2015年6月
吉行淳之介の病跡―シゾイド・パーソナリティの治療の場として文学
日本病跡学雑誌
- ,
- 巻
- 号
- 89
- 開始ページ
- 35
- 終了ページ
- 45
- 記述言語
- 日本語
- 掲載種別
- 研究論文(学術雑誌)
- 出版者・発行元
- 日本病跡学会 ; [1969]-
吉行淳之介は一貫して「性」をテーマにし続けた小説家であるが、彼の作品群には、独特で一見奇異とも思える、登場人物の対人距離・対人交流が認められる。「原色の街」での、娼婦・あけみは、世界とのあいだ、自分自身とのあいだに断層をつくり、短編「青い花」では、主人公が、喰う喰われるの人間関係を求める妻を置き去りにし、少年の日の思い出のなかに逃げ込んでいくが、いずれもシゾイド者の防衛とみなせる。危険で厄介な関係に徹底してかかわらないとすると、「鳥獣虫魚」での石膏色の人間・風物に示される、離人症的な、現実感の喪失が起こる。しかしながらそこで再び対象との関係を希求すると、今度は関係が濃密になりすぎることによる自己喪失の危険が待ち構える。このような対象関係におけるジレンマは、ガントリップがin and out programとして定式化した、シゾイド的葛藤の最も特徴的な点である。吉行自身の実生活では、蕩児あるいは寵児といった仮面で世間からの視線を巧みに韜晦し、さらに自己の内面を上述のようなフィクションとして切り離すというありかたで、シゾイドとしての自身の危険な感性・感受性を安全に表現し、また世界につなぎとめていたといえる。すなわち、彼の文学は精神医学的側面からするとシゾイド・パーソナリティの治療の場としての役割を持っていたと考えられた。
- リンク情報
- ID情報
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- ISSN : 0285-8398
- CiNii Articles ID : 40020537352
- CiNii Books ID : AN00196679