森 公章

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アバター
研究者氏名
森 公章
 
モリ キミユキ
所属
東洋大学
部署
文学部第一部 史学科
職名
教授
学位
博士(文学)(東京大学), 文学修士(東京大学)
科研費研究者番号
30202360

研究キーワード

 
 

研究分野

 
 

経歴

 
1988年
 - 
1994年
奈良国立文化財研究所 文部技官
 
1994年
 - 
2001年
高知大学人文学部 助教授
 

学歴

 
 
 - 
1988年
東京大学 人文科学研究科 国史学
 
 
 - 
1981年
東京大学 文学部 国史学
 

委員歴

 
2014年7月
 - 
現在
日本歴史学会  理事
 
2013年7月
 - 
現在
日本歴史学会  評議員
 
2013年4月
 - 
現在
木簡学会  監事
 
1988年
 - 
1994年
木簡学会  幹事
 

論文

 
大宰府官衙の研究
森 公章
『大宰府の研究』(高志書院)   31-49   2018年11月   [招待有り]
大宰府史跡発掘五〇周年記念論文集刊行会編の論集に寄稿したもの。大宰府の実務運営に関わる官衙の状況を探ったもので、文献史料を中心に執務体制や役割分担が8世紀から存在した可能性を指摘した。合せて出土木簡による政務の具体像に考察を加えた。また10世紀以降の展望や人的構成のあり方などにも言及している。
延暦度遣唐使三題
森 公章
『律令制と日本古代国家』(同成社)   84-106   2018年10月   [招待有り]
延暦度遣唐使について、行程をめぐる問題として、第1・2船が帰還した後に第3・4船の渡航がなされた理由、空海との関連で注目される第4船の高階遠成の足跡を検討し、唐物獲得を主とする通交への変化の様子を指摘した。また遣唐使の保護に関連する遣新羅使派遣の様相から、基本史料である『日本後紀』欠落部分における今回の遣唐使計画の推移を復原し、紆余曲折があった可能性を明らかにした。また文化移入の様相として、音楽・舞関係者の渡海という特色があり、ここにも唐文化移入の変容、「国風」化への萌芽を看取することがで...
北山抄―官途指南―
森 公章
『古代史料を読む』下(同成社)   230-249   2018年6月
平安時代の史料を読み、研究する際の留意点をまとめた書籍の中で、儀式書の事例として『北山抄』を取り上げたもの。『北山抄』の書誌的説明を行った上で、巻10吏途指南を例に、読解例や藤原公任自筆本の有効性などを指摘した。また今後の研究の課題についても言及している。
長屋王家と畿内
森 公章
『講座畿内の古代学』Ⅰ(雄山閣)   164-178   2018年4月   [招待有り]
畿内と王家の関係というテーマの下、長屋王家木簡によって知られる長屋王家(北宮王家)の様相を例に解明を試みたもの。御田・御薗と呼ばれる領地の存在とその経営に携わる畿内中小豪族・中下級官人との関係を析出し、王家の勢威の源泉を探る材料を提供した。
余五将軍平維茂の軌跡
森 公章
東洋大学大学院紀要   (54) 307-328   2018年3月
越後城氏の祖である平維茂(維良)について、坂東平氏としての活動や陸奥国への進出のあり方などを考究し、その子孫の展開、武士としての定着過程を整理した。『今昔物語集』の読解、古記録に登場する動向などの様々な考察を駆使し、河内源氏や伊勢平氏の展開を中心とする武士論とは異なる視覚での分析事例を示した。
平安中・後期の対外関係と対外政策―「遣唐使」以後を考える―
森 公章
白山史学   (54) 23-48   2018年3月   [査読有り]
遣唐使事業終了以降の対外関係の展開と対外政策のあり方をまとめたもの。従来は「受動的貿易の展開」の時期とされた摂関政治の時代にこそ、商客の頻繁な来航に対して、通交の原則を定立する重要な時期であり、その様相を具体的に考察した。また「能動的貿易の展開」の時代として画期となるとされてきた平氏政権に関しては、近年の研究成果を勘案して、その経済基盤としての性格が過度に評価されてきた側面があり、修正を要することを指摘した。
野中寺弥勒像台座銘の「カイ」
森 公章
佐藤信編『史料・史跡と古代社会』(吉川弘文館)   32-54   2018年3月   [招待有り]
表題の史料の釈読と内容読解を試みたもの。7世紀後半の政治史や地方との関係の有無、また天皇号の成立時期如何などに関わる重要な史料であるものの、その評価はまだ定まっていないので、多方面の考察をふまえて、総合的に検討を加えた。斉明・間人・天智の関係や王権構想についても言及している。
源頼親と大和源氏の生成
森 公章
東洋大学文学部紀要史学科篇   (43) 1-46   2018年2月
清和源氏のうち、従来研究の少ない大和源氏について、その始祖頼親の事績と平安末期までの子孫の動向を整理したもの。頼親の段階では武威を買われていたことはまちがいないが、武者としての位置づけに甘んじることはなく、通常の貴族としての展開が志向されていた。しかし、家格の低下などにより、11世紀後半~12世紀頃に大和源氏としての定着が進み、この段階にこそ武士の成立、新社会集団としての確立の画期があったことを指摘した。
伊勢平氏と日宋貿易―研究動向と史料の整理
森 公章
新川登亀男編『日本古代史の方法と意義』(勉誠出版)   582-607   2018年1月   [招待有り]
従来平氏政権の経済的基盤として重視され、また消極的な公家外交に対して積極的な武家外交のあり方を示すされていきた、日宋貿易の様相について、近年の研究成果をふまえて、大きく見直しを行うべきである点を指摘した。基本的史料の再検討の視点を示し、むしろ11世紀の藤原道長の時代からの対外政策が維持・発展する形での日宋貿易の展開というとらえ方をするのがよいと考える所以を示した。
僧侶たちの国際交流
森 公章
『古代日本と東アジア』(竹林舎)      2018年1月   [招待有り]
遣唐使事業終了以降に渡航した僧侶たちの活動を整理したもの。呉越国に渡航した日延から始まり、入宋僧の奝然・寂照・成尋を軸に、その渡海の様子、中国での皇帝との謁見など、国際活動の様相や日本之対外政策などに論究した。その他、紹良、慶盛、戒覚、快宗などの動向にも触れた。
「郡的世界」と郡家の機構―武蔵国入間郡家を中心として―
森 公章
『古代東国の地方官衙と寺院』(山川出版社)   57-68   2017年8月
武蔵国入間郡家の様相を文献史料から解明しようとしたもの。複雑な豪族が重層的に存在する小宇宙を「郡的世界」としてとらえ、郡務関係者の構成、郡家の施設やその広がり、勧農や殖産興行的側面での役割などを整理した。考古学的発掘の際に参考となる文献史料の知見を集成し、他の郡家についても考察する材料を提供することができた。
交流の道
森 公章
『日本古代交流史入門』(勉誠出版)   366-377   2017年6月
3~12世紀の古代日本の対外関係に関連する交流のルートを時代を追
形で整理した。交流史の始まりを示す海北道中、朝鮮半島西岸経由の通交、遣唐使の北路から南路への変更とその要因、渤海路と北陸の地方官衙遺跡の関係、有明海を介した通交のあり方、山陰道に関わる北海の利用と唐人の来航、敦賀津の動向、大宰府における唐房の形成と「硫黄の道」と関係する薩南の道のあり方などを考究した。
鞠智城「繕治」の歴史的背景
森 公章
史聚   (50) 315-325   2017年4月   [査読有り]
肥後国に存する古代山城鞠智城について、修繕記事を手がかりに、その造営状況、管理方法、機能や役割、また修繕が行われた前後の時代相などを分析したもの。
伊賀国における在庁官人の動向と平氏の進出
森 公章
東洋大学大学院紀要   (53) 319-342   2017年3月
伊賀国の在庁官人の動向を整理し、11世紀後半までは在地豪族が占める状況であるが、それ以降に平氏・源氏などが登場する様子を明らかにした。時あたかも伊勢平氏が台頭する時期で、平姓の在庁官人の伊勢平氏の系譜上の位置は不明であるが、平氏政権没落とともに彼らも消失しており、相関関係があることが窺われる。合せて伊賀・伊勢における伊勢平氏の消長を考察した。
半井家本『医心方』紙背文書と国司の交替
森 公章
東洋大学文学部紀要史学科篇   (42) 1-52   2017年2月   [査読有り]
