研究ブログ

研究ブログ

免疫組織化学の基礎 原理・プロトコール+α <3. 用語および関連事項の解説>

(最終更新日:2023.6.11)

3. 用語・関連事項
H2O2
 過酸化水素水。約30% (表示は30.0~35.5%など)のものを購入。過酸化水素水は時間と共に分解して水となるので、あまり長期保存はしない方が良いが、冷蔵庫で1年程度なら問題なく使える。濃度の高いものは劇物。皮膚にかけると、しばらくしてから白く変色し、激痛を起こす。蓋を開けた原液の瓶の上に手をかざすだけでも、しばらく後に同様の傷害が起こることがある。
 
M(モラー、molar)
濃度の単位。mol/Lと同じ。これを「モル」と呼ぶ人もいるが、正しくは「モラー」または「モーラー」。
 
mol(モル、mole)
分子、原子等の数の単位。1モルの分子とは、約6.02 x 1023個の分子という意味。この「6.02 x 1023」のことを、「アボガドロ数」という。原子1モルの重さ(グラム)が原子量。分子1モルの重さが分子量。水H2Oは、分子量が約18だから、18グラム(18 mL)の水の中には水分子が6.02 x 1023個存在する。
 
PBS
Phosphate buffered saline。リン酸緩衝液の入った生理食塩水。食塩の入っていないPhosphate buffer (またはphosphate buffer solution)は一般にPBと略す。PBとPBSは違うものなので区別しなければならないが、間違えても致命的な失敗にはならないと思われる。

生理食塩水(saline)
人の体液とほぼ浸透圧が等しくなるように作られた食塩水。0.9% (w/v)食塩水。
体液と浸透圧が等しいので、組織を自然な状態に保つことができる。組織標本を真水に入れれば、組織が水を吸って膨張する。逆に濃度(浸透圧)の高い溶液に入れれば、組織内の水が外に出ていき、組織は縮む。実際に組織切片標本をイオン交換水に漬けておくと、1分ほどで切片に皺が寄る。


緩衝作用、緩衝溶液(buffer reaction, buffer solution)
強酸(HClなど)や強塩基(NaOHなど)は水溶液中で100%解離し、H+, Cl-, Na+, OH-などとして存在している。一方、弱酸(CH3COOH, NH3など)は、部分的に解離し、平衡状態となっている。CH3COOH ⇄CH3COO- + H+
ここに外部から少量の酸(H+)を加えると、CH3COO-と結合してCH3COOHが増える。少量の塩基(OH-)を加えると、H+と結合してH+が減るが、その分CH3COOHが解離してH+を供給する。したがって、このような弱酸(実際には弱酸とその塩の混合液)が水溶液中に存在すると、外部から加えられる酸や塩基の影響を緩衝し、酸性度(水素イオン濃度)の変化を抑制することができる。緩衝液の種類(酢酸緩衝溶液、リン酸緩衝溶液など)によって、緩衝効果の高いpHが違うので、場合によって異なる種類の緩衝液を使い分けることもある。
 
Triton X-100
界面活性剤の1種。商品名であり、正式名称(IUPAC name)は2-[4-(2,4,4-trimethylpentan-2-yl)phenoxy]ethan-1-ol。Polyoxyethylene(10) Octylphenyl Etherと呼ばれることもある。
 
ペルオキシダーゼ(peroxidase)
過酸化水素などの過酸化物が他の分子を酸化、分解する反応を促進する酵素である。免疫組織科学の発色反応で利用されることが多いが、体組織にも内在する。血液の血球成分に多いそうである。酵素は基本的には触媒であり、いくら反応を促進しても自身は変化を受けないはずであるが、実際にはそのような理想的な酵素や触媒は存在しない。多数回反応を繰り返せば、やがて失活する。そのため、免疫染色では、内在性のペルオキシダーゼを失活させるために組織と過酸化水素水を反応させる。

0

免疫組織化学の基礎 原理・プロトコール+α <2. 凍結切片の免疫染色プロトコールと実際的な注意点(2)>

(2023.6.11 加筆修正)

ステップ5. 0.1M PBSで洗う。 (5分×4回).
 
