基本情報

所属
日本学術振興会サンフランシスコ研究連絡センター センター長
学位
理学博士(1984年3月 九州大学)

連絡先
yusakubioreg.kyushu-u.ac.jp
J-GLOBAL ID
200901000430558291
researchmap会員ID
1000041334

外部リンク

我々は、生体がその代謝やシグナル伝達、生体防御反応、環境応答など種々の過程で産生する活性酸素による増殖性細胞の障害として「突然変異と発がん」に、さらに非増殖性細胞の障害として「細胞死と脳・神経変性」に注目して「活性酸素によるゲノム障害とその防御機構」の解明を進めてきた。

 8-オキソグアニン(8-oxoG)はほ乳動物の自然突然変異と発がんの原因であるが、MTH1(8-oxo-dGTPase)とOGG1(8-oxoG DNA glycosylase)はそのゲノム蓄積を抑制し、MUTYH(adenine DNA glycosylase)はゲノムに蓄積した8-oxoGに誤って取り込まれたアデニンを除去することで、突然変異と発がんを抑制する。8-oxoGは細胞死も誘導するが、MTH1とOGG1はそのゲノム蓄積を回避することで細胞死を抑制する。一方、MUTYHは8-oxoGに対合したアデニンの除去修復を介して細胞死を誘導する。そのため、酸化ストレスに曝された神経組織では、MUTYHに依存して神経細胞死とミクログリオーシスが誘導され、神経変性が進行する。

 ゲノムへの8-oxoGの蓄積を防ぐMTH1と8-oxoG DNAグリコシラーゼ(OGG1)の両者を欠損するTO-DKOマウスと野生型マウスの詳細な解析から、MTH1とOGG1が欠損すると野生型マウスと比べて雌マウスにおいてのみ海馬と側脳室下帯の神経前駆細胞の核ゲノムに8-oxoGが蓄積し、新生神経細胞がアポトーシスに陥ることを発見した。側脳室下帯で生まれた新生神経細胞は脳内を移動して自発運動を抑制する脳の特定部位(大カレハ島)へ供給されるが、TO-DKO雌マウスではこの大カレハ島が顕著に萎縮し、自発運動量が高いレベルのまま維持されていた。また、TO-DKO雌マウスでは海馬歯状回も萎縮し、軽度の認知機能障害が認められた。一方、ヒトMTH1を雌マウスで高発現させると、8-oxoGの蓄積が抑制されて活動量が低下することから、ヌクレオチドプール中のdGTPが酸化されて生じた8-oxo-dGTPが神経前駆細胞のゲノムに取り込まれ、アポトーシスを引き起こすことが明らかになった。これらの結果は、雌マウスの神経前駆細胞にはそのヌクレオチドプール中のdGTPが酸化されやすい細胞内環境、すなわち雌特異的な活性酸素生成系が存在することを示している。このような活性酸素生成系の存在が、女性が男性よりもアルツハイマー病を発症しやすい理由かもしれない。しかし、そのような環境下でもMTH1とOGG1が神経前駆細胞のゲノムに8-oxoGが高度に蓄積するのを抑えることで正常な脳機能が維持されていることが明らかになった。

 アルツハイマー病(AD)患者の海馬ではインスリン産生低下によりグルコース代謝障害とミトコンドリア機能障害に陥るため、酸化ストレスの亢進が神経変性に関与することが死後脳のトランスクリプトーム解析から明らかになった(久山町研究)。ADモデルマウスにヒトミトコンドリア転写因子hTFAMを発現させると、ミトコンドリア機能の維持とTransthyretinの発現誘導により神経変性が抑制され、認知機能が改善される。AD大脳皮質では炎症反応や免疫疾患に関連する遺伝子の発現が顕著に増加しており、アミロイドーシスが脳内炎症応答を引き起こすことが示唆された。

