研究ブログ

2018/11/09

モノとヒトの関わりをどう記述するか

Tweet ThisSend to Facebook | by ta_niiyan
川邊咲子「集合的記憶」を支える民具:民具の来歴の記録データが残されない原因についての一考, 考古学ジャーナル, 718, 2018, pp.50-53

 東北学院大学生と加藤さんが継続して続けられている被災文化財レスキュー活動に、わずかんばかりではありますが参加させていただいていることもあり、このレポートを興味深く拝見しました。ちゃんととかできない質なので、とりあえず読んだ感想を書いておきます。ちなみに、考古学ジャーナルの2018年10月臨時増刊号の特集は「埋蔵文化財の活用と観光考古学」です。

 「集合的記憶」は、被災文化財レスキュー活動のひとつである、「聞き書き調査」成果の整理を通じて強く意識されていたものと似ていると感じました。被災はしたものの、レスキューされ、洗浄・保存処置された民具は展示に供されました。その展示に足を運んだ方々は、出身地・性別・年代の違いはあれど、それぞれに民具を通じて何らかの個人的記憶、自身が所属していた/いる集団的記憶を思い起こしていました。まさに民具が「集合的記憶」と強く結びついていることを目の当たりにしていたのだと思います。
 川邊さんは「集合的記憶」と「民具」との関係性が、「来歴」に及ぼす影響について本レポートで取り扱っています。川邊さんは、
”「集合的記憶」と「過去」との区分から、収集・保存される民具の来歴の記録データが残されない原因を論じてきた。これまでに収集・保存された民具は、特定の「集合的記憶」を前提にそれを支える要素として主に扱われてきたという経緯をもち、個々の来歴に関する記録データをほとんど有していないため、歴史資料としての価値が低い。”
と記し、民具における来歴の問題をまとめています。

 しかし、この点については、私は少し違った考えを抱きました。「来歴」という言葉をどのように位置づけるかということです。川邊さんは、レポート内で扱う資料(物)の来歴をObject Biographyとし、註において
”資料そのものが形を成してから数々の人の手を渡り資料として収集・保存されて現在に至るまで巡ってきた”物の一生(ライフヒストリー)”のことを意味する。”
とされています。あくまでも物質としての民具が辿ってきた変遷です。また、民具が内包するマテリアリティ(物質性)とも表現されています。一般的にMuseum(博物館・美術館)が取り扱う物体の「来歴」はProvenanceとされ、その定義については数多くの議論があります。民具における記録を精緻に区分していこうとしているにも関わらず、来歴という言葉を使ってしまったのでしょうか。とても気になる部分です。
 これまで来歴という言葉を使ってきてしまったが故に、集合的記憶を意識できず集団内部で共有された価値観に基づいた収集・保存・整備がされ、結果として客観的記述がなされてこなかったのではないかと私は考えます。誰が見てもわかることをわざわざ書き残す必要がないという発想です。そして、川邊さんも述べられていますが、民具はその集団的記憶や価値観を描くための要素とみなされてきたということです。民具自身を記録することに重きを置いていないということです。なので、来歴という言葉は使い勝手がいいものの、多くの誤解も生んでしまうという危険性をはらんでいます。
 民具の来歴は曖昧なまま取り扱ってきてしまっているという調査・分析をなさっているにもかかわらず、再び来歴という言葉を使っていることに疑問を抱いてしまいました。新しい言葉を用い、細分化や散在化するのは好ましいことではないですが、民具がもつ特性を整理したうえでの記録データについての意識共有が必要であると思います。

 そして、「集合的記憶」や「価値観」が複数存在することは、私も大変興味深いと感じていたところです。民具を過去に使っていた高齢者と、新たに資料館所蔵民具を使用していた人では、全く異なった印象を持っていたと報告されていました。東北学院大学の文化財レスキュー展示では、同じ民具を時代は同じであっても用途が違うという聞き書き事例が多くありました。この状況は現在でも同様で、地域によって事物の呼び名が違う例はたくさんあります。こうした状況を理解した上で、集合的記憶をどのように記録していくのかは、とても難しいものです。私がまだまだ解決の糸口を見いだせていないところです。被災した民具には、その来歴、いわゆる取得・収集情報を失ってしまったものが多くあります。もちろん、民具が道具として使用されていた当時の名前、用途なども失ってしまっています。ただ、展示をして人々に話をうかがうと、民具を通じて当時の暮らしやその方の思い出(「集団的記憶」といえるかもしれない)がでてきます。被災文化財にとっては、被災したという物質的な歴史事実と人々の多様な記憶が、その被災文化財を記述する重要な要素となっています。

 被災した文化財のレスキュー活動を続ける中では、文化財にかかわる情報記録を、物質的な事実情報(法量、材質、破損状態など)と、聞き書きなどの調査によって得られた情報に大きく分けて考えていました。聞き書き情報はNarrativeと表現していました。Narrtiveについては、まだまだ理解が足りていませんが、何を記録し、記録されたものは何を意味するのかを考えてきたつもりです。東北学院大学をはじめとする多くの文化財レスキュー活動は、モノをどのように残すか、どのような記録をしていくべきかについて多くの検討を重ねて来ていると思います。レポート内で扱うには考察の範疇を超えていたのかもしれないですが、「集合的記憶」や「来歴(個々の記録データ)」を語るためには、これら経験を除いての成立はないと感じます。ぜひ、次の考察では取り込んでいただきたいと思います。

13:25 | Impressed! | Voted(0) | Comment(0) | 評論