ステップ6. 2次抗体 Biotinylated donkey anti-goat IgG 1:1000 in PBS w/0.1% Tx-100, 1% NDS (2 hrs).
いよいよ2次抗体をかける。原理等については、「1. 免疫組織化学の概要」を参照のこと。
Biotinylatedというのは、抗体分子にbiotin分子が結合しているという意味。
Tx-100、NDSについては、1次抗体の項を参照のこと。

ステップ7. 0.1M PBSで洗う。 (5分×4回).
 
ステップ8. ABC反応 ABC 1:200 in 0.1 M PBS (1.5 時間).
私はVector社の Elite ABC standard kit を使っている。
原理については、<ABC反応とDAB反応>の項を参照のこと。
反応溶液は、PBSにキットのA液とB液を加えて作る。abidin-bitotin-peroxisase 複合体が十分できるまでに15分ほどかかるので、実際に反応を始める15=30分前に溶液を調整する。7.の洗いを始めたくらいのタイミングでABC溶液を作るとよい。
 
ステップ9. 0.1M PBSで洗う。 (5分×4回).
 
ステップ10. Diaminobenzidine (DAB) 反応
0.04% DAB, 0.04% NiCl2 in 0.05 M Tris buffer (pH7.6), 0.003% (or less) H2O2.
DAB 10 mg/25 mL Tris buffer + 50 125 µL of 8% NiCl2. Add 1/5 of H2O2 (0.0006%).
原理については、<ABC反応とDAB反応>の項を参照のこと。塩化ニッケル(NiCl2)を加えることで、DAB酸化物の色が黒っぽくなる。NiCl2抜きだと赤茶色になる。ニュートラルレッドで対比染色(後述)する場合は、NiCl2を加えないと、DAB酸化物の色と対比染色の色の区別がつかない。私の感覚では、対比染色をしない場合でも塩化ニッケルを加えた方が、顕微鏡観察した時に見え方がシャープになるように感じられる。H2O2は、最大で0.003%加えるが、その1/5(0.0006%)ずつ加えて行き、発色を見てちょうど良いところで止める。H2O2の量は経験で決めるしかないが、脳ならば灰白質がうっすらと染まって見えるくらいが丁度よい。経験的には、ほとんどのケースで、最大量の1/5〜3/5で十分である。
DABは発がん性物質なので、取扱注意。現在はタブレットも売られているので、粉末を毎回計量するよりはタブレットの方が安全である。反応溶液は下水に流さず、塩素系漂白剤(次亜塩素酸ナトリウム)を加えた上で無機廃液として処理する。
 
ステップ11. 0.1M PBSで洗う。 (5分×4回).
1回目の洗い液は、10.の反応溶液と同様、塩素系漂白剤を加えた上で、無機廃液として処理する。
 
ステップ12. スライドガラスに貼り付け、乾燥する.
ゼラチンコートしたスライドガラス(齧歯類などの小さな脳の場合、市販のコート済みスライドガラスも使える)に切片を貼り付ける。貼り付けは、0.01MのPB(PBSではない)の中で行う。PBSや濃いPBを使うと、乾燥した時にガラス表面に食塩やリン酸塩の結晶が残る可能性がある。水を使っても良いが、浸透圧が低すぎてすぐに切片が水を吸ってシワシワになるので、貼り付けが難しい。0.01M PBくらいだと、すぐにはシワができないので、扱いやすい。

0

免疫組織化学の基礎 原理・プロトコール+α <2. 凍結切片の免疫染色プロトコールと実際的な注意点(1)>

(2023.6.11 加筆修正)