 AD患者の病態の進行に伴って脳ゲノムには8-oxoGが高度に蓄積することが知られている。我々は、MTH1とOGG1の発現レベルが孤発性AD患者の脳で顕著に低下していることを見出し、MTH1とOGG1の機能低下がAD患者脳における8-oxoGの蓄積を引き起こし、AD病態の進行に関与する可能性を検討した。3xTg-ADモデルマウスにMth1Ogg1遺伝子の二重欠損を導入した新しいADマウスモデル(ADH•TO-DKH)を樹立し、解析したところ、ADH•TO-DKHマウス脳では、4〜5ヶ月齢で核ゲノムへの8-oxoG蓄積が3xTg-ADマウス脳に比べて顕著に増加し、程度は低いもののミトコンドリアゲノムへの蓄積も増加していた。4〜5ヶ月齢の3xTg-ADマウスでは認知機能障害やAD病理像はまだ認められないが、ADH•TO-DKHマウスは顕著な認知機能障害を示し、海馬と大脳皮質においてミクログリアの活性化と神経細胞の脱落を認めた。ADH•TO-DKHマウスにミノサイクリンを投与しミクログリアの活性化を阻害すると、ミクログリアの核ゲノムにおける8-oxoGの蓄積が顕著に低下し、ミクログリオーシスの軽減とともに神経細胞脱落も抑えられた。海馬における遺伝子発現のプロファイリングから、MTH1とOGG1は、トランスサイレチンをはじめとするAβとTauに起因するAD病態の進行を抑えるさまざまな遺伝子の発現誘導を介して、AD病態の進行を効率的に抑制することが明らかになった。

 一方、MUTYHを欠損したADモデルマウス(AppNL-G-F/NL-G-F)では、ミクログリアの活性化が顕著に減衰し、AD病態と認知機能障害の進行も抑えられたことから、MUTYHの阻害剤や分解を引き起こす化合物が新たなADの治療薬の候補となることを示した。最近、糖尿病治療薬のグリメピリドなどがMUTYHタンパク質の分解を引き起こすことが報告され、糖尿病の治療薬はMUTYHの分解を介してADの発症や進展をコントロールできることが期待されている。

 イノシン三リン酸ピロホスファターゼ(ITPA)は、ATPの酸化的脱アミノ化で生じるイノシン三リン酸(ITP)およびその他の脱アミノ化プリンヌクレオシド三リン酸をヌクレオシド一リン酸に加水分解する。近年、ヒトではITPA欠損変異がてんかん発作、小頭症、および発達遅滞を伴う重度の脳症を引き起こすことが報告されてきた。我々は、神経幹細胞特異的コンディショナルItpaノックアウト(Itpa-cKO)マウスを樹立し、ITPA欠損が神経系に及ぼす影響を解析した。Itpa-cKOマウスは成長遅延を示し、出生後3週間以内に死亡した。Itpa-cKOマウスでは小頭症は観察されなかったが、雌のみで副腎形成不全が観察された。我々は、Itpa-cKOマウスが尾懸垂時に四肢を前面で交差させる表現形を示し、さらに自発的なてんかん発作と聴原性てんかん発作を示すことを見出した。また、脳スライスを用いた嗅内皮質神経細胞からの全細胞パッチクランプ記録により、コントロールマウスと比較してItpa-cKOマウスにおける静止膜電位の上昇、活動電位発火の増加、自発的ミニチュア興奮性シナプス後電流の頻度と振幅の増加、そしてミニチュア抑制性シナプス後電流の頻度の増加を明らかにした。神経細胞内に蓄積したITPまたはその代謝物(環状イノシン一リン酸など)、あるいはイノシンを高度に蓄積したRNAが、神経細胞の脱分極および過興奮を引き起こし、てんかん発作を含むITPA欠損マウスの表現型を誘発する可能性が示唆される。


主要な論文

  334

主要なMISC

  90

書籍等出版物

  8

主要な講演・口頭発表等

  73

共同研究・競争的資金等の研究課題

  35