表題の文書の読解に基づいて、12世紀前半の加賀および越中の事例を通して、知行国制下における受領交替の諸問題を分析したもの。目代の役割、都にいる受領からの要望のあり方、国衙支配をめぐる様々な事項や在地勢力との関係などを多角的に検討し、当該期の地方支配の実相を究明する方法を示した。
畿内郡司氏族の行方
森 公章
『摂関期の国家と社会』(山川出版社)   180-195   2016年11月   [招待有り]
10世紀以降の畿内の郡司の系譜を引く人々の行方を論究したもの。権門勢家と結託して国郡機構に対抗する動向とともに、朝廷の中下級官人としての性格を維持する一方で、武者の郎等として新しい社会集団の展開の一翼を担う活動も知られ、以後の畿内社会の基層を支える存在として長く活躍していくものとなることを指摘した。
郡符木簡再考―郡家出先機関と地域支配の様相―
森 公章
東洋大学大学院紀要   (52) 391-415   2016年3月
郡符木簡の古文書学的分析を行った上で、郡司署名の郡符が郡家以外で廃棄される理由を探り、郡家出先機関の様態、郡司が郡内のいくつかの場所で分散的に執務する様相、各出先機関での執務のあり方などを解明し、律令制地方支配の最末端を支える郡家・郡司の実相や文書行政の展開などを究明する新しい論点を呈した。
平安中・後期の対外関係とその展開過程
森 公章
東洋大学文学部紀要史学科篇   (41) 1-47   2016年2月
十一世紀後半の藤原頼通執政期以降、十二世紀末の院政期までの日本の対外関係の推移を整理したもの。商客の来航と滞留形態の変化、北宋から南宋への変遷の過程で、中国側から国書が到来する事例やそれに対する外交的判断のあり方などについて考察を試み、外交権の所在と行使に関して、摂関政治と院政の段階的相違などにも言及し、政治史・国制史にも目配りした。
渡海日記と文書の引載―古記録学的分析の試みとして―
森 公章
『日記・古記録の世界』(思文閣出版)   541-570   2015年3月
国際日本文化研究センターの共同研究「日記の総合的研究」の成果報告の一部を論文化したもの。『入唐求法巡礼行記』と『参天台五臺山記』における文書の引載の特徴から、帰国予定者とそうでない場合の相違を抽出し、合せて『参天台五臺山記』現行本の成立過程を推測した。
奈良時代後半の遣唐使とその史的威儀
森 公章
東洋大学大学院紀要   (51) 327-354   2015年3月   [査読有り]
あまり著名な留学者がいない奈良時代後半の遣唐使の様相を解明したもの。特に宝亀度①の請益僧である戒明・得清の検討を通じて、遣唐使が将来したものの意味や時代的制約による評価の毀誉褒貶などを論及し、合せて遣唐使事業が衰退に向かう要因の一つである新羅人来航の様子や延暦度遣唐使に随伴して帰朝した永忠の入唐方法などにも考察を加えた。
朱仁聰と周文裔・周良史―来日宋商人の様態と藤原道長の対外政策―
森 公章
東洋大学文学部紀要史学科篇   (40) 1-69   2015年2月
表題の三人の宋商人に関する史料を集成・分析し、日本人僧侶の渡海者との連絡回路、摂関家などの朝廷要枢者との関係構築のあり方などを指摘した。この来日様態をふまえて、年紀制・渡海制など当時の外交規制に関わる制度の実態を考究し、藤原道長執政期の外交政策上の位置づけを明らかにした。
在庁官人と中央出仕―平氏家人を中心に―
森 公章
海南史学   (52) 1-22   2014年8月   [査読有り]
平氏家人の構成を考察・復原し、平家が決して一枚岩ではなかったこと、家人間の差別・区別意識の存在などを指摘した上で、備前・備中の家人は平正盛・忠盛の備前守就任と海賊鎮圧以来の来歴があり、在庁官人クラスの者が登用され、中央で活動していること、一方で在地では平氏家人としからざる者との間に紛争が起こり、これが治承・寿永内乱につながることを述べた。
寛平度遣唐使再説
森 公章
白山史学   (50) 23-56   2014年5月   [査読有り]
寛平度遣唐使計画をめぐる史料の読解について再検討するとともに、当該計画をめぐるが外交権の所在・行使という視点から新たな考究を行ったもの。宇多天皇と摂関家の関係を外交権という側面から検討し、天皇が遣唐使派遣を企図した背景、摂関家による渡航援助・外交の実務掌握の様相などから、遣唐使事業の掉尾となる今回の数位を明らかにした。
国造制と屯倉制
森 公章
『岩波講座日本歴史』2(岩波書店)   77-106   2014年3月
6・7世紀の地方支配に関わる国造制・屯倉制、そして部民制について、研究史整理をふまえて、史料の解析に基づき、今日的理解をまとめたもの。これらはかつては5世紀から存在したものと考えられていたが、6世紀になって成立するものであること、推古朝の達成と限界を指摘し、それが乙巳の変後の律令制的地方支配の確立につながることなどを展望した。
源頼信と河内源氏の展開過程
森 公章
東洋大学文学部紀要史学科篇   (39) 1-50   2014年2月
新しい社会集団である武士の成立過程を解明するために、武士の本流となる河内源氏の生成・展開過程を考究したもの。武士と他の貴族との相違を明らかにするために、源頼信と同時期の高級貴族子弟の受領の執務状況とを比較し、武士になっていく家系の処世の特色を析出し、合せて頼信の子孫の行方を展望した。
五世紀の銘文刀剣と倭王権の支配体制
森 公章
『東洋大学文学部紀要』史学科篇   (38) 1-42   2013年3月
五世紀の銘文刀剣の読解を基軸に、『宋書』倭国伝に看取される府官制的秩序の導入や記紀の記載から窺うことができる当該期の支配体制、特に地方豪族との関係の実相を考究したもの。国造制・屯倉制・部民制などは五世紀にはまだ未成立であり、これらは五世紀の倭王権の支配体制のあり方をふまえて、氏姓制度ともども六世紀に成立するものであることを指摘した。
交流史から見た沖ノ島祭祀
森 公章
「宗像・沖ノ島と関連遺産群」研究報告書Ⅲ   85-111   2013年3月
「宗像・沖ノ島と関連遺産群」を世界遺産にするための学術研究を担当したもの。4世紀~10世紀頃まで続く沖ノ島祭祀の4段階に即した形で、特に交流史・対外関係において沖ノ島が果たしていた役割や意義を考究した。倭王権の時代の交流、遣唐使との関係、また従来あまり検討されていない9世紀の新羅海賊対策との関連などを総括的に論じたもの。英語版もある。
古代阿波国と国郡機構―観音寺遺跡出土木簡を手がかりに―
森 公章
海南史学   (50) 1-27   2012年8月   [査読有り]
徳島県観音寺遺跡出土木簡の検討を糸口に古代阿波国の国郡機構の様態を考究したもの。阿波国の3つの地域とその特徴、それが国郡業務の運営にどのように反映されているかという視点とともに、地方官衙遺跡出土木簡の分析から判明する実務のあり方を検討し、合せて10世紀以降の国衙機構の展開過程を整理した。
古代常陸国の相撲人と国衙機構
森 公章
白山史学   (48) 1-25   2012年5月   [査読有り]
常陸国を事例に、古代地方豪族の行方を検討する新しい方法として、武芸の一つであり、武士とも関係の深い相撲人の分析を通じて判明する事柄を示したもので、譜第郡領氏族が相撲人としを輩出していること、国衙軍制との関係や武者的受領、武家の棟梁との関係形成の契機など、中世的国衙機構や武家社会の形成につながる伝統的地方豪族の処世を解明した。
九世紀の入唐僧―遣唐僧と入宋僧をつなぐもの―
森 公章
東洋大学文学部紀要史学科篇   (37) 1-64   2012年3月
遣唐使による通交から10世紀以降の新たな通交形態を切り開く原動力になった9世紀の入唐僧の様態を考究したもの。恵運・慧萼・円珍・真如の渡海を中心に検討し、初期天台宗をめぐる問題、朝廷有力者の意向・後援との関係、来日新羅・唐商人の便船利用のあり方など、後代ととつながる通交方式を析出した。
東アジア史の中の古墳時代
森 公章
『古墳時代の考古学』1(同成社)   45-55   2011年12月
全10巻のうち『古墳時代史の枠組み』という劈頭を飾る巻の中で、文献史学の立場から3世紀~7世紀の東アジアの国際情勢と倭国の国家形成の相関関係を整理したもの。朝鮮半島諸国との和戦両様の複雑な関係を読み解き、考古学の分野に文献史学の研究成果と今日的理解のあり方を紹介した。
奈良時代と「唐物」
森 公章
河添房江・皆川雅樹編『唐物と東アジア』勉誠出版   38-50   2011年11月