2. 凍結切片の免疫染色プロトコールと実際的な注意点
私の使っているFITC (fluorescein isothiocyanate)の免疫染色のプロトコールを例として、免疫染色の具体的な方法を、注意点を含めて解説する。なお、免疫組織化学に使う薄切切片標本には、組織をショ糖溶液などに漬けてから凍らせて薄切する凍結切片とパラフィンに漬け込んでから薄切するパラフィン切片などがあるが、私は常に凍結切片を使っている。どちらを使っても、免疫染色自体のやり方にはほとんど違いはない。また、同じ抗原を対象にした免疫染色でも、研究室によって反応時間等が違うことがあるが、基本は同じである。
各種の用語、略語については、必要に応じてのちに解説を加える予定である。
今回は、切片標本の前処理と1次抗体の反応まで。

内容に入る前に、実験ノートについての注意点。
実験ノートには、各ステップの反応で使ったPBSの量、試薬の量、開始時間などをこまめに書いておくことを強く勧める。忙しい時は、意外なことを忘れるものである。書くことによって、抗体の動物種の間違いなどもチェックできる。試薬の量を計算する時は、計算結果に加えて、主だった計算式もノートに残す方が良い。書くことによって、ミスを見つけることができる。
ノートは、少なくとも1ヶ月後、1年後の自分が見て分かるように書いておくこと。反応がうまくいかなかった時には、後からノートの内容をチェックして原因を探す必要があるので、特に重要である。免疫組織化学の実験には、技術的に難しいことは何もない。しかし、同じような試薬を混ぜて、切片を入れて、シェーカーで撹拌するという単純作業の繰り返しであり、単純ミスは起こりやすい。ミスを防止し、ミスが起こった場合に素早く見つけるために、唯一頼りになるのは実験ノートである。
 
免疫染色プロトコールの例:Fluorescein isothiocyanate (FITC)免疫染色法


ステップ1  0.3% H2O2/0.1 M PBS  30分.
最後の段階でペルオキシダーゼを用いた発色反応を行うので、内在性のペルオキシダーゼを失活させるために行う。
ちなみに、PBSとはphosphate buffered saline(リン酸緩衝液入りの生理食塩水)のことであり、PB(phosphate buffer, リン酸緩衝液)とは別物である。緩衝液については、後述する。
切片をH2O2(過酸化水素)の入ったPBSに入れ、30分間攪拌する。液の量は経験で決めるしかないが、切片どうしがくっつかずに、よく「泳ぐ」くらいの量が目安。液量は、この後の反応でも常に同じにするのが基本。攪拌中は、切片が溶液中できちんと動いているのを目視で確認すること。
なお、実験ノートには、各ステップの反応で使ったPBSの量、試薬の量、開始時間などをこまめに書いておくことを勧める。忙しい時は、意外なことを忘れるものである。
 
ステップ2 0.1M PBSで洗う。 (5分×4回).
反応溶液と同じくらいの量で、最低3回洗う。洗い液の量は多い方が良いし、回数は多い方が、時間は長い方が良いが、反応液と同量で5分×4回行えば、まず間違いはない。反応溶液から切片を引き上げ、洗い液に入れる時、どうしても反応溶液が切片について次の液に混ざることになる。(だからこそ洗いが必要だ。)切片についてくる液の量が1 ml、洗い液の量が50 mlと仮定すると、1回の洗いで切片についている反応液が50倍に希釈されることになる。これを2回繰り返せば2,500倍、3回繰り返せば125,000倍に希釈されることになる。
洗った回数、開始時間などもノートに書いておくと良い。何回洗ったか、洗い始めてから何分経ったかわからなくなることは、よく起こる。
 
ステップ3. 1% スキムミルク/ 0.1 M PBS 1時間
抗体の非特異の吸着を防ぐ「ブロッキング」の一種(「1. 免疫組織化学の概要」参照)。私のプロトコールでは、1次抗体の前にスキムミルクを使い、血清は1次抗体と一緒に入れる。この順番や用いるブロッキング剤の種類は、人によって違うだろう。
 
