木越 康

J-GLOBALへ         更新日: 19/11/14 16:31
 
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研究者氏名
木越 康
 
キゴシ ヤスシ
所属
大谷大学文学部
部署
真宗学科
職名
教授

研究分野

 
 

経歴

 
2013年4月
 - 
現在
大谷大学 文学部 教授
 
2009年4月
 - 
2013年3月
大谷大学 文学部 准教授
 
2008年4月
 - 
2013年3月
立命館大学 文学部 非常勤講師
 
2002年4月
 - 
2009年3月
大谷大学 文学部 助教授
 
2007年4月
 - 
2013年3月
大谷大学 文学部 准教授
 
2007年4月
 - 
2009年3月
仁愛大学 非常勤講師
 
1998年4月
 - 
2002年3月
大谷大学 短期大学部 講師
 
1994年4月
 - 
1998年3月
大谷大学 短期大学部仏教科 助手
 

学歴

 
1992年4月
 - 
1994年3月
私学研修福祉会研修員(東京大学) 文学部 宗教学
 
1987年4月
 - 
1990年3月
大谷大学博士後期課程 文学研究科 真宗学
 
1985年4月
 - 
1987年3月
大谷大学大学院 文学研究科 真宗学
 
 
 - 
1985年
大谷大学 文学部 真宗学
 

論文

 
「如来廻向」思想の萌芽に関する一考察
木越 康
『親鸞教学』   (111) 1-21   2019年3月   [査読有り]
親鸞思想の核心とその特殊性を最も象徴するのが「如来廻向」である。主著『教行信証』には「浄土真宗」の大綱として如来の「二種の廻向」が掲げられ、浄土真宗の教行信証の利益のすべては「如来の大悲廻向」によって成立するものであるとされる。本論は、このような親鸞の如来廻向思想がどのような思索を通して表れてきたのか、その発端を明らかにすることにある。言わば「如来廻向」思想の萌芽を尋ねる試みである。
地域社会と寺院の抱える問題点の研究-課題と分析視角-
木越 康
『大谷大学真宗総合研究所研究紀要』   (35)    2018年3月   [査読有り]
大谷大学の研究所に2017年度新たに立ち上げた「新しい時代における寺院のあり方研究」の調査の現状を報告したもの。大都市圏への人口集中と地方市町村の過疎化、加えて極度の少子化とそれによってもたらされる超高齢社会到来の予測は、日本の未来に暗い影を落としている。これに伴い日本の宗教事情も大きな変化をみせているが、本研究では特に仏教について、過疎地域に取り残された寺院の調査を行うことによって解体の危機に瀕する仏教的伝統の現状について調査を行っている。本論文では研究目的の執筆と全体の編集を担当した
仏教社会福祉と災害支援―将来の災害支援に向けてー
木越 康
『日本仏教社会福祉学会年報』   (46)    2015年9月   [招待有り]
日本仏教社会福祉学会第49回大会テーマ「災害支援と仏教社会福祉-将来の災害支援に向けて-」における発表の記録。ボランティア活動と親鸞思想との理念的整合性の問題について、実際の活動を紹介しながら考察を加えたもの。親鸞には「自力の心をひるがへしすつる」や「聖道の慈悲」に関する限界性の発言など、一見「ボランティア的活動」を否定するかのように見受けられる思想があると指摘されるが、そのような理解が誤りであることを明らかにするための試験的発表の記録。
臨床仏教としての親鸞思想
木越 康
『親鸞教学』   (104) 47-78   2015年3月   [査読有り]
鷲田清一は、専門領域において蓄積された高度な知識を基本原理とし、そこに拘束されるようなものとしてある「哲学」を、「臨床哲学」という視点から批判的に問い直そうとする。本論も、同じ視点から真宗教学の学的方法の問題点を検証したものである。『教行信証』などに表現される親鸞思想そのものが、そのような意味での「臨床仏教的思索」の中から生まれたものであることを明らかにした上で、真宗学における臨床的思索の重要性を確認しようとした。
親鸞における「信心発起という出来事」 ー「迴向発願心」解釈を中心としてー
木越 康
『大谷大学研究年報』   66 1-65   2014年6月   [査読有り]
親鸞における信心発起がどのような出来事であったのかを、可能なかぎり詳細にすることが著者の近年の関心である 。本論は、その考察の一端として『観無量寿経』に説かれる「廻向発願心」の了解をめぐって、善導から法然、隆寛へと継承される思索に注目し、それらが親鸞の信心理解に与えた影響を明かにしたものである。
