佐藤 マサ子

J-GLOBALへ         更新日: 15/05/21 12:25
 
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研究者氏名
佐藤 マサ子
 
サトウ マサコ
eメール
msatoir.nihon-u.ac.jp
学位
哲学博士(Ph.D)(Universität Hamburg Fachbereich Orientalistik), 博士(人文科学)(お茶の水女子大学), 文学修士(日本文学)(お茶の水女子大学), 文学修士(史学)(お茶の水女子大学)
科研費研究者番号
20235394

研究分野

 

経歴

 
 
   
 
日本大学 国際関係学部国際教養学科 教授(研究所)
 
1984年10月
 - 
1985年3月
ルール大学ボーフム講師(日本語初級・中級担当)
 
1990年4月
 - 
1991年3月
ハンブルク大学東洋学部講師・ハンブルク大学/ドイツ学術振興会DFG研究員
 
2000年4月
   
 
日本大学国際関係学部教授(文化交流論・日本文化特講Ⅱ・日本文化概説・日本文学概論・演習Ⅰ,Ⅱ担当)
 
2002年1月
 - 
2002年1月
ハンブルク大学東洋学部客員教授
 

学歴

 
 
 - 
1989年
お茶の水女子大学 大学院 人間文化研究科 比較文化学
 
 
 - 
1992年
ハンブルク大学(Universitaet Hamburg) 東洋学(Fachbereich Orientalistik) Seminar fuer Sprache und Kultur Japans
 

委員歴

 
 
   
 
日本学術振興会審査委員
 

受賞

 
1987年12月
お茶の水女子大学池田麻弥子賞 カール・フローレンツ年譜考証
 

論文

 
Das Altertum als Utopie―Von den Quellen der Dichtung zur Ideologie der Restauration―
LXV(2011-2) 341-370   2011年7月   [査読有り]
明治国家誕生に際し、イデオロギー的基礎を形成したのは、古代を理想として憧憬する国学であった。欧米最先端科学技術の導入と西欧社会制度実現の目標と、国学イデオロギーとの乖離は大きい。国学とは「歌学」を源泉とする「古典研究」に端を発する。国学者の描いた「古代像」はどのようなものであり、いかに古代が理想化されてイデオロギー化したのかについて、①第二次大戦後の古代史研究成果との比較、②明治期イデオロギーを冷静に観察した同時代人、K.Florenzの研究から、国学者の「古代像」のユートピア性を明らかに...
Krabbe in der japanischen Kultur: Rezeption und Wandel eines Tiersymbols
LXV(2011-2) 495-526   2011年7月   [査読有り]
古代天皇の伝承に登場する「蟹をモチーフとする歌謡」から導き出される祭祀・贄・共食と政治経済的支配締結、仏教影響に伴う殺生による蟹の「文化的意味」の変化、これらを「文化的基層」としつつ展開される中世以後の説話や御伽草子の物語における蟹の持つ「文化記号的意味」について、「継承されるものと変化するもの」、「シンボルの重層性」について実証考察した。更に、こうした前近代の伝統は近代社会の文化にも記号やシンボルの継承を通じて無意識裡に影響を及ぼしている事を明らかにした。
「『職人歌合』に基く日独生産文化の比較史的研究」15320080平成15年度〜18年度科学研究費補助金(基盤研究B)研究成果報告書
401   2008年2月
『職人歌合』に基づく日独生産文化の比較史的研究
『日本歴史』(日本歴史学会編)新年特集号共同研究の成果と行方   (692) 87-88   2006年1月   [査読有り]
Die Bedeutung der Lyrik von Sanjônishi Sanetaka in der Geschichte der japanischen Dichtung
国際関係学部研究年報(日本大学国際関係学部)   (27)    2005年3月

書籍等出版物

 
Karl Florenz in Japan ―Auf den Spuren einer vergessenen Quelle der modernen japanischen Geistesgeschichte und Poetik―
1995年   
カール・フローレンツの日本研究
春秋社(刊)   1995年3月   
『Geschichte und Geschichtsbilder in den Beziehungen Japan- Europa』
2013年7月   ISBN:978-3-8260-5162-3
日本の古代国家は中国史書に倣って六国史を編纂した。最終の「日本三代実録」は「起居注」「実録」を踏襲した史書であったが、最初の「日本書紀」は、口承伝承に多々依拠している。この為、個別の記述が口承的性格を留めているに留まらず、編集自体に口承性が投影している。安閑天皇紀を事例に、口承的伝承が歴史記述的形式に纏め上げられる過程を分析した(独語P.23-P.57)。
Sünden des Worts - Festschrift für Roland Schneider zum 65. Geburtstag-所収論文Die Entstehung der Bildrolle "Himmlischer Junger Prinz" und die Mythen desAltertums―Verwandlung einer Tragodie in eine "erfolgreiche-Geschicte"―
Klaus Vollmer (u.A.)編
2004年10月   
Wege der Japnologie, Festschrift für Edward Klopfenstein.(所収論文:Wie man das Wasser überschreitet und die andere Welt erreicht – Die Brücke in der japanischen Kultur–)
Harald Meyer (編) 共著書:所収論文は単著共著者:大江健三郎、Eduard Klopfenstein, Peter Pantzer, Wolfgang Schamoni, Sepp Linhart, Reinhard Zöllner, Harald Meyer他
2008年5月   

