2005年9月
「国語」における声と文字――1930年代ローマ字論争をてがかりとして
近代教育フォーラム
- 巻
- 14
- 号
- 14
- 開始ページ
- 211
- 終了ページ
- 224
- 記述言語
- 日本語
- 掲載種別
- 研究論文(学術雑誌)
- DOI
- 10.20552/hets.14.0_211
- 出版者・発行元
- 教育思想史学会
1941年に成立した国民学校のもとで、従来の「国語科」は、「国民科国語」として再編された。本稿では、「国民科国語」の目的である「国語の醇化」の、規範としての日本語の音を創出するという側面に着目し、そのたあの声と文字の秩序の形成過程を、植民地・占領地から日本語の音声の標準化が要請された状況をふまえながら、1930年代におけるローマ字表記法をめぐる論争を素材にして論じる。具体的には、臨時ローマ字調査会において、日本式ローマ字の先導的役割を果たした菊沢季生のテクストを検討する。これにより、彼がプラハ学派の「音韻論」を独自に解釈して導入することで、従来の言語観を脱し、声と文字とを分かち、文字が声を規範的な日本語の音として統制することを理論化する過程を明らかにする。また、同時代において、菊沢と同様に「音韻論」のインパクトに対峙した国語学者・時枝誠記のテクストとの比較検討を行うことで、当時の論点をより明確にする。時枝の言語過程説は、規範としての日本語の音を創出することの限界線をも浮き彫りにするのである。
- リンク情報
- ID情報
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- DOI : 10.20552/hets.14.0_211
- ISSN : 0919-6560
- CiNii Articles ID : 110009926836
- CiNii Books ID : AN10576381