「唐物」の語は大同3年(808)に初見するが、それ以前の奈良時代はどのような状況にあったのかを探究したもの。「唐物」を広く唐文化移入のあり方ととらえ、遣唐使の実相や特色を解明するとともに、正倉院宝物を事例に「唐物」の具体相を検討した。またモノとしての「唐物」が新羅・渤海など朝鮮諸国との交流によって獲得されていた様相を明らかにした。
遣外使節と求法・巡礼僧の日記
森 公章
日本研究   (44) 339-353   2011年10月   [査読有り]
従来、対外関係史の研究では事実究明の材料として主に分析されてきた表題の諸日記について、日記本来の機能や執筆形態など古記録学の視点から検討を試みたもの。遣唐使その他の遣外使節の日記のあり方、求法・巡礼僧が日記を書く意味などを考察した上で、成尋『参天台五臺山記』を素材に、古記録学的分析、日記としての普遍的な要素を析出した。
朝鮮三国の動乱と倭国
森 公章
『日本の対外関係』2律令国家と東アジア(吉川弘文館)   32-55   2011年5月
本書の通史的叙述部分のうち、7世紀の東アジアの国際関係と倭国の対外政策を整理したもの。中国における隋・唐の成立が与えたインパクトの大きさ、朝鮮三国の動乱の中で、倭国がどのような外交方策、外交選択を行ったかを解明した。
将門の乱と藤原秀郷
森 公章
東洋大学文学部紀要史学科篇   (36) 1-42   2011年3月
武士の成立過程や国衙機構との関係に関連して、将門の乱を平定し、北関東を中心とする秀郷流藤原氏という大きな武士団の祖となる藤原秀郷の足跡を解明したもの。将門の乱以前の秀郷の動向や国衙機構との関係、乱後の秀郷流藤原氏の転化過程を考究した。国衙機構との関係では、12世紀に一つの画期があり、また治承・寿永内乱期を通じて、武士団として確立がなされることを展望した。
吉備白猪・児島屯倉と屯倉制
森 公章
武光誠編『古代国家と天皇』(同成社)   27-60   2010年11月
律令制成立以前の地方制度である屯倉制について、その典型とされる吉備白猪・児島屯倉を取り上げ、これらが6世紀中葉の加耶諸国滅亡と吉備氏の半島とのつながり喪失による勢威低下の中で設定されたものであり、倭王権による吉備氏の掣肘や瀬戸内海交通の掌握に関連する特殊な屯倉であることを指摘した。
古代土佐国相撲人補考
森 公章
海南史学   (48) 1-14   2010年8月   [査読有り]
相撲人と武士の関係、国衙機構の解明を行う課題の下に、古代土佐国の相撲人について、以前の論考で示した理解を訂正するとともに、相撲人の待遇について整理した。また従来「土佐国」の相撲人とされてきた額田連光に関して、彼が讃岐国の相撲人であることを明らかにし、讃岐国の国衙や在庁官人の動向を検討した。
遣隋・遣唐留学者とその役割
森 公章
東アジア世界史研究センター年報   (4) 89-105   2010年3月   [招待有り]
遣隋・遣唐使に伴う留学者にの様態を整理することを通じて、古代日本における隋・唐文化移入を様相を明らかにし、また日本における外来文化移入の特色にも言及したもの。遣唐使は15~20年に1度の派遣で、人の交流というよりも物実の獲得に重点があり、また伝授の1回性と国内での伝習体制構築という特徴があり、9世紀中葉以降には唐を越えたという「誤解」も生じることなどを指摘した。
「任那」の用法と「任那日本府」(「在安羅諸倭臣等」)の実態に関する研究
森 公章
東洋大学文学部紀要史学科篇   (35) 1-68   2010年3月
4~6世紀の日韓関係を考える上で重要な検討課題となる「任那日本府」について、学説史を整理し、関係史料の悉皆的考察を行ったもの。「任那」が意味する内容にはいくつかの用法があり、それぞれの史料で「任那」が何を意味しているのかを弁別することが必要であり、その理解をふまえて6世紀の百済と新羅の加耶諸国争奪戦とそれに対する倭国の関与や「任那日本府」の実態を解明した。
西国国衙と武士の展開―相撲人と武士、『因幡国伊福部臣古志』の検討から―
森 公章
東洋大学人間科学総合研究所プロジェクト・日本における地域と社会集団―公共性の構造と変容―2009年度研究成果報告書   9-18   2010年3月
九州大学図書館所蔵の『因幡国伊福部臣古志』写本調査をもとに、従来あまり注目されていない後半部分の記載を検討し、国衙機能あり方や在庁官人の動向を考える材料があることに着目して、考察を行ったもの。武力としての相撲という視点から、因幡国を事例に西国における武士の展開を考究し、史料の少ない地域の様相を解明する方法を示した。
欽明天皇
森 公章
『古代の人物』1日出づる国の誕生(清文堂出版)   121-144   2009年12月
欽明天皇の生涯について、即位の事情、朝鮮半島における百済と新羅の加耶地域争奪戦に対する対外政策のあり方とその失敗の過程、またこの加耶をめぐる問題への対処の中で進展した国内支配体制の確立の様子などを主眼に、説明したもの。
刀伊の入寇と西国武者の展開
森 公章
『東洋大学文学部紀要』史学科篇   (34) 1-41   2009年3月
寛仁3年に勃発した刀伊の入寇の軍事的分析を出発点に、大宰府管内の武士、大蔵氏流、菊池氏、鎮西平氏などの生成・発展の過程を検討したもの。刀伊の入寇時点では太政官を中心とする中央集権的地方政治は機能しており、この事件以降に西国武者が各国衙に土着を進めること、西国では武士の発展と国衙機構・在庁官人との関係を考究することが重要であることなどを指摘した。
古代文献史料からみた郡家
森 公章
『日本古代の郡衙遺跡』(雄山閣出版)   3-29   2009年3月
郡家の構造を文献史料から解明するために、評・郡司の制度を概観した上で、郡家を構成する人、施設と仕事の諸相をまとめたもの。郡家の仕事を分掌する郡雑任のあり方、彼らが勤務する郡家の建物・諸施設の様相、そして近年増加する地方官衙遺跡出土木簡を利用した郡務遂行の具体的手続きなどに言及した。また国務遂行との相関関係にも触れている。
古代日麗関係の形成と展開
森 公章
海南史学   (46) 1-23   2008年8月   [査読有り]
9世紀後半の新羅末期の様相・後三国時代を経て、10世紀に高麗が成立する時代から12世紀までの日本と高麗の関係を整理したもの。新羅海賊の跳梁による高麗「敵国」観の形成、その後も公式の通交が成立しなかった様子を、長徳3年の高麗使来日や寛仁3年の刀伊の入寇、また承暦3年の医師要請事件と寛治6年の僧明範の契丹渡航事件などに言及しながら説明した。古代日麗関係を通覧した論考である。
遣唐使と唐文化の移入
森 公章
白山史学   (44) 31-61   2008年4月   [査読有り]
遣唐留学の様相や唐文化移入のあり方、またそれらの変遷を探究することを通じて、遣唐使事業の中核になる唐文化の導入と日本における定着の実態を考究しようとしたもの。時間的・地域的制約、偶然性・僥倖性への異存という唐文化移入の限定的側面とともに、自由で自主的な選択的文化摂取、自国での再生産可能なシステム構築といった、日本史に通有する外来文化移入の特色も展望している。
純友の乱と西国武者の生成
森 公章
東洋大学文学部紀要史学科篇   (33) 1-50   2008年3月
藤原純友の乱について、乱の過程、純友蜂起の原因、武力編成のあり方について史料を精査し、乱の歴史的位置づけに関して新たな理解を示したもの。以上の分析をもとに、西国武士団の形成過程について、知見を整理した。
文献史料から見た郡家の構造と機能
森 公章
条里制・古代都市研究   (23) 1-23   2008年3月   [査読有り]
郡家の構造を文献史料から解明するために、郡家を構成する人、施設と仕事の様相をまとめたもの。郡家の仕事を分掌する郡雑任のあり方、彼らが勤務する郡家の建物・諸施設の様相、そして近年増加する地方官衙遺跡出土木簡を利用した郡務遂行の具体的手続きなどに言及した。文献史料から判明する事柄を体系的に整理した論考となる。
倭国の外交と推古朝の国際交流
森 公章
上田正昭・千田稔編『聖徳太子の歴史を読む』文英堂   116-131   2008年2月
厩戸王(聖徳太子)が活躍した推古朝の外交方策を、有史以来の倭国の国際交流の歴史をまとめながら整理したもの。「任那」問題と推古朝の外交との関係、遣隋使の課題などに言及したもの。
白村江戦をめぐる古代東アジア諸国
森 公章
佐藤信・藤田覚編『前近代の日本列島と朝鮮半島』山川出版社   67-79   2007年11月
