926-1991)の大師匠にあたる浪曲師である。本稿では、彼が残した録音の中から、《紀文大盡》(大日本大和蓄音器商会379-380)全4面中1面を採譜し、使われている「声」という観点から分析をおこなった。考察の結果、一点目に、「難声」の特徴を備えた幸玉の声が、一席の中で意識的に使い分けられていること、二点目に、「声」の効果の波及先が、それによって節(フシ)に耳を傾けさせたり、それによって物語の聴取構造の形成を促したり、と、一席の組み立てかたに及んでいることが導き出された。
  • 51
    2023年7月
    国内初の浪花節の録音物は、英国グラモフォンの技師フレッド・ガイズバーグが1903(明治36)年に実施した日本出張録音、いわゆる「ガイズバーグ・レコーディングス」に含まれる、初代浪花亭愛造による6点の音盤だとされる。本稿では、それら6点での節(フシ)と三味線演奏を分析し、愛造の時代の浪花節には使われていたが現在では使われていないものを含め、多彩な曲節が収録されていることを明らかにした。音盤ごとに異なる曲節が使い分けられていることから、愛造は、「録音」という未体験の場に身を置くにあたり、2分前後という当時の録音時間の限界も認識しながら、同時代の浪花節の曲節のありようを意識的に「記録」として残そうとしたと考えられる。
  • 34
    2023年7月
    本稿では、浪曲師・一心亭辰雄(1880-1974)による《勝田新左衛門(妻子別れ)》(Victor 50072, 1916 年)の採譜を提示したうえで、分析と考察を行った。この音盤の A 面では、2種類の【等価の拍に乗る節】を区別することができるが、そのうちの1つは、早期の浪花節では使われていたものの現在では使われていない、いわば「失われた曲節」だと考えられる。
  • 33
    2023年5月
    本稿では、「ガイズバーグ・レコーディングス」(1903)に含まれる初代浪花亭愛造の浪花節のうち、《加賀騒動》で使われている声の旋律と三味線演奏の組み合わせを起点として、「カンチガイ」という名称の曲節について考察を行った。一方で現在の浪界にて「カンチガイ」として伝承されてきている声の旋律と三味線演奏の組み合わせ、他方で「カンチガイ」をめぐる過去の言説、という2つの観点から分析を行い、この名称の曲節をめぐり時間的推移のなかで生じてきた可能性がある「縺れ」の整理をこころみた。
  • 35
    2023年4月
    浪花節は揺籃期以降、演者の声と曲師による三味線、二者の組み合わせを基本形態として展開されてきた。その一方で、曲師による三味線と共に、あるいは曲師による三味線を使うことなしに、それ以外の音響を使用する試みが、浪花節史には点在してきた。 本稿では、戦前の浪花節における鳴物の使用に焦点を定め、採譜に基づく考察を行った。考察の結果、鳴物が浪花節の一席中で果たしている役割として、㋐物語の情景描写、㋑物語の状況描写、㋒場面の空気感の形成、㋓物語内登場人物の心理描写、㋔物語内登場音の模倣、㋕テクスチュアと音量の補強によるリズムの鮮明化、の6点が導出された。戦前の浪花節語りたちは、聴き手への物語の伝わり方をより立体的にしようと目論むとともに、楽器群の新しい使い方も工夫しながら、鳴物を取り入れたと考えられる。
  • 65
    2023年1月
    日本国内で吹き込まれた最初の録音資料とされる、いわゆる「ガイズバーグ・レコーディングス」(1903) には、初代浪花亭愛造による6点の浪花節が含まれている。そのうちの1点である《浪花節高知山》には、現在の浪曲では使われることのない、節と三味線演奏の組み合わせを確認することができる。当該部分の詞章文言は{♪抜き足 差し足}から始まっている。本稿では、この部分に見られる節と三味線演奏の組み合わせが、少なくとも1930年頃まで、演者や演題を超えて使用されていたことを、採譜に基づき検証した。
  • 66
    2022年12月
    日本国内で吹き込まれた最初の録音資料とされる、いわゆる「ガイズバーグ・レコーディングス」(1903) には、初代浪花亭愛造による6点の浪花節が含まれている。本稿では、そのうちの1点である《佐倉曙》 の節の一部が、愛造の大師匠である初代浪花亭駒吉により編み出されたとされる「約節」 の一種・「観音」ではないかとの見方を、採譜に基づく分析から導き出した。
  • 54
    2022年10月
    花澤二三子は、浪曲関連の文献でこれまでほとんど言及されることのなかった曲師(浪曲三味線奏者)である。その一方で、浪曲師名と並んで彼女の名が記された1910年代の音盤を、現時点で5種、確認することができる。 本稿では、それら5種の音盤の採譜に基づき、当時の浪曲三味線のありかたの一端をさぐった。他の演者と曲師のコンビネーションによる音盤の採譜との比較もふまえた考察の結果、現在の浪曲三味線で使用される定型的旋律型の一部は、1910年代に既に確立されていたと考えられた。加えて、曲師が、演者を横断して使用可能であるような定型的旋律型を繰り出してゆく役割のみならず、個々の浪曲師の、いわば個人様式を、演者とともに形成する役割を担っている可能性が浮かび上がった。
  • 52
    2022年9月
    浪曲の節ならびに三味線には、それを基に演奏するというような規範的楽譜はなく、その場その場で半即興的に演奏を作り上げてゆくとの特徴がある。では、そのような半即興性は、何をよすがにして展開されるのだろうか。個々の実演者によっても異なると思われるこの問題を、本稿では、二代東家楽遊が音盤に残した実演の分析に基づき、探った。結論としては、太夫も曲師も、自分なりの持ち駒としての旋律型を複数備えており、その順列組み合わせで演奏過程を紡いでいっている様子が浮かび上がった。
  • 138
    2022年9月
    浪花節の節の一種に、「コトバゼメ」がある。基本的には音楽的音高をたどることなしに、しかしきっちりと等価の拍に文言を乗せて誦すスタイルの節である。『慶安太平記』中、怪僧善達を扱った木村重松の音盤の中には、「コトバゼメ」を使ったものが2種あり、それらはこんにちの愛好家にも「コトバゼメ」の例として知られている。 しかしながら、重松が「コトバゼメ」を使ったのは、《慶安太平記(善達)》が初めてではなく、また、重松以外の演者によっても「コトバゼメ」は使われてきている。本稿では重松を軸に置きつつ、過去の音盤の採譜に基づき、「コトバゼメ」とそこでの三味線の奏し方について考察を行った。