数学書の読み方について

以下の文書は、別のところで「数学書の読み方」を話した内容をもとにしています。
web 上では、数名の方が私の発言をまとめて、既に公開して下さっているのですが、
勤務先の学生さんからも質問を受けることがありますので、こちらでも公開します。

数学書の読み方については、小松先生、飯高先生、河東先生によって

  • 小松彦三郎「暗記のすすめ」(小平邦彦編「数学の学び方」, 岩波書店)
  • 飯高茂「数学の本の読み方 (高校生のために)」
    (飯高・上野・浪川「デカルトの精神と代数幾何(増補版)」, p.10, 日本評論社)
  • 河東泰之「セミナーの準備のしかたについて」

などで述べられていて、私の発言はこれらの内容のコラージュに過ぎないのですが、
このような情報も、それほど広くは知られていないようですので、こちらで改めて公開する次第です。

なお、この文書の増補版が『数学セミナー』2012年6月号に掲載され、
数学セミナー別冊『数学ガイダンス 2016』『数学ガイダンス 2017』にも収録されました。
合わせてご覧ください。
 
さらに,この文書の内容をもとにした書籍『数学書の読みかた』(森北出版)を,
2022年3月に出版しました。正誤表が下記ウェブサイトにありますので,ご利用ください。

( last update 17.10.2: 後半の「卒業研究についての注意書き」の (3) に加筆。 )


「ノートをとりながら数学書を読みなさい」と学生さんに言うことがあるのですが、
言われた学生さんとしては、何をノートに書いたら良いのか分からないようです。
そこで、私なりのノートのとり方の提案をします。

(1) 本に出てくる定義・命題・補題・定理・系を、一字一句そのままノートに書きうつす。

自分なりにまとめたりせず、とりあえずそのまま書きます。
本に書いてあることを、わざわざなぜ写すのか、無駄に思えるかも知れませんが、
写すことでいろいろなことに気づきます。これはやってみると分かります。

(2) 登場している単語(用語)の定義を言えるかどうか、ひとつひとつ自分でチェックする。

もし言えないようなら、前に戻って復習します (ここをサボらないことが大事です)。
忘れてたとしても凹まないこと。それが普通です。
テキストの前の部分を読み直したり、別の本で調べたりする手間を惜しまず、
何度でも何度でも定義を復習するようにしましょう。

(3) 命題・補題・定理・系については、その仮定と結論をそれぞれまとめておく。

命題・補題・定理・系の多くは、「こういうときに」「こういうことが成り立つ」という
ふたつの部分からなっています。前者が仮定で、後者が結論です。
テキストに書いてある内容のうち、どこが仮定で、どこが結論なのか、
それをきちんと押さえて、証明を読み始める前に、まとめてもう一度書いておきましょう。
仮定については、そこまでのテキストの内容の行間を読まないと分からないことがあります。

(4) 命題などの証明も、一文一文、ていねいに写し、一文ごとに「なぜそうなのか?」を確認する。

ここで絶対にやってはいけないことは、
自分をごまかして「なんとなく正しそうだし良いか」と納得してしまうことです。
既に証明した定理などが使われているのであれば、
その定理の仮定はいまの状況で満たされているのかどうか、確認します。
もし議論の展開が理解できないのなら、まず、命題の仮定をもう一度見直してみます。
そして、前の方を読み直したり、ちょっと先の方を読んでみたりして、じっくり考えましょう。
この考える時間が、もっとも数学の勉強になっているので、時間を惜しまず考えましょう。

(5) きちんと理解できたら、分からなかった一文に、自分なりの解説をつける。

この解説は、その時点での自分のために書くのではなく、
将来その本の内容を忘れてしまっているかも知れない自分が、
ノートを読み直して分かるように書きます。
自分を気づかって書くのだから、誰の目を気にすることなく、うんと易しい説明をしてあげましょう。

以上の作業を続けていけば、本の行間が埋まった自分だけの分かりやすいノートが出来あがります。
それを目指しましょう。

こういう読み方をしてると、本を読むのにとてつもない時間がかかると思うでしょう。
それで良いのです。普通の数学者であれば誰でも、
「何時間も本と格闘して数行しか進まなかった」という経験をしていると思います。
でも、たとえ 1冊でも上のような作業をすれば、自信が持てるようになるし、
2冊めからはもっとすいすいと読めるようになります。



補足:卒業研究についての注意書き (筑波大の学生向け)

