2021年
金閣放火事件からみた精神鑑定と病跡学の視点
日本病跡学雑誌
- 巻
- 号
- 101
- 開始ページ
- 20
- 終了ページ
- 26
- 記述言語
- 日本語
- 掲載種別
- 研究論文(学術雑誌)
刑事精神鑑定と病跡学において精神科医は、ある人物の過去を理解し説明しようとする歴史家の立場に立つとともに、歴史学的あるいは解釈学的な課題を背負い込むこととなる。病跡研究者は、対象人物やその創造が行われた現場からの時間的・空間的・文化的な距離の「遠さ」を強いられている。他方、精神鑑定人は、正確で豊富な情報や直接的な診察・検査をもとに、高い精度で過去の再構成ができる立場にある。だが、昭和25年の金閣放火事件の精神鑑定およびその後の犯人の経過が示すように、鑑定人は、犯行直後に精神状態を判断するという時間的な「近さ」、あるいは司法や当事者の利害関係、世論の反応、臨床的観点あるいは犯行に対する個人的感情といった、アクチュアルな関連との「近さ」を強いられている。過去の一時点に対する解像度の高い精神医学的再構成、いわば「虫瞰的」な過去の把握を目的とするのであれば、精神鑑定は優れており、他方、病跡学は、対象者の生涯を、一つのパースペクティブの内で概観する「鳥瞰的」な過去の把握に優れていると考えられた。病跡学の「鳥瞰的」な立場が、エピ-パトグラフィーや「時代病理の病跡学」などの発展領域を生み出すことに寄与した可能性を指摘した。