論文

査読有り
2016年6月

戦後における石橋湛山の国家論の特徴と構造―再軍備と日本国憲法第九条への態度を中心に

日本語言文化研究
  • 鈴村裕輔

4下
開始ページ
453
終了ページ
462
記述言語
日本語
掲載種別
研究論文(学術雑誌)

戦前の日本を代表する自由主義者であり国際協調主義者であった石橋湛山(1884-1973)は、経済専門誌『東洋経済新報』を拠点として言論活動を行った。一方、戦後は、第一次吉田茂内閣(1946-1947年)に大蔵大臣として入閣したことを皮切りに政界との関わりを強め、1956年には首相に就任した。戦後の石橋は戦前からの自由主義者であったものの、1947年に発布された日本国憲法を肯定し、皇室に対しても一定の距離を置くなど、「ニュー・リベラリスト」と呼ぶことがでる。また、石橋の戦後の日本のり方に関する議論は、一般に平和国家論として認められている。しかし、石橋の議論を詳細に検討すると、とりわけ再軍備問題と日本国憲法第九条について、冷戦の発生前後で所論に変化が生じている。すなわち、日本の再軍備については、当初の軍備不要論から限定的再軍備論に転ずるとともに、憲法第九条についても積極的支持から「世界に完全なる安全保障制度が確立されるまで」という制約の下で「戦争の放棄」という文言を部分的に停止することを提唱した。また、国際連合の役割についても、従来の高い評価から消極的な評価へと変化する。これらは、1950年に勃発した朝鮮戦争に伴う国際情勢、とりわけ東アジア地域の緊張の高まりを踏まえた変化であった。本論分では、このような石橋湛山の国家論の変化を再軍備と日本国憲法第九条に対する態度を中心として検証し、石橋の議論の特徴と構造を明らかにした。

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