2006年5月
「インドネシアにおけるRT/RW制度の嚆矢―ジャカルタにおける1966年のRT/RW法制化」
『東南アジア―歴史と文化』
- 巻
- 号
- 35
- 開始ページ
- 102-134
- 終了ページ
- 134
- 記述言語
- アブハズ語
- 掲載種別
- 研究論文(学術雑誌)
- DOI
- 10.5512/sea.2006.103
- 出版者・発行元
- Japan Society for Southeast Asian Studies
本稿では,ジャカルタの1966年のRT/RWの法制化が,スハルト新秩序体制の官製住民組織の嚆矢となったことをあとづけた.
考察の結果,ジャカルタの1966年のRT/RWの法制化の背景は,地域社会における旧インドネシア共産党勢力の払拭,大衆の支持基盤の構築と「政府と国民の統合」,そして,当時の知事であったアリ・サディキンによるゴトン・ロヨンの復興という3点にあったことが示された.
考察の結果,ジャカルタの1966年のRT/RWの法制化の背景は,地域社会における旧インドネシア共産党勢力の払拭,大衆の支持基盤の構築と「政府と国民の統合」,そして,当時の知事であったアリ・サディキンによるゴトン・ロヨンの復興という3点にあったことが示された.
- リンク情報
- ID情報
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- DOI : 10.5512/sea.2006.103
- ISSN : 1883-7557
- CiNii Articles ID : 130003704412