663年白村江戦に至る7世紀の東アジア情勢を概観し、当時の国際関係が如何にして戦争に帰着するかを整理したもの。
律令体制の成立と「大化改新」
森 公章
東アジアの古代文化   (133) 17-30   2007年11月
「大化改新」について改新詔に問題ありとする立場から、『日本書紀』以外の史料を素材にどれだけ7世紀の国制が復原できるか、中大兄・中臣鎌足の政治的位置づけはどうであったか、また天智朝の律令国家成立過程における位置づけは如何などの観点で検討を加えたもの。
評制と交通制度
森 公章
東洋大学文学部紀要史学科篇   (32) 1-40   2007年3月
7世紀後半の地方制度である評制の概要を説明した上で、評制下の交通制度のあり方を考えるために、評制施行以前の国造・部民・屯倉制下の交通の様相を検討し、評制下の交通について、壬申の乱の際の大海人皇子の美濃へのルート、過所木簡、伊場遺跡出土の「駅評」の位置づけなどを材料に考究した。
七世紀の荷札木簡と税制
森 公章
木簡研究   (28) 257-274   2006年11月   [査読有り]
近年の7世紀木簡出土例の増加をふまえて、荷札木簡の形態・記載の特質を整理し、『日本書紀』以外の材料を用いて7世紀の国制を復原しようとした。浄御原令制は荷札木簡の書式の変化には画期になっていない点、天智朝以前の様相を窺わせる荷札木簡があり、そこから当時の税制のあり方を推測し、問題の多い改新詔の検討を試みた作業などは、7世紀の税制を解明する上で、基礎的な考察方法を模索したものである。
宋朝の海外渡航規定と日本僧成尋の入国
森 公章
海南史学   (44) 29-46   2006年8月   [査読有り]
日本僧成尋の入宋手続きを解明するために、『朝野群載』巻20に残る宋の公憑の検討を試みたもの。当該史料は世界で唯一残存する宋の公憑であるが、校訂に問題があり、読解できない部分が存する。そこで、各種写本を調査し、校訂文を作成し、内容を概ね正確に把握することができた。また蘇軾の対外政策との照合を行い、成尋の入宋を可能にした宋側の法制を整理し、成尋の渡海が充分に計画性を持ったものであることを示した。
菅原道真と寛平度の遣唐使計画
森 公章
続日本紀研究   (362) 1-13   2006年6月   [査読有り]
古来問題とされてきた菅原道真の遣唐使拝命と直後の再考要請について、基本的史料の読解方法に新たな見解を呈示し、矛盾のない読み方を示した。また道真の政治手法の特徴や宇多天皇との関係、当時の唐商人来航のあり方や日本人の唐での存在形態などの諸問題にも触れ、広く国内外の様相を参照して、この最後の遣唐使計画に関わる基本的理解を定立しようとしたものである。
遣唐使の時期区分と大宝度の遣唐使
森 公章
国史学   (189) 43-63   2006年4月   [査読有り]
遣唐使事業全体の時期区分を行い、大宝度以降を後期、それより前を前期と2区分すべきこと、前期遣唐使は実際上は唐と安定的な関係を築くことができず、遣唐使が唐文化移入に邁進するのは後期遣唐使の段階からであることなどを指摘した。その画期としての大宝度遣唐使について、日本国号の承認、唐に対する20年1貢の約束、白村江の敗戦の総決算などいくつかの課題を果たしたものであったことを明らかにした。
国務運営の諸相と受領郎等の成立
森 公章
『東洋大学文学部紀要』第59集史学科篇31   1-67   2006年3月
地方支配の変化を国衙機構の変遷から究明しようとし、国司の私的権力編成のあり方を考察したもの。8世紀には国務に関与する私的従者の存在は窺えず、国司は地方豪族に依拠した統治を行わざるを得なかったが、9世紀後半以降の受領化進行の中で、私的従者を国務そのものに参画させて国務遂行の機構を構築せねばならなくなった様子を、弁済使・雑掌や郎等の所への起用など、人の編成の側面から描いた。
良吏の光と影
森 公章
『日本歴史』694(日本歴史学会)   1-17   2006年3月   [査読有り]
9世紀における国司の新しい動向である「良吏」の出現をめぐって、新たな事例発掘と良吏の2面性、つまり地方政治の刷新を推進する側面と地方政治を混乱に導く要素とがあることを指摘した。その背景の一つとして、国司受領化の流れの中で、地方政治を国司が主体的に担っていくためには、国司従者など京下りの新たな権力編成が行われた様子を明らかにしている。
白村江戦闘と高句麗
森 公章
韓日関係史学会国際学術大会「東アジアのなかの高句麗と倭」報告集   192-212   2005年10月
白村江の戦をめぐる倭国と高句麗の関係如何について、7世紀の東アジア国際情勢の推移を分析した上で、関連史料の悉皆的検討により、結論として高句麗側からの接近の試みはあったものの、倭国は直接的・戦略的な提携をとろうとはしなかったと考え、こうした東アジア規模の戦略の欠如が倭国の白村江の敗戦の一因であったことを指摘した。ハングル版は『東アジアのなかの高句麗と倭』(景仁社、2007年)185~219頁に掲載されている。
中大兄の軌跡
森 公章
『海南史学』43(海南史学会)   20-40   2005年8月   [査読有り]
7世紀史の重要な担い手の一人である中大兄皇子(天智天皇)の政治的立場や律令国家成立過程における天智朝の歴史的位置づけなどを論じ、後世、特に彼の女である持統・元明朝から見た7世紀史観とその潤色に言及したもの。中大兄が当初から急進的な律令国家形成に賛同していたか否かは疑問があること、近江令存在説は成立し難いが、律令国家成立の一つの起点としての天智朝はそれなりに評価すべきことなどを指摘した。
封戸と封主
森 公章、山中章
『文字と古代日本』3流通と文字(吉川弘文館)   85-100   2005年7月
貴族や寺社に対する経済的特権である封戸の制度について、その成立過程、封戸制度の概略を説明した上で、その運用の実態を検討するために、近年増加する出土文字資料、特に木簡の記載に依拠して考察を深化したもの。封戸からの進上と判断できる荷札木簡の弁別方法や家政における封戸管理・運用の様相を解明する材料などを呈示した。
大宝度の遣唐使とその意義
森 公章
『続日本紀研究』355(続日本紀研究会)   22-40   2005年4月   [査読有り]
大宝度の遣唐使について、その概要を整理した上で、遣唐使派遣の目的や日唐双方の外交認識を考究したもの。新史料である杜嗣墓誌を紹介し、日本の遣唐使に対する新たな賓礼の存在とその意味を分析し、大宝度の遣唐使が東方に目を向けていた唐側の受け入れるところとなった事情や唐の官人による日本の遣唐使に対する「値踏み」が行われた上で、新たな日唐通交の展開が可能になった旨を指摘した。
石川県河北潟周辺の遺跡と出土木簡
森 公章
『東洋大学人間科学総合研究所内プロジェクト『共時的・通時的構造からみた地域』「旧加賀藩領」研究班・研究報告書2004年度』   43-52   2005年3月
近年出土文字資料が増加する注目すべき地域として石川県河北潟周辺出土の木簡に焦点を絞り、特に加茂遺跡と畝田・寺中遺跡を中心に、郡雑任の具体的活動とその出身基盤のあり方を考究したもの。加茂遺跡出土木簡に関しては釈文の訂正案を示すとともに、田領の新たな活動形態を明らかにした。また畝田・寺中遺跡出土木簡に関しては『日本霊異記』の記事と併考して、郡雑任の出身基盤となる村の存在を指摘している。
民官と部民制
森 公章
『弘前大学国史研究』118(弘前大学国史研究会)   1-24   2005年3月   [査読有り]
数千点と推計される7世紀後半の一大木簡群である石神遺跡出土木簡の基礎的な考察を試みたもの。本木簡群は律令制下の民部省の前身官司たる民官に関係するもので、仕丁制度運用のあり方や官司運営の実際が判明する稀有なものであることを指摘し、合せて民官の職務の前提となる部民制の内容やその廃止過程にも言及し、律令制的中央官司制の確立過程を明らかにした。
評司・国造とその執務構造
森 公章
『東洋大学文学部紀要』第58集史学科篇30   1-39   2005年3月
郡務を支える中小豪族の編成の淵源を探って、評制下、さらには国造制下に遡って考察を試みたもの。評制下において評司の下にあって評務を支える存在が存したことを明らかにした上で、国造・部民・屯倉制の執務構造を解明することを通じて、特に部民制を支える構造の中に国造の業務を補助する存在見出せると考えた。従来不明であった律令制地方支配成立以前の地方支配構造の解明に資するものである。