(1) セミナーを始める前に


数学のセミナーの取り組み方については、
一番上で紹介した3つの文章が必読のものとされているように思います。
竹山のセミナーを取る/取らないに関わらず、卒業研究を始めるまでに、
上記の文章のいずれかを読んでおくことを強く勧めます
(『デカルトの精神と代数幾何(増補版)』『数学の学び方』は大学の図書館にあります)。

これらの文章の内容は、特に初めてセミナーをする学生さんたちにとっては、
かなり厳しいもののように思われるかもしれません。
しかし、自分が到達すべき目標として、念頭においておく必要があります。

数学は実験系の卒業研究と違って、拘束時間がほとんどありません。
その代わり、セミナーの準備に相当量の時間を費やすことが暗に要求されているのです。

(2) セミナーの進め方

セミナーにおいて評価されるポイントは次の3つです。
  • テキストの内容を理解しているか
  • 理解した内容を自分なりに整理できているか (ストーリーの流れ、重要なポイント等)
  • 発表の内容が聞き手に理解できるように配慮されているか
したがって、次のようなことは禁じ手になります。
  • テキストの(和訳の)朗読
  • テキストの内容の完全な受け売り 
    (テキストに「明らかに」と書いてあるから明らかなんだ、というのは受け付けられません)
  • テキストの式変形を自分でチェックせずに黒板に複写
  • 聞き手の質問に答えず独走する発表
    (きちんと説明できないということは、きちんと理解していないことと同値です)
こういう例を挙げだすとキリがありませんが、
どういう発表が良くないかについては、自分なりに意識をしておかねばなりません。
セミナーというのは、他者(聞き手)との関わり合いなのだということをお忘れなく。

以上のようなことを禁止するために、
竹山のセミナーでは次のことをルールとして発表者に課します:

発表の際に見て良いのは、自筆で用意した資料のみ

この資料には、テキストの内容を自分なりにまとめたことを書いてください。
テキストの一部分(もしくは全文)を丸写ししただけのものを資料とするのは禁止します。

ただし、この資料はあくまでも自分が発表するときの助けです。
発表する内容が自分の頭の中にちゃんと入っていることが大前提なので、
資料と「にらめっこ」しながら発表するようでは困ります。
できるだけ何も見ないで話せるように、入念に準備しておきましょう。


(3) 発表するときの話し方

数学のセミナーで発表をするときに心がけることは、
新井紀子先生の「生き抜くための数学入門」の一節にある以下のことに尽きます。
(赤字は竹山による着色)

「~っぽい」という言葉って、ちょっと自信のないときに使いたくなります。
けれど、数学ではそれは困るんです。
一見共有できるかのようなあいまいな空間に甘えない
それが、数学が時を超えて何千年も続いている秘訣だからです。
数学では常に、宇宙人相手に説明する気持ちになってくださいね。


「あいまいな空間に甘えない」というのは、たとえば
「自分はきちんと説明できないけど、なんとなくわかるよね、ね!」
と言いたくなっても、それをしない、ということです。

言葉できちんと説明できないときには、次の二つのことを確認してみましょう。

[a] 自分が使おうとしている数学用語の定義を言えるか。
そして、その定義の意味できちんと使っているか。
[b] 自分が使おうとしている命題や定理について、その仮定と結論をきちんと言えるか。
そして、いまの状況でその命題や定理の仮定は満たされているか。

(4) 余談:セミナーの意義

数学に限らず、セミナー形式で学ぶことの大きな目標のひとつは

「本に書いてあるから正しい」「先生が言ってるから正しい」という受け身の姿勢を
「自分の頭で考えて自分が正しいと判断したから正しい」という自立の姿勢に切り替え
その判断の根拠をきちんと言葉にして他者の下に開く
 
ことにあると思います。

自分が発表者でなく聞き手であるときも、やるべきことがあります。
それは、発表者の説明を聴いて理解しようとし、
話のなかに分からないところ、曖昧なところがあれば、積極的に質問することです。
他の人の発表を批判的にきちんと聴くことも、セミナーでの勉強に含まれます。
発表者が先生ではないからと言って、いい加減に聴いたり、
居眠りして良いわけではありません。

このように、セミナーの参加者は、発表者であれ聞き手であれ、
自分のなかに正しさの根拠を持つことを、常に目指さなければならないのです。
多くの学生さんは、大学でも、試験で点を取ることだけを目標に勉強してきたでしょう。
それは「先生がマルをつける答案を書くこと」を目指しているのですから、
みなさん自身が自分の頭で「正しさ」を判定したことは、一度もなかったかもしれません。
セミナー形式の学習では、そういう姿勢に、根っこからの変化を求められるのです。
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