現代社会と仏弟子論
木越 康
International Association of Shin Buddhist Studies      2013年   [査読有り]
親鸞の『正像末和讃』を通して、現代社会における真仏弟子像について考察した。特に親鸞が末法における仏弟子像をあきらかにする思想を背景に、本願と仏弟子の関係について論じたもの。
親鸞と末法(下)
木越 康
親鸞教学   (100) 18-38   2012年12月   [査読有り]
親鸞には「在世・正法・像末・法滅」全時に開かれてあるものとしての「浄土真宗」の確かめと、「末法五濁」という事態に特別な意味を持つ「浄土真宗」の確かめと、「時」に関して二つの視点がある。この二つの確かめの契機は、不一不離の関係にあって、親鸞独自の浄土真宗観にとって重要な役割を果たすものと理解される。「親鸞と末法(上)」に続き、ここでは「末法」に関して、親鸞が「浄土の真宗は、証道いま盛なり」と語る意図を尋ねた。
親鸞と末法(上)
木越 康
(99) 40-60   2012年3月   [査読有り]
鸞において「末法」という時代認識は、いかなる意味を持ったのか。浄土教思想の発展は、正像末の三時にわたる仏教衰退思想、なかでも特に末法意識の定着との関連の中で理解されることが多い。しかし親鸞は「浄土真宗は、在世・正法・像末・法滅、濁悪の群萠、斉しく悲引したまう 」と述べ、法然から「真宗」として伝承された浄土教思想が、末法濁世のための傍教ではなく、釈尊出世本懐の教えであると理解した。本論文ではこのような親鸞の浄土教観について、特に末法との関連から尋ねたものである。
野々村直太郎と「浄土教革新」論
真宗研究   54 55-74   2010年1月
野々村直太郎の「浄土教革新」に関する論の展開に注目することを通して、一般的には、浄土教思想の破壊者であるとみなされる野々村の真意が、浄土教の近代的再建にあったことを明らかにしたもの。特にここでは、真宗の僧侶ではなく、宗教学者野々村としての発言の意図を中心に尋ねた。20頁(55~74頁)
The Position of the "Study of Praxis" in Shin Buddhist Doctrinal
木越 康
The Pure Land   (24) 177-189   2008年12月   [査読有り]
真宗教学においては、キリスト教神学における「実践神学」に相当する研究分野は未開の状態にある。それは、真宗教学が「教団論」をもたず、真宗における教団の存在意義が未確認であることに起因するものと考えられる。
 近年、社会的な諸問題と親鸞思想あるいは真宗教団の関係を見直そうとする反省的動きもみられる。本論文では、実践神学を通して見えてくる真宗における実践学欠如の問題について検討を加えた。
真宗教学の近代化にみる「真宗」学の課題
木越 康
親鸞教学   90    2008年3月
真宗における内的平和と暴力の克服ー第5回ルドルフ・オットー・シンポジウムよりー
木越康
親鸞教学   (88)    2007年3月
真宗教学の近代化と現在ー浄土理解の変遷を通してー
木越康
親鸞教学   (82/83)    2005年6月
真宗(もしくは真宗学〉における「実践学」の可能性
木越康
親鸞教学   (79)    2002年
ポストモダンと真宗--「あの世」を再び超えて--
木越康
大谷学報   79(2) 22   2000年
The Postmodern and Shin Buddhism
木越康
Pure Land   (16)    1999年12月
現代様々な場面で指摘されるポストモダンの問題は、真宗においても大谷派近代教学批判を内に含みながら展開されている。それは、近代的合理主義精神への反省と批判とを踏まえて「あの世」の概念の復活を提唱する形で、たとえば梅原猛氏等によって展開されている。本発表では梅原の指摘を中心としながら「あの世」の再発見という形で言われる真宗ポストモダン論に批判を加えながら、今後の真宗におけるポストモダンを考えていく方向性を模索したものである。
現代的宗教と真宗-「浄土真宗」の課題-
木越康
親鸞教学   (66)    1995年
真宗教団論序説-宗教意識の変容と真宗教団近代化の焦点-
木越康
私学研修   (133) 21   1994年