その後の長屋王家
森 公章
『続日本紀研究』349(続日本紀研究会)   1-17   2004年4月   [査読有り]
長屋王の変後の長屋光家の変遷如何という関心から、長屋王の後裔氏族である高階真人氏の生成過程を検討したもの。奈良時代の王族に対する処遇、王族賜姓の事由とその様相などを考察した上で、主に9世紀代の史料に登場する高階真人氏の人々の経歴と動向を整理し、いくつかの系統が存することを指摘し、異系統間の連絡如何など、高階真人氏の氏としての結合形態についても考究した。
日渤関係における年期制の成立とその意義
森 公章
『ヒストリア』189(大阪歴史学会)   1-23   2004年4月   [査読有り]
9世紀初に成立する年期制による通交の原則の成立過程を明らかにしたもの。その先蹤となる日羅関係における年期制のあり方、日渤関係の時期区分をふまえた上で9世紀初の通交のあり方や問題点を検討し、年期制度がどのような過程で定立されるかを考察した。9世紀初における儀礼制度の整備やその後の10世紀以降の年期制の展開についても言及している。
古代地方官衙遺跡出土木簡から見た郡務と国務の具体像
森 公章
『東洋大学文学部紀要』第57集史学科篇29   65-115   2004年2月
地方行政の要である郡司、また国司の具体的な執務方式の解明を求めて、近年点数が増加している地方官衙遺跡出土木簡の分析を試みたもの。郡家、国府、国分寺と様々なレベルの地方官衙の木簡が揃っている但馬国を例に、国符、郡司発給の文書、農事の管理を中心とした郡家の行政暦と木簡利用のあり方など郡務の具体像を明らかにし、合せて題籤軸木簡から郡務と国務の相関関係を考究した。
郡家の施設と部署
森 公章
『弘前大学国史研究』115(弘前大学国史研究会)   1-23   2003年10月   [査読有り]
文献史料を中心に郡家の施設と部署のあり方を考究したもの。近年の分散型の郡務遂行方式の史的をふまえて、郡家周辺と正倉や現業部門という具合に分けて郡務の実務を行う施設や部署がどのような形で配置されていたか、また郡司や郡雑任の配備は如何であったかという点に着目して独自の考察を試みた。文書管理や厨屋の具体像・正倉分散の様相にも言及している。
『参天台五臺山記』の研究と古代の土佐国
森 公章
『海南史学』41(高知海南史学会)   21-37   2003年8月   [査読有り]
入宋僧成尋の日記『参天台五臺山記』に窺われる師僧の弟子達に対する配慮の様子、本国との回路形成のあり方、本寺の寺勢拡大・弟子達の行く末の保障など、「経営者」としての入宋僧の側面を明らかにし、信仰面だけではない、中国留学者の様相を論じたもの。
武蔵国足立郡司武蔵武芝とその行方
森 公章、笹山晴生
『日本律令制の展開』(吉川弘文館)   361-389   2003年5月
史料の少ない十世紀の郡司のあり方について、『将門記』に登場する表題の人物を中心に、その動向や子孫の行方を検討したもの。譜第郡司の存続と国衙や武士団への転身を描き、合せて当時の武力編成の構造や武士の成立過程の問題にも言及した。十世紀以降の地方制度の変遷を郡司氏族の処世から探った論考である。
賓礼の変遷から見た日渤関係をめぐる一考察
森 公章、佐藤信
『日本と渤海の古代史』(山川出版社)   130-141   2003年5月
日本と渤海の通交について時期区分を示すとともに、主に外交儀礼である賓礼の変遷のあり方かを整理して、日渤関係の画期を探った。特に渤海本国まで随行する送使から日本国内の出発地まで見送る領帰郷着使への変化の過程を分析し、一紀一貢の年期制成立が両国の通交に及ぼした影響の大きさを指摘している。
遣唐使が見た唐の賓礼
森 公章
続日本紀研究   (343) 20-29   2003年4月   [査読有り]
日本古代の賓礼の起点を探るために、中国で日本の遣唐使が実体験した賓礼を整理したもの。到着地の行事、京上までの過程、入京時の郊労、館への安置、皇帝との会見、諸行事への参加、饗宴・官賞、交易・その他、辞見、送使の派遣の様相を精査し、日本の賓礼との異同をを検討した。
入宋僧成尋とその国際認識
森 公章
『白山史学』39(白山史学会)   23-53   2003年4月   [査読有り]
『参天台五臺山記』に窺われる宋代の賓礼、特に皇帝との謁見の様子、日本情報伝達のあり方、そしてそれらの背景をなす対外意識などについて検討を試みたもの。日本中心主義的立場の定着の様子にも言及し、宋代の日宋関係を再考する論点を呈したもの。また日本情報に関しては、当時の国内情勢を知る史料が含まれていることにも注意を喚起している。
 郡雑任の研究
森 公章
『東洋大学文学部紀要』第56集 史学科編28号   2(28) 45-102   2003年3月
郡司の下にあって郡務の実務運営を担った郡雑任の考究を行ったもの。近年の出土文字資料増加に啓発され、関係史料の集成を行うとともに、特に郡司の郡務遂行の構造如何という視点から郡雑任の役割や官人的位置などを明らかにした。また綱丁についても言及し、郡雑任ともども十世紀以降の行方についても展望している。
 王臣家と郡司
森 公章
日本歴史   (651) 1-18   2002年8月   [査読有り]
長屋王家木簡の世界や郡司氏族の研究の一環として、宗像氏を事例として、王臣家と在地豪族の関係を検討したもの。郡司氏族としての宗像氏の特色、長屋王家との関係、そして藤原氏との関係形成への転換などを描き、王臣家と郡司の関係一般を考える材料を呈した。特に平安時代初期に藤原氏との関係形成に進むことは古代国家の変遷を考究する上でも興味深い論点となる。
 長屋王家木簡の可能性
森 公章
『歴史評論』626(歴史科学協議会)   53-59   2002年6月   [査読有り]
長屋王家木簡の出土により、王権のあり方や官僚制研究にどのような新たな論点を呈することができるかを展望したもの。奈良時代の王・貴族の家政の復原だけでなく、家政と国政の関係という視点の必要性やさらに時代を遡って律令国家以前の検討にも資することが重要である旨を指摘している。
 加耶滅亡後の倭国と百済の「任那復興」策について
森 公章
『東洋大学文学部紀要』第55集 史学科編   27, 95-121(27) 95-121   2002年3月
562年新羅による加耶諸国併呑後の倭国と百済の「任那復興」策の相違を描き、合せて敏達紀の日羅献策の意味を検討したもの。新羅への侵攻による旧加耶地域の奪回をめざす百済と新羅との交渉による「任那調」の獲得、朝鮮三国からの通交確保をめざす倭国との外交方策の違いを指摘するとともに、倭国の朝鮮半島情勢に依拠した受動的な外交行動が次の時期にも持ち越されたことを展望した。
 白村江の戦をめぐる倭国の外交政策と戦略
森 公章
『東アジアの古代文化』110 大和書房   11-19   2002年2月
663年白村江の戦について、そこに至る倭国の外交政策のあり方、実際の戦闘における戦略構築の問題、そして戦後の倭国の姿などを論じたもの。
中臣鎌足と乙巳の変以降の政権構成
日本歴史   (634) 1-14   2001年3月   [査読有り]
乙巳の変(「大化改新」)後の政治の主導権を握ったとされる中大兄皇子―中臣鎌足の動向が不明であることに疑問を抱き、実際には孝徳大王が政治を主導したとする近年の学説を支持した上で、中臣氏の政治的位置づけ、中大兄皇子が天智として即位して初めて鎌足が政治の表舞台に登場することができた理由などを究明したもの。政治過程の上から「大化改新」の見直しの論点を呈した。
額田部氏の研究
国立歴史民族博物館研究報告   (88) 119-179   2001年3月   [査読有り]
共同研究「古代荘園絵図と在地社会についての史的研究」の研究分担者として、額田寺伽藍並条里図に関係する額田部氏の歴史を、畿内の郡司氏族、中下級官人を出す豪族としての二面性の視点から論じたもの。5世紀から9世紀くらいまでを対象とし、ヤマト王権内での役割、律令制下の動向、寺院の経済的利点など、古代豪族を分析する方法を示した。合せて関連資料の集成を試みた。
高知県香美郡野市町下ノ坪遺跡とその性格について
古代交通研究   (9)    2000年1月   [査読有り]
