2010年 - 2012年
ユダヤ・キリスト教相克の文献学的考察-七十人訳聖書におけるキューリオス-
日本学術振興会 科学研究費助成事業 特別研究員奨励費
1、最終年度である本年度の目標は、これまでに継続してきた資料の精読から得られた研究結果を、口頭・論文発表していくことである。本研究の大枠のテーマである、ユダヤ学者とキリスト教学者との立場の違いや、そうした研究者たちの立場を二分することになるヒエロニュムスのヘブライ語能力の有無ついては、昨年度までに論文として発表した。そこで本年度は、後者の議論で注目した点(なぜ彼は福音書記者による誤訳は正当化し、七十人訳者の語訳のみを非難するのか)について考察し、海外ジャーナルに英語で発表した(Vigiliae Christianae 67 [Leiden:Brill,2013】,forthcoming)。報告者が明らかにしたヒエロニュムスの見解は以下の通り。第一に、七十人訳者が翻訳の依頼主に配慮して、ギリシア哲学の用語で聖書を翻訳したため、七十人訳は翻訳としての精度が低い。第二に、ヘブライ語聖書の原文にはイエスの到来が記されているが、到来以前にそれを「預言」として訳した七十人訳者と、到来以後にそれを「歴史」として知りつつ訳した福音書記者とでは、情報の精度が後者の方が上である。ゆえに翻訳者として優れているのは福音書記者である。ヒエロニュムスはこうした神学上の議論を、ヘブライ語の文法説明を含む文献上の証拠から裏付けているので、彼のヘブライ語能力は信用できる。2、以上の考察から、ヒエロニュムスと聖書との関係を考えるうえで、「翻訳」というキーワードが重要なものとなってきた。そこで次の段階として、学際分野である翻訳学(Translation Studies)の歴史的研究の成果を援用しつつ、報告者はヒエロニュムスの翻訳論の特徴を明らかにした(『翻訳研究への招待』第9号、掲載予定)。ここでは特にキケローとの対比において、意訳と逐語訳とに対するヒエロニュムスの態度を吟味した。その結果、意訳を重視したキケローの強い影響下にありながらも、ヒエロニュムスの翻訳論は、特に聖書の逐語訳について、彼独自のものであること語明らかになった。3、これらの議論については、専門的な論文発表だけではなく、講演会などアウトリーチ活動の中で分かりやすく発信することにも努めた。
- ID情報
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- 課題番号 : 10J06310
- 体系的課題番号 : JP10J06310