ステップ4. 1次抗体 (goat anti-FITC 1:2000)/0.1M PBS/0.1%TX-100/2%NDS (1晩〜2晩).
<1次抗体の選び方>
目的の抗原と結合する抗体を通常1次抗体と呼ぶ。 “goat anti-FITC” というのは、ヤギの体内で作られた(ヤギを免疫動物とする)、FITCと結合する抗体、ということである。呼び方はメーカーによって変わることもある。たとえば、anti-FITC (made in goat)など。免疫動物の他に注意すべき点として、モノクローナル抗体かポリクローナル抗体か(「1. 免疫組織化学の概要」参照)、抗体クラスがIgGかIgMか、などがある。大部分の1次抗体はIgGだが、まれにIgMもある。もう一つ気をつけるべきこととして、抗体の交差性がある。同種の蛋白でも、抗体との反応性が同じとは限らない。たとえば、ヒトのオキシトシン受容体蛋白に結合する抗体が、マーモセットのオキシトシン受容体蛋白にも同じように結合するとは限らない。どの動物のタンパクに対して使えるかを示すのが「交差性」である。FITCやTMRなどの、人工的なマーカー蛋白については、交差性を気にする必要はない。
なお、1次抗体を選ぶ際は、まず選考文献などで実績のあるものを選ぶのが無難である。先行研究で使われていても、希釈倍率などは条件によって変わるので、できれば、自分が初めて使う抗体については、一度少数のポジティブコントロール(必ず目的のタンパクが存在する試料)を使って、希釈倍率のテストをすることが望ましい。テストするとすれば、500倍、2000倍、10000倍の3種類くらいか。10000倍でも十分発色すればとても優秀な抗体だし、500倍以下でないと発色しないとすれば、かなり効率の悪い(金のかかる)抗体ということになる。
抗体には、必ず型番とLot numberがついている。両方を記録し、実験時には、メーカー、型番、ロット番号をノートに記載しておくと良い。あるロットが不良品であるということも、稀にある。なお、抗体は冷蔵しておけば通常1年くらいは問題なく使えるが、より長期の保存を考えるならば、分注した上でディープフリーザー(-80˚)に保存するのがベストである。ただし、凍結と解凍を繰り返してはならない。
TX-100とは、Triton X-100という界面活性剤のこと。プロトコールによってはTweenなど、他の界面活性剤を使う場合もある。界面活性剤を使うことで、脂質分子でできた細胞膜に穴をあけ、抗体が通過しやすくする。(参考ブログ:https://bioresearch-troubleshooting.info/something-into-buffers-1/)
NDSは、normal donkey serum(正常ロバ血清)の略。normal goat serum(正常ヤギ血清)ならNGS。前述のスキムミルクと同様ブロッキング剤である。
ブロッキングには二次抗体の動物種と同じ動物種の血清を使うのが普通である。少なくとも、1次抗体の動物種と同じではいけない(「1. 免疫組織化学の概要」参照)。その場合、二次抗体がブロッキングに使った血清にも反応してしまい、S/N比が著しく下がる。これが、免疫染色の失敗の最もよくある原因である。その他失敗の原因として考えられるのは、抗体その他の試薬の入れ忘れ。そのようなことが起こらないよう、毎回行った操作は必ずノートに記入するのが良い。
1晩以上反応を行う場合、通常は冷蔵庫に入れる。低温で反応させる方が選択性が高くなると期待できる。また、室温だと夏と冬でかなり違い、条件が一定しない。

0

免疫組織化学の基礎 原理・プロトコール+α <1.免疫組織化学の概要>

(最終更新日:2023.6.11)

免疫組織化学法(immuno-histochemistry)の解説である。まず1.として原理を含めた免疫組織化学の概要を述べ、2.では現在用いているFITC免疫染色のプロトコールを例として、実際の染色方法をノウハウを含めて説明し、3.では関連する雑多な事項を解説する。