近年発掘の表題の遺跡について、類例の少ない古代の川津であり、県内の官衙遺跡の様相を知る上でも重要なものであることを強調したもの。合せて津の管理形態、古代交通路の復原、海上交通との結節、古代土佐国の在地豪族のあり方などの諸問題にも論究した。
国造・郡司・豪族
高知大学人文学部人間文化学科人文科学研究   (7)    2000年7月
古代豪族の居宅のあり方を解明するために、国造・郡司・豪族一般の居宅の様相に関わる文献史料を集成したもの。公的施設である郡家に関する考察材料は多いが、郡司の私宅に関する史料は僅少であり、検討が困難であるが、門の様子・郡内の生産機構・寺院との関係などの論点を呈した。また例えば郡司の一族は様々な権力的地位に就くので、それらを含めた考察が必要である旨を述べている。
天武十四年冠位制度の皇親冠位の理解をめぐって
海南史学   (38)    2000年8月   [査読有り]
王族・諸臣という区分を持つ天武十四年冠位制と皇親・諸王・諸臣という3区分の大宝令制の対応関係をめぐる論点のうち、皇親冠位の相当関係復原に一案を呈したもの。両制度は冠位区分の構造を異にしており、構造的対応を決定するのは難しいが、冠位保持者の実例の分析により、明冠が一品、浄冠壱位が二品、浄冠弐位が三品、浄冠参位が四品という対応であったと見るべきであるとした。
奈良時代の王族とその生活断章
続日本紀研究   (319) 1-18   1999年4月   [査読有り]
高市皇子、長屋王家の位置づけに関して、長屋王没後の一族の様子から検討を加えたもの。安宿王、河内女王、鈴鹿王を取り上げ、高市皇子の権威の存続のあり方を示し、長屋王家木簡に見える家政機関が高市皇子の家政機関を継承したものであるとする説の補強を試みた。
二条大路木簡中の鼠進上木簡寸考
日本歴史   (615) 1-13   1999年8月   [査読有り]
二条大路木簡中の鼠進上木簡について、これが鷹の餌であり、京職から兵部省主鷹司の鷹養飼の部署鷹所に進上されたものであることを明らかにし、合せて史料の少ない奈良時代の京職行政の具体的な執行方法に言及したもの。条別の賦課や功銭支給の雇役による物資調達の様子に触れ、坊令・条の役割を解明した。また直接の収取機関を持たない中央官司が首都に存する京職と不即不離の関係にあることを示した。
長屋王家木簡と田庄の経営
皆川家一編『古代中世史料学研究』上巻(吉川弘文館)   369-406   1998年10月
長屋王家木簡を律令制背律以前の「宮」の構造を知る史料として分析する方法を示すために、山背御田・御薗を中心にその経営のあり方を具体的に解明し、また大伴氏の田庄との共通性を指摘した上で、屯倉の系譜を引く畿内の屯田の経営と比較対照したもの。田庄経営と国郡司との関係にも言及し、長屋王家の経済基盤の運営の様相をより鮮明にした研究で、王貴族の家政の様相を考える材料を蓄積した。
雑色人郡司と十世紀以降の郡司制度
弘前大学国史研究   105(106) 1-22,1-16   1998年10月   [査読有り]
従来の研究史の用語であった「国衙官人郡司」の再検討を通じて、10世紀以降の郡司制度の展開を考究したもの。この用語は不適切であり、雑色人郡司の語を用いるのが至当であること、雑色人郡司段階の郡司のあり方として、他職兼任と国使による郡務の支援があり、9世紀後半以降の郡司制度の崩壊をくいとめようとしたものであったことばどを指摘し、11・12世紀の郡司制度の行方を展望した。2号にわたる分載であり、105号(1998年10月刊/1~22頁)、106号(1999年3月刊/1~16頁)である。
郡司補任請願文書とトネリ等の郡領就任
続日本紀研究   (303) 1-17   1996年8月   [査読有り]
正倉院文書、木簡などに残された郡司補任請願文書の内容と郡司任用の諸段階のどの場面で必要になるものかという機能とを詳細に検討し、トネリ等が郡司になる時の手続きを解明した。また長期間にわたり中央に滞在し、在地の事情に通じていないトネリ等が郡司になった場合の地方行政上の諸問題を法令類と実例の上から明らかにし、地方支配における問題を取り上げた。
袁晋卿の生涯―奈良時代、在日外国人の一例として―
日本歴史   (580) 1-15   1996年9月   [査読有り]
天平度の遣唐使帰国とともに来日した唐人袁晋卿の日本での生活、官人としてのあり方、婚姻や子孫の動向など、を探究することを通じて、奈良時代の在日外国人の存在形態を解明しようとしたもの。在日外国人の文化面での貢献とともに、彼らに対する日本人の意識は如何であったかという外交意識の問題を検討した。
律令国家における郡司任用方法とその変遷
弘前大学国史研究   (101) 1-31   1996年10月   [査読有り]
律令制下の地方支配の問題を考える基本となる郡司の制度について、長らく論争されてきた任用方法の変遷の諸問題を論究したもの。律令規定の検討、諸法令の内容とその解釈などを通じて、大宝令制施行当初から譜第を基準とする任用が行われており、譜第の内容規定を厳しくすることによって、国家が期待する人材を地方豪族の中から登用しよとする流れが存したことを明らかにした。
長屋王家木簡三題
木簡研究   (18) 227-245   1996年11月   [査読有り]
長屋王家木簡について、妻吉備内親王の長屋王家における位置づけ、長屋王家での帳簿作成の技術と帳簿の種類、木簡の再利用・転用の問題を論じたもの。木簡の内容分析とともに、木簡の実物あるいは写真版での観察によって得られる知見を整理して、3つの問題点として提起した論考である。長屋王家の家政運営の細かな検討、木簡作成の実際などに関して新たな論点を付加した。
古代難波における外交儀礼とその変遷
『前近代の日本と東アジア』(吉川弘文館)   171-195   1995年1月
延喜玄蕃式の記載を手がかりに、これが難波における外交儀礼を規定したものであることを論証し、その内容・意味を検討したもの。さらに難波における外交儀礼を古代日本の外交儀礼全体の中に位置づけて考察を加え、また律令制都城への外交儀礼の包合の過程とその意義を論究した。
長屋王邸の住人と家政運営
『平城京左京二条二坊・三条二坊発掘調査報告』(奈良国立文化財研究所)   363-407   1995年3月
長屋王家木簡をめぐる諸問題、2つの家政機関、北宮、吉備内親王の位置づけ、家政機関の運営、御田・御薗や封戸の経営方式、長屋王家の政治的立場、長屋王の変とその後の長屋王家の行方などを検討し、長屋王家木簡研究の一応の到達点を示したもの。奈良時代の貴族の家政運営のあり方を解明した画期をなす論考となる。
古代日本における在日外国人観小考
高知大学人文学部人文学科・人文科学研究   (3) 13-45   1995年6月
従来東漢氏・秦氏など5世紀の渡来人の検討が主であった研究分野において、8世紀以降の日本に居住した人々で「○○人」と外国名を冠して把握される者を、在日外国人としてとらえるべきことを述べ、彼らの存在形態や法規・待遇、そして古代日本人の在日外国人に対する観念を明らかにした。外交史の中でも、外交政策の基礎をなす対外意識の問題に焦点をあてたものである。
橘家と恵美太家
海南史学   (33) 1-16   1995年8月   [査読有り]
長屋王家木簡に窺われる長屋王家の様相は、奈良時代の貴族の家政運営に共通する要素があるとの立場から、橘家と藤原仲麻呂の家政について整理し、橘奈良麻呂の乱の敗因に言及したもの。政治史を支える構造を解明しようと試みたもので、橘家の家政の脆弱さに対して、家政の伝統形成・家政から国政への展開・地方豪族の把握という仲麻呂家や藤原氏のあり方を対照的に抽出した。
二条大路木簡と門の警備
『文化財論叢』2(同朋舎)   447-467   1995年
天平8年頃を中心として、聖武天皇・光明皇后や藤原麻呂関係の木簡群と目される二条大路木簡の中から、門の警備に関する木簡を取り上げ、兵衛を中心とする門の警備のあり方、兵衛の氏姓の分布などを検討し、これらの木簡が皇后宮の警備に関わるものであることを明らかにした。また二条大路木簡の全体的な性格にも言及した。
長屋王家木簡再考
弘前大学国史研究   (96) 1-33   1994年
国書生に関する基礎的考察
笹山晴生先生還歴記念『日本律令制論集』下巻(吉川弘文館)   275-328   1993年
卜部寸考
日本歴史   (539) 1-12   1993年
外散位に関する諸問題
『古代国家の歴史と伝承』(吉川弘文館)   184-217   1992年