講演・口頭発表等

 
善財童子遍歴「入法界品」對日本神話的影響 [招待有り]
第十二届吴越佛教学术研讨会   2014年12月13日   
8世紀の日本で、華厳経は尊崇を以って受容され、後世の社会的変遷の中で、次第に日本文化の根底に深く浸透していった。華厳経の精緻で体系化された教義が、日本の社会に内在化する過程で、大きな役割を果たしたのが「善財童子入法界品」である。各種の日本語翻訳や翻案が行われ、更に派生した多様な形態によって、入法界品は華厳経教義が日本社会に浸透していく糸口になった。民衆への影響浸透の様相(社会思潮の具体的変化)を明らかにする一方法として、物語変容の分析(古い物語の後世における変容)がある。「善財童子入法界品...
How was sought the original «ancient way»? – National learning [kokugaku] and the practical reforms in the middle of the 18th century [招待有り]
2013年9月13日   
;宋学儒教を政治原理とする徳川幕藩体制が、財政危機に陥った時期に原典回帰を主張する古文辞学派が台頭し、この影響は日本古典研究に及んだ。国学という「古代への道」がどの様に形成されていったのかについて、①儒教内部での志向変更の実相、②日本古典が真に文献学の対象になったのか?を中心に、吉宗の改革との関連から論じた
Plum Blossoms in Japanese Culture―Plants in Japanese Culture―
2012年9月14日   
第15回EJD「日本文化と植物」と題するシンポジウムでの発表。 桜が日本を代表する花として文学表現対象となる以前、梅が詩想の対象であった。薬用等の目的で中国から移植されたが、同時に梅花を詠む唐詩を典範にして、和歌は洗練された表現法を確立していった。梅は常に「文化や学識」を含み持つ記号性を保有し続け、江戸時代には大名領国の殖産目的からも重視され、文化的景観をも形成するに至る。以上を基に表象性の形成背景と文化的伝統との関係を論じた(使用言語英語)。
Mythos oder mythische Denktradition in der Zeit der Groß-TechnologieTechno-Ethik: Geisteswissenschaft und Technologie
2012年9月2日   
「テクノロジーと倫理:人文科学とテクノロジー」と題するシンポジウムでの発表。エルンスト・カッシーラーは、第二次世界大戦時、人々の心底に普遍的に潜む神話的思考が情念的である為 、理性的科学的思考以上に広範に影響力をもち、政治的方向付けによって世界を危険に陥れる仕組みを歴史的に明らかにした点を基に、日本の古代神話のもつ政治神話性、神話の継承が無意識裡に人々の意識を一定方向に導く構造的要因を持つ点について論じた(使用言語ドイツ語)
Die Geschichtsschreibung und das erzählerische Geschichtsbild im japanischen Altertum
2011年9月9日   
日独交流150周年記念事業の一環としてのEJD、共通テーマ「日欧関係に於ける歴史と歴史像」に基づくシンポジウムでの研究発表である。日本古代国家の修史事業の意味について、①古代中国の史書編纂を規範としつつ、神話口承的に継承されていた過去像が如何にして記述型歴史へと移行したのか、口承伝承から歴史記述への移行の経緯/背景事情を留める記紀「屯倉」関連起源説話を実証例とし、更に②到達点たる日本三代実録に至る過程、六国史編纂の遺産が後世に齎したものについて論じた。

競争的資金等の研究課題

 
田安宗武の日本古典研究
三菱財団人文科学研究助成: 
研究期間: 2014年 - 2016年    代表者: 佐藤マサ子
XIIV. Europäische Japandiskurse:„Literatur und Gesellschaft“
大倉記念基金: 
研究期間: 2013年 - 2014年
Utopias from Asia
大倉記念基金
研究期間: 2011年 - 2012年
XIV. Europäische Japandiskurse:„Geschichte und Geschichtsbild, Japan und Europa“
大倉記念基金
研究期間: 2011年 - 2012年
XIII. Europäische Japandiskurse:„Sprechen in der japanischen Kultur“
大倉記念基金
研究期間: 2010年 - 2011年

その他

 
Bologna Processに基づくEU大学改革と欧州日本研究との諸関係の調査(調査報告『海外出張研究報告書・84集』2010年3月:pp.588-596) 
2014年12月
大學佛教/學院在日本的情況(講演)
2001年4月
海外の大学:「ハンブルク大学(ドイツ)」『桜門春秋』2001・春季号―No.87日本大学広報部発行
2000年12月
「日本とヨーロッパの学術交流を中心とした文化交流の歴史及び現況に関する研究」(「日本大学海外派遣短期A」に基づく在外研究の報告:平成12年12月刊)