1. 免疫組織化学の概要
<抗原抗体反応を利用してタンパクを可視化する>
目標とするタンパクが組織内のどこにあるかを、抗原抗体反応を利用して可視化するのが免疫組織化学である。通常、厚さ数ミクロン〜数十ミクロンの薄切切片標本を用いる。抗体は抗原タンパクに対して極めて高い特異性を持って結合する。その性質を利用して、目標とするタンパクに抗体の「しるし」をつけるわけだ。
多くの場合、免疫組織化学は、以下の手順で行う。
1)組織の固定、切片標本の作成
2)抗体の非特異な吸着その他の望ましくない反応を防ぐための各種ブロッキング
3)目的のタンパク(抗原)への1次抗体(抗原特異的な抗体)の結合
4)1次抗体への2次抗体(1次抗体を抗原とする抗体)の結合
(2次抗体には、可視化のための蛍光色素や、その後の発色に使うマーカータンパクがあらかじめ付加してある。)
5)2次抗体のマーカーを利用した発色反応(蛍光2次抗体の場合は不要)
6)スライドグラスへの貼り付け、封入、観察
 
 
<抗体は、動物の体内で作る>
(参考web site 1, 2, 参考文献 1, 2)
前提として、目標のタンパク(抗原)と特異的に結合する適切な抗体が手に入らなければならない。さいわい、研究で使われる多くのタンパクに対する抗体が市販されている。また、オーダーメイドで抗体を作ってくれる会社もある。もちろん、自分たちで抗体を作製している研究室もある。誰が作製するにしても、原理は同じで、目標とするタンパクを精製し、動物(ウサギ、マウス、ヤギなど)に注射し、抗体ができるのを待って血液を採取、抗体を精製する。抗体分子(イムノグロブリン)にはいくつかの種類(G, M, A, D, E)があるが、最も一般的に用いられるのはイムノグロブリンG(IgG)、その次に多く用いられるのがIgMである。二次抗体を選ぶ場合、IgGに対する抗体かIgMに対する抗体か、気をつける必要がある。
 
<ポリクローナル抗体とモノクローナル抗体>
参考文献1, 2
1種類の抗体は、抗原タンパクの1つの小さな配列(アミノ酸数残基程度)に特異的に結合する。この抗原性を示す配列をエピトープ(epitope)と呼ぶ。タンパクのほか、一部の脂質や糖なども抗原となりうるが、ここでは触れない。通常、1つのタンパクにはエピトープとなり得る配列が複数あるので、抗原が動物の体内に侵入すると、同じ抗原の異なるエピトープを認識する複数の抗体が産生される。このような、1つの抗原タンパクを認識する全ての抗体の混合物がポリクローナル抗体である。これに対し、単一の種類の抗体(すなわち、単一の配列を認識する抗体)のみを集めたものが、モノクローナル抗体である。
一般に、ポリクローナル抗体の方が、抗原の複数のエピトープを認識できるので、抗原の検出力が高い。それに対し、例えば、アミノ酸配列のごく一部のみに変異のある類似したタンパクを識別するためには、モノクローナル抗体を用いる必要がある。一般に、モノクローム抗体の方が価格も高いので、特に理由のない限りポリクローナル抗体を使うのが普通である。
 
<抗体を可視化するにはマーカーが必要>
(参考web site 3)
抗体を研究対象の組織標本に反応させれば、目標のタンパクに結合する。しかしそれだけでは目に見えないので、抗体を可視化する必要がある。
抗体を可視化するには、あらかじめ抗体に(蛍光)色素をつけておくか、後で化学反応によって発色を起こすような物質、またはそういった物質を後からつけるための仕掛けをつけておけばよい。実際には、そのような抗体が多数販売されている。
後述のように、現在では1次抗体にマーカーをつけることは少なく、各種のマーカーのついた二次抗体が市販されている。
 
<シグナルの増幅>
(参考web site 3)
目標の抗原タンパク1分子に結合できる抗体の個数は少ない。抗原タンパクの中の単一の部位に結合するモノクローナル抗体なら1個しか結合しないかもしれないし、複数の部位を認識する抗体の混ざったポリクローナル抗体でも数個ではなかろうか。これらの抗体に蛍光色素などのマーカーをつけておけば、顕微鏡化で観察可能になるが、シグナルは弱く、検出が難しい。ポリクローナル抗体ならモノクロと比べれば信号強度は強いと期待できるが、それでも不十分である場合が多いだろう。
そこで多くの場合、さらに信号を増幅するために2次抗体が用いられる。
 