書籍等出版物

 
古代日中関係の展開
森 公章
敬文舎   2018年5月   
遣唐使の概要と寛平度遣唐使計画の中断、唐の滅亡による遣唐使事業の終焉について整理した上で、「遣唐使」以後の日中関係の展開について、近年の研究をふまえて、新たな通史的考察を試みたもの。従来の通説では低く評価されてきた摂関期の位置づけを見直し、一方で、過度に位置づけられてきた平氏と日宋貿易に関係についてはその実態を再検討した。
天智天皇
森 公章
吉川弘文館   2016年9月   
人物叢書の1冊で、中大兄皇子・天智天皇の生涯を詳細に叙述したもの。乙巳の変・孝徳朝政治の中での役割、白村江戦と長らくの称制、即位後の近江朝廷の政治など、激動の七世紀史の中での行動を究明し、通説を改め、その歴史的位置づけを再考したもの。
平安時代の国司の赴任 『時範記』をよむ
森 公章
臨川書店   2016年4月   
摂関期~院政期にかけて活躍した官人である平時範の因幡守赴任から帰京までの一部始終をまとめた日記『時範記』の当該箇所を丁寧に読み解き、『今昔物語集』『古事談』や『因幡国伊福部臣古志』などの史料を参考にしながら、国司交替の様子や国司と地方豪族の関係など、当時の地方支配の実態を明らかにしようとしたもの。
在庁官人と武士の生成
森 公章
吉川弘文館   2013年9月   
既発表論文8編をそれぞれに補訂し、国衙機構のあり方や在庁官人制の成立に関する国書生・判官代や受領郎等、また相撲人と武士の関係などを考究した。在庁官人の人的系譜分析から、従来の源平両氏中心とは異なる視角で、武士成立の道筋を探究する方法を示している。
成尋と参天台五臺山記の研究
森 公章
吉川弘文館   2013年2月   
既発表論文8編・書評1編をそれぞれに補訂し、11世紀末の入宋僧成尋とその渡海日記『参天台五臺山記』の読解に関連する論考を集成したもの。入宋の手続き、皇帝との謁見の様子、日本情報伝達のあり方など、宋における外交形式や対外意識、日中間を往来した僧・商人の様子、彼らの活動を支えた人々の存在とその関係について考究し、遣唐使事業が終了する平安中期以降の日本の対外関係の行方を展望した。
古代豪族と武士の誕生
森 公章
吉川弘文館   2013年1月   
「古代史を貫く地方豪族の歴史」という視点から、正倉院文書に登場する下総国海上郡の他田神護を切り口に、地方支配の歴史的変遷、地方豪族と朝廷との関係、地域支配支配の構造などを通史的に説明したもの。通常は10世紀頃までで終わる通史的叙述に対して、在庁官人や武士に関する研究をもとに、12世紀末までを視野に、地方豪族から見た古代史の時期区分案も呈している。
遣唐使の光芒
森 公章
角川学芸出版   2010年4月   
遣唐使の新しい概説書を執筆したもの。「遣唐使の概要」、「遣隋使から遣唐使へ」、「大宝度遣唐使の画期性」、「唐文化の移入」、「安史の乱と宝亀・延暦度の遣唐使」、「最後の遣唐使」、「遣唐使のあとに続くもの」の各章からなり、遣唐使事業を通時的に鳥瞰する視点、遣唐使の相対化を課題に、新たな遣唐使研究の成果を整理した。
倭の五王
森 公章
山川出版社   2010年4月   
5世紀に活躍する倭の五王の人物像・事績などを通じて、当該期の王権のあり方、東アジア諸国との関係を検討したもの。中国史料に登場する倭の五王と『古事記』『日本書紀』や金石文などの日本側史料に現れる当該期の王たちとの関係、また中国・朝鮮諸国との通交による国家形成との関連性などを考究した。
史跡で読む日本の歴史3古代国家の形成
森 公章、編著 (担当:編者)
吉川弘文館   2010年2月   
全10巻の史跡を中心に日本史を綴るシリーズの1冊を編著したもの。7世紀史を対象としたもので、総論「古代国家の形成」と「あとがき」および「評家」・「石碑」の章を執筆した。
地方木簡と郡家の機構
森 公章
同成社   2009年7月   
既発表論文7編をそれぞれに補訂し、新稿1編を加え、一書に成したもの。近年出土増加が著しい地方木簡を文献史料に照らして分析し、郡家の人的構成・施設のあり方などの具体像を明らかにし、5・6世紀から12世紀くらいを視野に、古代国家の地方支配の実像解明に努めた。
奈良貴族の時代史―長屋王家木簡と北宮王家―
森 公章
講談社   2009年7月   
天武天皇の皇子で、壬申の乱の功労者高市皇子に始まり、奈良時代前半の左大臣長屋王に続く王家を、長屋王家木簡という新出土文字資料の解析に基づき、北宮王家として位置づけ、藤原氏を中心とする従来の奈良時代史の理解に再検討を試みたもの。歴史考古学と文献史学の成果を融合して、また地方豪族の動向にも目配りしながら、奈良時代から平安時代への変化を考察した。
遣唐使と古代日本の対外政策
森 公章
吉川弘文館   2008年11月   
既発表論文8編をそれぞれに補訂し、新稿4編を加えて、計12編を一書に成したもの。古代日本の外交に重要な役割を果たした遣唐使について、遣唐使の全体的時期区分と諸相、外交儀礼、留学生の活動、唐文化の移入、菅原道真の遣唐使計画などについて考究した。また渤海や新羅、百済、加耶など朝鮮諸国との通交にも目配りし、7~9世紀の対外政策の全体像を解明しようとした。
知っておきたい日本史の名場面
森 公章、大隅和雄、神田千里、季武嘉也、山本博文、義江彰夫 (担当:共著)
吉川弘文館   2008年3月   
日本史の転換となった名場面について、詳細・平易、かつ臨場感あふれる解説をまとめたもので、好太王碑文、崇仏論争、聖徳太子の政治、大化の改新、白村江の敗戦や壬申の乱、奈良朝の政変の項目を担当した。
東アジアの動乱と倭国
森 公章
吉川弘文館   2006年12月   