Misc

 
信仰的主体の確立-宗教の個人化の問題をめぐって-
木越康
真宗研究   (40)    1996年
親鸞における「われら」の自覚
木越康
印度学仏教学研究   39(1) 189   1990年
真宗教団の原理-親鸞における同朋の自覚-
木越康
親鸞教学   58 34   1991年
真宗教団論-安田理深における教団論の展開-
木越康
親鸞教学   61 55   1993年
蓮如と真宗教団--『キリシタン文書』によりながら--
木越康
大谷大学真宗学会『親鸞教学』   73 31   1999年
大行の開示する仏道-諸仏称名についての一考察-
木越康
大谷大学大学院研究紀要   (6) 1   1989年
真宗学と「教化」の学ー大谷大学「宗教教化学研究会」に学ぶー
木越康
真宗教学研究   (26)    2005年6月
真宗教団と蓮如
木越康
蓮如の世界      1998年4月

書籍等出版物

 
死者/生者論 ―傾聴・鎭魂・翻訳ー
木越 康 (担当:共著, 範囲:「死んだら終わりですか?-慈悲のかわりめー」)
ペリカン社   2018年3月   ISBN:4-8315-
「東日本大震災」の被災者(生者)の声と、犠牲になられた方々(死者)の声とを聞き取ろうとした、宗教学者・歴史学者などによる共著。「死んだら終わりですか?-慈悲のかわりめー」というタイトルで寄稿した。犠牲となった息子と今も共に生き続ける一人の母親の言葉(死んだら終わりですか?)から、『歎異抄』を改めて読み直したもの。臨床的仏教研究試論。磯前順一、山形孝夫、高橋原、金沢豊、木越康、鈴木岩弓、佐藤弘夫、加藤智也、寺戸淳子。
『後世物語聞書』聴記
木越 康
東本願寺出版   2017年7月   ISBN:974-4-8341-0564-3
親鸞が「よきひとびと」の一人と仰いだ隆寛律師の思想を収めた『後世物語聞書』に関する研究書。同『聞書』は、親鸞がたびたび書簡で門弟たちに読むように勧めたものであるが、2~3点を除いてこれまでほとんど研究されたことがない。隆寛や親鸞が法然から継承しようとした浄土教思想がよく表現され、親鸞の『教行信証』への影響も多くみられるため、親鸞思想を研究する上では重要な位置にあるものと思われる。本書では、善導や法然、さらには他の浄土教理解の伝統に立つ弁長や良忠などの思想と比較する中から、同聞書が親鸞に影響...
ボランティアは親鸞の教えに反するのか―他力理解の相克ー
木越 康
法蔵館   2016年3月   ISBN:10: 4831887129
東日本大震災発生後、多くの人々が復興支援活動に奔走する中、親鸞思想に大きな影響を受ける人、あるいは真宗や浄土真宗と呼ばれる仏教教団になにがしかの形で関係をもつ人々の間で、一つの疑問が提示されていた。それは、他力を本質とする親鸞思想と、自らのボランティア活動との整合性の問題である。
 本書では、仏教と社会関与、キリスト教と社会関与の問題を整理した上で、真宗と社会関与について考察を加え、これらの活動を躊躇させるようなものとしてある真宗理解が誤りであることを明らかにした。
信仰とは何か(一)
木越 康 (担当:共著, 範囲:他力の信心ー親鸞の仏弟子観ー)
日本仏教学会   2013年7月   
日本仏教学会2012年度学術大会での発表をもとに原稿化したもの。親鸞は「仏弟子」に関して、他力の信心を得た者を「真仏弟子」とし、それ以外の者を「仮」もしくは「偽」として対峙させる。本発表ではこのような主張の意図を、特に法然から親鸞へと継承された信心理解の問題を中心に検討した。
『揺れ動く死と生』
木越 康 (担当:共著, 範囲:近代仏教の二大主義 -境野黄洋と清沢満之ー)
晃洋書房   2009年3月   ISBN:9784771020429
日本仏教の近代化に大きな役割を果たした境野黄洋と清沢満之について、両者の仏教近代化の意図の違いについて考察を加えたものである。特に「世俗化」をキーワードとして2人の宗教再構築の態度を比較検討した。