<1次抗体と2次抗体の組み合わせ>
(参考web site 3)
2次抗体は、目標のタンパクに結合する抗体分子(1次抗体)に対して結合する抗体(ほとんどの場合ポリクローナル抗体)である。ポリクローナル抗体であるため、1次抗体1分子に対して複数の2次抗体が結合し、シグナルを増強することができる。先に説明したように、抗体は、抗原を動物の体内に投与して産生させる。2次抗体は、1次抗体を動物に投与して作らせる。抗原抗体反応は自分のタンパクに対しては通常起こらない(これが起こると自己免疫疾患となる)ので、1次抗体と2次抗体は必ず別の動物で作られなければならない。ただし、2次抗体は通常、ある動物のIgG一般に対して反応するように作られたポリクローナル抗体であるので、同じ動物種で作られた1次抗体ならいずれでも、同じ2次抗体で検出することができる。例を挙げると、テトラメチルローダミンという蛍光タンパクを検出するためにウサギで作った抗テトラメチルローダミン抗体(IgG)(rabbit anti-tetramethyl-rodamine)を使ったとする。これに対する2次抗体としては、例えば私の場合、ウサギIgGをロバに投与して作った抗ウサギIgG抗体(donkey anti-rabbit IgG)を使う。まちがえて抗ヤギIgGなどを使っても、反応は起こらない。一方で、1次抗体としてrabbit anti-cascade blue (IgG)を使った場合、2次抗体としては上と同じdonkey anti-rabbit IgGを使うことができる。2次抗体には、通常可視化のための何らかの仕掛けがしてある。たとえば蛍光色素をつけてあるとか、その後でさらに増幅、発色するためにビオチン(biotin)をつけてあることが多い。
 
<発色・可視化>
(参考web site 3)
いくら選択性の高い抗体を数多く抗原に付けたとしても、それだけでは可視化することはできない。対象物を目に見えるようにする仕掛けが必要である。
そのような仕掛けの代表的なものが、蛍光2次抗体である。2次抗体に蛍光色素をあらかじめ付けておく。1次抗体は対象とする抗原に対応して何万種類(おそらく)も作られているが、2次抗体は、1次抗体を作るのに使われる動物の種類(たいていは、ウサギ、ヤギ、マウス、ラットの4種類、たまにヒツジ、ロバ、ニワトリなど)だけあれば良いので、生産は容易である。蛍光色素を使えば、蛍光顕微鏡で美しい画像を見ることができる。しかし、蛍光色素は時間と共に失活、消光するため、数ヶ月以上の長期保存には向かない。特に、繰り返し観察して励起光を当てると、消光が早くなる。(全く観察を行わずに冷暗所に保存すれば、1年以上の保存も可能のようである。)
標本を長期間保存し、繰り返し観察するには、明視野で観察できる染色が望ましい。そのような染色の代表格がDiaminobenzidine (DAB) 染色である。
 
<ABC反応とDAB反応>
(参考web site 3, 7, 8)

 

DAB染色は、ABC反応とセットで行われることが多いので、ここでも合わせて解説する。
ABC反応
ABCとは、avidine-biotin complexの略である。ビタミンの1種であるビオチンとアビジンタンパクは、特異的かつ極めて強力に結合し、多量体を形成することが知られている。アビジンとビオチンの単量体と、ビオチン化した西洋ワサビペルオキシダーゼ(horse radish peroxidase, HRP)を適当な比率で混合すると、アビジン、ビオチン、HRPを含んだ巨大な複合体(complex)が形成される。1次抗体、ビオチン化2次抗体をかけた標本にこのABC complexをかければ、目標タンパクに1次抗体、2次抗体を介して多量のHRPがつけられることとなる。このHRPが、次のDAB反応の触媒となる。
DAB反応
DABとは、diaminobenzidinの略である。
アミノキシレンが2つつながった構造を持つこの物質は、触媒(ペルオキシダーゼ)存在下で過酸化水素と反応すると、酸化されて濃褐色〜黒色の沈殿物を生成する。この沈殿物は組織に強力に吸着し、その後の洗浄等でも脱離や移動を起こすことはない。こうして、目的の組織が着色され、可視化される。diaminobenzidineは二つの独立したベンゼン環構造を持つのに対し、酸化生成物は長い共役二重結合を持つ。このため、生成物は可視光を吸収し、発色する。