2世紀に成立した倭国が東アジア諸国との交流で発展すると同時に、戦争に巻き込まれていく様子を描いたもの。「戦争の日本史」シリーズの第1巻にあたり、倭国大乱、百済・加耶諸国の紛争、白村江の敗戦への過程を検証し、激動する国際情勢の中で倭国が体験した戦争の具体相と外交の展開を整理した。
 日本の時代史3倭国から日本へ
森 公章、小沢毅曽根正人古市晃島田敏夫鐘江宏之 (担当:編者)
吉川弘文館   2002年8月   
全30巻の日本史の通史のシリーズの1冊を編著したもの。7世紀の飛鳥時代を扱っており、その総論にあたる「倭国から日本へ」の章を執筆した。従来の推古朝や「大化改新」を起点に中央集権的律令国家が確立するという説明ではなく、白村江の敗戦や壬申の乱を経た天武・持統朝に急速に古代国家が構築されるという構図をもとに、律令体制の成立過程を述べたのが大きな特色である。
高知県の歴史
森 公章、荻慎一郎、市村高男、下村公彦、田村安興 (担当:共著)
山川出版社   2001年2月   
原始から近・現代に至る高知県の歴史のうち、原始・古代の部分およびそれに相当する年表部分を執筆した。「土佐国の成り立ち」では旧石器時代から律令体制下までの土佐国の様相を、最新の考古学の発掘事例や地方制度に関する自らの研究成果を取り入れて叙述し、「変わりゆく古代国家」では『土佐日記』の分析を中心に、従来あまり語られることがなかった土佐国の平安時代の様相を明らかにした。
長屋王家木簡の基礎的研究
森 公章
吉川弘文館   2000年5月   
既発表論文およびその他13編をそれぞれに補訂し、長屋王家木簡と家政運営、長屋王家木簡の諸相、長屋王家木簡の周辺の3部および「付 長屋王家木簡・長屋王邸関連論文目録(稿)」に構成し、一書に成したもの。新出土の長屋王家木簡・二条大路木簡を理解する上で基礎となる研究である。
古代郡司制度の研究
森 公章
吉川弘文館   2000年2月   
既発表論文8編をそれぞれに補訂し、新稿1編を加え、律令制地方支配の成立過程、律令制下の郡司任用制度の変遷とその起源、9世紀以降12世紀までの郡司制度の行方の3部に構成し、一書に成したもの。郡司の前身たる評司、律令制下の国造の分析や雑色人郡司の用語の提唱も行っている。
「白村江」以後
森 公章
講談社   1998年6月   
663年白村江の敗戦に至る日本の外交政策をあり方とその特色を解明し、当時の日本の国家段階・外交政策が実際の戦争の場においてどのような矛盾を露呈したかという視点から、白村江戦を論じ、敗戦後の国家機構の変容(律令国家の成立)と変わらない対外姿勢(外交ベタ)を描き、今日に及ぶ日本国家の特質、文化摂取の様相を考察した。
古代日本の対外認識と通交
森 公章
吉川弘文館   1998年5月   
既発表論文8編をそれぞれに補訂し、新稿3編を加え、古代日本の対外認識、外交政策と通交、外交儀礼の3部に構成し、一書に成したもの。事大主義と日本中心主義という二重構造の対観をキーワードに、天皇号の成立を始め、対唐観や在日外国人観、外交構造の特質を解明した。本書は博士(文学)の学位請求論文である。

講演・口頭発表等

 
日宋関係 [招待有り]
森 公章
「古代東アジア・東部ユーラシアの対外交通と文書」   2014年1月26日   
交流史から見た沖ノ島祭祀 [招待有り]
森 公章
「宗像・沖ノ島と関連遺産群」国際学術研究報告会   2013年10月12日   
五世紀の銘文刀剣と倭王権の支配体制
森 公章
九州史学会   2011年12月10日   
シンポジウム「倭王は何を学んだか―東アジア世界と倭の変容―」の基調報告
古代地方豪族の行方―相撲人と国衙・武士、常陸国の事例から―
森 公章
白山史学会大会   2011年11月26日   
第49回白山史学会大会の記念講演
遣唐使と唐文化移入の特色
森 公章
アメリカ合衆国オレゴン大学国際シンポジウム「東アジア都市、奈良 8世紀日本の国際性と地域性」   2010年5月1日   

Works

 
平城宮の発掘調査
1988年 - 1994年
薬師寺古文書調査
1989年 - 1993年
大覚寺聖教調査
1991年

競争的資金等の研究課題

 
平安・鎌倉時代の国衛機構と武士の成立に関する基礎的研究
科学研究費 基盤研究(C)(一般)
研究期間: 2009年 - 2011年    代表者: 森 公章
日本における地域と社会集団 ―公共性の構造と変容―
研究所プロジェクト
研究期間: 2007年 - 2009年
遣唐使の特質と平安中・後期の日中関係に関する文献学的研究
科学研究費 基盤研究(C)(一般)
研究期間: 2007年 - 2008年    代表者: 森公章
共時的・通時的構造からみた地域
研究所プロジェクト
研究期間: 2004年 - 2006年
古代日本における国郡務運営の実態とその変還に関する研究
科学研究費 基盤研究(C)(一般)
研究期間: 2003年 - 2004年    代表者: 森公章

その他

 
2018年11月   歴史書懇話会創立五〇周年記念読書アンケート
『歴史書通信』240号(60~61頁)。2017・28年に刊行の書籍で特に印象に残ったもの2点、これまでに出会った歴史書の中で「名著」と言えるもの3点を挙げた。
2018年2月   書評と紹介 鈴木靖民・荒木敏夫・川尻秋生編『日本古代の道路と景観 駅家・官衙・寺』
『日本歴史』837号(93~95頁)に掲載。内容紹介と若干の書評を行った。
2017年9月   〈書評〉磐下徹『日本古代の郡司と天皇』
『古代文化』69の2(148~149頁)
2016年11月   日本古代史の研究と木簡
韓国木簡学会第3回国際学術会議資料集『古代世界の文字資料と文字文化』(慶北大学校、66~80頁)
2016年11月   古代天皇制の成立はいつか
『発見・検証日本の古代』Ⅲ前方後円墳の出現と日本国家の起源(KADOKAWA)80~100頁