講演・口頭発表等

 
中国浄土教と親鸞の他力思想 [招待有り]
木越 康
中国社会科学院古代史研究所公開講義   2019年9月16日   中国社会科学院古代史研究所
「中国社会科学院古代史研究所」において行った講演。同研究所と本学真宗総合研究所との学術交流協定更新を記念し、浦山あゆみ真宗総合研究所長、井黒忍准教授との三名で行った講演会。日本において「他力思想」を構築し積極的に展開した親鸞を、中国浄土教からの影響という視点から考察し、紹介した。講演では特に善導作『観経四帖疏』中の「迴向発願心釈」からの影響を検討した。また同講演は、内容を付加するかたちで翌9月17日に「中国佛學院」における学生や教員に対する特別講義としても行った。両日とも発表後に質疑応答が...
“Recent Trends Concerning the Issue of ‘Buddhism and Practice’ in Contemporary Japan” [招待有り]
木越 康
エトヴェシ・ロラーンド大学国際シンポジウム   2018年9月18日   
「Buddhism in Practice 仏教の実践」の総合テーマのもと、ハンガリーのエドヴェシ・ロラーンド大学において開催されたシンポジウムでの発表。本発表では仏教における利他的実践、特に「社会的実践」にまつわる議論に注目した。仏教における社会的実践は、原始教団の段階から、常にその閉鎖性の問題が指摘されてきた。その状況は現代までも続き、もはや仏教そのものが抱える本質であるとも言える。発表では、近・現代の「仏教と社会的実践」を巡る議論に注目することを通して、仏教思想の社会への拓けは、強い...
人口減少時代における地域と寺院のあり方研究
木越 康
日本宗教学会第77回学術大会   2018年9月9日   日本宗教学会
日本宗教学会第77回学術大会でのパネル。、開催校特別企画として開かれたもの。少子高齢化がますます進むと考えられるこれからの時代における過疎地域研究の一環として、同地域において「寺院」がいかなる役割を果たし得るのかについて議論することを目的とした。研究代表者(木越)による提題に続き、3名(藤元雅文・徳田剛・中條暁仁)による個別発表が行われた。
「臨床」から考える仏教の実践  [招待有り]
木越 康
2016年8月31日   
2015年度日本仏教学会において「仏教における実践」を総合テーマに、多くのパネル発表が行われた。本論論考は、セッションNo.4における各発表に対するコメントとして書かれたものである。内容は、谷山洋三(東北大学)氏の「臨床宗教師の可能性」、鍋島直樹(龍谷大学)氏による「ビハーラ活動と臨床宗教師研修の歴史と意義 ―親鸞教学を礎にして―」、 西岡秀爾(花園大学)氏の「臨床仏教者の役割と展開」に関するコメント。三氏とも、「傾聴」や「寄り添う」ものとしての宗教者の在り方の重要性を指摘するが、さらに宗...
「宗教的立場を超えることの意味 ―宗教に関する学の原点」 [招待有り]
木越 康
日本文化研究所シンポジウム   2015年11月28日   日本文化研究所
日文研シンポ「鎭魂・翻訳・記憶—声にならない他者の声を聴く」での発表。タイトルは「宗教的立場を超えることの意味 ―宗教に関する学の原点」。同シンポジウムは、日文研教授磯前順一氏の企画によるもので、被災地の記憶の保持并びに宗教的装置による記憶と忘却の意味を問い直すのが目的。東北大学や上智大学から被災地復興支援にかかわった研究者を招聘し、「第一部 声にならない他者の声を聴く」「第二部 記憶と弔い上げ―死者をどのように鎮魂するか」「第三部 分立しつつ重なり合う信仰と知―既成の「宗教」概念を超えて...

競争的資金等の研究課題

 
真宗教団論
その他の研究制度
宗教間対話
研究期間: 1999年   
真宗を中心とした仏教思想と、キリスト教(福音主義)との対話的研究。ドイツのマールブルク大学神学部との交流を中心として、研究を進めている。
「近代」における宗教変容の問題
研究期間: 1993年   
「近代化」は、宗教界に大きな影響を与えることとなった。この問題について、特に日本における真宗教学の変容を中心に研究を進めている。