 

 

 

 

武藤化学ホームページ https://www.mutokagaku.com/products_search/dab/item_484 より

 

<抗体の非特異な反応、その他の非特異反応>
(参考web site 3, 4)
原理的には極めて高い特異性を持つはずの抗体が、非特異な結合(あるいは吸着)を起こす要因が組織内にはいろいろある。そういった要因を排除し、目標のタンパク(に結合した抗体)を可視化し、顕微鏡で観察できるようにするために、様々な技法が考案されている。
組織の中には、他のタンパクの吸着しやすい部位がある。標本組織の中で抗体タンパクが非特異な吸着を起こしそうな部位をあらかじめ他のタンパクでふさいでしまうことをブロッキングという。これにはタンパクを豊富に含むスキムミルクや血清が用いられる。血清を用いる場合、どの動物種の血清でもブロッキングの効果はあるが、1次抗体を作ったのと同じ動物種の血清を使ってはいけない。たとえば1次抗体がウサギで作った抗テトラメチルローダミン抗体であるのに、ブロッキング剤としてウサギ血清を入れると、当然ウサギのIgGが多量に含まれており、2次抗体(抗ウサギIgG抗体)が、組織に吸着した多量のウサギIgGに結合してしまう。
抗体自体の特異性とは関係ないが、抗体を可視化する段階で、horseradish peroxidase (HRP)を使った酸化反応を使うことが多い。ところが、組織内には、意外とperoxidaseが存在する。特に組織内に出血があった場合には、骨髄系細胞(白血球)がperoxisaseを持つため、DAB反応で発色する。(DAB反応は、骨髄系細胞の検出にも使われる。)このような内因性のperoxidaseはあらかじめ潰しておかないと、後で誤った結果を得ることとなる。そのほか、多くの場合、信号増幅と可視化のためにアビジン−ビオチン(avidin-biotin)の結合を用いるが、そのような場合に、内在性のbiotinが問題となることもある。これらもあらかじめアビジンを使ってブロックすることができる。
 
参考web site
1) Wikipedia 抗体
https://ja.wikipedia.org/wiki/抗体
 
2) MBLライフサイエンス 抗体の作製法、モノクローナルとポリクローナルの違いなど
https://ruo.mbl.co.jp/bio/support/method/antibody-production.html#polymono
 
3) abcam web site Immunohistochemistry: the complete guide (English)
https://www.abcam.com/content/immunohistochemistry-the-complete-guide
 
4) abcam web site 免疫組織科学におけるブロッキング
https://www.abcam.co.jp/kits/blocking-for-ihc-1
 
5) 界面活性剤についての説明(個人のブログ)
https://bioresearch-troubleshooting.info/something-into-buffers-1/
 
6) 医学研の病理学のサイト(おすすめ。東京都神経科学総合研究所以来蓄積された技術を惜しみなく紹介している。)
https://pathologycenter.jp/method/index.html
 
7) フナコシ Vector社ABCシステムの解説ページ
https://www.funakoshi.co.jp/contents/627
 
8) 武藤化学 DAB染色キットのページ。DABの酸化反応の説明がある。
https://www.mutokagaku.com/products_search/dab/item_484
 
9) ThermoFischer 「プローブとしての二次抗体」
https://www.thermofisher.com/jp/ja/home/life-science/protein-biology/protein-biology-learning-center/protein-biology-resource-library/pierce-protein-methods/secondary-antibodies-probes.html
 
参考文献
1)小澤一史 免疫組織化学の原理と基本 日薬理誌(Folia Pharmacol. Jpn.)154,156~164(2019
2)新 井 孝 夫、伊 藤 聡 抗原抗体反応による可視化 MEDICAL IMAGING TECHNOLOGY Vol.15 No.6 November 1997
 

0