共同研究・競争的資金等の研究課題

2018年4月 - 2020年3月

日本における色盲観の歴史的変遷に関する言説分析

日本学術振興会  科学研究費助成事業 特別研究員奨励費
  • 森谷 亮太

課題番号
18J10348
配分額
(総額)
900,000円
(直接経費)
900,000円
(間接経費)
0円

本研究の目的は、2003年の学校色覚検査廃止の前後で色盲観がどのように構築され、また変容したかを明らかにすることで、日本社会と「色盲」に関する新たな知見を得ることである。
本年度明らかになった視点は、主に以下の4点である。①1920年の学校色覚検査の導入に至る過程は、それまでの時期に学校健康診断制度において醸成された「公益的健康観」、および「疾病不在=健康観」を土台に、学生の色覚異常という特定の身体的特徴に注視する視線が構築されてきた時期であった。②1921年以降の学校色覚検査が制度的に規定された時期(強制的学校色覚検査期)では、石原式学校色覚検査表の利用や集団検診方法により、色覚異常が規格化された時期だった。具体的には、フーコーの生権力概念を援用し、この時期の制度的学校色覚検査は、「監視する階層秩序」を形成し、石原表と教師・クラスメートの視線が「規格化する制裁」を加えることで、「規格化の視線」が構築されていた。③戦後、学校保健法が施行されてからは、上記②の「規格化の視線」が、色覚異常当事者に主体化され、色覚異常当事者のライフストーリーで繰り返し語れてきた、「トラウマ体験としての学校色覚検査」という学校色覚検査観が構築されてきた。④2003年以降の学校色覚検査廃止期(選択的学校色覚検査期)では、上記③の主体化された「色覚異常を規格化する視線」が解体され、これまでと異なる「戦略」としての色盲観が構築されつつある。
これまで学校色覚検査に着目して色盲観の構築と変遷を明らかにした研究はなく、これらの視点は障害学や教育社会学において、色盲観の理解に新たな視点を提起するものである。特に、2003年以降の当事者の語りは、研究データの欠落を埋め、今後の色覚問題研究、及び障害学理論研究の発展の足掛かりとなる意義がある。以上の研究成果を、本年度は4つの国内学会報告と1つの国外学会報告で発表した。